76 / 177
五章
8.親友の愛は重い
しおりを挟む
「そうやって管理者たる俺を怒らせて、少しでもゲートの維持を続けさせるつもりだな。なんと言われたかは知らないが、俺はそう簡単に考えを変えるつもりはない」
「違いますよ。だって私、ゲート云々とかよく知りませんし。人一人いなくなったところで保てなくなるならその程度だったんじゃないですかね」
「ギルバート家を愚弄するつもりか!」
ハッと鼻で笑えば、使用人達は殺意を孕んだ視線でイーディスを貫く。家を侮辱されたのだ。怒って当然だ。彼らの視線は肌がひりつくように痛い。だがこれくらいなんてことはない。イーディスはマリアのためなら溶岩の中にだって迷わず飛び込む覚悟をしてきたのだから。キースを真っ直ぐと見つめ続ければ、彼は短く息を吐いた。
「……なぜ君はここに来た」
「あなたの性根をたたき直すつもりだと初めに言ったじゃないですか」
「意味が分からないな。なぜ俺を引き留める? それとも自分が代わりに死ぬとでも言うつもりか?」
「言いません。私は寿命を全うするつもりですよ。だってこの世界には私が愛したマリア様が見たかったものが沢山ありますから。親友である私が見ないで誰が伝えるんですか?」
「マリアの見たかったもの……」
この世界のマリアはピンクの貝殻も鳥が落としていった羽根も、物語の中でしか知らない。イーディスが書いたリガロもフィクションだ。屋敷の中からほとんど出たことのない彼女が知っている光景のほとんどが文字とイラストで出来ている。たった一度だけだが、マリアは本物を見てみたいのだと漏らしていた。だがこの世界のイーディスは貝殻も羽根もプレゼントをすることができなかった。それでも今からでも出来ることはある。物は備えることしかできないが、話ならいくらでも伝えられる。手紙を書いても渡すのは少し遅くなるけれど。何十年後になるかもしれないけれどしっかりと伝えるーーそれが今のイーディスのやりたいことなのだ。
「山に篭もっていた私が言うのも何ですが、私の幸せってやっぱりマリア様がいるものなんですよね」
行き着く先は皆同じ。早く着くか遅れて着くかでしかない。マリアには少し寂しい思いをさせてしまうかもしれない。けれど一足先に空に昇った彼女に幸せだったかと聞かれた時、迷うようなことはしたくない。沢山の土産話を携えて、皺のたくさん刻まれた顔でこんなに楽しい一生だったと話したい。マリアならちゃんと全部聞いてくれる。でも登場人物がいつもイーディスだけというのも味気ないじゃないか。
「だから一緒にマリア様へのお土産話になりそうなものを探しませんか?」
仲間になってくれと手を伸ばせば、キースの瞳には大量の涙が溜まっていく。彼だって、マリアが後追いなんて望んでいないことくらい分かっていたのだろう。だから何年も、精神が病んでまでも生き残り続けた。イーディスを迎えた後で自分が死ねば、生きるという役目を押しつけられると思っていたのかもしれない。あまりの量にこらえられなくなった目からはボロボロと大粒の涙が溢れ、そしてキースは今度こそ彼らしく笑った。
「……君は変わっているな。マリアから聞いていた以上だ」
「重い自覚はあります」
「でもそんな君だからこそマリアは愛し、そして生きたいと願ったのだろうな。……なら俺ももう少しだけ生きてみるか」
目の下にはまだクマがあるけれど、瞳の中の絶望はどこかへと消え去った。涙と一緒に溢れていったのだろう。
「キース様、それは真ですか!?」
「少しだけだ。今のままの俺では、マリアを心配させるだけだからな」
キースの言葉に使用人達は歓喜し、他の者に報告するために部屋から立ち去った。ザイルはホッと胸をなで下ろしながら「良かった……」と息をついている。心配をかけてしまって申し訳ない。小さくぺこりと首を下げれば、彼は困ったように笑い、ありがとうと小さく口を動かした。
「それでイーディス嬢、マリアへの土産話というのの案はあるのか?」
「聖地巡りですかね! イストガルム国内以外にも何カ所か行きたいところがあるのですが、キース様はどのくらいこの地を離れられますか?」
「ゲートの経過にもよるが、今なら一ヶ月が限度だろうな」
「それくらいあればどこの国にお出かけしても大丈夫ですね! 島の方とか結構移動に時間がかかるから少し心配だったんですよ~」
「島!?」
バッグからこの日のために用意したノートを取り出し、最後に張り付けたマップを開く。大きめの紙を用意してもらったのだが、一枚では足りず何枚も繋ぎ合わせたイーディスお手製のものである。聖地はもちろん、マリアが行きたいと話していた場所・彼女が見たがっていた風景が見られそうな場所も全てマッピングしてある。今後、キースとも話し合って巡る場所を増やしていくつもりだ。
「違いますよ。だって私、ゲート云々とかよく知りませんし。人一人いなくなったところで保てなくなるならその程度だったんじゃないですかね」
「ギルバート家を愚弄するつもりか!」
ハッと鼻で笑えば、使用人達は殺意を孕んだ視線でイーディスを貫く。家を侮辱されたのだ。怒って当然だ。彼らの視線は肌がひりつくように痛い。だがこれくらいなんてことはない。イーディスはマリアのためなら溶岩の中にだって迷わず飛び込む覚悟をしてきたのだから。キースを真っ直ぐと見つめ続ければ、彼は短く息を吐いた。
「……なぜ君はここに来た」
「あなたの性根をたたき直すつもりだと初めに言ったじゃないですか」
「意味が分からないな。なぜ俺を引き留める? それとも自分が代わりに死ぬとでも言うつもりか?」
「言いません。私は寿命を全うするつもりですよ。だってこの世界には私が愛したマリア様が見たかったものが沢山ありますから。親友である私が見ないで誰が伝えるんですか?」
「マリアの見たかったもの……」
この世界のマリアはピンクの貝殻も鳥が落としていった羽根も、物語の中でしか知らない。イーディスが書いたリガロもフィクションだ。屋敷の中からほとんど出たことのない彼女が知っている光景のほとんどが文字とイラストで出来ている。たった一度だけだが、マリアは本物を見てみたいのだと漏らしていた。だがこの世界のイーディスは貝殻も羽根もプレゼントをすることができなかった。それでも今からでも出来ることはある。物は備えることしかできないが、話ならいくらでも伝えられる。手紙を書いても渡すのは少し遅くなるけれど。何十年後になるかもしれないけれどしっかりと伝えるーーそれが今のイーディスのやりたいことなのだ。
「山に篭もっていた私が言うのも何ですが、私の幸せってやっぱりマリア様がいるものなんですよね」
行き着く先は皆同じ。早く着くか遅れて着くかでしかない。マリアには少し寂しい思いをさせてしまうかもしれない。けれど一足先に空に昇った彼女に幸せだったかと聞かれた時、迷うようなことはしたくない。沢山の土産話を携えて、皺のたくさん刻まれた顔でこんなに楽しい一生だったと話したい。マリアならちゃんと全部聞いてくれる。でも登場人物がいつもイーディスだけというのも味気ないじゃないか。
「だから一緒にマリア様へのお土産話になりそうなものを探しませんか?」
仲間になってくれと手を伸ばせば、キースの瞳には大量の涙が溜まっていく。彼だって、マリアが後追いなんて望んでいないことくらい分かっていたのだろう。だから何年も、精神が病んでまでも生き残り続けた。イーディスを迎えた後で自分が死ねば、生きるという役目を押しつけられると思っていたのかもしれない。あまりの量にこらえられなくなった目からはボロボロと大粒の涙が溢れ、そしてキースは今度こそ彼らしく笑った。
「……君は変わっているな。マリアから聞いていた以上だ」
「重い自覚はあります」
「でもそんな君だからこそマリアは愛し、そして生きたいと願ったのだろうな。……なら俺ももう少しだけ生きてみるか」
目の下にはまだクマがあるけれど、瞳の中の絶望はどこかへと消え去った。涙と一緒に溢れていったのだろう。
「キース様、それは真ですか!?」
「少しだけだ。今のままの俺では、マリアを心配させるだけだからな」
キースの言葉に使用人達は歓喜し、他の者に報告するために部屋から立ち去った。ザイルはホッと胸をなで下ろしながら「良かった……」と息をついている。心配をかけてしまって申し訳ない。小さくぺこりと首を下げれば、彼は困ったように笑い、ありがとうと小さく口を動かした。
「それでイーディス嬢、マリアへの土産話というのの案はあるのか?」
「聖地巡りですかね! イストガルム国内以外にも何カ所か行きたいところがあるのですが、キース様はどのくらいこの地を離れられますか?」
「ゲートの経過にもよるが、今なら一ヶ月が限度だろうな」
「それくらいあればどこの国にお出かけしても大丈夫ですね! 島の方とか結構移動に時間がかかるから少し心配だったんですよ~」
「島!?」
バッグからこの日のために用意したノートを取り出し、最後に張り付けたマップを開く。大きめの紙を用意してもらったのだが、一枚では足りず何枚も繋ぎ合わせたイーディスお手製のものである。聖地はもちろん、マリアが行きたいと話していた場所・彼女が見たがっていた風景が見られそうな場所も全てマッピングしてある。今後、キースとも話し合って巡る場所を増やしていくつもりだ。
20
お気に入りに追加
385
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。

あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる