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三章
19.マリア達の不在
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「え、マリア様が熱を?」
お父様に心配されながらも馬車登校をした朝。図書館へ向かったイーディスを迎えてくれたのは友人達ではなく、マリアの侍女だった。二人の文字で書かれた手紙にも申し訳ないと書かれている。
「はい。微熱程度ではあるのですが、心配なので今週は様子見をするとのことです」
「そうですか……」
残念ではあるものの、頻繁に寝込んでいた彼女が一ヶ月も毎日学園に顔を見せていたことが奇跡なのだ。微熱とはいえ、様子見をするという判断は仕方のないことだ。本当ならお見舞いに向かいたいところだが、手紙にはキースの文字で『マリアが学園に行くと言い出しかねないので見舞い不要』と書かれている。彼がマリアと離れがたくて付き添いで休んでいるのか、マリアを止めるためなのか。とにかく不要とわざわざ書かれているからには訪問する訳にはいかない。
「マリア様が今度学校に来られるようになるまでにオススメの本探しておきますので! お元気になるのをお待ちしておりますとお伝えください」
「必ずお伝え致します。明日には行くと言い出さないか少し心配ではありますが、きっとお嬢様もお喜びになられます」
「確かに熱が出ていても本が読みたい気持ちは分からなくもないですが、それでもちゃんと休んでください!」
「本もそうですが、お嬢様はイーディス様が大好きなので」
「私もマリア様が大好きです」
「キース様も、旦那様も奥様も、私達アリッサム家使用人一同も」
「え?」
キースまではともかくとして、挙げる名前が多すぎないか? そもそもマリアのご両親に至っては顔を合わせたこともない。好感度が上がる要素がどこにもないはずだ。さすがに盛りすぎだと伝えようとしたその時、目の前の女性はぽろぽろと涙を溢し始めた。
「実はお嬢様は長くは生きられないだろうと言われておりまして、結婚出来る年齢まで生きられていることが、こうして毎日学園に通えていたことが奇跡なくらいで」
確かに何度か家に誘う度に断られていたが、そんなに悪かったのか。ハンカチを取り出し、涙を拭う彼女は「旦那様も奥様も、お嬢様がこうして生きているのも仲良くしてくれたイーディス様のおかげだと」と付け加える。明らかに微熱で休んだだけとは思えない。
「……来週から来なくなるとか言いませんよね? 大丈夫なんですよね?」
「はい。イーディス様のおかげでお嬢様は以前よりも寝込むことが減りましたから。それにお嬢様はあと少しで苦しみから解放されます」
「そうですか。良かった……。特効薬が見つかったんですか?」
「ええ。何よりも効く薬が」
彼女は涙を拭い、ふわりと笑った。現在苦しんでいるマリアを思ってではなく、近い未来、彼女が苦しみから解放される喜びに涙していたらしい。ホッと胸をなで下ろすと彼女の後ろからひょっこりと見慣れた顔が現れた。
「薬がどうしたって?」
「バッカス様!」
「それでは私はこれで」
「はい。お大事にとお伝えください」
深くお辞儀をした彼女を見送れば、バッカスは首を傾げる。
「今の人は?」
「マリア様の家の使用人の方です。微熱を出してしまったらしく、今週は二人とも休むと」
「ああ、そういえばマリア嬢は身体が弱いって言ってたな。いつも元気な姿しか見ないからすっかり忘れてた」
学園に入学してからのマリアは本当に元気で、図書館にいる時は特にはしゃいでいた。読書友達が出来て嬉しかったのだろう。だからバッカスが忘れていても無理はない。イーディスとて彼女の体調の全てを知っている訳ではないが、それでも一端くらいは知っている。
「社交界も何度かしか出席したことがなくて、夜会デビューも……」
「そんなに悪かったのか!?」
「でも薬が見つかったらしくて、近々苦しみから解放されるそうです。本当に良かった」
「それは良かったが、最近新たな効能が見つかった薬なんてあったかな? 少なくとも新薬登録はこの数ヶ月ないし……」
はて? と首を傾げながら「最新のものだと……」とブツブツと呟いては記憶の確認を行っている。大量の知識があるとは思っていたが、まさか薬にも精通しているとは守備範囲が広すぎる。底なしの知識欲につい声が漏れた。
「凄い……。バッカス様はお薬にも詳しいのね」
「別に俺は凄くない。知り合いに薬師の家系のやつがいてよく聞かされてて、そのうちに覚えただけだから。この手の話があったらあいつがはしゃぎそうなものなんだが……」
友人の話を聞いているだけで、こうもポンポンと薬の名前と効能が出てくる時点で凄いことには変わりないのだが……。バッカスの良いとことはこうして鼻にかけないところなのだろう。どれだ? と顎に手を当てながら考える彼は女好きのチャラ男キャラは似合わない。むしろ無意識に人をたぶらかしそうな気がする。
お父様に心配されながらも馬車登校をした朝。図書館へ向かったイーディスを迎えてくれたのは友人達ではなく、マリアの侍女だった。二人の文字で書かれた手紙にも申し訳ないと書かれている。
「はい。微熱程度ではあるのですが、心配なので今週は様子見をするとのことです」
「そうですか……」
残念ではあるものの、頻繁に寝込んでいた彼女が一ヶ月も毎日学園に顔を見せていたことが奇跡なのだ。微熱とはいえ、様子見をするという判断は仕方のないことだ。本当ならお見舞いに向かいたいところだが、手紙にはキースの文字で『マリアが学園に行くと言い出しかねないので見舞い不要』と書かれている。彼がマリアと離れがたくて付き添いで休んでいるのか、マリアを止めるためなのか。とにかく不要とわざわざ書かれているからには訪問する訳にはいかない。
「マリア様が今度学校に来られるようになるまでにオススメの本探しておきますので! お元気になるのをお待ちしておりますとお伝えください」
「必ずお伝え致します。明日には行くと言い出さないか少し心配ではありますが、きっとお嬢様もお喜びになられます」
「確かに熱が出ていても本が読みたい気持ちは分からなくもないですが、それでもちゃんと休んでください!」
「本もそうですが、お嬢様はイーディス様が大好きなので」
「私もマリア様が大好きです」
「キース様も、旦那様も奥様も、私達アリッサム家使用人一同も」
「え?」
キースまではともかくとして、挙げる名前が多すぎないか? そもそもマリアのご両親に至っては顔を合わせたこともない。好感度が上がる要素がどこにもないはずだ。さすがに盛りすぎだと伝えようとしたその時、目の前の女性はぽろぽろと涙を溢し始めた。
「実はお嬢様は長くは生きられないだろうと言われておりまして、結婚出来る年齢まで生きられていることが、こうして毎日学園に通えていたことが奇跡なくらいで」
確かに何度か家に誘う度に断られていたが、そんなに悪かったのか。ハンカチを取り出し、涙を拭う彼女は「旦那様も奥様も、お嬢様がこうして生きているのも仲良くしてくれたイーディス様のおかげだと」と付け加える。明らかに微熱で休んだだけとは思えない。
「……来週から来なくなるとか言いませんよね? 大丈夫なんですよね?」
「はい。イーディス様のおかげでお嬢様は以前よりも寝込むことが減りましたから。それにお嬢様はあと少しで苦しみから解放されます」
「そうですか。良かった……。特効薬が見つかったんですか?」
「ええ。何よりも効く薬が」
彼女は涙を拭い、ふわりと笑った。現在苦しんでいるマリアを思ってではなく、近い未来、彼女が苦しみから解放される喜びに涙していたらしい。ホッと胸をなで下ろすと彼女の後ろからひょっこりと見慣れた顔が現れた。
「薬がどうしたって?」
「バッカス様!」
「それでは私はこれで」
「はい。お大事にとお伝えください」
深くお辞儀をした彼女を見送れば、バッカスは首を傾げる。
「今の人は?」
「マリア様の家の使用人の方です。微熱を出してしまったらしく、今週は二人とも休むと」
「ああ、そういえばマリア嬢は身体が弱いって言ってたな。いつも元気な姿しか見ないからすっかり忘れてた」
学園に入学してからのマリアは本当に元気で、図書館にいる時は特にはしゃいでいた。読書友達が出来て嬉しかったのだろう。だからバッカスが忘れていても無理はない。イーディスとて彼女の体調の全てを知っている訳ではないが、それでも一端くらいは知っている。
「社交界も何度かしか出席したことがなくて、夜会デビューも……」
「そんなに悪かったのか!?」
「でも薬が見つかったらしくて、近々苦しみから解放されるそうです。本当に良かった」
「それは良かったが、最近新たな効能が見つかった薬なんてあったかな? 少なくとも新薬登録はこの数ヶ月ないし……」
はて? と首を傾げながら「最新のものだと……」とブツブツと呟いては記憶の確認を行っている。大量の知識があるとは思っていたが、まさか薬にも精通しているとは守備範囲が広すぎる。底なしの知識欲につい声が漏れた。
「凄い……。バッカス様はお薬にも詳しいのね」
「別に俺は凄くない。知り合いに薬師の家系のやつがいてよく聞かされてて、そのうちに覚えただけだから。この手の話があったらあいつがはしゃぎそうなものなんだが……」
友人の話を聞いているだけで、こうもポンポンと薬の名前と効能が出てくる時点で凄いことには変わりないのだが……。バッカスの良いとことはこうして鼻にかけないところなのだろう。どれだ? と顎に手を当てながら考える彼は女好きのチャラ男キャラは似合わない。むしろ無意識に人をたぶらかしそうな気がする。
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