83 / 177
五章
15.画廊で語られる『罪』③
しおりを挟む
罪を犯したのは誰なのかーーイーディスには分からなかった。
ただ一つ分かることは夢の中と外で、リガロに何かしらの違いがあったことだけ。キースの話によると、この世界のリガロは癒やしの聖女と接触することによって回復していったらしいが、夢の外の彼は十二~十三辺りには回復の兆しを見せていたように思う。
あの自分勝手さを精神が蝕まれていた状態と言えなくもないが、その前までは完全無視を決め込んでいた。彼に与えられた『剣聖の孫』プレッシャーは同じくらいだろう。つまり爆走事件の近くで何かしらきっかけがあった可能性が高い。それも癒やしの力に匹敵するようなこと。読書をしていただけのイーディスの知らないところで何かがあったのか。右手で口を覆いながら、うーんと考え込む。そんなイーディスの姿をキースは怒りを整理していると勘違いしたらしい。
「罵倒してくれても構わない。だが、どうかマリアのことだけは嫌わないで欲しい」
「マリア様を嫌うなんてことはありませんし、怒ってもいません」
マリアの幼少期の絵が見られると浮かれていたワクワクを返せ! と文句を言いたくはあるが、今伝えるべきことではない。
それとは別に、恩人を穴に突き落とすってどんな神経してるんだ! と言いたい気持ちはあるが、何千年も前に死んだ人達に怒っても仕方ない。その人自身も魔とやらに犯されていた可能性もある。だが根本的にわからないことがある。
「それにしても結局『魔』って、聖母が持っていた力って何だったんですか?」
リガロの変化もそうだが、そこからすでによく分からない。人々の負の感情だけなら聖母や癒やしの聖女のような特殊な力を持たずとも、メンタルケアを行えば済むはずである。それこそ剣聖のような象徴的存在を作り出せばいい。だが人々は聖母と聖女に縋った。彼女達がいる間だけならともかく、いない期間も魔は放置されている。カルドレッド特別領で魔についての研究を進めるくらいだから何かしら対策を取っていてもおかしくはない。けれどほぼ効果がなかったのだろう。だからこそ計画は実行された。
聖母がきっかけで癒やしの聖女と慈愛の聖女が生まれたのか。はたまた彼女の存在が知られたために似たような力を持った女性達が注目されるようになったのか。
それに気になるのは癒やしの聖女の存在だ。慈愛の聖女とは異なり、様々な場所に生まれるとすれば利用されることを恐れて力を隠していた可能性もある。
確かゲームでは癒やしの聖女の特徴は髪色であり、その髪を見てシャランデル家はヒロインを養子に迎えたとあった。だが言い換えれば髪色さえ偽れば、特定の条件をクリアしなければ力を使えない癒やしの聖女を特定する術は失われる。癒やしの聖女になれば労働力として酷使される、なんてことを考えずとも慣れた暮らしや親しい人達から離されることを嫌って、能力を隠していたもおかしな話ではない。
「すまない。聖母に関する情報は少なく、魔についても研究中の部分が多い」
「あともう一つ気になることがあるのですが、なぜ途中からゲート呼びに変わったんでしょう? 私は幼い頃、父から魔界とつながるゲートと教えられていたので気にならなかったのですが、ただの穴だと考えられていたとしたら、なぜいきなりゲートーー門なんて呼び始めたのでしょうか?」
「俺の大叔父にあたる先代も、それが気になったらしく色々調べていたみたいなんだが、管理者記録を辿ってみても、書記の家系を全て当たって過去の資料を探してもある年代からその名称が使われ出したということしか分からなかったようだ」
「ある年代、というと何かきっかけとなるものは!」
些細なことでもいいから手がかりを! と食いついたが、キースはフルフルと首を振った。
「ない。大叔父は、ゲートの名前が登場した一番古い記録は管理者記録であり、その代の管理者が慈愛の聖女の恋人であったことから、聖女の魂がその場所を通って行き来していると考えたのではないか? と推測していたようだ。だが管理者記録にその背景は書かれておらず、あくまで推測の域を出ないがな」
「なるほど……」
聖母の誕生から数千年が経っているらしいが、まだまだ分からない情報が多すぎる。
『聖母』『魔界』『癒やしの聖女』『慈愛の聖女』『リガロ=フライド』
この五つが『魔』の正体を暴く鍵となることは確かだ。そして魔の正体を知ればこの夢から抜け出せるような気がした。場合によっては『聖女』の役割を終わらせることが出来るのだろう。
画廊で話を聞いてからというもの、イーディスはそればかりを考えていた。何千年もかかって解けなかった謎を解くだけの頭があるかと聞かれればNOだ。それでも一度考え出したら止まらなかった。しばしば三階に足を運び、マリアの絵を眺めるがやはり答えは出てこない。
キースに頼んでゲートに連れて行ってもらったこともある。だがぴたりと閉じられた穴はその奥の魔界を見せてはくれなかった。
歴史を知ったイーディスには今まで以上に仕事が割り振られるようになったが、分担出来るものが増えたことで時間も作りやすくなった。
そして予定よりも早くシンドレア国にあるマリアのお墓に足を運ぶことが出来た。まだまだ痩せているキースは「マリアはそこに眠っていないが、いいのか?」なんて確認を取ってきたが、遺骨があろうとなかろうとイーディスの友人、マリア=アリッサムのお墓はそこにしかないのだ。挨拶に行くならそこしかない。
ギルバート家の馬車はただ走っているだけでも目立つので、馬車は家紋が刻まれていないお忍び用のものを使い、二人揃って変装もした。マリアのお墓参りをしている時点で関係者だとバレそうなものだが、彼女のお墓はまるでその場が隔離されているように静かだった。お墓には彼女が好きだった花で作った花束と、イーディスお手製のマップを備えた。
「キース様のご両親からカメラをもらったので、今度はロマンス小説の聖地の写真を見せに来ますね」
結婚報告はそこそこに、マリアの元にまた来る約束を一方的に結ぶ。さあっと吹いた風は木を揺らし、彼女が喜んでくれているようだった。
ただ一つ分かることは夢の中と外で、リガロに何かしらの違いがあったことだけ。キースの話によると、この世界のリガロは癒やしの聖女と接触することによって回復していったらしいが、夢の外の彼は十二~十三辺りには回復の兆しを見せていたように思う。
あの自分勝手さを精神が蝕まれていた状態と言えなくもないが、その前までは完全無視を決め込んでいた。彼に与えられた『剣聖の孫』プレッシャーは同じくらいだろう。つまり爆走事件の近くで何かしらきっかけがあった可能性が高い。それも癒やしの力に匹敵するようなこと。読書をしていただけのイーディスの知らないところで何かがあったのか。右手で口を覆いながら、うーんと考え込む。そんなイーディスの姿をキースは怒りを整理していると勘違いしたらしい。
「罵倒してくれても構わない。だが、どうかマリアのことだけは嫌わないで欲しい」
「マリア様を嫌うなんてことはありませんし、怒ってもいません」
マリアの幼少期の絵が見られると浮かれていたワクワクを返せ! と文句を言いたくはあるが、今伝えるべきことではない。
それとは別に、恩人を穴に突き落とすってどんな神経してるんだ! と言いたい気持ちはあるが、何千年も前に死んだ人達に怒っても仕方ない。その人自身も魔とやらに犯されていた可能性もある。だが根本的にわからないことがある。
「それにしても結局『魔』って、聖母が持っていた力って何だったんですか?」
リガロの変化もそうだが、そこからすでによく分からない。人々の負の感情だけなら聖母や癒やしの聖女のような特殊な力を持たずとも、メンタルケアを行えば済むはずである。それこそ剣聖のような象徴的存在を作り出せばいい。だが人々は聖母と聖女に縋った。彼女達がいる間だけならともかく、いない期間も魔は放置されている。カルドレッド特別領で魔についての研究を進めるくらいだから何かしら対策を取っていてもおかしくはない。けれどほぼ効果がなかったのだろう。だからこそ計画は実行された。
聖母がきっかけで癒やしの聖女と慈愛の聖女が生まれたのか。はたまた彼女の存在が知られたために似たような力を持った女性達が注目されるようになったのか。
それに気になるのは癒やしの聖女の存在だ。慈愛の聖女とは異なり、様々な場所に生まれるとすれば利用されることを恐れて力を隠していた可能性もある。
確かゲームでは癒やしの聖女の特徴は髪色であり、その髪を見てシャランデル家はヒロインを養子に迎えたとあった。だが言い換えれば髪色さえ偽れば、特定の条件をクリアしなければ力を使えない癒やしの聖女を特定する術は失われる。癒やしの聖女になれば労働力として酷使される、なんてことを考えずとも慣れた暮らしや親しい人達から離されることを嫌って、能力を隠していたもおかしな話ではない。
「すまない。聖母に関する情報は少なく、魔についても研究中の部分が多い」
「あともう一つ気になることがあるのですが、なぜ途中からゲート呼びに変わったんでしょう? 私は幼い頃、父から魔界とつながるゲートと教えられていたので気にならなかったのですが、ただの穴だと考えられていたとしたら、なぜいきなりゲートーー門なんて呼び始めたのでしょうか?」
「俺の大叔父にあたる先代も、それが気になったらしく色々調べていたみたいなんだが、管理者記録を辿ってみても、書記の家系を全て当たって過去の資料を探してもある年代からその名称が使われ出したということしか分からなかったようだ」
「ある年代、というと何かきっかけとなるものは!」
些細なことでもいいから手がかりを! と食いついたが、キースはフルフルと首を振った。
「ない。大叔父は、ゲートの名前が登場した一番古い記録は管理者記録であり、その代の管理者が慈愛の聖女の恋人であったことから、聖女の魂がその場所を通って行き来していると考えたのではないか? と推測していたようだ。だが管理者記録にその背景は書かれておらず、あくまで推測の域を出ないがな」
「なるほど……」
聖母の誕生から数千年が経っているらしいが、まだまだ分からない情報が多すぎる。
『聖母』『魔界』『癒やしの聖女』『慈愛の聖女』『リガロ=フライド』
この五つが『魔』の正体を暴く鍵となることは確かだ。そして魔の正体を知ればこの夢から抜け出せるような気がした。場合によっては『聖女』の役割を終わらせることが出来るのだろう。
画廊で話を聞いてからというもの、イーディスはそればかりを考えていた。何千年もかかって解けなかった謎を解くだけの頭があるかと聞かれればNOだ。それでも一度考え出したら止まらなかった。しばしば三階に足を運び、マリアの絵を眺めるがやはり答えは出てこない。
キースに頼んでゲートに連れて行ってもらったこともある。だがぴたりと閉じられた穴はその奥の魔界を見せてはくれなかった。
歴史を知ったイーディスには今まで以上に仕事が割り振られるようになったが、分担出来るものが増えたことで時間も作りやすくなった。
そして予定よりも早くシンドレア国にあるマリアのお墓に足を運ぶことが出来た。まだまだ痩せているキースは「マリアはそこに眠っていないが、いいのか?」なんて確認を取ってきたが、遺骨があろうとなかろうとイーディスの友人、マリア=アリッサムのお墓はそこにしかないのだ。挨拶に行くならそこしかない。
ギルバート家の馬車はただ走っているだけでも目立つので、馬車は家紋が刻まれていないお忍び用のものを使い、二人揃って変装もした。マリアのお墓参りをしている時点で関係者だとバレそうなものだが、彼女のお墓はまるでその場が隔離されているように静かだった。お墓には彼女が好きだった花で作った花束と、イーディスお手製のマップを備えた。
「キース様のご両親からカメラをもらったので、今度はロマンス小説の聖地の写真を見せに来ますね」
結婚報告はそこそこに、マリアの元にまた来る約束を一方的に結ぶ。さあっと吹いた風は木を揺らし、彼女が喜んでくれているようだった。
20
お気に入りに追加
382
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あなたを忘れる魔法があれば
七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる