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四章
15.夜会
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夜会当日。
予定通り、メリーズはスチュワート王子の瞳と同じ色のドレスで会場に現れた。もちろんリガロが渡した小型の刃物とアルガが用意した薬入りリボンも装着済みである。スチュワート王子が会場入りした彼女の手を取れば周りが一気にざわめいた。先に会場入りしていたローザは一瞬だけ目を見開くが、すぐに冷静な表情へと戻る。だが彼女を囲むように立っている令嬢達は違うようだ。「ローザ様を差し置いて」と口では言いながらも、当のローザのことなど見もしない。婚約者がいる男の手を取ることは好ましい事とは言えない。けれどメリーズに手を差し伸べたのはスチュワートだ。王子相手に敵意をむき出しにするなどあってはならない。メリーズ本人だって聖女であることを抜きにしても、シャランデル公爵令嬢なのだ。格下の人間が嫌悪感を表に出していい相手ではない。
会場に広がっていく悪意に全く気付かないようにメリーズはリガロ・マルク・バッカスにも近寄っていく。まるで彼らが愛おしい人かのように蕩けたような笑みを向ける。すぐ近くからゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。自分に向けられたものではないと知りながら、それに触れたいと願う哀れな男の鳴き声だ。もしも彼女が悪魔なら、一瞬にしてこの場の男達の魂を刈り取ってしまえただろう。けれど彼女が真に欲するのは窓際でグラスを傾ける男である。王家の夜会でもローブのままで、髪の毛はボサボサ。身体に染みついた薬品の匂いを隠すつもりもないアルガに向ける表情を知ったら、彼らはどうなってしまうのだろう。
メリーズの手の甲にキスを落としながら、リガロは自らの婚約者を置き去りにして淡い恋に浸る男達を嘲笑う。けれど彼らのような観衆がいるからこそ、黒い感情が際立っていくのだ。ピリピリと肌を刺すような悪意は鋭くなる度に発生源を特定しやすくなる。会場内に控えた警備達も少しずつ場所を変え、確保へと動いていく。
「スチュワート王子、私、ローザ様とお話ししたいですわ」
「ローザと?」
「ええ。王子の今の婚約者の顔を見ておきたいのです」
腕を絡めながら視覚的にも煽っていく。ローザのプライドはたいそう傷ついたことだろう。涼しい顔をしながらも拳は緩く握られている。ゆっくりと近づいてくる女の背負うダンス曲は破滅のメロディにでも聞こえているかもしれない。それでも彼女は前を向き続ける。その瞳はどこかイーディスとよく似ている。だからきっと大丈夫だ。フッと笑ったメリーズも何かを察したのだろう。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、メリーズ=シャランデルと申します。スチュワート王子とは仲良くさせて頂いておりますわ」
「はじめまして、メリーズ様。お噂はかねがね」
「私達の仲がローザ様のお耳に届いているなんて嬉しいわ」
「っ」
「あなた失礼なんじゃなくって!?」
「あら、あなたは?」
「私はローザ様の友人ですわ。先ほどから聞いていればローザ様を傷つける言葉ばかり」
「ローザ様は次期王子妃ですのよ!」
「身の程をわきまえなさい!」
「貴族の血を受け継がない無能め!」
「平民風情が手を出していいお方じゃないの!」
ローザを守るように言葉を紡げば紡ぐほど本性が見えてくる。声を荒げ、まるで理性を失った獣のようだ。自らの後ろでローザがどんな顔をしているかも知ろうともしない。馬鹿な連中だ。だが彼女達はいわば囮。会場の視線が集まっているのをいい事に他の連中が動き出す。そこを確保していくのが警備班の役目だ。暴れる者もアルガが注射器を刺せば静かになる。淡々と、そして着々と彼らの仲間は減っていく。
「それは聞き捨てなりませんね」
「ス、スチュワート王子」
スチュワート王子が動き出したことで、リガロは警戒レベルを最大まで引き上げる。
「貴族も平民も私にとっては愛する民達です。彼らを馬鹿にされては私も黙ってはいられません」
「ですが!」
「ところであなた方は最近とあるサロンに出入りされているとのことですが、一体何をされていたのですか?」
「なぜそれを……」
「わ、私はローザ様のために!」
「そう、彼女を守るために!」
不穏分子を特定するためにマルクが開いたサロンなのだが、獲物は面白いほどに集まってくれた。警戒心が足りないのか、マルクのやり方が上手いのか。今、メリーズの前にいる令嬢達は熱心に足を運んでくれていた。それが罠とも気付かずに。
「私の大事な婚約者を言い訳に使わないで頂けますか? 彼女は聖女殺害なんて望んでいませんよーー確保しろ!」
「聖女殺害だって!?」
彼女達の計画を明るみに出すと、会場に居合わせた貴族達はざわめいた。会場から逃げ出す者もいたようだが、逃げられるはずがない。なにせ外には剣聖 ザイルが待っているのだから。リガロは安心して会場内だけを警戒出来る。メリーズとスチュワート王子、そしてローザを守るように立てば、一仕事を終えたアルガもこちらへと向かってくる。
「混乱させてしまってすまない。実は数ヶ月前、聖女を良く思わない連中がいるとの情報が寄せられた。皆も知っての通り、聖女は我が国だけではなく大陸にとっても重要な役割を担っている。近く行われる儀式は彼女なしでは実現出来ない。儀式を円滑に実行するために彼女を含め、逆賊確保に協力してもらったメンバーがいる。リガロ、バッカス、マルク、アルガだ!」
王子に名前を呼ばれ、協力者達は次々に明かされる。
「アルガはメリーズの婚約者でもある。そして最後にローザ、君には計画を告げることが出来ず、迷惑をかけてしまった。だが信じて欲しい。私は君を心から愛していると」
「スチュワート王子……」
種明かしが済んで一件落着、とはいかない。ローザは観衆達の手前、笑ってはいるが瞳は不安で揺れている。夜会が終わった後に王子妃の試験も兼ねていたと告げれば少しは違うのだろうが、修復には少し時間がかかるだろう。
そこから夜会の中心はメリーズとスチュワートではなく、王子とその協力者に移る。中にはまだ不穏分子も混じっているだろうが、多くの視線が集まり、会場を囲む警備の存在も明らかになった以上、この場所で彼女に危害を加えることはないだろう。それでもわずかな可能性に備えるのがリガロの役目だ。
予定通り、メリーズはスチュワート王子の瞳と同じ色のドレスで会場に現れた。もちろんリガロが渡した小型の刃物とアルガが用意した薬入りリボンも装着済みである。スチュワート王子が会場入りした彼女の手を取れば周りが一気にざわめいた。先に会場入りしていたローザは一瞬だけ目を見開くが、すぐに冷静な表情へと戻る。だが彼女を囲むように立っている令嬢達は違うようだ。「ローザ様を差し置いて」と口では言いながらも、当のローザのことなど見もしない。婚約者がいる男の手を取ることは好ましい事とは言えない。けれどメリーズに手を差し伸べたのはスチュワートだ。王子相手に敵意をむき出しにするなどあってはならない。メリーズ本人だって聖女であることを抜きにしても、シャランデル公爵令嬢なのだ。格下の人間が嫌悪感を表に出していい相手ではない。
会場に広がっていく悪意に全く気付かないようにメリーズはリガロ・マルク・バッカスにも近寄っていく。まるで彼らが愛おしい人かのように蕩けたような笑みを向ける。すぐ近くからゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。自分に向けられたものではないと知りながら、それに触れたいと願う哀れな男の鳴き声だ。もしも彼女が悪魔なら、一瞬にしてこの場の男達の魂を刈り取ってしまえただろう。けれど彼女が真に欲するのは窓際でグラスを傾ける男である。王家の夜会でもローブのままで、髪の毛はボサボサ。身体に染みついた薬品の匂いを隠すつもりもないアルガに向ける表情を知ったら、彼らはどうなってしまうのだろう。
メリーズの手の甲にキスを落としながら、リガロは自らの婚約者を置き去りにして淡い恋に浸る男達を嘲笑う。けれど彼らのような観衆がいるからこそ、黒い感情が際立っていくのだ。ピリピリと肌を刺すような悪意は鋭くなる度に発生源を特定しやすくなる。会場内に控えた警備達も少しずつ場所を変え、確保へと動いていく。
「スチュワート王子、私、ローザ様とお話ししたいですわ」
「ローザと?」
「ええ。王子の今の婚約者の顔を見ておきたいのです」
腕を絡めながら視覚的にも煽っていく。ローザのプライドはたいそう傷ついたことだろう。涼しい顔をしながらも拳は緩く握られている。ゆっくりと近づいてくる女の背負うダンス曲は破滅のメロディにでも聞こえているかもしれない。それでも彼女は前を向き続ける。その瞳はどこかイーディスとよく似ている。だからきっと大丈夫だ。フッと笑ったメリーズも何かを察したのだろう。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、メリーズ=シャランデルと申します。スチュワート王子とは仲良くさせて頂いておりますわ」
「はじめまして、メリーズ様。お噂はかねがね」
「私達の仲がローザ様のお耳に届いているなんて嬉しいわ」
「っ」
「あなた失礼なんじゃなくって!?」
「あら、あなたは?」
「私はローザ様の友人ですわ。先ほどから聞いていればローザ様を傷つける言葉ばかり」
「ローザ様は次期王子妃ですのよ!」
「身の程をわきまえなさい!」
「貴族の血を受け継がない無能め!」
「平民風情が手を出していいお方じゃないの!」
ローザを守るように言葉を紡げば紡ぐほど本性が見えてくる。声を荒げ、まるで理性を失った獣のようだ。自らの後ろでローザがどんな顔をしているかも知ろうともしない。馬鹿な連中だ。だが彼女達はいわば囮。会場の視線が集まっているのをいい事に他の連中が動き出す。そこを確保していくのが警備班の役目だ。暴れる者もアルガが注射器を刺せば静かになる。淡々と、そして着々と彼らの仲間は減っていく。
「それは聞き捨てなりませんね」
「ス、スチュワート王子」
スチュワート王子が動き出したことで、リガロは警戒レベルを最大まで引き上げる。
「貴族も平民も私にとっては愛する民達です。彼らを馬鹿にされては私も黙ってはいられません」
「ですが!」
「ところであなた方は最近とあるサロンに出入りされているとのことですが、一体何をされていたのですか?」
「なぜそれを……」
「わ、私はローザ様のために!」
「そう、彼女を守るために!」
不穏分子を特定するためにマルクが開いたサロンなのだが、獲物は面白いほどに集まってくれた。警戒心が足りないのか、マルクのやり方が上手いのか。今、メリーズの前にいる令嬢達は熱心に足を運んでくれていた。それが罠とも気付かずに。
「私の大事な婚約者を言い訳に使わないで頂けますか? 彼女は聖女殺害なんて望んでいませんよーー確保しろ!」
「聖女殺害だって!?」
彼女達の計画を明るみに出すと、会場に居合わせた貴族達はざわめいた。会場から逃げ出す者もいたようだが、逃げられるはずがない。なにせ外には剣聖 ザイルが待っているのだから。リガロは安心して会場内だけを警戒出来る。メリーズとスチュワート王子、そしてローザを守るように立てば、一仕事を終えたアルガもこちらへと向かってくる。
「混乱させてしまってすまない。実は数ヶ月前、聖女を良く思わない連中がいるとの情報が寄せられた。皆も知っての通り、聖女は我が国だけではなく大陸にとっても重要な役割を担っている。近く行われる儀式は彼女なしでは実現出来ない。儀式を円滑に実行するために彼女を含め、逆賊確保に協力してもらったメンバーがいる。リガロ、バッカス、マルク、アルガだ!」
王子に名前を呼ばれ、協力者達は次々に明かされる。
「アルガはメリーズの婚約者でもある。そして最後にローザ、君には計画を告げることが出来ず、迷惑をかけてしまった。だが信じて欲しい。私は君を心から愛していると」
「スチュワート王子……」
種明かしが済んで一件落着、とはいかない。ローザは観衆達の手前、笑ってはいるが瞳は不安で揺れている。夜会が終わった後に王子妃の試験も兼ねていたと告げれば少しは違うのだろうが、修復には少し時間がかかるだろう。
そこから夜会の中心はメリーズとスチュワートではなく、王子とその協力者に移る。中にはまだ不穏分子も混じっているだろうが、多くの視線が集まり、会場を囲む警備の存在も明らかになった以上、この場所で彼女に危害を加えることはないだろう。それでもわずかな可能性に備えるのがリガロの役目だ。
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