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六章
21.バッカスの好物
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マリアとローザ、そしてあちらのキースとの手紙のやりとりは続いている。
今月は諸事情により、彼女達にはカルドレッドに来られないらしい。前回の訪問時に撮った写真は翌日には現像し、あちらの世界のキースに送っていた。だがあの写真はイーディスが魔導書の能力で出したカメラと現像セットを使用したもの。イーディスの死後も形が残り続けるとは限らない。そのことをしっかりと伝えた上で、後日新たな写真を送る約束をしていた。彼は元気そうなマリアの姿を見られただけではなく、この後も見られるのかととても喜んでくれた。当然、新たな写真を楽しみにしていた。だがマリアと会えなければ新作の写真も送ることが出来ない。しばらく送れないと伝えると非常に落ち込んでいた。
だが彼への手紙に書いたのは悪い報告だけではない。いい報告も出来た。
実は前回キャラバンが来た時に新たなカメラと現像セットを注文しておいたのだ。本当は今使っているものと全く同じものを手に入れたかったのだが、さすがに型が古かったようでもう出回っていなかった。それでもこちらの世界のカメラを手に入れることが出来れば、イーディスが死んだ後も写真が消える心配はなくなる。届いてからは一、二枚と言わずにじゃんじゃんと撮っていくつもりだ。
ーーだがみんなの写真を撮るには一つ問題がある。
「バッカス様、まだ出てこないんですか」
「まだみたいだな」
あれから一ヶ月が経つが、未だにバッカスは部屋から出てこないのだ。
イーディスが来る前はしょっちゅうあったことらしく、他の職員は今回長いな~くらいにしか思っていないようだ。目の前のアンクレットもまたその一人。全く心配する様子がない。その最大の理由が彼の安否が分かっていることである。研究熱心すぎるバッカスの研究所の前には仕事関連の物を入れるボックスと、食料品を入れるボックスが設置されている。その箱に毎日食料を配達し、書類を回収・受け渡しを行っている担当者がいるのだ。異変があればすぐに気付く。その上、箱に入れられた仕事は全て完璧に仕上がっており、仕事が滞る様子もない。故に心配することはないという結論に至ったのである。バッカスの体調や精神面を気にする者などイーディスくらいしかいない。
「そのうち出てくるだろ。気長に待ってやれ」
「そのうちって」
「仕事出来ているうちはまだ大丈夫だ。それにあいつは書記の家系だから」
「? 書記の家系だから大丈夫なんですか?」
「他の奴に比べれば何倍もな、っともうこんな時間か。俺もう行くわ。ごちそうさま」
「あ、お気を付けて」
おう、と手をひらひらとさせてアンクレットは屋敷を去って行く。
イーディスは書記の家系というものがどんなものか分からない。字面から判断すれば何かを書き記す役目である。この世界の職業に当てはめると文官が近いのではないだろうか。バッカスはあまり肉体派には見えないが、イーディスが知らないだけでレトア家は体力自慢が集まっているのかもしれない。それでも一ヶ月以上、引きこもって研究を続けているとなると心配だが。
「ボックスにお菓子と手紙入れてくれるように頼むことって出来るかな?」
立ち上がり、キッチンへと向かう。使いそうな道具を取り出しながら、ふと手が止まった。バッカスの好みを知らなかったのだ。食事も何度か一緒にしているが、彼はいつも決まって日替わりAプレートかイーディスと同じものを頼む。それ以外を食べているところも見かけたことはあるが、大抵もらいもの。彼自身が好んで食べている訳ではない。
「アンクレットさんの好物なら言えるのにな~」
アンクレット相手なら素直に話せる。事情をなんとなく察してくれているというのもあるが、彼の場合はここに来てから初めて会ったからというのが大きい。だがバッカスといるとどうしてもお互いに十年前のこと、そして空白の十年のことを考えてしまう。彼だけではない。ローザもマリアとキースも同じである。進まなきゃいけないと思っていながらも、イーディスは友人に甘えていたのだ。
とりあえず日持ちするクッキーを数種類焼き、袋に入れた。手紙には彼を心配することとイーディスの近況を記した。最後に『カメラを頼んだの。今度キャラバンが来る時にもってきてくれるらしいから今度また一緒に出かけましょう』と書くか悩んだが、結局書かずに封をした。
クッキーと手紙を持って、本部の受付へと向かう。けれど残念ながら受け取ってはもらえなかった。
「すみません。仕事に関するもの以外は最低限のものしか持ち込まないように指示されておりまして……」
「わかりました」
イーディスはクッキーを手に、ケトラの元へと戻る。もう陽も暮れてきたが、どうも誰かと食事をする気にはなれなかったのだ。夕食はこのクッキーでいいか。のそのそとケトラの上に跨がり、ゆっくりと走らせる。
いつになったら会えるのか。
さすがに十年も待つことはないだろう。あちらの世界ではバッカスに一度も会っていない。そのことを考えればたかだか一~二ヶ月なんてひどく短い時間だ。寂しくても、それくらい待てとイーディスは自分に言い聞かせた。
今月は諸事情により、彼女達にはカルドレッドに来られないらしい。前回の訪問時に撮った写真は翌日には現像し、あちらの世界のキースに送っていた。だがあの写真はイーディスが魔導書の能力で出したカメラと現像セットを使用したもの。イーディスの死後も形が残り続けるとは限らない。そのことをしっかりと伝えた上で、後日新たな写真を送る約束をしていた。彼は元気そうなマリアの姿を見られただけではなく、この後も見られるのかととても喜んでくれた。当然、新たな写真を楽しみにしていた。だがマリアと会えなければ新作の写真も送ることが出来ない。しばらく送れないと伝えると非常に落ち込んでいた。
だが彼への手紙に書いたのは悪い報告だけではない。いい報告も出来た。
実は前回キャラバンが来た時に新たなカメラと現像セットを注文しておいたのだ。本当は今使っているものと全く同じものを手に入れたかったのだが、さすがに型が古かったようでもう出回っていなかった。それでもこちらの世界のカメラを手に入れることが出来れば、イーディスが死んだ後も写真が消える心配はなくなる。届いてからは一、二枚と言わずにじゃんじゃんと撮っていくつもりだ。
ーーだがみんなの写真を撮るには一つ問題がある。
「バッカス様、まだ出てこないんですか」
「まだみたいだな」
あれから一ヶ月が経つが、未だにバッカスは部屋から出てこないのだ。
イーディスが来る前はしょっちゅうあったことらしく、他の職員は今回長いな~くらいにしか思っていないようだ。目の前のアンクレットもまたその一人。全く心配する様子がない。その最大の理由が彼の安否が分かっていることである。研究熱心すぎるバッカスの研究所の前には仕事関連の物を入れるボックスと、食料品を入れるボックスが設置されている。その箱に毎日食料を配達し、書類を回収・受け渡しを行っている担当者がいるのだ。異変があればすぐに気付く。その上、箱に入れられた仕事は全て完璧に仕上がっており、仕事が滞る様子もない。故に心配することはないという結論に至ったのである。バッカスの体調や精神面を気にする者などイーディスくらいしかいない。
「そのうち出てくるだろ。気長に待ってやれ」
「そのうちって」
「仕事出来ているうちはまだ大丈夫だ。それにあいつは書記の家系だから」
「? 書記の家系だから大丈夫なんですか?」
「他の奴に比べれば何倍もな、っともうこんな時間か。俺もう行くわ。ごちそうさま」
「あ、お気を付けて」
おう、と手をひらひらとさせてアンクレットは屋敷を去って行く。
イーディスは書記の家系というものがどんなものか分からない。字面から判断すれば何かを書き記す役目である。この世界の職業に当てはめると文官が近いのではないだろうか。バッカスはあまり肉体派には見えないが、イーディスが知らないだけでレトア家は体力自慢が集まっているのかもしれない。それでも一ヶ月以上、引きこもって研究を続けているとなると心配だが。
「ボックスにお菓子と手紙入れてくれるように頼むことって出来るかな?」
立ち上がり、キッチンへと向かう。使いそうな道具を取り出しながら、ふと手が止まった。バッカスの好みを知らなかったのだ。食事も何度か一緒にしているが、彼はいつも決まって日替わりAプレートかイーディスと同じものを頼む。それ以外を食べているところも見かけたことはあるが、大抵もらいもの。彼自身が好んで食べている訳ではない。
「アンクレットさんの好物なら言えるのにな~」
アンクレット相手なら素直に話せる。事情をなんとなく察してくれているというのもあるが、彼の場合はここに来てから初めて会ったからというのが大きい。だがバッカスといるとどうしてもお互いに十年前のこと、そして空白の十年のことを考えてしまう。彼だけではない。ローザもマリアとキースも同じである。進まなきゃいけないと思っていながらも、イーディスは友人に甘えていたのだ。
とりあえず日持ちするクッキーを数種類焼き、袋に入れた。手紙には彼を心配することとイーディスの近況を記した。最後に『カメラを頼んだの。今度キャラバンが来る時にもってきてくれるらしいから今度また一緒に出かけましょう』と書くか悩んだが、結局書かずに封をした。
クッキーと手紙を持って、本部の受付へと向かう。けれど残念ながら受け取ってはもらえなかった。
「すみません。仕事に関するもの以外は最低限のものしか持ち込まないように指示されておりまして……」
「わかりました」
イーディスはクッキーを手に、ケトラの元へと戻る。もう陽も暮れてきたが、どうも誰かと食事をする気にはなれなかったのだ。夕食はこのクッキーでいいか。のそのそとケトラの上に跨がり、ゆっくりと走らせる。
いつになったら会えるのか。
さすがに十年も待つことはないだろう。あちらの世界ではバッカスに一度も会っていない。そのことを考えればたかだか一~二ヶ月なんてひどく短い時間だ。寂しくても、それくらい待てとイーディスは自分に言い聞かせた。
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