モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴②発売中

文字の大きさ
上 下
58 / 177
四章

10.オススメの本

しおりを挟む
「オススメの本を教えてくれないか?」

 リガロは海に行った日から積極的に本を手に取ることにした。何から読めばいいのか分からなかったので、とりあえずイーディスが読んでいたものを。チラッとイーディスとの会話に入っていたものから、彼女が楽しそうに読んでいたものまで。今まで本にはトンと興味のなかったリガロが覚えているタイトルはさほど多くはないが、それでも手元には山が出来た。そこから毎晩少しずつ読み進めていたのだが、一週間が経った頃にはすっかりお手上げ状態だった。

 なにせリガロは恋愛小説を読めばヒロインにイーディスを重ね、推理小説では姑息な手段で殺害する犯人になぜ真っ向から挑まないんだと首を傾げ、古典に至っては意味が分からずに根をあげた。父から薦められた本は読めるし、授業で取り扱うような文章は理解できる。ただ致命的なまでに物語を読むことに向いていなかっただけ。

 だがここで放り出せばイーディスとの仲が深まることはない。『感想を言い合いたい』から『せめて彼女の好きなものの魅力に指先だけでもいいから触れてみたい』までハードルをドンと下げたリガロだったが、一人では穴にハマるだけだった。けれどイーディスにみっともない姿は見せられない。悩んだリガロが頼ったのは本好きのバッカスだった。

「リガロ様も本読むのか? え、どんな本が好き? ジャンルは? 最近読んだ本は?」

「好きなジャンルはなくて、最近読んだのは『メロンkiss』だな」

「なんというか、意外だな。まさかリガロ様の口から乙女小説タイトルを聞くことになるとは……」

「以前イーディスが読んでいた。その日のデザートがメロンだったからたまたま覚えていてな」

「それで、読んだ感想は?」

「イーディスなら絶対言わないようなセリフを並べていたな」

 恋愛小説ということもあって、イーディスから教えてもらった『トキメキ』に関する情報が得られるかもしれないとも期待した。だが主人公の一人称で書かれているはずなのに、彼女の心情がいまいち理解出来ない。それに相手の男も誤解されるようなことの連続で、他の女性と馬車に乗り込むシーンなんかは幼少期に立ち居振る舞いをしっかりと叩き込まれなかったのか? と首を傾げてしまった。万が一主人公に見られずとも、たまたま見かけた誰かが噂を流すかもしれないし、相手の女性だって勘違いしないとは限らない。秘密にしたい話があったにしても、密室で二人きりは避けるべきだ。ストーリーは主人公に見られた上に、たまたま居合わせた生徒が悪意なき噂を拡散しまくるという最悪の自体になり、婚約破談に持ち込まれてもおかしくないところまで行ってから立ち直っている。お互いに恋愛感情を寄せていたというだけの理由で。その過程で負ったダメージ大きすぎないか? これがトキメキなのか? と頭を抱え、結局共感までたどり着けなかった。リガロには些かハードルの高い作品だった。もっと参入ハードル低めのものはないか、とバッカスに問いかける。なんだか残念なものを見るような目で見つつも、彼はリガロを見放さなかった。

「……質問が悪かったな。最近読んだ本の中で一番面白かったものは?」

「『城塞』だな。絶壁を背にした城壁都市ならではの戦い方は非常に興味深かった」

 リガロが読んできた本はいずれも父や祖父に勧められた本ばかり。イーディスが好んで読む小説とは打って変わって実録系のものが多い。物語を楽しむというよりも生きた戦術や情報を取り込むことがメインであり、わざわざ話題に挙げるまでもなく、イーディスの気をひけるような内容でないことが分かる。

「恋愛小説とはかすりもしないな。戦闘系の本なら歴史ものとかバトルものがいいか」

「いや、戦術の本ではなくていい。むしろ普通の、本好きが読む本が知りたい」

「本好きって言っても好きなジャンルは違うしな~。とりあえず有名どころを読んでみるのはどうだ? 『ガープ=ベガロの独白』なら傭兵の話だし、リガロ様の好みにも合うんじゃないかな。あとは『13月』とか? 子ども向けの本だけど本好きなら大体読んでそうだし、何より深みのある物語なのにサクッと読めるところがいい」

「読んでみる」

 胸ポケットからペンを取り出してノートにタイトルを書き記していく。そんなリガロが珍しかったのだろう。少し離れていた所でお茶をしていたメンバーもノートを覗き込んだ。

「『13月』か、懐かしいな。それが気に入ったのなら『死期』も読んでみるといい」

「王子、なかなかコアなところを攻ますね……」

「え、そうなのか?」

「児童書で老人視点の話は珍しいですから。『13月』が気に入ったのなら次は『カレンダー』に手を伸ばしてみるといいのでは? 同じ作者の作品ですし、テイストも似ていますから」

「その作者なら俺は『ヴァルカ』が好きだな」

「アルガ様も『ヴァルカ』好きなんですか!? 実は私も好きな本で」

 アルガとメリーズは『ヴァルカ』の話で盛り上がり、マルクとスチュワートは子どもウケのいい児童書について掘り下げていく。孤児院へ寄贈する本の選定に活かすようだ。イーディスとバッカスだけではなく、思わぬところに本好き達がいたものだ。いや、リガロが本を読まなさすぎるだけなのかもしれない。

 そもそも本だけではなく、リガロの興味と話の幅が狭すぎるのだろう。それでも社交界では適応できた。周りが話を合わせてくれたというのもあるのだろうが、あの場所は特殊だ。リガロは他人に貶められるような立場になることはなく、情報収集さえ怠らなければ特に問題は発生しなかった。きっとこの先もそうなのだろう。リガロは剣聖の孫だ。期待されているのは当然剣術であり、裏を返せばその点のみに注目されており、それ以外は期待されていない。個人として見てもらいたいなんて言いながら、リガロはそのための努力はしてこなかったのだと改めて実感した。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

処理中です...