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三章
24.悪役令嬢の愛
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「我がフランシカ男爵家と剣聖を抱えるフライド伯爵家では家格が違います。けれど癒やしの聖女を迎えたシャランデル家とならきっと身分も釣り合うことでしょう。そこに恋愛感情が加われば、数年間婚約者を務めていた女よりもずっと正しい関係が築けます」
「……王子も真実の愛に目覚めてしまったら、きっと私も用なしになるわ。いえ、もうなってしまっているのかもしれないわね。ねぇイーディス様、あなたはリガロ様と愛を育もうとしているメリーズ様を恨む気持ちはあるかしら?」
「いいえ、全く」
メリーズを恨む気持ちは少しもない。また画面を通した際にあったような嫌悪感も不思議と押し寄せては来ない。おそらくイーディスというキャラがサブキャラ以下で、二人の恋愛にほとんど関わらないからだろう。噂は耳にしても直接その姿を見ることさえない。敵としてイメージしにくいというのもあるのだろう。リガロもそれを狙って夜会に欠席させたのかもしれない。彼は変な所で頭が回る人だから。今すぐにでもリガロに毒を吐き捨てたい思いを我慢すれば、ローザはホッとしたように胸をなで下ろした。
「そう。やっぱりあなたに声をかけて良かったわ」
「え?」
「私ね、周りの人達がずっと二人を悪く言うのを聞いているのが辛くて、苦しくてたまらなかった。その中に私への善意が混ざっていることは分かっているのよ。でも『あなたこそ王子に相応しい』『あの女を引き離しましょう』『身の程を思い知らせてやりましょう』なんて言葉を聞いていると耳を塞いで逃げ出したくなる。あなたに声をかけたあの茂みは私にとっての逃げ場所だった。二人を見なくて済む上に悪い言葉を聞かずに済むんですもの。噂話も嫌みも悪口も全部慣れていたはずなのに、変よね。王子の婚約者としては毅然に対処出来なければいけないのに逃げるなんて」
彼女は単純に人目を避けるだけではなく、悪意からも避けるためにあの茂みにいたのか。イーディスと仲良くしてくれる彼らはメリーズのことを悪く言わない。バッカスは多少愚痴は吐くし、出来れば関わらない方がいいとは言うものの、それは彼女に向けた悪意ではない。けれどローザは他人へ向けた悪意を複数人から聞かされ続けるのだ。そして渦中へ引きずり込むように腕を引かれ、背中を押され続けている。顔を歪める彼女はきっと話を聞いているイーディスでは理解しきれないほどの辛さや葛藤があったのだろう。けれど彼女はゲームの中の悪役令嬢のように手を下すことはしなかった。茂みの中で丸まって耐えていたのだ。イーディスはローザの手を包み込み、そして彼女の目を真っ直ぐと見つめた。
「変なんかじゃありません! 例え善意の言葉であれ、辛いものは辛い、苦しいでいいと思います! むしろ闇に捕らわれずに逃げ出す判断をしたローザ様はお強いと思います」
「ありがとう。でも私、強くなんかないのよ。もう少しであなたの言う『闇』というものに引き込まれてしまいそうだった。こんなこと言うと引かれてしまうかもしれないけれど、破かれた教科書に引き裂かれたハンカチを抱えて王子達と話している彼女を見ていると、途端に自分の中でどろりとした感情が沸き上がって、足を引っ張りたくなる」
「彼女、嫌がらせをされているんですか? 以前のようなマイナスな噂は全く流れて来ないのに……」
「彼女を面白く思わない人達はもう集まっているのでしょうね。噂を流すまでもなく、引き落とそうと画策している。そして私もそこに参加して欲しいのでしょう。私も溺れる前にちゃんと止めなければならないと分かっているのだけど、なかなか足が動かなくて……」
ゲーム内では嫌がらせは全て悪役令嬢主導の元で行われていたとされていたが、今回は別のない人物が動いているらしい。そしてその実行犯がローザの取り巻きに混ざっている可能性が高い、と。
確かに王子の婚約者はちょうどいい隠れ蓑になるだろう。彼女自身、才色兼備で権力も持ち合わせている。おそらくイーディスなんかよりもずっと高いプライドを持っているだろう。だからこそ上手く煽れば主導者として祭り上げることが出来る。
たかが元平民の聖女を潰すためにそこまでするか?
一歩間違えればローザが悪役として断罪される。いや、ローザ潰しがメインなのだろうか。共倒れを狙っている可能性もある。嫌みを言い続けるだけだったお茶会の令嬢達とは比べものにならない悪意が渦巻いているというのか。
乙女ゲームシナリオがどれほど機能しているかは定かではないが、彼女の周りには少なくとも王子とリガロ、バッカスがいる。攻略対象者が全員いれば後二人追加されることとなる。身分の高さと知能、武術を持った彼らが揃えば学内での嫌がらせ程度処理出来ないはずがない。もし彼らで収集を付けられないような事態に発展するようなことがあったとしても、それこそローザの手に負えるようなことではない。
「そんなの絶対にダメです。いずれ王子達が犯人捜しを開始します。だからそれまで待ちましょう」
「けれどその間、彼女は嫌がらせを受け続けるわ」
「ローザ様の先ほどの話を聞く限り、すでに彼らは虐めを把握しているはずです。だからこそあなたは完全に外に立っていた方がいい。罪をなすりつけられないように」
「……そうよね。彼らが引き込みたいのは権力の強い者を対立させたいからよね。冷静を保っているようで目がくらんでいたみたい」
「ローザ様は王子を愛していらっしゃるのですね」
愛があるからこそ彼女は苦しんだ。それはきっとこの世界だけではなく、ゲームの中の悪役令嬢も同じなのだろう。そうでなければ優しい彼女がリスクを犯す行動を取るようには思えない。カップを手に取り、口を付ければ悲しげに微笑む彼女と目があった。
「……王子も真実の愛に目覚めてしまったら、きっと私も用なしになるわ。いえ、もうなってしまっているのかもしれないわね。ねぇイーディス様、あなたはリガロ様と愛を育もうとしているメリーズ様を恨む気持ちはあるかしら?」
「いいえ、全く」
メリーズを恨む気持ちは少しもない。また画面を通した際にあったような嫌悪感も不思議と押し寄せては来ない。おそらくイーディスというキャラがサブキャラ以下で、二人の恋愛にほとんど関わらないからだろう。噂は耳にしても直接その姿を見ることさえない。敵としてイメージしにくいというのもあるのだろう。リガロもそれを狙って夜会に欠席させたのかもしれない。彼は変な所で頭が回る人だから。今すぐにでもリガロに毒を吐き捨てたい思いを我慢すれば、ローザはホッとしたように胸をなで下ろした。
「そう。やっぱりあなたに声をかけて良かったわ」
「え?」
「私ね、周りの人達がずっと二人を悪く言うのを聞いているのが辛くて、苦しくてたまらなかった。その中に私への善意が混ざっていることは分かっているのよ。でも『あなたこそ王子に相応しい』『あの女を引き離しましょう』『身の程を思い知らせてやりましょう』なんて言葉を聞いていると耳を塞いで逃げ出したくなる。あなたに声をかけたあの茂みは私にとっての逃げ場所だった。二人を見なくて済む上に悪い言葉を聞かずに済むんですもの。噂話も嫌みも悪口も全部慣れていたはずなのに、変よね。王子の婚約者としては毅然に対処出来なければいけないのに逃げるなんて」
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「変なんかじゃありません! 例え善意の言葉であれ、辛いものは辛い、苦しいでいいと思います! むしろ闇に捕らわれずに逃げ出す判断をしたローザ様はお強いと思います」
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「彼女を面白く思わない人達はもう集まっているのでしょうね。噂を流すまでもなく、引き落とそうと画策している。そして私もそこに参加して欲しいのでしょう。私も溺れる前にちゃんと止めなければならないと分かっているのだけど、なかなか足が動かなくて……」
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