モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波

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三章

9.偶然出会った攻略対象者

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「では帰りにまたここで」

「はい」

 リガロと正反対の方向へと歩きながら、マリア達の姿を探す。けれどまだ早い時間だからか、二人どころか他の生徒達の姿も見当たらない。そのまま教室へと向かったがやはり人っ子一人いない。授業開始までまだまだ時間がある。バッグを漁り、先日もらったシラバスを取り出す。校内図のページを開き、この教室周辺に何か時間を潰せそうな場所はないかと探した。

「あ、下の階に図書館があるじゃない」

 乙女ゲームで度々登場した図書館は西棟ーーリガロが歩いて行った方向にあったので諦めていたのだが、どうやら何カ所かあるらしい。蔵書ジャンルも異なるのだろうか。時間がある時に他の場所も見に行こうと決め、近くの図書館へ足を運んだ。そしてドアにピタリと背中をつけて座り込む男と目があった。紫の髪を揺らすこの男には見覚えがある。攻略対象者の一人、バッカス=レトアだ。彼の初登場イベントは入学式ではなく、西棟図書館である。正確な日付こそ明らかになっていないが、初回授業であったことから今週であることは確かだ。ヒロインと出会ってからは西棟に通っているようだったが、今日たまたまこの図書館に足を運んでもおかしくはない。それよりもなぜわざわざ図書館前まで来て部屋にも入らずに本を読んでいるのかが気になる。

「中に入られないのですか?」

「開館時間過ぎてるんだけど空いてなくてな~。しばらくすれば来るだろうと思って待ってるんだ」

「そうだったのですね。私もここで待たせてもらっていいですか?」

「いいぞ。あ、俺が持っているのでよければ本読むか?」

「ありがとうございます」

 彼はチャラ男キャラだったはずだが、その面影はどこにもない。だが軟派な男が得意ではないイーディスとしてはありがたい変化である。差し出された本を受け取り、目を丸くした。渡された本はイーディスも気に入っているものだったのだ。しかも短編集とは……素晴らしい。趣味が合いそうだと目次からお気に入りの話のページまで一気に飛ばす。

「あんた、タイトルから読むタイプ?」

「この本、私も好きで何度も読んだことあるので」

「じゃあ違う本にするか」

「そんな! 好きな話は何度読んでも面白いですから」

「分かる! あんたとは話が合いそうだ。俺、バッカス=レクス。あんたは?」

「イーディス=フランシカと言います。本なら大抵好きですが、恋愛と推理が特に好きです」

「フランシカ家の令嬢、というとあのリガロ=フライドが溺愛してるっていう婚約者か!」

「溺愛はしていないと思いますが」

 どんな噂が流れているのか検討がつかない訳でもないが、やはり溺愛はされていないと思う。関心は向けてくれているとは思うが、彼の考えることはよく分からない。そもそもあの無関心期でさえなぜ突入し、脱したのかの謎も解けていない。乙女ゲームでモブとのエピソードに触れられるはずもなく、現実の彼も話さず、かつイーディスも踏み込んでまで知りたいという訳でもないため放置されたままなのだ。

「そうなのか? 俺の家は結構王都から離れているが、いつも一緒にいるって噂が届くほどだぞ?」

「まぁ大抵一緒にいますが」

「なら仲いいんじゃないか。俺は冒険小説が好きなんだけど、オススメある?」

「冒険小説ならいくつか……って、冒険小説? 図鑑ではなく?」

 リガロの心情とは打って変わってこちらは乙女ゲームで開示される情報だ。物語の序盤を少し過ぎた辺りで明かさる。中盤に発生する長期休暇イベントもといデートイベントでは二人で植物図鑑を持って出かけるシーンがあるほど。ヒロインにすんなりと打ち明けていたため当然の情報として知識に刻まれていたのだが、現実の彼はそうではないのだろうか。だが違うなら違うと否定すればいいだけ。けれど彼は視線を泳がせ、どこか焦っているように見える。

「お、俺、図鑑好きそうに見えるか?」

「いえ、なんとなくそうかなと思っただけです」

「……他のやつには言うなよ? 読書好きの奴に図鑑が好きって言うと変な顔されるんだよ。あ、でも冒険小説好きなのも本当だからな! むしろ冒険小説好きがこうじて図鑑も読み始めたというか」

「出てくる植物とか調べたりします?」

「ああ、星とか動物にも興味があってさ。もしかしてイーディス嬢もそのタイプか?」

「私は魔法道具です。そこから地層に興味を持ち始めて、明後日から始まる地質学の授業は受講するつもりなんです」

「奇遇だな。俺もその授業に参加する予定なんだ! 仲良くしようぜ」

「はい!」

 その後もたまたま通りがかった先輩から休館日の存在を聞かされるまで、イーディスとバッカスは本トークを弾ませるのだった。
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