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五章
18.癒やしの聖女の目的とは
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「また?」
「どうかしたのか?」
「癒やしの聖女からの手紙が来ています。ゲートの様子が見たいとかで……」
癒やしの聖女の役目の一つに、ゲートに蓄積されていく魔を癒やすことがある。
だが儀式を行ってからはしばらく調整を行う必要はあるが、一~二年経てば頻繁に様子を見る必要はなくなる。とはいえ、率先して力を使ってもらえるとなればギルバート側としては断る理由もない。彼女からの申し出を有り難く受け入れていた訳だが、いかんせん回数が多い。最近ではますます頻度が増えている。今ではフライド家の封蝋を見ると癒やしの聖女の顔が浮かぶようになった。それはキースも同じらしい。『癒やしの聖女』の名前を聞くと端正な顔をこれでもかと歪ませた。
「最近多くないか? 前回来たのだってほんの一ヶ月前だぞ?」
「ゲートに異変が起きているのでしょうか?」
「ギルバートの人間が毎日確認をしているから異変があったら分かるはずだが、その連絡はない」
「ですが、シンドレアとイストガルムとでは決して近い距離でもないですし、こうも頻繁に足を運ぶとなると何かしらの理由があるとしか」
キースが不機嫌になるのも仕方のないことだ。なにせイーディス達が聖地巡りのためにせっせと働いて休暇を作っても、彼女の訪問で休みが潰れてしまっているのだから。だがもしも癒やしの聖女にしか気付くことの出来ない異変が起きているのならば、ギルバート家側も何かしらの対応策を考えねばならない。ファファディアル星雲祭はもう来月に迫っているが、楽しみだと浮かれてもいられない。
「だが来ても癒やしの力をほんの四半刻ほど使って終わりだぞ? リガロ様にやる気がないせいで、力も弱まっているように見える。最近では聖女を訝しむ声が上がっているほどだ」
「リガロ様にやる気がない?」
「聞くところによると去年の初め辺りから心ここにあらずな状態らしい。義務でもない長旅に何度も付き合わされてうんざりしているのかもしれない」
ゲームの中ではそんなヒロインの優しさに好意を抱いたように見えたが……。真実の愛とやらはこの程度で冷めてしまうものなのか。なんともあっけない。
けれどどんなに冷えたところで二人ともに立場がある。他の貴族のように結婚は家同士の縁を繋ぐための契約と割り切って、それぞれが他に相手を作るということは難しい。あんなに大勢の前で真実の愛宣言をしてしまったのも、今となっては自分達の首を締めているのだろう。
「夫婦喧嘩なら余所でやって欲しいです」
捨てられたイーディスが気にしてやる義理はない。けれど仲を修復するためにギルバート家を利用しているのであれば、もう少し頻度を減らして欲しいとは思う。
「喧嘩ならいいんだが……」
「どういうことでしょう」
「私も直接聞かれた訳ではないんだが、どうも癒やしの聖女が君のことを気にしているらしい。何人かが君の話題を振られたと言っていた」
「え、でも私、癒やしの聖女様とは会話らしい会話もしたことないですよ?」
「婚約者を奪った罪悪感を抱くにしては時間が経過しすぎているしな……。まさかリガロ様が今になってイーディスを手放したことを後悔しはじめたとか!?」
「キース様、冗談キツいです」
「すまない。大変申し訳なく思っている。つきましては夕食のプリンで手打ちにして頂きたく」
「許しましょう! 私は寛大な心の持ち主ですからね!」
「いちごも付けてもらおうか」
「是非!」
あれからもう五年だ。
キースともすっかり打ち解け、今では軽口も言える仲になった。
癒やしの聖女とは学園でも交流がなかったが、ギルバート領に訪問する際にも顔を会わせていない。彼女達が訪れる日は決まってイーディスは三階のマリアの部屋で過ごすことにしている。読書をしたり、マリア宛の手紙を書いたり、新刊を読みながらマリアに見せたい場所をマップに追加することもある。あとは刺繍や編み物を。癒やしの聖女のことを考える暇さえない。今さら気に病んでくれなくて結構。イーディスは幸せなのだ。勝手に不幸と決めつけないで欲しい。
結局、癒やしの聖女の目的が何か分からぬまま、その日がやってきた。
「それじゃあ行ってくる」
「お気を付けて」
いつものようにキースを見送り、三階に上がる。編みかけのカーディガンを完成させようと一日引き篭もる準備も万全。昼食は軽いものをと頼んで、マリアの部屋へのドアを開けた。
「どうかしたのか?」
「癒やしの聖女からの手紙が来ています。ゲートの様子が見たいとかで……」
癒やしの聖女の役目の一つに、ゲートに蓄積されていく魔を癒やすことがある。
だが儀式を行ってからはしばらく調整を行う必要はあるが、一~二年経てば頻繁に様子を見る必要はなくなる。とはいえ、率先して力を使ってもらえるとなればギルバート側としては断る理由もない。彼女からの申し出を有り難く受け入れていた訳だが、いかんせん回数が多い。最近ではますます頻度が増えている。今ではフライド家の封蝋を見ると癒やしの聖女の顔が浮かぶようになった。それはキースも同じらしい。『癒やしの聖女』の名前を聞くと端正な顔をこれでもかと歪ませた。
「最近多くないか? 前回来たのだってほんの一ヶ月前だぞ?」
「ゲートに異変が起きているのでしょうか?」
「ギルバートの人間が毎日確認をしているから異変があったら分かるはずだが、その連絡はない」
「ですが、シンドレアとイストガルムとでは決して近い距離でもないですし、こうも頻繁に足を運ぶとなると何かしらの理由があるとしか」
キースが不機嫌になるのも仕方のないことだ。なにせイーディス達が聖地巡りのためにせっせと働いて休暇を作っても、彼女の訪問で休みが潰れてしまっているのだから。だがもしも癒やしの聖女にしか気付くことの出来ない異変が起きているのならば、ギルバート家側も何かしらの対応策を考えねばならない。ファファディアル星雲祭はもう来月に迫っているが、楽しみだと浮かれてもいられない。
「だが来ても癒やしの力をほんの四半刻ほど使って終わりだぞ? リガロ様にやる気がないせいで、力も弱まっているように見える。最近では聖女を訝しむ声が上がっているほどだ」
「リガロ様にやる気がない?」
「聞くところによると去年の初め辺りから心ここにあらずな状態らしい。義務でもない長旅に何度も付き合わされてうんざりしているのかもしれない」
ゲームの中ではそんなヒロインの優しさに好意を抱いたように見えたが……。真実の愛とやらはこの程度で冷めてしまうものなのか。なんともあっけない。
けれどどんなに冷えたところで二人ともに立場がある。他の貴族のように結婚は家同士の縁を繋ぐための契約と割り切って、それぞれが他に相手を作るということは難しい。あんなに大勢の前で真実の愛宣言をしてしまったのも、今となっては自分達の首を締めているのだろう。
「夫婦喧嘩なら余所でやって欲しいです」
捨てられたイーディスが気にしてやる義理はない。けれど仲を修復するためにギルバート家を利用しているのであれば、もう少し頻度を減らして欲しいとは思う。
「喧嘩ならいいんだが……」
「どういうことでしょう」
「私も直接聞かれた訳ではないんだが、どうも癒やしの聖女が君のことを気にしているらしい。何人かが君の話題を振られたと言っていた」
「え、でも私、癒やしの聖女様とは会話らしい会話もしたことないですよ?」
「婚約者を奪った罪悪感を抱くにしては時間が経過しすぎているしな……。まさかリガロ様が今になってイーディスを手放したことを後悔しはじめたとか!?」
「キース様、冗談キツいです」
「すまない。大変申し訳なく思っている。つきましては夕食のプリンで手打ちにして頂きたく」
「許しましょう! 私は寛大な心の持ち主ですからね!」
「いちごも付けてもらおうか」
「是非!」
あれからもう五年だ。
キースともすっかり打ち解け、今では軽口も言える仲になった。
癒やしの聖女とは学園でも交流がなかったが、ギルバート領に訪問する際にも顔を会わせていない。彼女達が訪れる日は決まってイーディスは三階のマリアの部屋で過ごすことにしている。読書をしたり、マリア宛の手紙を書いたり、新刊を読みながらマリアに見せたい場所をマップに追加することもある。あとは刺繍や編み物を。癒やしの聖女のことを考える暇さえない。今さら気に病んでくれなくて結構。イーディスは幸せなのだ。勝手に不幸と決めつけないで欲しい。
結局、癒やしの聖女の目的が何か分からぬまま、その日がやってきた。
「それじゃあ行ってくる」
「お気を付けて」
いつものようにキースを見送り、三階に上がる。編みかけのカーディガンを完成させようと一日引き篭もる準備も万全。昼食は軽いものをと頼んで、マリアの部屋へのドアを開けた。
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