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五章
12.流行
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イーディスとキースは針子達がやってくるまでに今回のテーマを話し合って決めていた。
『三ヶ月後、三人で行く一泊二日の旅』である。三ヶ月後の理由は単純に服が出来上がるのがその頃だから。行き先は話し合いの結果、ギルバート領から一刻半ほどの場所にある避暑地に決まった。さすがに仕事のスケジュールとゲートの兼ね合いもあり、島は難しかったのだ。代わりに近くには砂浜も花畑もある。昼前に屋敷を出発し、少し宿で休憩してから夕方から夜に変わりゆく花畑を堪能する。翌朝、海辺で貝殻探しをしてーーという行程を組むところまでは良かった。問題はその先である。
「この生地ならふわっとしたフリルが合うだろう!」
「フリルなら一日目の服に盛り込んだじゃないですか。ふわふわばっかりじゃ飽きるので、二日目はシンプルデザインがいいですって」
「二日で飽きる訳ないだろ! それにシンプルデザインならもっと暑くなってからでいいじゃないか」
「三ヶ月後ともなると昼間は結構暑いですからね! それに足元はサンダル確定で、砂浜で貝殻拾いするというのも忘れないでくださいよ!?」
一日目の服を決めるのも二日かかったのだ。そしてこの二日の反省も活かして、二日目の服を決める予定がなかなか決まらない。日も暮れて、デザイナーや針子達の表情には疲弊の色が見える。けれどふんわり系が好きなキースと、シンプルイズベストなイーディスでは根本的に好みが合わなかった。普段の友好さはどこへやら。屋敷中に響くほどにぎゃんぎゃんと騒ぎまくり、果ては今さら行程の変更を言い出してくる。
「暑くなりすぎるとマリアの体調が心配だしな……。いっそ一日目を海にするのはどうだろうか?」
「光る花は絶対写真撮りたいのでダメです」
それに二日かけて決まった服装も全て初めからやり直しになってしまう。
「確かにあの花はマリアに見せたい……。どうするべきか」
「だからシンプルに白のワンピースで、ストローキャップと合わせましょう。砂浜に美少女と来たら鉄板です」
「この世にマリアに似合わない服があるとは思わないが、それにしても地味すぎる」
「まだ言いますか! ならいっそワンピースやドレスから離れてパンツスタイルにします?」
「マリアのパンツスタイルだと!?」
イーディスの発言にキースはぎょっと目を見開く。そんなに驚くようなことだろうか。この世界でも女性がパンツスタイルになることはよくあることで……とそこまで考えてハッとした。イーディスの基準となっているのは夢の外の世界なのだ。乗馬が流行ったことで女性のファッションにも大きな変化があった。
貴族の中では未だ乗馬服くらいしか取り入れられていないものの、しばしば目にする服装で、平民の間ではパンツスタイルが浸透しつつある。平民向けの比較的安めのブランドがいくつか立ち上がっていたはずだ。
だが夢の中の世界では乗馬が流行っていない。あれはリガロとイーディスの仲が良いと勘違いした令嬢達が流行らせたものだ。乗馬が流行らなければ乗馬服から派生した女性のパンツスタイルが流行ることはなかったはずだ。この世界では一緒に馬に跨るどころか、同じ馬車に乗ることすらない。未だパンツスタイルは男性の服装であるという認識が強いのも仕方のないことだろう。とはいえマリアのパンツスタイルを見てみたいという気持ちがなくなる訳ではない。むしろ口に出したことでイーディスの中の欲はもくもくと膨らんでいく。マニッシュファッションもいいが、初めに着てもらうならまずは『女の子らしさ』を押し出していきたいところである。脳内で衣装をカスタムすればシンプルかつふんわりな服装が出来上がる。
「タイトパンツとシャツを合わせて。シャツなら袖口とかふわっと出来ますし、襟首にレースを付けるのもいいですよね」
「それだ!」
キースはポンと手を叩くと、デザイナーに指示を出していく。同時に針子にも生地と縫い方の指定をしていき、完全にイーディスは蚊帳の外状態となる。けれど紙の上に書き上がっていく服装はイーディスも納得行くものだった。どんどんと細かいところも詰めていき、イーディスは少し離れたところでのんびりと紅茶を楽しむ。すると何か思い立ったように顔を上げたキースと目があった。
「イーディス。君は待っている間、採寸してもらってくれ」
「採寸、ですか?」
「君の服もデザインしている。当日は楽しみにしているといい」
キースは針子に指示を出すと、いたずら好きの少年のように上機嫌に笑った。ノリにのった彼は一体どんな服を作ってくれるのだろうか。服を贈られるなんて久しぶりだなんて胸躍らせて、イーディスは針子達に囲まれるのだった。
『三ヶ月後、三人で行く一泊二日の旅』である。三ヶ月後の理由は単純に服が出来上がるのがその頃だから。行き先は話し合いの結果、ギルバート領から一刻半ほどの場所にある避暑地に決まった。さすがに仕事のスケジュールとゲートの兼ね合いもあり、島は難しかったのだ。代わりに近くには砂浜も花畑もある。昼前に屋敷を出発し、少し宿で休憩してから夕方から夜に変わりゆく花畑を堪能する。翌朝、海辺で貝殻探しをしてーーという行程を組むところまでは良かった。問題はその先である。
「この生地ならふわっとしたフリルが合うだろう!」
「フリルなら一日目の服に盛り込んだじゃないですか。ふわふわばっかりじゃ飽きるので、二日目はシンプルデザインがいいですって」
「二日で飽きる訳ないだろ! それにシンプルデザインならもっと暑くなってからでいいじゃないか」
「三ヶ月後ともなると昼間は結構暑いですからね! それに足元はサンダル確定で、砂浜で貝殻拾いするというのも忘れないでくださいよ!?」
一日目の服を決めるのも二日かかったのだ。そしてこの二日の反省も活かして、二日目の服を決める予定がなかなか決まらない。日も暮れて、デザイナーや針子達の表情には疲弊の色が見える。けれどふんわり系が好きなキースと、シンプルイズベストなイーディスでは根本的に好みが合わなかった。普段の友好さはどこへやら。屋敷中に響くほどにぎゃんぎゃんと騒ぎまくり、果ては今さら行程の変更を言い出してくる。
「暑くなりすぎるとマリアの体調が心配だしな……。いっそ一日目を海にするのはどうだろうか?」
「光る花は絶対写真撮りたいのでダメです」
それに二日かけて決まった服装も全て初めからやり直しになってしまう。
「確かにあの花はマリアに見せたい……。どうするべきか」
「だからシンプルに白のワンピースで、ストローキャップと合わせましょう。砂浜に美少女と来たら鉄板です」
「この世にマリアに似合わない服があるとは思わないが、それにしても地味すぎる」
「まだ言いますか! ならいっそワンピースやドレスから離れてパンツスタイルにします?」
「マリアのパンツスタイルだと!?」
イーディスの発言にキースはぎょっと目を見開く。そんなに驚くようなことだろうか。この世界でも女性がパンツスタイルになることはよくあることで……とそこまで考えてハッとした。イーディスの基準となっているのは夢の外の世界なのだ。乗馬が流行ったことで女性のファッションにも大きな変化があった。
貴族の中では未だ乗馬服くらいしか取り入れられていないものの、しばしば目にする服装で、平民の間ではパンツスタイルが浸透しつつある。平民向けの比較的安めのブランドがいくつか立ち上がっていたはずだ。
だが夢の中の世界では乗馬が流行っていない。あれはリガロとイーディスの仲が良いと勘違いした令嬢達が流行らせたものだ。乗馬が流行らなければ乗馬服から派生した女性のパンツスタイルが流行ることはなかったはずだ。この世界では一緒に馬に跨るどころか、同じ馬車に乗ることすらない。未だパンツスタイルは男性の服装であるという認識が強いのも仕方のないことだろう。とはいえマリアのパンツスタイルを見てみたいという気持ちがなくなる訳ではない。むしろ口に出したことでイーディスの中の欲はもくもくと膨らんでいく。マニッシュファッションもいいが、初めに着てもらうならまずは『女の子らしさ』を押し出していきたいところである。脳内で衣装をカスタムすればシンプルかつふんわりな服装が出来上がる。
「タイトパンツとシャツを合わせて。シャツなら袖口とかふわっと出来ますし、襟首にレースを付けるのもいいですよね」
「それだ!」
キースはポンと手を叩くと、デザイナーに指示を出していく。同時に針子にも生地と縫い方の指定をしていき、完全にイーディスは蚊帳の外状態となる。けれど紙の上に書き上がっていく服装はイーディスも納得行くものだった。どんどんと細かいところも詰めていき、イーディスは少し離れたところでのんびりと紅茶を楽しむ。すると何か思い立ったように顔を上げたキースと目があった。
「イーディス。君は待っている間、採寸してもらってくれ」
「採寸、ですか?」
「君の服もデザインしている。当日は楽しみにしているといい」
キースは針子に指示を出すと、いたずら好きの少年のように上機嫌に笑った。ノリにのった彼は一体どんな服を作ってくれるのだろうか。服を贈られるなんて久しぶりだなんて胸躍らせて、イーディスは針子達に囲まれるのだった。
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