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六章
7.『想像』
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「おはよう」
「おはようございます」
「イーディスちゃん、今日のデザートはプリンだよ」
「わぁ楽しみです!」
「おう、イーディスじゃないか。ちゃんと寝れてるか?」
「今日もバッチリです! ゴーレムさん、あれから寝ました?」
「明け方にちょっと」
「ちゃんと寝ないとダメですよ。ゴーレムさんの魔法道具は体力いっぱい使うんですから!」
「ははは、これ終わったら寝るよ」
カルドレッドに来てから早三週間。
友人達の助けもあって、イーディスは凄まじい早さで馴染んでいった。初日にバッカスが説明してくれた通り、ここには我の強い変人が多い。だが彼らは皆イーディスに優しかった。しかもよくよく聞けば、左遷理由はセクハラ上司を殴っただとか、平民なのに調子に乗っていると目を付けられて島流しにあったとかそんなのばかり。カルドレッド生まれの女性もおり、その夫は彼女に惚れてカルドレッドに移住してきたのだとか。あと貧乏貴族の出稼ぎが数人。兄弟を養う金が欲しいと試しに受けてみたら受かったという人も居る。
カルドレッドは少数精鋭で、保証は万全。しかも仕事環境も至ってホワイトで、給料は大陸中の国から集められた予算の一部から算出されているらしく、そこそこ以上の金額がもらえる上に未払いの心配がないときた。結果、自己を尊重し合うのが当たり前な素晴らしい生活が完成したーーと。新参者のイーディスもとても暮らしやすい。
天然物の魔法道具所持者という変なフィルターがかかっているが、今のところそれはプラスに働いている。なにより、イーディスにもお給料が出るというのが素晴らしい。正確には協力者に渡す報酬扱いになるらしいが、契約書に記されていた金額は年単位で考えると一般的な子爵家の予算に匹敵する。さらに経過を観察していく上で研究者や開発者として動けるようであれば、給料も出るようになる、と超好待遇だ。
カルドレッドで生活しているうちに、お金と選りすぐられた人間関係は人を豊かにするのだと実感させられた。
「そういえばアンクレットが鞍とか出来たから確認してくれって」
「もう出来たんですか!? すごっ」
「あいつケトラ気に入ってるからな~」
「ケトラに会いに行くなら、新しく調合したご飯持っていって~」
「ありがとうございます」
顔を合わせる度にイーディスを気遣ってくれる彼らだが、やはり根っこは研究員。魔道書の力の確認や、消費魔量・消費体力の確認をした時なんてカルドレッド中から人が集まったほど。今は柔らかに笑っている彼らもイーディスが魔道書を手にすれば猛禽類のようなギラギラとした視線を向けるのだ。だが悪意はない。あるのは清々しいほどの興味と探究心。社交界にいたままでは会うことがなかったであろう。
イーディスの魔道書の能力は『想像』ーー所持者が想像出来るもの全てを実現する能力である。
使用方法は至って簡単。魔道書を開き、手をかざしながら出したいものを念じるだけ。それだけで望んだ者が発現する。消す時は対象物に手をかざして念じればいい。ただし出すものや量によって消費する魔や体力が全く違う。空いた土地にいろいろと出す実験をしてみたのだが、本やコップなど片手で持ち運べるものは若干お腹が空く程度。馬車を出した後はそれに疲労感がプラスされ、軽食の休憩を挟んでもらった。また物質以外だがーー問題なかった。生物を出してみてくれと頼まれたイーディスはケトラを出したのだ。そう、あちらの世界で相棒だった彼である。性格もあちらの世界にいた時と変わらず快活で、走るのが大好きな子である。イーディスを目にする彼は一瞬驚いたようだが、すぐに懐かしそうに顔を擦り寄せてくれた。カルドレッドでの立ち位置としてはイーディスの馬扱いである。想像物であることから、イーディスとセットで研究対象でもあるようだが、なんだかんだで可愛がられている。
そしてイーディスの現時点での限界は屋敷だった。
ギルバート屋敷を出した途端にパタリと倒れて、それから丸一日寝続けた。イーディスが倒れた後に周りの空気から大幅に魔の減少が見られたようだ。ざっと周囲数キロ程度。これはカルドレッドに所属している人達の中でもトップクラスらしく、そこから尊敬の眼差しを向けられるようになった。
イーディス本人としてはどれほど凄いことなのか分かっていない。フランシカ屋敷を作るつもりがギルバート屋敷を出してしまったのでさっさと消したいところなのだが、現物が保存されてしまっている。調査が落ち着いた後はイーディスの住居として使って良いとの許可は得ているが、消滅させる際の魔量は想像がつかないため現状保存を努めて欲しいとのことだ。カルドレッド職員達はあまり気にしていないようだが、この屋敷、外側だけではなく、内部が再現されてしまったのだ。玄関の巨大絵はもちろん、三階の宗教画まで。イーディスの部屋もある。唯一の救いは再現された場所は主に『家具』に分類されたものであることだ。つまり書類関係や、彼らのアルバムなどは存在しない。イーディスの知らないものや日々中身が変わる書類が想像の範囲外であったのかもしれないが、とりあえずホッと胸をなで下ろした。だがまだまだマリアとキースに見られたら困るものが五万とあるのだ。出来ることなら彼らが来る前に三階に繋がる階段を隠す壁や地下室を増築したいのだが、調査終了日程は未定である。
また初日に幻影系と勘違いされた失踪だが、あれも忙しい彼らの邪魔をしたくないと思ったために引き起こされたものであったと思われる。無意識化にも発生してしまうこともあり、完全に自分の意識下におくことがイーディスの当面の目標となった。
「これでよし、っと」
開発室にいたアンクレットに声をかけるとすぐに鞍や鐙など諸々をセットしてくれた。これでようやくケトラに跨がることが出来る。これら一式もイーディスの力で出しても良かったのだが、ケトラに合うものを作りたいとアンクレットが申し出てくれたのだ。すでに彼にはイーディスの服も作ってもらっている。魔道書を見せるという約束だけでこんなに良くしてもらっていいのかと考えたこともあるが、アンクレット本人に確認するのも野暮というものだろう。
「よく似合っているぞ~。大人しくしていたご褒美にこれ食べような~」
アンクレットはケトラをとても気に入っている。餌やりや寝床の掃除、ブラッシングまで自分にやらせて欲しいと申し出るほどには。馬に詳しくないイーディスでも美馬さんだと思うが、馬に詳しい彼でもケトラほどの美しさは初めて目にするのだとか。その上、足がしっかりとしており毛艶も素晴らしいと賞賛の嵐である。
「こんな美馬を想像出来る嬢ちゃんって本当に凄いよな。天然物を発生させた人間はやっぱり格が違う……」
「この子とは、本の中で出会ったんです。私はただ、仲の良い子をこちらに呼んだだけです」
ケトラはヒヒンと大きく鳴き、イーディスにもおやつをねだる。そう、この子の場合『想像』ではなく、『呼んだ』と言った方がしっくり来る。フライド家の別荘からギルバート屋敷に移る際に一緒に来てくれたケトラだが、イーディスがこちらに戻る前に一生を終えている。ギルバート家の人にもよく可愛がって貰って、イーディスが忙しい時はギンペルが外に連れ出してくれた。大往生だったと思う。安らかに眠っていた魂を呼び出してしまったことに申し訳なさを覚えなくはないが、それでもケトラは応じてくれた。また一緒に生きたいと思ってくれたのかもしれない。
「呼んだ、か。ケトラとは仲が良かったのか?」
「はい。私の大事な子です」
「ケトラもお嬢ちゃんのこと気に入っているみたいだし、呼んでもらって良かったな~ケトラ」
アンクレットに撫でられながら、ケトラはふんふんと鼻息を荒くする。これはお散歩に行きたい時の合図だ。
「そうね、少し走ろうか」
「大丈夫だとは思うが初めは軽めにな」
「はい!」
ケトラに跨がり、馬小屋の近くを軽く走る。山ともギルバートの道とも違う。とにかく広大で直線な道が続くカルドレッドに来れてケトラは楽しそうだ。まるでスキップでもするような軽やかな走りにイーディスも嬉しくなった。
「おはようございます」
「イーディスちゃん、今日のデザートはプリンだよ」
「わぁ楽しみです!」
「おう、イーディスじゃないか。ちゃんと寝れてるか?」
「今日もバッチリです! ゴーレムさん、あれから寝ました?」
「明け方にちょっと」
「ちゃんと寝ないとダメですよ。ゴーレムさんの魔法道具は体力いっぱい使うんですから!」
「ははは、これ終わったら寝るよ」
カルドレッドに来てから早三週間。
友人達の助けもあって、イーディスは凄まじい早さで馴染んでいった。初日にバッカスが説明してくれた通り、ここには我の強い変人が多い。だが彼らは皆イーディスに優しかった。しかもよくよく聞けば、左遷理由はセクハラ上司を殴っただとか、平民なのに調子に乗っていると目を付けられて島流しにあったとかそんなのばかり。カルドレッド生まれの女性もおり、その夫は彼女に惚れてカルドレッドに移住してきたのだとか。あと貧乏貴族の出稼ぎが数人。兄弟を養う金が欲しいと試しに受けてみたら受かったという人も居る。
カルドレッドは少数精鋭で、保証は万全。しかも仕事環境も至ってホワイトで、給料は大陸中の国から集められた予算の一部から算出されているらしく、そこそこ以上の金額がもらえる上に未払いの心配がないときた。結果、自己を尊重し合うのが当たり前な素晴らしい生活が完成したーーと。新参者のイーディスもとても暮らしやすい。
天然物の魔法道具所持者という変なフィルターがかかっているが、今のところそれはプラスに働いている。なにより、イーディスにもお給料が出るというのが素晴らしい。正確には協力者に渡す報酬扱いになるらしいが、契約書に記されていた金額は年単位で考えると一般的な子爵家の予算に匹敵する。さらに経過を観察していく上で研究者や開発者として動けるようであれば、給料も出るようになる、と超好待遇だ。
カルドレッドで生活しているうちに、お金と選りすぐられた人間関係は人を豊かにするのだと実感させられた。
「そういえばアンクレットが鞍とか出来たから確認してくれって」
「もう出来たんですか!? すごっ」
「あいつケトラ気に入ってるからな~」
「ケトラに会いに行くなら、新しく調合したご飯持っていって~」
「ありがとうございます」
顔を合わせる度にイーディスを気遣ってくれる彼らだが、やはり根っこは研究員。魔道書の力の確認や、消費魔量・消費体力の確認をした時なんてカルドレッド中から人が集まったほど。今は柔らかに笑っている彼らもイーディスが魔道書を手にすれば猛禽類のようなギラギラとした視線を向けるのだ。だが悪意はない。あるのは清々しいほどの興味と探究心。社交界にいたままでは会うことがなかったであろう。
イーディスの魔道書の能力は『想像』ーー所持者が想像出来るもの全てを実現する能力である。
使用方法は至って簡単。魔道書を開き、手をかざしながら出したいものを念じるだけ。それだけで望んだ者が発現する。消す時は対象物に手をかざして念じればいい。ただし出すものや量によって消費する魔や体力が全く違う。空いた土地にいろいろと出す実験をしてみたのだが、本やコップなど片手で持ち運べるものは若干お腹が空く程度。馬車を出した後はそれに疲労感がプラスされ、軽食の休憩を挟んでもらった。また物質以外だがーー問題なかった。生物を出してみてくれと頼まれたイーディスはケトラを出したのだ。そう、あちらの世界で相棒だった彼である。性格もあちらの世界にいた時と変わらず快活で、走るのが大好きな子である。イーディスを目にする彼は一瞬驚いたようだが、すぐに懐かしそうに顔を擦り寄せてくれた。カルドレッドでの立ち位置としてはイーディスの馬扱いである。想像物であることから、イーディスとセットで研究対象でもあるようだが、なんだかんだで可愛がられている。
そしてイーディスの現時点での限界は屋敷だった。
ギルバート屋敷を出した途端にパタリと倒れて、それから丸一日寝続けた。イーディスが倒れた後に周りの空気から大幅に魔の減少が見られたようだ。ざっと周囲数キロ程度。これはカルドレッドに所属している人達の中でもトップクラスらしく、そこから尊敬の眼差しを向けられるようになった。
イーディス本人としてはどれほど凄いことなのか分かっていない。フランシカ屋敷を作るつもりがギルバート屋敷を出してしまったのでさっさと消したいところなのだが、現物が保存されてしまっている。調査が落ち着いた後はイーディスの住居として使って良いとの許可は得ているが、消滅させる際の魔量は想像がつかないため現状保存を努めて欲しいとのことだ。カルドレッド職員達はあまり気にしていないようだが、この屋敷、外側だけではなく、内部が再現されてしまったのだ。玄関の巨大絵はもちろん、三階の宗教画まで。イーディスの部屋もある。唯一の救いは再現された場所は主に『家具』に分類されたものであることだ。つまり書類関係や、彼らのアルバムなどは存在しない。イーディスの知らないものや日々中身が変わる書類が想像の範囲外であったのかもしれないが、とりあえずホッと胸をなで下ろした。だがまだまだマリアとキースに見られたら困るものが五万とあるのだ。出来ることなら彼らが来る前に三階に繋がる階段を隠す壁や地下室を増築したいのだが、調査終了日程は未定である。
また初日に幻影系と勘違いされた失踪だが、あれも忙しい彼らの邪魔をしたくないと思ったために引き起こされたものであったと思われる。無意識化にも発生してしまうこともあり、完全に自分の意識下におくことがイーディスの当面の目標となった。
「これでよし、っと」
開発室にいたアンクレットに声をかけるとすぐに鞍や鐙など諸々をセットしてくれた。これでようやくケトラに跨がることが出来る。これら一式もイーディスの力で出しても良かったのだが、ケトラに合うものを作りたいとアンクレットが申し出てくれたのだ。すでに彼にはイーディスの服も作ってもらっている。魔道書を見せるという約束だけでこんなに良くしてもらっていいのかと考えたこともあるが、アンクレット本人に確認するのも野暮というものだろう。
「よく似合っているぞ~。大人しくしていたご褒美にこれ食べような~」
アンクレットはケトラをとても気に入っている。餌やりや寝床の掃除、ブラッシングまで自分にやらせて欲しいと申し出るほどには。馬に詳しくないイーディスでも美馬さんだと思うが、馬に詳しい彼でもケトラほどの美しさは初めて目にするのだとか。その上、足がしっかりとしており毛艶も素晴らしいと賞賛の嵐である。
「こんな美馬を想像出来る嬢ちゃんって本当に凄いよな。天然物を発生させた人間はやっぱり格が違う……」
「この子とは、本の中で出会ったんです。私はただ、仲の良い子をこちらに呼んだだけです」
ケトラはヒヒンと大きく鳴き、イーディスにもおやつをねだる。そう、この子の場合『想像』ではなく、『呼んだ』と言った方がしっくり来る。フライド家の別荘からギルバート屋敷に移る際に一緒に来てくれたケトラだが、イーディスがこちらに戻る前に一生を終えている。ギルバート家の人にもよく可愛がって貰って、イーディスが忙しい時はギンペルが外に連れ出してくれた。大往生だったと思う。安らかに眠っていた魂を呼び出してしまったことに申し訳なさを覚えなくはないが、それでもケトラは応じてくれた。また一緒に生きたいと思ってくれたのかもしれない。
「呼んだ、か。ケトラとは仲が良かったのか?」
「はい。私の大事な子です」
「ケトラもお嬢ちゃんのこと気に入っているみたいだし、呼んでもらって良かったな~ケトラ」
アンクレットに撫でられながら、ケトラはふんふんと鼻息を荒くする。これはお散歩に行きたい時の合図だ。
「そうね、少し走ろうか」
「大丈夫だとは思うが初めは軽めにな」
「はい!」
ケトラに跨がり、馬小屋の近くを軽く走る。山ともギルバートの道とも違う。とにかく広大で直線な道が続くカルドレッドに来れてケトラは楽しそうだ。まるでスキップでもするような軽やかな走りにイーディスも嬉しくなった。
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