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三章
21.寝不足バッカス
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「え、これで終わり?」
続きを読もうとページを捲ったイーディスだったが、次のページにあるのは奥付だけ。物語は終了していた。なんて中途半端な物語だろう。この後、ラスカはどうなったのか。モズリは一人で星を出ることにしたのか。そもそも一年前の悲劇とは何のことだったのか。未回収な伏線が多すぎる。これではバッカスも続きが気になって眠れないに違いない。そう思って本から視線を上げたイーディスだったが、想像は外れることとなる。
「すうすう」
「って寝てるし」
そもそもこの本のジャンルは何なのだろう。ホラー、でいいのか。モズリが登場するまでは完全にメルヘンだったのに、一気にイラストも内容も狂気が見え隠れするようになってきた。なのに、バッカスは幸せそうな顔で眠っている。これが結末まで知って読んだ者の余裕だろうか。きっと考察までしっかりと済ませているに違いない。もしもこの場所にマリアやキースがいたとすれば速攻で感想合戦を開始するところだが、残念ながらここには寝不足バッカスしかいない。当の本人を起こす訳にもいかない。
「仕方ない。同じ作者の本を読んでその作風から考察していこう」
絵本というものは根本的にページ数が少ない。文章の他に絵で情報を補っているとはいえ、読者側に与えられる情報量は制限されている。他の本よりもウンと制限された条件下で速攻で読者を物語の海に沈めてくれるところが利点ではあるが、細かい背景があるものや多くの設定開示を必要とする物語は処理しきることが出来ない。明らかに中身と媒体の不一致が引き起こした結果である。とはいえ、ここでつまらなかったではなく、背景が気になると他の作品を探させているぐらい強い印象を残す話とイラストではあるのだが。作者の名前を頭の中で繰り返しながら、別作品を探す。
「ええっと確かこの辺り……ってまさかの超大作」
『ラスカと○○』とタイトルについた作品がずらりと並んでいる。ざっと数えただけでも十を越し、一番端っこに置かれた本の背表紙には『ラスカとモズリ』と書かれている。おそらくあの本が最終刊もしくは一歩手前辺りなのだろう。イーディスは『ラスカと花』を一番端っこに差し込むと、残り全てを抜き出した。大量の絵本を胸に抱き、バッカスの前に腰掛けるとそのまま続きを読み進めていった。
「バッカス様、起きてください」
「ん? もう時間? ってイーディス嬢、目、赤いぞ?」
「ラスカシリーズが感動作すぎる……」
イーディスは机に戻った後、眠るバッカスを完全に放置して読み進めた。そして全十四冊を読み終えたのである。涙なしでは読めない展開にハンカチはぐっしょりと濡れ、彼の指摘通り、目も赤くなってしまっているのだろう。これから授業があるのに読むタイミングを完全に間違えた。けれど後悔はない。どうせ今日一日イーディスに話しかけてくる者はいない。元々目立つ容姿でもなく、誰もイーディスの存在にすら気付かないかもしれない。顔を洗って、教室の端っこにでも居れば大丈夫だろう。それよりもラスカシリーズである。バッカスはもうすぐ図書館を出る時間だが、イーディスは少しでも彼とこの感動を共有してたくてたまらない。
「ああ、続きも読んだのか。どこが好き? 俺は『ラスカと石ころ』かな」
「いいですよね! キラキラと光り始めたところとか本当に感動して! 私は『ラスカと種』が好きです。一巻との繋がりにグッと心を掴まれました」
「ああ分かる~。キースとか『ラスカと湖』好きそう」
「『ラスカと土色』の方が好きそうじゃないですか?」
「確かにそっちも好きそう」
「それでマリア様は『ラスカと虹色の羽根』ですよね!」
「絶対気に入る!」
来週二人が来たら教えないと! きっと楽しんでくれるはずだと心を弾ませれば、バッカスは予想外の名前を口にした。
「リガロ様はどれが好きそう?」
「なぜ、リガロ様?」
「最近オススメの本とか聞かれるからさ。俺は『ラスカと太陽』とかイメージと合うかな~と思うんだけど、人のイメージと好きなジャンルって違ったりするじゃん。だからイーディス嬢から見て、彼はどんな話が好きそうかなと思って」
「……すみません、私とはそういう話はしませんので」
「そうか。じゃあとりあえずラスカシリーズ全作渡してみるか」
「気に入ってくださると良いですね」
「きっと熱心に読み込むだろうな。って俺、そろそろ行かないと」
「元気になって良かった」
「ありがとう。また明日も頼む!」
「私も楽しかったです」
バッカスを見送って、一人になった部屋でイーディスはぽつりと呟いた。
「本、読むんだ」
そんな話、一度も聞いたことがない。毎日登下校の短い時間とはいえ、会話を交わしていたのに彼のことを何も知らなかったのだ。自分だけ物語の世界に浸り、リガロを気にかけることをしなかった。この数年、リガロは過去を取り戻すかのように距離を寄せてくれた。やり方は少し強引だし、聞こえていないフリをすることだって多い。過去の行いが帳消しになることはないけれど、それでも彼なりに努力をしてくれていたと思う。それでもイーディスは彼とちゃんと向き合おうとしなかった。どうせ捨てられるからと、脳筋なんて嫌いだと距離をとり続けた。だがリガロはゲームとは違う性格になり、本にだって興味を持ち始めた。数年前はよく分からないと言っていたのに……。きっかけは少し風変わりなヒロインだろうか。そう思うと悔しくて、同時に捨てられても仕方ないと思えた。イーディスには彼を動かすことなんてできっこないのだから。
続きを読もうとページを捲ったイーディスだったが、次のページにあるのは奥付だけ。物語は終了していた。なんて中途半端な物語だろう。この後、ラスカはどうなったのか。モズリは一人で星を出ることにしたのか。そもそも一年前の悲劇とは何のことだったのか。未回収な伏線が多すぎる。これではバッカスも続きが気になって眠れないに違いない。そう思って本から視線を上げたイーディスだったが、想像は外れることとなる。
「すうすう」
「って寝てるし」
そもそもこの本のジャンルは何なのだろう。ホラー、でいいのか。モズリが登場するまでは完全にメルヘンだったのに、一気にイラストも内容も狂気が見え隠れするようになってきた。なのに、バッカスは幸せそうな顔で眠っている。これが結末まで知って読んだ者の余裕だろうか。きっと考察までしっかりと済ませているに違いない。もしもこの場所にマリアやキースがいたとすれば速攻で感想合戦を開始するところだが、残念ながらここには寝不足バッカスしかいない。当の本人を起こす訳にもいかない。
「仕方ない。同じ作者の本を読んでその作風から考察していこう」
絵本というものは根本的にページ数が少ない。文章の他に絵で情報を補っているとはいえ、読者側に与えられる情報量は制限されている。他の本よりもウンと制限された条件下で速攻で読者を物語の海に沈めてくれるところが利点ではあるが、細かい背景があるものや多くの設定開示を必要とする物語は処理しきることが出来ない。明らかに中身と媒体の不一致が引き起こした結果である。とはいえ、ここでつまらなかったではなく、背景が気になると他の作品を探させているぐらい強い印象を残す話とイラストではあるのだが。作者の名前を頭の中で繰り返しながら、別作品を探す。
「ええっと確かこの辺り……ってまさかの超大作」
『ラスカと○○』とタイトルについた作品がずらりと並んでいる。ざっと数えただけでも十を越し、一番端っこに置かれた本の背表紙には『ラスカとモズリ』と書かれている。おそらくあの本が最終刊もしくは一歩手前辺りなのだろう。イーディスは『ラスカと花』を一番端っこに差し込むと、残り全てを抜き出した。大量の絵本を胸に抱き、バッカスの前に腰掛けるとそのまま続きを読み進めていった。
「バッカス様、起きてください」
「ん? もう時間? ってイーディス嬢、目、赤いぞ?」
「ラスカシリーズが感動作すぎる……」
イーディスは机に戻った後、眠るバッカスを完全に放置して読み進めた。そして全十四冊を読み終えたのである。涙なしでは読めない展開にハンカチはぐっしょりと濡れ、彼の指摘通り、目も赤くなってしまっているのだろう。これから授業があるのに読むタイミングを完全に間違えた。けれど後悔はない。どうせ今日一日イーディスに話しかけてくる者はいない。元々目立つ容姿でもなく、誰もイーディスの存在にすら気付かないかもしれない。顔を洗って、教室の端っこにでも居れば大丈夫だろう。それよりもラスカシリーズである。バッカスはもうすぐ図書館を出る時間だが、イーディスは少しでも彼とこの感動を共有してたくてたまらない。
「ああ、続きも読んだのか。どこが好き? 俺は『ラスカと石ころ』かな」
「いいですよね! キラキラと光り始めたところとか本当に感動して! 私は『ラスカと種』が好きです。一巻との繋がりにグッと心を掴まれました」
「ああ分かる~。キースとか『ラスカと湖』好きそう」
「『ラスカと土色』の方が好きそうじゃないですか?」
「確かにそっちも好きそう」
「それでマリア様は『ラスカと虹色の羽根』ですよね!」
「絶対気に入る!」
来週二人が来たら教えないと! きっと楽しんでくれるはずだと心を弾ませれば、バッカスは予想外の名前を口にした。
「リガロ様はどれが好きそう?」
「なぜ、リガロ様?」
「最近オススメの本とか聞かれるからさ。俺は『ラスカと太陽』とかイメージと合うかな~と思うんだけど、人のイメージと好きなジャンルって違ったりするじゃん。だからイーディス嬢から見て、彼はどんな話が好きそうかなと思って」
「……すみません、私とはそういう話はしませんので」
「そうか。じゃあとりあえずラスカシリーズ全作渡してみるか」
「気に入ってくださると良いですね」
「きっと熱心に読み込むだろうな。って俺、そろそろ行かないと」
「元気になって良かった」
「ありがとう。また明日も頼む!」
「私も楽しかったです」
バッカスを見送って、一人になった部屋でイーディスはぽつりと呟いた。
「本、読むんだ」
そんな話、一度も聞いたことがない。毎日登下校の短い時間とはいえ、会話を交わしていたのに彼のことを何も知らなかったのだ。自分だけ物語の世界に浸り、リガロを気にかけることをしなかった。この数年、リガロは過去を取り戻すかのように距離を寄せてくれた。やり方は少し強引だし、聞こえていないフリをすることだって多い。過去の行いが帳消しになることはないけれど、それでも彼なりに努力をしてくれていたと思う。それでもイーディスは彼とちゃんと向き合おうとしなかった。どうせ捨てられるからと、脳筋なんて嫌いだと距離をとり続けた。だがリガロはゲームとは違う性格になり、本にだって興味を持ち始めた。数年前はよく分からないと言っていたのに……。きっかけは少し風変わりなヒロインだろうか。そう思うと悔しくて、同時に捨てられても仕方ないと思えた。イーディスには彼を動かすことなんてできっこないのだから。
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