モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴②発売中

文字の大きさ
上 下
35 / 177
三章

16.青のネクタイ

しおりを挟む
 夜会に向けてドレスも着々と出来上がっていき、すでにシルエットは完成している。調整を残すのみである。といっても今回のドレスは装飾品にこだわっているため、調整の方が長い。サクサクと進めているつもりが、まだ最終段階二歩手前といったところだ。メイドから話を聞いた父が妙にやる気を出してしまったのも大きいだろう。『最高のものを作ってもらおう!』と言っていた父は初回以外全ての話し合いに参加している。そんな父だが急遽どうしても断れない用事が入ってしまったとかで、今日は欠席している。イーディスとしても父がいても面倒なだけなのでありがたい話ではある。ドレスを身にまとったイーディスは針子と話し合いながら、先日父の提案で変更された胸元のレースを撫でる。

「この布、色だけでなく肌触りもいいのね」

「ありがとうございます。そちらは東方から輸入した布でして、とある種族に伝わる伝統的な染め方で光の当たり方で色の見え方が異なるようになっております」

「この布はまだ手に入るの?」

「ございますよ」

「ではこの布でネクタイを作ってもらえるかしら?」

「ネクタイ、ですか?」

「ええ、男性ものの」

「お嬢様!」

 父が気に入った色はやはりと言うべきか青系の色で、他の布よりもトーンを落とした色は男性にもよく似合うことだろう。リガロというよりも剣聖様の方が似合いそうな気もするが、二人は祖父と孫だけあって顔立ちがよく似ている。今だけではなく、長く使えるかもしれない。とはいえ、以前バッカスが話していた普通の貴族とは異なり、リガロの場合、毎回違う服装で社交に参加するため他の物と同様に一回使って終わりかもしれない。

「夜会用のはもう仕立ててあるんでしょうけど、この色だったら他にも使えるでしょう」

「かしこまりました。では次回お伺いさせて頂く時にお持ち致します」

「よろしく」

 それでもイーディスはこのネクタイを締めるリガロを想像して、似合いそうだと思った。だから渡すーーそれだけだ。ネクタイなんて特別な物でもない。誕生日なんて特別な日を待たずとも、適当に大会優勝記念として渡してしまえばいい。日頃の贈り物のお礼でもいい。とにかく気負わずに渡してしまおう。メイドの輝いた瞳を無視しつつ、残りの確認を済ませた。

 針子と入れ替わりになるように戻ってきた父は、話し合いに参加出来なかったからかひどく落ち込んでいた。イーディスの顔を見て、口を開いては困ったように眉を下げる。「順調に進んでます」と報告してもその表情は晴れぬまま。行った先で何か良くないことでもあったのだろうか。ドレスについてでないのならばイーディスが口を挟むようなことはない。軽く話して食事を終えると、イーディスは早めに部屋へと戻った。





「来週行われる剣術大会に来てくれないだろうか?」

「え?」

 学校帰りにリガロが切り出した話にイーディスの思考は一瞬止まりかけた。会場でイーディスが爆睡したあの日以来、リガロは一度だってイーディスを剣術大会に誘うことはなかった。そしてイーディスもまた会場に足を運ぶことはなかった。それでもいいと納得していたと思ったのだが、一体どういうつもりだろうか。チラリと彼の顔色を窺うが、真面目そのもの。冗談を言っているようには思えない。なぜですか、そう問いかけを口にしようとすれば、それより先に彼が続きの言葉を紡いだ。

「イーディスのために特別観客席を用意してもらった。外からは見えないようになっているし、他に誰もいないから読書をしていてもお茶を飲んでいても問題ない。もちろん会場入りはギリギリで構わないし、眠かったら寝てくれて構わない。だけど、俺の試合だけは見て欲しいんだ」

「理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「俺が誇れるものは剣術しかないから。イーディスには見て欲しいんだ」

 理由を聞いてもリガロの意図は見えてこない。けれど前向きのようで後ろ向きな発言をした彼の目は真っ直ぐで、イーディス以外の何かを見ていた。馬に乗っているのだから当たり前かもしれないけれど、安全走行で何よりだと安心することは出来なかった。伝える相手こそ違うが、これはゲーム内の彼がヒロインとの儀式を行う直前に彼女に告げたものなのだから。彼は一体何と戦おうとしているのだろう。蚊帳の外に出されてしまったイーディスにはまるで分からない。それでも彼が何かを決意しているらしいということだけは分かってしまうのだ。こんな中途半端に事情を汲み取るくらいだったら、初めから何も知らなかった方がマシだ。ため息を吐きたい気持ちを抑え「分かりました」とだけ短く告げた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

処理中です...