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六章
8.家族愛と手紙
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「明日はカルドレッド散策か~。楽しみだな」
ケトラとお散歩できるようになってからも諸々の確認や検査が続き、ようやくひと段落がついた。そしてついに明日はカルドレッド内を案内してもらえることになった。散策許可自体はもっと早い段階で出ていたのだが、案内を買って出てくれたバッカスが忙しかったのだ。来た初日に退魔核を繊維にすることを可能にしたと耳にしたが、それ以外にも様々な研究で成果を出しているようだ。まだ二十代半ばであるにも関わらずかなり重要なポジションに収まっていると聞いた時は本当に驚いた。なんでも学生時代からローザと共に研究に明け暮れ、二人揃って大陸でも注目される若手になっているらしい。悪役令嬢は断罪されなかったとしても当然ながら研究職につくなんて未来はなく、ローザの未来もまたイーディスが変えてしまったものではある。だが友人二人のおかげでこの世界の研究が大幅に進歩していると考えると不思議なものである。何より、二人とも今の生活を気に入っているらしいので、イーディスの中からはすっかり申し訳なさは消えていた。
ただ、心配事が完全にないと言えば嘘になる。
マリアとキースはともかく、他の二人から向けられる感情が妙に執着じみているのだ。初めは心配をかけてしまったからかとも思っていたが、どうもそれだけではないらしい。ローザは一人、シンドレアに残ったことで寂しさもあるのだろうが、バッカスは違う。シスコンが極まっているというか……カルドレッドの中ではすっかりバッカスの親友ではなく彼の妹のように認識されつつある。他の職員からチラッと聞いた話によると、レトア家は元々家族愛の強い家系らしく、レトアの養子となったことで家族意識が芽生えたのだろうとのことだった。大事にされている自覚はある。かといって恋愛感情を向けられている訳でもない。紛れもなく家族愛の一種だ。イーディスがあちらの世界のキースに向けていたものとよく似ている。だから嫌な気はしないのだが……少し複雑な気分ではある。
とはいえ、イーディスがマリアに向ける友情も普通からかなりかけ離れているものだという自覚はある。バッカスのそれも似たようなものと考えれば、そのうち慣れることだろう。
「眠くなってきたしそろそろ寝るか」
くわぁとあくびを漏らし、目を擦る。着替える際に机の上に置いた魔道書は枕元に移動してーーと持ち上げた時だった。中から何やら見覚えのない封筒がハラリと落ちた。拾い上げてみると、そこにはイーディスが何度も目にしてきたギルバート家の封蝋が押してあった。
「いつの間に? 全然気付かなかったわ」
マリアからの手紙だろうと封を開け、中身を取り出す。けれどシンプルな便せんに綴られていたのは友人のものではなかった。
「キース、様……」
きっちりとしたお手本のような文字はまさしくキースのもの。それもこちらの世界の彼ではない。聖母像の前で別れた、あちらの世界のキースのものだった。眠気なんてすっかり吹き飛んだ。視線を走らせて文字を追っていく。どうやらこの手紙は聖母像の本に挟んだらしい。『届いていますか? 届いていたら、そちらのマリアが元気か教えて欲しい』とはなんともキースらしい。イーディスは急いで引き出しの中から便せんを取り出し、ペンを走らせた。
無事に元の世界に戻れたこと。
こちらの世界ではほぼ同じだけ時間が進んでいたこと。
マリアは元気で、今はギルバート夫人になっていること。
イーディスはカルドレッドで生活していること。
こちらの友人には話せないことまで手が進むがままに書き綴る。便せんは一枚では足りず、二枚三枚と続き、数を増やしていった。『届いていますか?』と彼と同じ一文で始めた手紙を封筒に入れ、魔道書に挟んだ。どういう原理でこちらに届いたのかは分からないが、彼の手紙を届けてくれたのならばイーディスの手紙も届けてくれるだろう。そう信じるしかない。
魔道書をいつものように枕元に置いて眠れば、翌朝には手紙が消えていた。
キースからの返信が来るまではちゃんと送れているのか確認のしようがないが、もしも文通が出来るようなら今度はマリアの写真も同封したいところだ。
「あ、カメラって出せるのかな?」
魔道書に手を掲げて念じれば、目の前にポンッと一眼レフカメラが発生する。どうやら高画質・高性能を求める余り、前世のカメラをイメージしてしまったらしい。これでは撮影は出来ても写真として現像することが出来ない。それに、こんなもの他の人に見られたら大変だ。手をかざして「消えて」と念じて、急いでなかったことにする。そして今度はあちらの世界で使っていたカメラをより強くイメージした。
「そうそう、これこれ」
今度出たのはイーディスの手に馴染むカメラである。首から提げる紐もあちらの世界でキースからプレゼントしてもらったもの。現像方法は覚えているし、後はマリアがまた来る日を待つのみである。試しにカルドレッドの風景も何枚か撮ってみることにしよう。
ケトラとお散歩できるようになってからも諸々の確認や検査が続き、ようやくひと段落がついた。そしてついに明日はカルドレッド内を案内してもらえることになった。散策許可自体はもっと早い段階で出ていたのだが、案内を買って出てくれたバッカスが忙しかったのだ。来た初日に退魔核を繊維にすることを可能にしたと耳にしたが、それ以外にも様々な研究で成果を出しているようだ。まだ二十代半ばであるにも関わらずかなり重要なポジションに収まっていると聞いた時は本当に驚いた。なんでも学生時代からローザと共に研究に明け暮れ、二人揃って大陸でも注目される若手になっているらしい。悪役令嬢は断罪されなかったとしても当然ながら研究職につくなんて未来はなく、ローザの未来もまたイーディスが変えてしまったものではある。だが友人二人のおかげでこの世界の研究が大幅に進歩していると考えると不思議なものである。何より、二人とも今の生活を気に入っているらしいので、イーディスの中からはすっかり申し訳なさは消えていた。
ただ、心配事が完全にないと言えば嘘になる。
マリアとキースはともかく、他の二人から向けられる感情が妙に執着じみているのだ。初めは心配をかけてしまったからかとも思っていたが、どうもそれだけではないらしい。ローザは一人、シンドレアに残ったことで寂しさもあるのだろうが、バッカスは違う。シスコンが極まっているというか……カルドレッドの中ではすっかりバッカスの親友ではなく彼の妹のように認識されつつある。他の職員からチラッと聞いた話によると、レトア家は元々家族愛の強い家系らしく、レトアの養子となったことで家族意識が芽生えたのだろうとのことだった。大事にされている自覚はある。かといって恋愛感情を向けられている訳でもない。紛れもなく家族愛の一種だ。イーディスがあちらの世界のキースに向けていたものとよく似ている。だから嫌な気はしないのだが……少し複雑な気分ではある。
とはいえ、イーディスがマリアに向ける友情も普通からかなりかけ離れているものだという自覚はある。バッカスのそれも似たようなものと考えれば、そのうち慣れることだろう。
「眠くなってきたしそろそろ寝るか」
くわぁとあくびを漏らし、目を擦る。着替える際に机の上に置いた魔道書は枕元に移動してーーと持ち上げた時だった。中から何やら見覚えのない封筒がハラリと落ちた。拾い上げてみると、そこにはイーディスが何度も目にしてきたギルバート家の封蝋が押してあった。
「いつの間に? 全然気付かなかったわ」
マリアからの手紙だろうと封を開け、中身を取り出す。けれどシンプルな便せんに綴られていたのは友人のものではなかった。
「キース、様……」
きっちりとしたお手本のような文字はまさしくキースのもの。それもこちらの世界の彼ではない。聖母像の前で別れた、あちらの世界のキースのものだった。眠気なんてすっかり吹き飛んだ。視線を走らせて文字を追っていく。どうやらこの手紙は聖母像の本に挟んだらしい。『届いていますか? 届いていたら、そちらのマリアが元気か教えて欲しい』とはなんともキースらしい。イーディスは急いで引き出しの中から便せんを取り出し、ペンを走らせた。
無事に元の世界に戻れたこと。
こちらの世界ではほぼ同じだけ時間が進んでいたこと。
マリアは元気で、今はギルバート夫人になっていること。
イーディスはカルドレッドで生活していること。
こちらの友人には話せないことまで手が進むがままに書き綴る。便せんは一枚では足りず、二枚三枚と続き、数を増やしていった。『届いていますか?』と彼と同じ一文で始めた手紙を封筒に入れ、魔道書に挟んだ。どういう原理でこちらに届いたのかは分からないが、彼の手紙を届けてくれたのならばイーディスの手紙も届けてくれるだろう。そう信じるしかない。
魔道書をいつものように枕元に置いて眠れば、翌朝には手紙が消えていた。
キースからの返信が来るまではちゃんと送れているのか確認のしようがないが、もしも文通が出来るようなら今度はマリアの写真も同封したいところだ。
「あ、カメラって出せるのかな?」
魔道書に手を掲げて念じれば、目の前にポンッと一眼レフカメラが発生する。どうやら高画質・高性能を求める余り、前世のカメラをイメージしてしまったらしい。これでは撮影は出来ても写真として現像することが出来ない。それに、こんなもの他の人に見られたら大変だ。手をかざして「消えて」と念じて、急いでなかったことにする。そして今度はあちらの世界で使っていたカメラをより強くイメージした。
「そうそう、これこれ」
今度出たのはイーディスの手に馴染むカメラである。首から提げる紐もあちらの世界でキースからプレゼントしてもらったもの。現像方法は覚えているし、後はマリアがまた来る日を待つのみである。試しにカルドレッドの風景も何枚か撮ってみることにしよう。
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