モブ令嬢は脳筋が嫌い

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六章

30.その頃リガロは①

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「雑誌の取材?」

「はい。この前、俺のブランドお披露目を取り上げてくれた雑誌が兄さんにインタビューしたいって。あ、別に兄さんが嫌だったら断りますが!」

「受ける」

「いいんですか⁉︎」

 リガロの返事に弟は目を丸くした。今までのリガロならそんな話すぐに断っていたからだろう。だがリガロは『剣聖』として活躍すると決めたのだ。そのためなら今まで断っていた雑誌の取材だろうとなんだろうと受ける覚悟だ。

「いい機会だしな。それで日程は?」

「兄さんの都合のいい日で構わないと」

「そうだな、今日を過ぎると休暇は再来週の……」

「今日は大丈夫なんですね! ちょっと連絡取って来るので、ここで待っていてください」

「わかった」

 弟は倒した椅子を起こし、走りながら去っていった。

 今日の今日とは気が早い。先方も声をかけたはいいものの、即日だなんて困るだろうに。弟は兄の気が変わってしまうとでも思っていたのだろう。

 弟にはこの十年、心配をかけたものだ。いや、彼はずっと、それこそリガロがイーディスを邪険にした頃から心配してくれていた。一度は兄が婚約者と向き合い始めてほっとしたのに、今度はイーディスが魔導書というよくわからないものに取り込まれて――それでも弟はそっとしておいてくれた。心配だっただろうに、急かすことも無理に声をかけることもしなかった。それどころかマリッド家と話し合い、自らの息子をフライド家の養子にしてくれた。剣の才はないが、賢い子である。きっと立派な当主になることだろう。





 リガロがフランシカ家を訪れてから今日で二週間が経つ。

 たった14日。けれど今までの生活を変えるには十分だった。まず私生活の改善。自室だけだが、身の回りの掃除もするようになった。今までイーディスのためにと揃えた家具も孤児院や教会に寄付するなりなんなりして徐々に整理していくつもりだ。また最低限だった剣聖としての活動も力を入れるようになった。今まで断っていた剣術大会での開会の言葉を引き受け、他国との交流も積極的に行っている。

 子どものための剣術指導教室の企画を通した時なんて、王子は目玉が落ちるのではないかというほど大きく目を見開いていた。そしてすぐに許可印を押してくれた。また隠居中の祖父にも手紙を送ったところ、当日は手伝いに来てくれるらしい。リガロが子を成さぬと決めている以上、次の剣聖をフライド家の外から見つけ出す必要があると考えているのかもしれない。

 養子に迎えた弟の子はもちろん、その他の親戚でもリガロやザイルほどの腕前を持つ者はいない。ならばフライド家から選んだ子どもを無理に教育するよりも他から選んだ方が効率的だ。それに子どものためにも。リガロがここまでやってこれたのはイーディスがいたからだ。彼女がいなければとっくに壊れていた。親戚たちは『剣聖』を他から探すことに納得いかないようだったが、彼らのことは祖父と父が説得してくれた。父も思うところがあったのだろう。たったの数日で彼らは静かになってしまった。



 親戚の手前、リガロが現役を退く前に次の剣聖を探すか育てるかせねばならなくなった。そのためにもまず『剣聖』を今までよりも広く周知していく必要がある。また剣聖と呼ばれる人材ではなくとも、腕に覚えがある者が何人も出てくればそれは人々の支えになる。それに直接剣に興味を持たずとも剣聖という存在に興味を、出来れば好意を持ってくれさえすれば確実に今後プラスに働く。だからこそリガロは今の剣聖として積極的に動かなくてはならないのだ。雑誌の取材を受けたのも、剣術大会には足を運ばない層にも何かしらのアプローチが出来るのではないかと考えたからだ。





 リガロがぼんやりと窓の外を眺めていると、弟が息を切らせて戻ってきた。何でも半刻後には雑誌の編集者がやってくるらしい。写真撮影もあるとかで、弟はわざわざ自分の店からリガロに似合う服をいくつか見繕ってくれた。



「いつも悪いな」

「気にしないでください。これは近々立ち上げる男性服ブランドのPR用なので」

「今度は男性服を手掛けるのか」

「以前からウェディング衣装なんかは男女共にデザインしていましたし、要望もあったので」

「凄いな。これで何店目だ?」

「しばらくは新店舗を出さず、王都の店でオーダーメイドとセミオーダーを中心に受けるつもりです。今はそれに向けて改装も行っていまして。実は今から来てくれる編集さんは今回のブランドについても取り上げてくれているんです。いくつか写真を載せてもらったとはいえ、兄さんが来ていれば宣伝効果は倍増。下手に新聞広告を出すよりずっといい。雑誌側もリガロ=フライド特集を組めばバカ売れ間違いなし! とのことで、来週発売分に組み込んでくれるそうです」

「早くないか?」

「今日ならギリギリ間に合うそうで、詰め込むそうです」

「……弟の役に立てるなら兄としても嬉しいよ」

「雑誌が出来たら兄さんにも一冊送ってもらいましょう!」

 弟ははしゃぎながらリガロの着替えを手伝う。最後にそんな顔を見たのはいつだろうか。



 奇才・天才揃いマリッド伯爵家の中でも、弟の才能は群を抜いているらしい。特にドレス分野で頭角を現しているのだとか。ローザに聞いた話によると、社交界ではそのブランド、『青の花嫁』のドレスや小物を身に付けているだけで一目を置かれるらしい。

 シンプルなものから奇抜なものまで、女性のありとあらゆる希望にこたえてくれるのだというが、たった一つだけどんな客でも手にできないものがある。青のドレスである。弟の店のショーウィンドウには青のウェディングドレスが飾られているらしく、それを見て服を注文にくる客も大勢いるのだとか。だが絶対に青のドレスだけは引き受けてはくれない。噂では妻に贈るドレスだからだろうと言われているらしいが、そうではない。先ほど弟から見せてもらった写真に写っていたドレスは全てシンプルなデザイン。イーディスが好んできていた服によく似ている。奇抜が服を着て歩いているような義妹を思って作ったドレスとは思えない。写真を見て、リガロは弟があの日、十年前に宣言した通り、イーディスのためのドレスを作り続けていることを悟った。そして彼女が腕を通すことがないと理解しながら、シーズンごとに流行を取り入れたドレスを作り続けている。



 それは自分のためか、兄のためか。

 リガロにはそれを聞く勇気はなかった。
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