モブ令嬢は脳筋が嫌い

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四章

2.聖母か悪魔か

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 ただでさえ聖女の周りは危険が伴うのだ。加えてこの女は危険だ。メリーズに悪意があろうとなかろうと、人の感情を動かす力がある。気を抜けば巻き込まれる。そんな相手をイーディスには近づけたくない。いや、リガロが彼女と共にいる姿をイーディスには見せたくないだけかもしれない。

「イーディス様にも是非お会いしてみたかったのですが、ご迷惑をかけるわけにはいきませんし……儀式が終わってからご挨拶に伺わせていただきます」

 頬を押さえながらすぐお会いできないのは少し残念ですけど、と呟く姿に胸がバクバクと動いた。この感覚には覚えがある。剣術大会で負け、イーディスと離されそうになったあの日と同じだ。彼女のために頑張ろうと決めたのに、このまま突き進めば遠くに行ってしまいそうで。同時に自分には進む以外の選択肢がないことを理解している。だから怖い。信じていたものが全てなくなってしまいそうで、聖母のように微笑む女が悪魔に見える。

「それで、今日俺らは顔合わせのためだけに集められたんですか?」

「それもあるが、今日は連絡と聞きたいことがあってな。マルク!」

「時間割?」

 マルクと呼ばれた男によって配られた時間割には複数の赤い丸が書かれている。さらに数字が振られているものもいくつか。教室名が書かれているものもあり、紙を引っ繰り返せば構内図も載っている。数字は護衛の配置人数なのだろう。教室移動は少ないようだが、ゼロではない。移動中の周りの警戒も重要となってくるはずだ。それに万が一、校内でイーディスが聖女と接触しそうになった際に回避するための経路も把握しておきたい。リガロは構内図をじっと見つめて頭の中に取り入れていく。

「メリーズが受講出来る科目をチェックしたものだ。警護の関係もあり、なるべく同じ科目をチェックしてもらいたいが、個別で取りたい科目もあるだろう。だから聞いておこうと思ってな」

「わざわざ呼び出さなくても入学式で良かったのでは?」

「実は一昨日、ギルバート家から聖女を婚約者と近づけたくないから時間割を送ってくれと手紙が送られてきてな」

「例の身体の弱い婚約者って奴か。面倒くさっ」

 アルガはそう吐き捨てると「俺は約束さえ守ってもらえればいい」と続けた。彼もまたリガロと同じように何かしらの報酬が与えられるらしい。やる気があるようには見えないが、それでも面倒事から逃げようともしない。腹を括っているのだろう。リガロだってもうとっくに決心したつもりだったのに……。聖女に対して抱く恐怖感はそのまま自分への嫌悪感と変わっていく。

「同時にこの一年間は私の婚約者、ローザ=ヘカトールの最終試験も兼ねている。おそらく彼女は聖女の邪魔をしたい人間達から接触されることだろう。その時にどのような態度をとるかが王子妃の最終選考内容となる。ヘカトール家には通告済みだが本人は何も知らない。最悪、メリーズにも危害を加えてくる可能性がある。君達にはローザの動きにも注意してもらいたい」

「王子妃も大変ですね、っと俺は地質学だけ取れれば他は同じで大丈夫です」

「私はこの辺りの科目を……」

「なるほど、割とどの時間も固められそうだな。リガロ、希望はあるか?」

「……俺はこの教科がどれもイーディスと被らなければそれでいいです」

 聖女からも時間割からも視線を逸らして、目を閉じる。まぶたの裏側に映るのはイーディスの姿。だからまだ大丈夫だと、必死に自分に言い聞かせる。

「彼女の受講科目は今渡している分で確定だから、これらを受講しないようにリガロの方で誘導してくれ。じゃあとりあえずギルバート家側にはこの時間割を送っておくから。また入学式後に生徒会室に集まってくれ」

「生徒会室?」

「全員生徒会所属にしてある。防音もしっかりしていて関係ない生徒は入ってこられないから今後も何かあったらそこに集合するように」

「了解です」

「一年の我慢か……」

「アルガ様は儀式後も結婚式で忙しいですけどね」

「お前が勝手にやっていればいいだろ。俺は研究で忙しいんだ」

「え、私が考えたら新郎新婦の入場が乗馬スタイルになりますけど。アルガ様、私のこと抱えながら馬に乗れますか?」

「普通に歩けよ」

「平民の流行スタイルなんです! でも一生に一度のことですし、一緒に決めましょうね!」

「アルガ。お前、たった数日で尻に引かれてるな……」

「はぁ……めんどい」

「王子、アリッサム家に滞在中のギルバート家のご子息に送る資料なのですが」

「今、確認する」

 唯一の救いは、初めから聖女の相手を他の男が務めると分かっていたこと。彼女が笑いかけるのはリガロではなく、この場にいた全員だ。きっとよく笑う性格なのだろう。明るい少女で、まるで初めて会ったイーディスのようだ。脳裏に浮かぶ、出会った頃のイーディスはキラキラと目を輝かせてリガロに微笑むのだ。

『これだから脳筋は嫌いなのよ』ーーと。

 耳元で囁かれたように鮮明な言葉に背筋がゾッとした。

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