モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波

文字の大きさ
上 下
41 / 177
三章

22.茂みの中から

しおりを挟む
「それにしても一人って暇ね」

 来週二人に渡す用のプリントを折りながらぽつりと呟く。バッカスと別れてから一人で授業を受けていたイーディスだったが、想像通り誰からも話しかけられることなく一日が終了しつつある。社交界で羨ましいだの何だの言われていたが、リガロが居なければ彼の婚約者と気付かれることもない。マリアやキースがいなければ、授業中しばしば『あんな子いたっけ?』と言わんばかりの視線を向けられる。

 赤くなった目を隠すために、普段はマリアからもらったリボンで括っている髪を下ろしているとはいえ、髪型一つでそこまでの変化はないはず。さすが地味顔。前世のアニメでメガネキャラの本体はメガネだと言われることもあったが、イーディスの本体はリボンなのかもしれない。もしくはマリアの影。どちらにせよここまで目立たないと、過去に散々嫌みをぶつけてきた令嬢達の観察力は侮れないと思わざるを得ない。嫌いなものほどよく見えるだけかもしれないが。



 よし、帰るか。プリントを入れたバッグを持ち、イーディスは人を避けながら廊下を歩く。今日はやけに立ち話をしている生徒が多いなと眉間に皺を寄せ、馬小屋に到着してからハッと気付いた。無意識にこちらに向かって歩いてきたが、今日のイーディスが向かうべきは馬車乗り場である。習慣とは恐ろしいものである。到着するまで全く気付かなかった。外からチラリと見えたリガロの馬にはぁ……とため息を吐く。たまたま今日は帰りが遅いのか、かち合わずに済んだが、これで顔でも合わせてしまったらどうするのか。喧嘩だったらふんと顔を背けるところだが、今の状況は宙ぶらりん。どう反応すればいいのかも分からない。せめて夜会が終わるまでは顔を合わせたくはない。スッと馬小屋から目を逸らし、そして今度こそ馬車乗り場を目指す。



 渡り廊下を突っ切って、少し歩いた場所。馬小屋と馬車乗り場は意外と離れているのだ。きっと使用人が待っている。早足で歩いていた時だった。

「イーディス様」

「?」

 渡り廊下を歩いている最中、聞き慣れない声がイーディスの名前を呼んだ。誰だろうか。きょろきょろと周りを見回してもその姿は見えない。空耳だろうか。気を取り直して足を進めれば、再び声がする。

「待ってください、イーディス様。こっちですわ。こっち、茂みの中」

「茂み?」

 確かに茂みならある。だが茂みの中に隠れるような知り合いなどイーディスにはいない。そもそもなぜ隠れるような必要があるのだろうか。面倒事には関わりたくないのだが、反応してしまったからにはこのまま無視して行く訳にもいかない。仕方ないと進行方向を茂みにずらし、辺りの葉っぱをかき分ける。するとその中からまさかの人物が現れた。





「ローザ様? え、なんでこんなところに」

 王子の婚約者にして悪役令嬢でもある、ローザ=ヘカトール様である。公爵令嬢の彼女がなぜ茂みの中に身を隠しているのか。頭には葉を乗せ、スカートの裾は地面にくっついてしまっている。きっと中に隠れている靴は泥だらけになってしまっていることだろう。明らかに異常な自体にイーディスは目を白黒させる。

「しぃっ。静かに。ここにいると知られたら大変ですわ」

「すみません」

「さぁイーディス様も中に入って」

「は、はい。お邪魔します」

 茂みに招き入れられたイーディスは身体を低くして、そのまま彼女の近くへと身を寄せる。なぜ馬車に向かう途中で自分はこんなところにいるのだろうか。イーディスの頭の中には大量のクエスチョンマークが浮かんでは並んでいく。

「こんなところでごめんなさい。今日はご友人の方達とは一緒ではないのね」

「はい。二人ともお休みで」

「そう……。ずっとイーディス様とお話したかったのだけど、二人がいると話しづらくて」

「私と、ですか?」

「ええ。といっても今の私は学友達を撒いている状態。こんな場所では長話も出来ないわ。よければ今度の週末、うちに遊びに来てもらえないかしら?」

 馬小屋に向かう途中にすれ違った生徒達はローザ様を探していたのか。令嬢の中の令嬢とも言われる彼女がまさか茂みの中で丸まっているとは思うまい。それもこれが初めてではないのだろう。口の横に手をかざして内緒話をする姿は慣れているように見える。使用人を待たせている身としてはサクッと話を済ませられるのならばそれに越したことはない。それに茂みは女一人で隠れるにはちょうど良いのかもしれないが、二人に増えればなかなか狭い。イーディスとローザは初対面にも関わらず、今にも触れてしまいそうな至近距離で顔を付き合わせるような姿になっている。

「ローザ様のお屋敷に?」

「話したいことがあるの。メリーズ様と彼女と共にいる男子生徒達のことで」

「それは……」

 ゲームの中の彼女のように嫌がらせをしようというのではないだろうか。何でも完璧にこなす彼女は学園でも常にトップの成績をキープし続けている。多少目つきがキツいのが玉にキズだが、彼女ほど王子妃に相応しい人は他にいないだろう。それも比較対象が様子のおかしなヒロインともなればなおのこと。嫌がらせなんてすれば立場が弱くなるのはローザの方だ。なんとか止められないものかと顔を歪めれば、彼女はふふふっと笑った。口角は上がっているのに瞳は悲しげで、とても自分の婚約者に手を出す女に嫌がらせをしようとしている人のそれには見えなかった。

「別に何かしようとか言うんじゃないのよ。ただ同じような状況にいるあなたに少し愚痴を聞いて欲しいだけなの。初めて話す相手にこんなこと頼むのはどうかと思ったのだけど、他の人には話せないでしょう?」

 ローザは悲しんでいるのだ。もしかしたら混乱もしているかもしれない。どちらにせよ茂みの中から初対面の相手に声をかけるくらいには参っていることだけは確かだ。ごめんなさい、と小さく溢す彼女をイーディスは拒絶することなんて出来ない。

「そういうことでしたらお邪魔させて頂きます」

「美味しいお茶とお菓子を用意して待っているわ」

「それでは週末に」

 そう告げて茂みの中から出る。今度こそ馬車乗り場を目指したイーディスの中では怒りが沸き上がる。嫌いから好きになったリガロに捨てられそうなことよりも、前世から大嫌いだった第一王子 スチュワート=シンドレアへの怒りが勝ったのだ。ガタゴトと揺れる馬車の中で「彼女は絶対悪役なんかにしてやらないんだから」と呟くイーディスの目は闇の炎をメラメラと燃やしていた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「優秀すぎて鼻につく」と婚約破棄された公爵令嬢は弟殿下に独占される

杓子ねこ
恋愛
公爵令嬢ソフィア・ファビアスは完璧な淑女だった。 婚約者のギルバートよりはるかに優秀なことを隠し、いずれ夫となり国王となるギルバートを立て、常に控えめにふるまっていた。 にもかかわらず、ある日、婚約破棄を宣言される。 「お前が陰で俺を嘲笑っているのはわかっている! お前のような偏屈な女は、婚約破棄だ!」 どうやらギルバートは男爵令嬢エミリーから真実の愛を吹き込まれたらしい。 事を荒立てまいとするソフィアの態度にギルバートは「申し開きもしない」とさらに激昂するが、そこへ第二王子のルイスが現れる。 「では、ソフィア嬢を俺にください」 ルイスはソフィアを抱きしめ、「やっと手に入れた、愛しい人」と囁き始め……? ※ヒーローがだいぶ暗躍します。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...