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三章

16.青のネクタイ

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 夜会に向けてドレスも着々と出来上がっていき、すでにシルエットは完成している。調整を残すのみである。といっても今回のドレスは装飾品にこだわっているため、調整の方が長い。サクサクと進めているつもりが、まだ最終段階二歩手前といったところだ。メイドから話を聞いた父が妙にやる気を出してしまったのも大きいだろう。『最高のものを作ってもらおう!』と言っていた父は初回以外全ての話し合いに参加している。そんな父だが急遽どうしても断れない用事が入ってしまったとかで、今日は欠席している。イーディスとしても父がいても面倒なだけなのでありがたい話ではある。ドレスを身にまとったイーディスは針子と話し合いながら、先日父の提案で変更された胸元のレースを撫でる。

「この布、色だけでなく肌触りもいいのね」

「ありがとうございます。そちらは東方から輸入した布でして、とある種族に伝わる伝統的な染め方で光の当たり方で色の見え方が異なるようになっております」

「この布はまだ手に入るの?」

「ございますよ」

「ではこの布でネクタイを作ってもらえるかしら?」

「ネクタイ、ですか?」

「ええ、男性ものの」

「お嬢様!」

 父が気に入った色はやはりと言うべきか青系の色で、他の布よりもトーンを落とした色は男性にもよく似合うことだろう。リガロというよりも剣聖様の方が似合いそうな気もするが、二人は祖父と孫だけあって顔立ちがよく似ている。今だけではなく、長く使えるかもしれない。とはいえ、以前バッカスが話していた普通の貴族とは異なり、リガロの場合、毎回違う服装で社交に参加するため他の物と同様に一回使って終わりかもしれない。

「夜会用のはもう仕立ててあるんでしょうけど、この色だったら他にも使えるでしょう」

「かしこまりました。では次回お伺いさせて頂く時にお持ち致します」

「よろしく」

 それでもイーディスはこのネクタイを締めるリガロを想像して、似合いそうだと思った。だから渡すーーそれだけだ。ネクタイなんて特別な物でもない。誕生日なんて特別な日を待たずとも、適当に大会優勝記念として渡してしまえばいい。日頃の贈り物のお礼でもいい。とにかく気負わずに渡してしまおう。メイドの輝いた瞳を無視しつつ、残りの確認を済ませた。

 針子と入れ替わりになるように戻ってきた父は、話し合いに参加出来なかったからかひどく落ち込んでいた。イーディスの顔を見て、口を開いては困ったように眉を下げる。「順調に進んでます」と報告してもその表情は晴れぬまま。行った先で何か良くないことでもあったのだろうか。ドレスについてでないのならばイーディスが口を挟むようなことはない。軽く話して食事を終えると、イーディスは早めに部屋へと戻った。





「来週行われる剣術大会に来てくれないだろうか?」

「え?」

 学校帰りにリガロが切り出した話にイーディスの思考は一瞬止まりかけた。会場でイーディスが爆睡したあの日以来、リガロは一度だってイーディスを剣術大会に誘うことはなかった。そしてイーディスもまた会場に足を運ぶことはなかった。それでもいいと納得していたと思ったのだが、一体どういうつもりだろうか。チラリと彼の顔色を窺うが、真面目そのもの。冗談を言っているようには思えない。なぜですか、そう問いかけを口にしようとすれば、それより先に彼が続きの言葉を紡いだ。

「イーディスのために特別観客席を用意してもらった。外からは見えないようになっているし、他に誰もいないから読書をしていてもお茶を飲んでいても問題ない。もちろん会場入りはギリギリで構わないし、眠かったら寝てくれて構わない。だけど、俺の試合だけは見て欲しいんだ」

「理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「俺が誇れるものは剣術しかないから。イーディスには見て欲しいんだ」

 理由を聞いてもリガロの意図は見えてこない。けれど前向きのようで後ろ向きな発言をした彼の目は真っ直ぐで、イーディス以外の何かを見ていた。馬に乗っているのだから当たり前かもしれないけれど、安全走行で何よりだと安心することは出来なかった。伝える相手こそ違うが、これはゲーム内の彼がヒロインとの儀式を行う直前に彼女に告げたものなのだから。彼は一体何と戦おうとしているのだろう。蚊帳の外に出されてしまったイーディスにはまるで分からない。それでも彼が何かを決意しているらしいということだけは分かってしまうのだ。こんな中途半端に事情を汲み取るくらいだったら、初めから何も知らなかった方がマシだ。ため息を吐きたい気持ちを抑え「分かりました」とだけ短く告げた。
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