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四章
10.オススメの本
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「オススメの本を教えてくれないか?」
リガロは海に行った日から積極的に本を手に取ることにした。何から読めばいいのか分からなかったので、とりあえずイーディスが読んでいたものを。チラッとイーディスとの会話に入っていたものから、彼女が楽しそうに読んでいたものまで。今まで本にはトンと興味のなかったリガロが覚えているタイトルはさほど多くはないが、それでも手元には山が出来た。そこから毎晩少しずつ読み進めていたのだが、一週間が経った頃にはすっかりお手上げ状態だった。
なにせリガロは恋愛小説を読めばヒロインにイーディスを重ね、推理小説では姑息な手段で殺害する犯人になぜ真っ向から挑まないんだと首を傾げ、古典に至っては意味が分からずに根をあげた。父から薦められた本は読めるし、授業で取り扱うような文章は理解できる。ただ致命的なまでに物語を読むことに向いていなかっただけ。
だがここで放り出せばイーディスとの仲が深まることはない。『感想を言い合いたい』から『せめて彼女の好きなものの魅力に指先だけでもいいから触れてみたい』までハードルをドンと下げたリガロだったが、一人では穴にハマるだけだった。けれどイーディスにみっともない姿は見せられない。悩んだリガロが頼ったのは本好きのバッカスだった。
「リガロ様も本読むのか? え、どんな本が好き? ジャンルは? 最近読んだ本は?」
「好きなジャンルはなくて、最近読んだのは『メロンkiss』だな」
「なんというか、意外だな。まさかリガロ様の口から乙女小説タイトルを聞くことになるとは……」
「以前イーディスが読んでいた。その日のデザートがメロンだったからたまたま覚えていてな」
「それで、読んだ感想は?」
「イーディスなら絶対言わないようなセリフを並べていたな」
恋愛小説ということもあって、イーディスから教えてもらった『トキメキ』に関する情報が得られるかもしれないとも期待した。だが主人公の一人称で書かれているはずなのに、彼女の心情がいまいち理解出来ない。それに相手の男も誤解されるようなことの連続で、他の女性と馬車に乗り込むシーンなんかは幼少期に立ち居振る舞いをしっかりと叩き込まれなかったのか? と首を傾げてしまった。万が一主人公に見られずとも、たまたま見かけた誰かが噂を流すかもしれないし、相手の女性だって勘違いしないとは限らない。秘密にしたい話があったにしても、密室で二人きりは避けるべきだ。ストーリーは主人公に見られた上に、たまたま居合わせた生徒が悪意なき噂を拡散しまくるという最悪の自体になり、婚約破談に持ち込まれてもおかしくないところまで行ってから立ち直っている。お互いに恋愛感情を寄せていたというだけの理由で。その過程で負ったダメージ大きすぎないか? これがトキメキなのか? と頭を抱え、結局共感までたどり着けなかった。リガロには些かハードルの高い作品だった。もっと参入ハードル低めのものはないか、とバッカスに問いかける。なんだか残念なものを見るような目で見つつも、彼はリガロを見放さなかった。
「……質問が悪かったな。最近読んだ本の中で一番面白かったものは?」
「『城塞』だな。絶壁を背にした城壁都市ならではの戦い方は非常に興味深かった」
リガロが読んできた本はいずれも父や祖父に勧められた本ばかり。イーディスが好んで読む小説とは打って変わって実録系のものが多い。物語を楽しむというよりも生きた戦術や情報を取り込むことがメインであり、わざわざ話題に挙げるまでもなく、イーディスの気をひけるような内容でないことが分かる。
「恋愛小説とはかすりもしないな。戦闘系の本なら歴史ものとかバトルものがいいか」
「いや、戦術の本ではなくていい。むしろ普通の、本好きが読む本が知りたい」
「本好きって言っても好きなジャンルは違うしな~。とりあえず有名どころを読んでみるのはどうだ? 『ガープ=ベガロの独白』なら傭兵の話だし、リガロ様の好みにも合うんじゃないかな。あとは『13月』とか? 子ども向けの本だけど本好きなら大体読んでそうだし、何より深みのある物語なのにサクッと読めるところがいい」
「読んでみる」
胸ポケットからペンを取り出してノートにタイトルを書き記していく。そんなリガロが珍しかったのだろう。少し離れていた所でお茶をしていたメンバーもノートを覗き込んだ。
「『13月』か、懐かしいな。それが気に入ったのなら『死期』も読んでみるといい」
「王子、なかなかコアなところを攻ますね……」
「え、そうなのか?」
「児童書で老人視点の話は珍しいですから。『13月』が気に入ったのなら次は『カレンダー』に手を伸ばしてみるといいのでは? 同じ作者の作品ですし、テイストも似ていますから」
「その作者なら俺は『ヴァルカ』が好きだな」
「アルガ様も『ヴァルカ』好きなんですか!? 実は私も好きな本で」
アルガとメリーズは『ヴァルカ』の話で盛り上がり、マルクとスチュワートは子どもウケのいい児童書について掘り下げていく。孤児院へ寄贈する本の選定に活かすようだ。イーディスとバッカスだけではなく、思わぬところに本好き達がいたものだ。いや、リガロが本を読まなさすぎるだけなのかもしれない。
そもそも本だけではなく、リガロの興味と話の幅が狭すぎるのだろう。それでも社交界では適応できた。周りが話を合わせてくれたというのもあるのだろうが、あの場所は特殊だ。リガロは他人に貶められるような立場になることはなく、情報収集さえ怠らなければ特に問題は発生しなかった。きっとこの先もそうなのだろう。リガロは剣聖の孫だ。期待されているのは当然剣術であり、裏を返せばその点のみに注目されており、それ以外は期待されていない。個人として見てもらいたいなんて言いながら、リガロはそのための努力はしてこなかったのだと改めて実感した。
リガロは海に行った日から積極的に本を手に取ることにした。何から読めばいいのか分からなかったので、とりあえずイーディスが読んでいたものを。チラッとイーディスとの会話に入っていたものから、彼女が楽しそうに読んでいたものまで。今まで本にはトンと興味のなかったリガロが覚えているタイトルはさほど多くはないが、それでも手元には山が出来た。そこから毎晩少しずつ読み進めていたのだが、一週間が経った頃にはすっかりお手上げ状態だった。
なにせリガロは恋愛小説を読めばヒロインにイーディスを重ね、推理小説では姑息な手段で殺害する犯人になぜ真っ向から挑まないんだと首を傾げ、古典に至っては意味が分からずに根をあげた。父から薦められた本は読めるし、授業で取り扱うような文章は理解できる。ただ致命的なまでに物語を読むことに向いていなかっただけ。
だがここで放り出せばイーディスとの仲が深まることはない。『感想を言い合いたい』から『せめて彼女の好きなものの魅力に指先だけでもいいから触れてみたい』までハードルをドンと下げたリガロだったが、一人では穴にハマるだけだった。けれどイーディスにみっともない姿は見せられない。悩んだリガロが頼ったのは本好きのバッカスだった。
「リガロ様も本読むのか? え、どんな本が好き? ジャンルは? 最近読んだ本は?」
「好きなジャンルはなくて、最近読んだのは『メロンkiss』だな」
「なんというか、意外だな。まさかリガロ様の口から乙女小説タイトルを聞くことになるとは……」
「以前イーディスが読んでいた。その日のデザートがメロンだったからたまたま覚えていてな」
「それで、読んだ感想は?」
「イーディスなら絶対言わないようなセリフを並べていたな」
恋愛小説ということもあって、イーディスから教えてもらった『トキメキ』に関する情報が得られるかもしれないとも期待した。だが主人公の一人称で書かれているはずなのに、彼女の心情がいまいち理解出来ない。それに相手の男も誤解されるようなことの連続で、他の女性と馬車に乗り込むシーンなんかは幼少期に立ち居振る舞いをしっかりと叩き込まれなかったのか? と首を傾げてしまった。万が一主人公に見られずとも、たまたま見かけた誰かが噂を流すかもしれないし、相手の女性だって勘違いしないとは限らない。秘密にしたい話があったにしても、密室で二人きりは避けるべきだ。ストーリーは主人公に見られた上に、たまたま居合わせた生徒が悪意なき噂を拡散しまくるという最悪の自体になり、婚約破談に持ち込まれてもおかしくないところまで行ってから立ち直っている。お互いに恋愛感情を寄せていたというだけの理由で。その過程で負ったダメージ大きすぎないか? これがトキメキなのか? と頭を抱え、結局共感までたどり着けなかった。リガロには些かハードルの高い作品だった。もっと参入ハードル低めのものはないか、とバッカスに問いかける。なんだか残念なものを見るような目で見つつも、彼はリガロを見放さなかった。
「……質問が悪かったな。最近読んだ本の中で一番面白かったものは?」
「『城塞』だな。絶壁を背にした城壁都市ならではの戦い方は非常に興味深かった」
リガロが読んできた本はいずれも父や祖父に勧められた本ばかり。イーディスが好んで読む小説とは打って変わって実録系のものが多い。物語を楽しむというよりも生きた戦術や情報を取り込むことがメインであり、わざわざ話題に挙げるまでもなく、イーディスの気をひけるような内容でないことが分かる。
「恋愛小説とはかすりもしないな。戦闘系の本なら歴史ものとかバトルものがいいか」
「いや、戦術の本ではなくていい。むしろ普通の、本好きが読む本が知りたい」
「本好きって言っても好きなジャンルは違うしな~。とりあえず有名どころを読んでみるのはどうだ? 『ガープ=ベガロの独白』なら傭兵の話だし、リガロ様の好みにも合うんじゃないかな。あとは『13月』とか? 子ども向けの本だけど本好きなら大体読んでそうだし、何より深みのある物語なのにサクッと読めるところがいい」
「読んでみる」
胸ポケットからペンを取り出してノートにタイトルを書き記していく。そんなリガロが珍しかったのだろう。少し離れていた所でお茶をしていたメンバーもノートを覗き込んだ。
「『13月』か、懐かしいな。それが気に入ったのなら『死期』も読んでみるといい」
「王子、なかなかコアなところを攻ますね……」
「え、そうなのか?」
「児童書で老人視点の話は珍しいですから。『13月』が気に入ったのなら次は『カレンダー』に手を伸ばしてみるといいのでは? 同じ作者の作品ですし、テイストも似ていますから」
「その作者なら俺は『ヴァルカ』が好きだな」
「アルガ様も『ヴァルカ』好きなんですか!? 実は私も好きな本で」
アルガとメリーズは『ヴァルカ』の話で盛り上がり、マルクとスチュワートは子どもウケのいい児童書について掘り下げていく。孤児院へ寄贈する本の選定に活かすようだ。イーディスとバッカスだけではなく、思わぬところに本好き達がいたものだ。いや、リガロが本を読まなさすぎるだけなのかもしれない。
そもそも本だけではなく、リガロの興味と話の幅が狭すぎるのだろう。それでも社交界では適応できた。周りが話を合わせてくれたというのもあるのだろうが、あの場所は特殊だ。リガロは他人に貶められるような立場になることはなく、情報収集さえ怠らなければ特に問題は発生しなかった。きっとこの先もそうなのだろう。リガロは剣聖の孫だ。期待されているのは当然剣術であり、裏を返せばその点のみに注目されており、それ以外は期待されていない。個人として見てもらいたいなんて言いながら、リガロはそのための努力はしてこなかったのだと改めて実感した。
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