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六章

28.それでは地上に帰りましょう

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 羽根男が妹語りを続けている間、イーディスはいくつか魔王に質問を投げかけて少しずつ情報を増やしていく。そしてようやく落ち着いた羽根男がついでにバッカスへの手紙も書くというので、それも待つことにした。

 こうして魔王から未発表作品を、羽根男からはアンクレットに当てた書類と手紙を持たせてもらい、魔界を後にする。

 どうやって帰るのかと疑問に思っていたが、帰りは魔王の玉座に座ればすぐだった。遺跡の中の椅子と魔王城の王座が転移装置となっているらしい。本来ならば領主に選ばれた者は椅子の前に転移してくる予定だったのだとか。それが全く現れないわ、まさかのキノコの上でランチタイムに突入しているわでどうなっているんだと困っていた、と。だがこれからは領主の指輪があるため、変な場所に転移することはないだろうとのことだ。

 そう、イーディスは今後も領主として地上と魔界を行き来する役目を担ったのである。

 通常、遺跡には一人一度しか立ち入ることが出来ないのだが、領主のみは例外だと。歴代領主達も何度と行き来しては発展に役立てていたらしい。定期報告とアンクレットのお菓子をよろしく、と頼まれてしまった。魔王もとい作家様から頼まれたのなら仕方ない。アンクレットをゆさゆさと揺らしてでも作ってもらうことにしようと心に誓う。



 そして両手に紙袋を提げたイーディスは無事、遺跡の椅子に転移した。

 ここから一刻近く歩くのかといえばそうではない。この遺跡、ずっと前の領主の魔法がかけられているらしい。中の道は入った者の魔耐性や心の揺らぎによって構造を変えるのだとか。一直線で迷う余地などなかったと答えればひどく驚いていた。だがどうせ真っすぐな道を作るなら距離も短くしてくれれば良かったのに……とも思うが、それはイーディスが『暇つぶしをしたい』という願いを抱いていたからだろう。確かに入ってすぐに行き止まりについたらつまらない。椅子を磨いたり、眠りこけたりすることもなかった。今度は早く帰りたいと望んだからか、数歩先には門がある。荷物の多いイーディスを思ってか、道幅も少し広めである。



「また来ます!」

 門を出る前、振り返って軽く手を振る。

 そして重い門を力いっぱい押した。





「ケトラ、お待たせ~」

 エサや水は足りただろうか。待たせた分、ご機嫌を取らねばと両手を広げながら馬小屋へと向かう。けれどケトラがいるはずの場所は空っぽ。

 空は夕暮れに染まり始めたくらいだ。眠った時間と魔王と話していた時間を合わせてもほんの二、三刻だろう。この短時間でケトラが脱走した、とは考えづらい。餌箱と水入れにもまだまだ中身が沢山残っている。そうなると考えられるのは、ケトラを見つけたカルドレッド職員が取り残されていると勘違いして連れ帰った可能性である。立て札でも設置しておくべきだったか。

 仕方ない、歩くか。自分勝手にケトラをもう一度呼ぶ、ということはしたくない。他の馬なんてもってのほかだ。イーディスは馬小屋を消し、代わりに台車を出す。手に持った荷物と肩から提げたバッグを乗せ、ゴロゴロと転がすことにした。

 何キロくらいあるのかは分からないが、なかなか良い運動である。

 ゴロゴロと音を立てながら半分くらい歩いた段階でハッとした。

「自転車出せばいいのか!」

 自転車ーーそれは素晴らしき文明の利器である。自動車やバイクの方が乗っている方は楽なのだろうが、免許もいらなければガソリンもいらない。動力は人間の力のみ。大きめの荷物カゴがついた自転車を出し、台車の荷物を移動させていく。空っぽになった台車は消して、自転車のペダルを漕ぐ。大量の荷物を載せているので少し重いがギア付きにしたのでよく進む。歩くよりずっと楽だ。

 帰ったら馬小屋を確認して、いなければアンクレットの元を訪ねよう。ちょうど渡したい書類と手紙もある。ケトラが見つかったらバッカスの元へ行ってーー今日はやることが山積みだ。しばらくは暇だなんだとぼやいている暇もなくなるだろう。



 屋敷の近くまでさしかかると、人の声が耳に届く。一人や二人ではない。もっと沢山の声だ。たくさん重なりすぎて、声というよりも音に近い。こちらに来た日も同じような音を聞いた気がする。そう、あの時はカルドレッド職員達がイーディスを探してくれていた。今回も似たような事態が起きたのだろうか。それは大変だ。ペダルを漕ぐ足に力を込めて、少しでも早く現場に近づいていく。すると人だかりの端にそわそわと身を動かしているアンクレットを発見した。

「アンクレットさん、何かあったんですか!」

「イーディスがいないんだ! 遺跡の近くにケトラだけ残されていた。俺がケトラを見つけてからもう一刻以上経っているのに帰ってこなくて……ああ、もう一度遺跡に行くべきか」

「私ならここにいますよ」

「は?」

 やはりアンクレットがケトラを連れて帰っていたらしい。馬好きの彼は長時間、変な場所で放置されているケトラを見過ごすことは出来なかったのだろう。そしてケトラを置いていった主人、つまりイーディスを探していたーーと。

「ご迷惑をおかけしてすみません。ただいま帰りました。あ、これ魔王さん達からアンクレットさんにって」

 深く頭を下げてから紙袋を差し出す。アンクレットは「まお、う?」と目をぱちくりとしながらもしっかりと受け取ってくれた。

「私、先ほど領主になったのですが、領主って何をすれば分からなくて。魔王さん達からは書類と共に詳しいことはアンクレットさんに聞いておけば問題ないとの言葉ももらっています」

「領主、ってまさか! イーディス、手を見せろ!」

「いたっ」

 アンクレットは強引にイーディスの手を引き、そして領主の証に視線を落とす。

「ああ、なんてことだ……」

 彼は指輪の意味を知っているのだろう。イーディスの手を掴んだまま、絶望したようにへたりこむ。よりによってこんな小娘が領主なんて認めたくないのかもしれない。もしくはこれから訪れる多忙を想像したのだろう。だがイーディスはすでに周りに頼ろうと決めたばかりだ。悪く言えば、知り合いを端から巻き込む気満々である。

「一生懸命頑張りますのでご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 謝罪ではなく、今度は頼み事をするために頭を下げる。迷惑はかけるかもしれない。だがその分、この世界の発展に尽くすつもりだ。カルドレッドの領主とはそういうものでしょう、とにっこり笑えば、アンクレットは困ったように視線を逸らした。

「嫌じゃないのか?」

「アンクレットさんに教えてもらうことがですか? 全く。むしろ嫌と言われても手伝って欲しいとひっつく覚悟もありますよ!」

「……納得、しているんだな。」

「親指に指輪はめられたこと以外は! これほんと邪魔で」

 魔王達の話を信じるならば、アンクレットは二十年もの間、領主になることを拒み続けている。よほど領主になりたくなかったのだろう。だから、進んで領主を受け入れるイーディスの気持ちが分からないのかもしれない。それでもやりたいことがあるから。それにはアンクレットの存在も必要不可欠である。わざとすっとぼけて見せれば、アンクレットは呆れたように笑った。

「それくらい我慢しろ」

「利き手と逆で良かったです」

 カラカラと笑えば、アンクレットはイーディスの頭にポンポンと手を乗せた。

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