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七章
4.新たな聖母
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会議の結果、出発は半年後に決まった。
初めの訪問先はギルバート領である。領主の初の訪問先がギルバートなら他国も文句は言ってくることはないだろうと満場一致で決まった。対外的にはゲートの視察ということになるらしい。そこから馬車に乗って王都をぐるりと周ってからイストガルム国王に挨拶をする。それを皮切りに、魔の多い地域を中心に回っていく、と。馬車も今まで使っていたものではなく、車体にカルドレッドの紋を描いた領主専用馬車を作ってくれるらしい。訪問着は、その時の同行者が用意してくれることになった。初回はギルバート領とイストガルム城なのでマリアとキースがそれぞれ一日分ずつ。マリアはともかく、「聖母らしく、聖母らしく……」と呟いていたキースのデザインする服にはいささか不安が残るが、彼が作る服が宗教服でないことを祈るしかない。
視察のための手紙を送り、服の調整をし、魔についての知識を詰め込み、魔界側からの意見を仰ぎーーと、半年があっという間に過ぎていく。キャラバンで買った新聞や雑誌に目を通す時間の確保は出来ても、スクラップブックにまとめるまでの時間は取れていない。付箋を貼ったページを寝る前に眺めている。イーディスが各国を回ると決意した辺りからリガロの活動も活発化しており、彼に関する記事も増えていった。恋愛関係のインタビューを見るのは少しだけ辛いが、それでも何度も見てしまう。いつか質問内容が好きな女性のタイプや行きたいデートスポットではなく、奥様との生活に変わるように頑張らなければ。そう自分を鼓舞し、眠りにつく。これが案外ぐっすりと眠れる。リガロといた頃の夢は見るけれど、寂しさよりも懐かしさが勝る。彼は脳筋騎士なんかじゃなかったと再確認する度に胸が温かくなるのは、思い出として消化出来ている証だろう。
「綺麗……」
「聖母のイメージを中心に置きながらも既存のイメージから少し離して、イーディス嬢らしさを取り入れることによって新たな聖母であることを強調してみた」
キースのデザインした服は案の定、宗教服であった。だがあちらの世界の画廊に飾られていた絵のようなベールもなければ、純白でもない。白を基調に、水色やクリーム色と白に近い色で鳥の刺繍がされている。これだけでも綺麗だが、チラリと見える内側には植物の刺繍がされている。幸せの模様と似たテイストだが、羽根や蔦だけであった模様に対し、こちらは羽ばたく鳥や顔を見せる花があり、非常に賑やかである。まるでこれからますます繁栄していくカルドレッドという場所を表しているかのよう。ほおっと息を吐けば、彼はこの服に合わせる靴とアクセサリーも出してきてくれる。どちらもシンプルなデザインで、だからこそ服が目立つようになっている。
「一発目でこれか……。さすがキース。イメージ付けは完璧だな」
「もっと派手にした方が写真映えするかとも思ったんだが、神聖さなら写真よりも実際に見た者の声の方がよく届く」
「だな」
メイクは~と移っていき、トントンと話が進んでいく。
そして当日。
イーディスはマリアのデザインした服を来て、ニコニコと微笑む。そしてこの半年で頭に詰め込んだ知識で簡単な会話をする。あくまでギルバート領で動きは練習とのことで、二人とも緊張しなくていいと言ってくれた。だがイーディスとしては若干雰囲気は変われど十年近く暮らしていた領地だ。別の意味で緊張してしまう。それでも練習した質問につかえずに答え、翌日の城での対応は問題なく終わらせることが出来た。
イストガルム王家はイーディスを娘の友人として迎えてくれたため、領主としての対応が完璧に出来たかどうかは分からないのだが。
とはいえ、初めての訪問先がイストガルムで良かったとは思う。写真撮影の手順や馬車の順路も全てキースが取り仕切ってくれたため、イーディスは場の雰囲気を掴むことが出来た。後日もらった号外も好評判らしい。イストガルム国民にとってイーディスは、王家とギルバート夫妻のおまけくらいにしか映っていないだろうが、友好的な関係であることは感じ取ってもらえただろう。分けて貰った号外を想像で複製し、原本の方をあちらの世界のキースにも贈った。返事はキースにしては短い手紙だったが、端々に出来た涙染みで彼の気持ちを感じ取ることは出来る。贈って良かった。そう素直に思えた。
その後もバッカス、その次はアルガとメリーズ、ローザと同行者と訪問先を変えて、訪問を繰り返す。表向きはカルドレッドの領主の視察。実際、やっていることは他の職員とさほど変わらない。だが着々とイーディスを聖母と呼ぶ者は増え、噂が広まっていく。それも訪問先によって少しイメージの異なる聖母の噂だ。服装やアクセサリーの与える印象は大きいと思い知らされる。だが印象が違うからこそ人々は『聖母』と呼ばれる人間に興味を持つ。カルドレッドが謎に包まれた場所で、そこの長を務めていると聞けばますます自らの目で確かめたくなる。それが人間の性というものだ。
初めの訪問先はギルバート領である。領主の初の訪問先がギルバートなら他国も文句は言ってくることはないだろうと満場一致で決まった。対外的にはゲートの視察ということになるらしい。そこから馬車に乗って王都をぐるりと周ってからイストガルム国王に挨拶をする。それを皮切りに、魔の多い地域を中心に回っていく、と。馬車も今まで使っていたものではなく、車体にカルドレッドの紋を描いた領主専用馬車を作ってくれるらしい。訪問着は、その時の同行者が用意してくれることになった。初回はギルバート領とイストガルム城なのでマリアとキースがそれぞれ一日分ずつ。マリアはともかく、「聖母らしく、聖母らしく……」と呟いていたキースのデザインする服にはいささか不安が残るが、彼が作る服が宗教服でないことを祈るしかない。
視察のための手紙を送り、服の調整をし、魔についての知識を詰め込み、魔界側からの意見を仰ぎーーと、半年があっという間に過ぎていく。キャラバンで買った新聞や雑誌に目を通す時間の確保は出来ても、スクラップブックにまとめるまでの時間は取れていない。付箋を貼ったページを寝る前に眺めている。イーディスが各国を回ると決意した辺りからリガロの活動も活発化しており、彼に関する記事も増えていった。恋愛関係のインタビューを見るのは少しだけ辛いが、それでも何度も見てしまう。いつか質問内容が好きな女性のタイプや行きたいデートスポットではなく、奥様との生活に変わるように頑張らなければ。そう自分を鼓舞し、眠りにつく。これが案外ぐっすりと眠れる。リガロといた頃の夢は見るけれど、寂しさよりも懐かしさが勝る。彼は脳筋騎士なんかじゃなかったと再確認する度に胸が温かくなるのは、思い出として消化出来ている証だろう。
「綺麗……」
「聖母のイメージを中心に置きながらも既存のイメージから少し離して、イーディス嬢らしさを取り入れることによって新たな聖母であることを強調してみた」
キースのデザインした服は案の定、宗教服であった。だがあちらの世界の画廊に飾られていた絵のようなベールもなければ、純白でもない。白を基調に、水色やクリーム色と白に近い色で鳥の刺繍がされている。これだけでも綺麗だが、チラリと見える内側には植物の刺繍がされている。幸せの模様と似たテイストだが、羽根や蔦だけであった模様に対し、こちらは羽ばたく鳥や顔を見せる花があり、非常に賑やかである。まるでこれからますます繁栄していくカルドレッドという場所を表しているかのよう。ほおっと息を吐けば、彼はこの服に合わせる靴とアクセサリーも出してきてくれる。どちらもシンプルなデザインで、だからこそ服が目立つようになっている。
「一発目でこれか……。さすがキース。イメージ付けは完璧だな」
「もっと派手にした方が写真映えするかとも思ったんだが、神聖さなら写真よりも実際に見た者の声の方がよく届く」
「だな」
メイクは~と移っていき、トントンと話が進んでいく。
そして当日。
イーディスはマリアのデザインした服を来て、ニコニコと微笑む。そしてこの半年で頭に詰め込んだ知識で簡単な会話をする。あくまでギルバート領で動きは練習とのことで、二人とも緊張しなくていいと言ってくれた。だがイーディスとしては若干雰囲気は変われど十年近く暮らしていた領地だ。別の意味で緊張してしまう。それでも練習した質問につかえずに答え、翌日の城での対応は問題なく終わらせることが出来た。
イストガルム王家はイーディスを娘の友人として迎えてくれたため、領主としての対応が完璧に出来たかどうかは分からないのだが。
とはいえ、初めての訪問先がイストガルムで良かったとは思う。写真撮影の手順や馬車の順路も全てキースが取り仕切ってくれたため、イーディスは場の雰囲気を掴むことが出来た。後日もらった号外も好評判らしい。イストガルム国民にとってイーディスは、王家とギルバート夫妻のおまけくらいにしか映っていないだろうが、友好的な関係であることは感じ取ってもらえただろう。分けて貰った号外を想像で複製し、原本の方をあちらの世界のキースにも贈った。返事はキースにしては短い手紙だったが、端々に出来た涙染みで彼の気持ちを感じ取ることは出来る。贈って良かった。そう素直に思えた。
その後もバッカス、その次はアルガとメリーズ、ローザと同行者と訪問先を変えて、訪問を繰り返す。表向きはカルドレッドの領主の視察。実際、やっていることは他の職員とさほど変わらない。だが着々とイーディスを聖母と呼ぶ者は増え、噂が広まっていく。それも訪問先によって少しイメージの異なる聖母の噂だ。服装やアクセサリーの与える印象は大きいと思い知らされる。だが印象が違うからこそ人々は『聖母』と呼ばれる人間に興味を持つ。カルドレッドが謎に包まれた場所で、そこの長を務めていると聞けばますます自らの目で確かめたくなる。それが人間の性というものだ。
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