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三章
15.メリーズ=シャランデル
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「言われてみれば私もお噂は耳にしますけど全くお見かけしていませんわ」
「ま、まぁ学園も広いし、特定の誰かと会わないなんてこともあるよな。仕方ないことだし、興味を持つ必要もないと思うぞ」
「バッカス様は知っていますか?」
「わざわざ聞くほどのことでもないだろう!?」
声をひっくり返すキースは怪しさ満載だ。イーディスがじっとりとした視線を向ければ、今度は視線を下げて額を撫で始める。よほど触れられたくないらしい。
「ですが私、聖女様って憧れがあって……」
「憧れは憧れで済ませておくべきだと俺は思う!」
「憧れ、なら会わない方がいいのかも?」
メリーズ=シャランデルの噂だが、初めのうちは『特待生が男子生徒を侍らせているらしい』『人の婚約者に色目を使っている』だのわりとスタンダードな悪口が多かった。けれど日に日に内容が変化しているのだ。
『なぁあの子座学の成績悪すぎないか』
『彼女、進級どころか来年以降の在学も危ないらしいぞ』
『もしかして周りの生徒達って家庭教師代わりか?』
『そこまで酷い娘をいくら養子とはいえ外に出すか?』
『だが俺は彼女が二桁の計算間違えたって聞いたぞ』
『実技もヤバいらしくて、度々授業が中断しているらしい』
『今度王家で開催される夜会に出るらしいが、どうするんだろう』
主に彼女の頭やシャランデル家を心配する噂に。
いくら彼女がつい最近まで平民だったとはいえ、この国は識字率も高く、平民が通う学園もある。家庭教師は雇えずとも、十五歳ともなれば前世でいうところの小学生レベルは一般教養として身につけているはずである。けれどメリーズにはそれすらない。聖女でありシャランデル家の養子であるため、誰も大きな声では言わないが、あまり頭がよろしくないようである。これらの噂の真偽は定かではない。けれどこれらの噂が流れ始めた途端、悪口がほぼ流れてこなくなったことから察するに、敵認定すら外れるほどなのだろう。興味本位ならまだしも、憧れなんて近づいた途端に音を立ててガラガラと崩れ去りそうだ。
「そうだよな! だからこのまま会わない方向で行こう! この話はここで終わり! いいな!?」
「でも……」
「あんな聖女と関わってマリアが馬鹿になったらどうするんだ!」
「それはさすがに酷すぎないかしら」
心配なのは分からなくもないが。キースの過保護さに呆れていると、顎に手を添えていたバッカスが口を開いた。
「いや、会わなくていいならそうした方がいいと俺も思う」
「バッカス様まで」
「そもそも何話しているのか分からない。『ふわふわさんがメロメロにかきかきしてぽわわん』とかいつもそんな感じだから」
「ぽわわん?」
「ぽわわんふよよんしゃららみらみら。とにかく擬音語が多い上、物や人にはそれぞれオリジナルの名前を付ける。一度決めたらそれ以外では呼ばないから変に頭を使う。かといって内容があるわけでもない」
「不思議な雰囲気の方なのですね」
「ずっと幼い子どもと話しているような感覚だがな。とにかく目を付けられても厄介だから近寄らないに越したことはない」
恋愛感情を持っていないにしてもそこまで言うか? バッカスもキースもメリーズを何だと思っているのか。だが乙女ゲームのヒロインとは大きく異なることだけは確かだ。何か理由があってそのキャラを演じているのだろうか。バッカスやガリ勉キャラのイベントは基礎教養があってこそ進むイベントも多く、補習が入れば長期休暇自体が潰れる。このまま行けばシナリオは大きく狂うことになるだろう。少なくとも現時点で彼女に向けられる悪意は最小限に抑えられている。乙女ゲームのどのルートに入っても存在したはずの虐めイベントも発生していない。メリーズ=シャランデルとは一体何者なのだろうか。
「って、ああ! もうこんな時間か!」
「何か用事が?」
「昨日の夜に急用が入ってな、今日は早めにでないとまずいんだ。それから俺、今週はちょっとこっち来られそうにない」
「そう……残念です。オススメの本も持ってきたのに」
イーディスが机の上に載せた紙袋に視線を向ければ、バッカスはグッと拳を固める。
「大丈夫。読書時間はなんとしても夜に確保する! だから貸してくれ! あ、でも返すの来週以降になるかも……」
「もう何度も読んだ本ですから気にしないでください」
「私ももう内容は覚えておりますのでごゆっくり」
「気にせず持っていくといい。」
「三人とも悪いな! じゃあまた今度!」
バッカスは三人分のオススメ本を袋にまとめて風のように去って行く。その足取りこそしっかりしていたが、その背中はどこか寂しそうに見える。さっきまではあまり気にならなかったが、去り際の彼の顔は少しやつれたように見えた。急用はあまり乗り気のするものではないのかもしれない。彼が度々口にする『部活のようなもの』の用事だろうか。それが何なのか、イーディスには踏みいることは出来ない。けれど何もできない訳ではない。
「……来週、またオススメ本持ってこようかしら」
「俺も」
「先日お父様がプレゼントしてくれた図鑑をお貸ししたら元気になってくれるでしょうか?」
読書家を元気づけるなら本ーー三人とも同じことを思いながらくたびれた友人の去って行った方向を見つめた。
「ま、まぁ学園も広いし、特定の誰かと会わないなんてこともあるよな。仕方ないことだし、興味を持つ必要もないと思うぞ」
「バッカス様は知っていますか?」
「わざわざ聞くほどのことでもないだろう!?」
声をひっくり返すキースは怪しさ満載だ。イーディスがじっとりとした視線を向ければ、今度は視線を下げて額を撫で始める。よほど触れられたくないらしい。
「ですが私、聖女様って憧れがあって……」
「憧れは憧れで済ませておくべきだと俺は思う!」
「憧れ、なら会わない方がいいのかも?」
メリーズ=シャランデルの噂だが、初めのうちは『特待生が男子生徒を侍らせているらしい』『人の婚約者に色目を使っている』だのわりとスタンダードな悪口が多かった。けれど日に日に内容が変化しているのだ。
『なぁあの子座学の成績悪すぎないか』
『彼女、進級どころか来年以降の在学も危ないらしいぞ』
『もしかして周りの生徒達って家庭教師代わりか?』
『そこまで酷い娘をいくら養子とはいえ外に出すか?』
『だが俺は彼女が二桁の計算間違えたって聞いたぞ』
『実技もヤバいらしくて、度々授業が中断しているらしい』
『今度王家で開催される夜会に出るらしいが、どうするんだろう』
主に彼女の頭やシャランデル家を心配する噂に。
いくら彼女がつい最近まで平民だったとはいえ、この国は識字率も高く、平民が通う学園もある。家庭教師は雇えずとも、十五歳ともなれば前世でいうところの小学生レベルは一般教養として身につけているはずである。けれどメリーズにはそれすらない。聖女でありシャランデル家の養子であるため、誰も大きな声では言わないが、あまり頭がよろしくないようである。これらの噂の真偽は定かではない。けれどこれらの噂が流れ始めた途端、悪口がほぼ流れてこなくなったことから察するに、敵認定すら外れるほどなのだろう。興味本位ならまだしも、憧れなんて近づいた途端に音を立ててガラガラと崩れ去りそうだ。
「そうだよな! だからこのまま会わない方向で行こう! この話はここで終わり! いいな!?」
「でも……」
「あんな聖女と関わってマリアが馬鹿になったらどうするんだ!」
「それはさすがに酷すぎないかしら」
心配なのは分からなくもないが。キースの過保護さに呆れていると、顎に手を添えていたバッカスが口を開いた。
「いや、会わなくていいならそうした方がいいと俺も思う」
「バッカス様まで」
「そもそも何話しているのか分からない。『ふわふわさんがメロメロにかきかきしてぽわわん』とかいつもそんな感じだから」
「ぽわわん?」
「ぽわわんふよよんしゃららみらみら。とにかく擬音語が多い上、物や人にはそれぞれオリジナルの名前を付ける。一度決めたらそれ以外では呼ばないから変に頭を使う。かといって内容があるわけでもない」
「不思議な雰囲気の方なのですね」
「ずっと幼い子どもと話しているような感覚だがな。とにかく目を付けられても厄介だから近寄らないに越したことはない」
恋愛感情を持っていないにしてもそこまで言うか? バッカスもキースもメリーズを何だと思っているのか。だが乙女ゲームのヒロインとは大きく異なることだけは確かだ。何か理由があってそのキャラを演じているのだろうか。バッカスやガリ勉キャラのイベントは基礎教養があってこそ進むイベントも多く、補習が入れば長期休暇自体が潰れる。このまま行けばシナリオは大きく狂うことになるだろう。少なくとも現時点で彼女に向けられる悪意は最小限に抑えられている。乙女ゲームのどのルートに入っても存在したはずの虐めイベントも発生していない。メリーズ=シャランデルとは一体何者なのだろうか。
「って、ああ! もうこんな時間か!」
「何か用事が?」
「昨日の夜に急用が入ってな、今日は早めにでないとまずいんだ。それから俺、今週はちょっとこっち来られそうにない」
「そう……残念です。オススメの本も持ってきたのに」
イーディスが机の上に載せた紙袋に視線を向ければ、バッカスはグッと拳を固める。
「大丈夫。読書時間はなんとしても夜に確保する! だから貸してくれ! あ、でも返すの来週以降になるかも……」
「もう何度も読んだ本ですから気にしないでください」
「私ももう内容は覚えておりますのでごゆっくり」
「気にせず持っていくといい。」
「三人とも悪いな! じゃあまた今度!」
バッカスは三人分のオススメ本を袋にまとめて風のように去って行く。その足取りこそしっかりしていたが、その背中はどこか寂しそうに見える。さっきまではあまり気にならなかったが、去り際の彼の顔は少しやつれたように見えた。急用はあまり乗り気のするものではないのかもしれない。彼が度々口にする『部活のようなもの』の用事だろうか。それが何なのか、イーディスには踏みいることは出来ない。けれど何もできない訳ではない。
「……来週、またオススメ本持ってこようかしら」
「俺も」
「先日お父様がプレゼントしてくれた図鑑をお貸ししたら元気になってくれるでしょうか?」
読書家を元気づけるなら本ーー三人とも同じことを思いながらくたびれた友人の去って行った方向を見つめた。
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