モブ令嬢は脳筋が嫌い

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六章

13.作るものと摘み取るもの

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「イーディス、これどうする?」

「布かけてから隠し扉作ります! あ、でもここのドアごと潰して隣から入る専用にするのも」

「窓あるから部屋があるの自体はバレるぞ」

「あ、そうですね」



 夕食後に半日ほど眠り、昼食を持ってきてくれたアンクレットと食事を摂った。その時呼び方が『嬢ちゃん』から『イーディス』に変わった。一部ではあるが、互いに秘密を打ち明けたことで少し距離が縮まったようだ。

 そして今、アンクレットと共に模様替えをしている。彼のアドバイスにより、装飾の凝ったものの想像は後回しにし、シンプルなものを作り出すことに専念した。昨日の失敗は量ではなく、一個に労力をかけすぎていたことだったらしい。絵画を飾るために諸々出したアイテムを見たアンクレットが頭を抱えたことで発覚したのだ。

「変えるなら中の構造とか弄る程度だな。階段隠して他のところに繋げれば」

「ならこの辺りとか」

「らせん階段にして、部屋をいくつか隠すのも手だな」

「それがありなら一階と三階を繋げて画廊を二階に移動したいです」

「二階はわりと棚だけとか寝室とか多いし、そうすれば結構イメージ変わるよな。ただ画廊移動させるのは、めんどい」

「そうなんですよね……。いっそ室内だけ切り取って移動とか出来ればいいんですけど」

「ん? 室内だけ?」

 イーディスのなんてことない希望にアンクレットは引っかかったようだ。だがそんなの出来るはずがない。あくまでイーディスの能力は想像であり、作り出したり消すこと。そんなパソコンのカット&ペーストみたいな能力が搭載されているとは思えない。

「屋敷を消すのはなしですから、せめて中だけ部屋の場所をチェンジさせられれば、ってそんな都合のいいことはできませんよね……。言ってみただけです」

 ただの願望ですよ、と笑えば、アンクレットは真面目な表情で顎を撫でる。そして、いや、だがこの原理だと……とブツブツと呟いた上で「出来るかもしれない」とイーディスを真っ直ぐと見つめた。

「え?」

「実験してみよう。まずここに色違いのカラーボールが複数入った箱と空箱を一つずつ出してみてくれ。ああ、両方外から見えないように蓋がついたタイプのもので」

「? わかりました」

 力の実験でなぜ箱とカラーボールなのだろう。イーディスにはアンクレットの意図が分からなかったが、彼は魔法道具の開発員である。いわゆる専門家。素人では分からないようなこともたくさん知っているのである。とりあえず指示されたものをそれぞれ床に一つずつ出す。

 蓋を開けて、片方には色違いのカラーボールが五個入っていることを、もう一つには何も入っていないことを確認する。アンクレットにも中を見せれば彼はコクコクと頷いた。そして続けて指示を出す。

「両方蓋を閉じて、こちらの箱から適当に二個消してくれ」

「色は何色でもいいですか?」

「そうだな、じゃあ緑と青」

「わかりました。……消しました」

「今度消したボールを空箱の方に出してくれ」

「ちゃんと移っていると思います」

「開けてみてくれ。うん、問題なさそうだな」

 イーディスが両方の箱を開いて、それぞれ三つボールの入った箱と二つボールの入った箱であることを確認する。二つの方は指示通り、緑色と青色のカラーボールが入っている。手で移動させれば済むことではある。だが実際、イーディスが実行したのは能力を使った消去と発現である。



「あ! これが出来るってことは部屋の移動も出来る!?」

「その通りだ。ボールと部屋とでは規模が違うが、嬢ちゃんは屋敷を発生させた時点で内部まで細かく想像出来ることが証明されている。今回確かめたかったのは嬢ちゃんの力が『ボールの入った箱』を一つの物質と認識しているか、『ボール』と『箱』を別々の物質に認識しているか」

 一つのまとまりとされている場合、能力を使って消そうとすると屋敷自体を消してしまう可能性があった。だが一つ一つの集合体となれば話は別だ。今し方ボールで再現したように、イーディスが一つの固まりと認識したものを消去・発生させることが出来る……かもしれない。

「今はボールだったから成功しただけの可能性もあるが、試してみる価値はあるだろう。二階は確か寝室ばっかりだったよな? 一つ潰して、画廊を移動させてみるか」

「はい!」

「出来たら休憩を挟みつつ移動させて。来週はデータ採取に協力してくれ」

「了解です!」

 やるぞ~と二人揃って拳を天井に突き上げたもののーーまさかここまで思い通りに行くとは思っていなかった。

「あんまり時間かかりませんでしたね……」

「イーディスが正確に認識出来るもので構成されているからか、消費魔量も体力消費も少なかったしな」

 部屋の移動だけなら半刻もせずに終わった。今は休憩も兼ねてアンクレットお手製のマフィンを食べているところだ。

「これってリガロ様のお祖母様のレシピですか?」

「食ったことあるのか?」

「はい。私も今度レーズンクッキー作ろうかな」

「茶葉入っている?」

「入ってますよ。リガロ様のお祖母様直伝のレシピです」

「あれ美味いよな~。俺も好き」

「作ったらご招待しますね」

「マジか。この前シンドレアに行った時に買ってきたお茶あるから、その時持ってくるわ」

「他にも何種類か作ろうと思うのですが、何かリクエストありますか?」

「セサミクッキーがいい」

 セサミクッキーか。リガロも好きだったなと思い出す。彼の口から直接聞いた訳ではない。ただいつも真っ先に手を伸ばしていた。彼が好きだからとイーディスはセサミクッキーを残しておくようになり、剣の稽古がもうすぐ終わるなと思った時にはスッと彼の手元に置くようにして。あちらの世界にいる時も無意識に避けていた。彼の姿はなかったはずなのに……。戻ってくるまで気付かないほどにリガロとの生活が染みこんでいたとは、笑えてくる。クスッと声を漏らせば、アンクレットは不思議そうに首を傾げる。

「どうかしたのか?」

「いえ、私も久しぶりにセサミクッキーを食べたいなと思いまして」

「美味いよな~」

「美味しいですよね」

 セサミクッキー以外にもきっと似たようなものがたくさんあるのだろう。この先、何度も見つけては拾い上げていくことになる。思い出を摘み、消化して、受け入れて、進んでいくのだ。
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