モブ令嬢は脳筋が嫌い

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三章

3.まさかの登場

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「馬車用の馬なら、今度の休みにでも一緒に見に行くか」

「遠慮しておきます」

 そう言い放てばタイミングよく馬車が止まる。到着したのだろう。ドアが開き、先に降りたリガロの手に支えてもらいながらいよいよ乙女ゲームの舞台へと足を降ろす。

 講堂はどちらだったか。きょろきょろと辺りを見回し、西方に立て看板を見つけた。文字までは見えないがそちらに向かって人が歩いて行っている。間違いないだろう。そういえばなぜわざわざこんなに離れた場所に止まったのだろうか。他の馬車はもっと看板よりに止まっている。降ろした後で移動すれば邪魔にもならないだろうに……。王子様がやって来る時間でも近いのだろうか。首を捻りながら足を踏み出そうとすれば、右腕を引かれた。確認するまでもなくリガロである。

「どうかしましたか?」

「イーディス。俺はイーディスが望む物は全て与えてやりたいと思っている」

「馬飼う許可をくれる気になったんですか?」

「だが馬だけはダメだ」

 なぜ馬はダメなのか。いつもはぐらかされてばかりで分からず終いだ。それに望むものを全て与えてやりたいと言われたところで、彼が今まで贈ってくれたものはどれもイーディスが欲したものではない。綺麗な髪飾りよりもレースをふんだんに使ったドレスよりも馬が欲しい。本が欲しい。けれど彼はそのどちらも与えてはくれない。いや、本に至ってはよく分からないから贈れないというのが正解なのだろう。イーディスとて贈られたところで困るだけだ。かといって馬以外に欲しいものといえば婚約解消された後の居場所だろうか。けれどそれを与えるのは彼ではない。フランシカ家側で探す。学園で知識を蓄えて働き口を探すという手もある。どちらにせよゲーム内の彼のように観衆の前での婚約解消ではなく、家同士でやりとりをしてくれれば場所の確保はいくらでも出来る。

「言ってみただけです。私だって今さら期待してません」

「登下校くらいは一緒に居たいんだ。卒業したらイーディスが気に入る馬を用意する。だから許してくれ」

「どういうことですか?」

『卒業したら』と聞いてイーディスの眉間には皺が寄った。それは卒業後に捨てると宣言していると受け取って良いのだろうか。解消するまでは一緒にいてやると情でも与えているつもりか。俯くリガロが何を考えているのかは分からない。けれど腕を掴む手は少しだけ力が入る。痕が付いてしまいそうだ。そう思うのに振り切ることは出来ない。代わりに彼の手をじっと見つめる。

「……さて行くか」

 リガロは勝手に話を切り上げて歩き出す。手の位置は腕から手首に移動して、まるで誘導するかのよう。今日の彼は何かがおかしい。だから変な期待ばかりしてしまう。イーディスはブンブンと頭を振って、彼のことよりも乙女ゲーム全体のことを考えようと思考を切り替えようとした時だった。

「イーディス様!!」

 目の前にゲームには登場していなかった人物が立っているではないか。

「マリア様!?」

 記憶の中にいる彼女よりも随分大人っぽくなっているが、銀色と水色を混ぜ合わせたような独特な色の髪の持ち主は彼女以外会ったことがない。透き通った髪は綺麗に編み込まれており、先っぽは真っ赤なリボンで括られている。リガロを全力で振り払ってからトトトと駆け寄れば、そのリボンにはイーディスの物と同じくアネモネの刺繍が刺されている。

「なぜここに? その制服、学園のものですよね? 学園に入学する予定はないって……」

「イーディス様と同じ学園に通いたくて、わがままを言って結婚するまで通わせて頂けることになったのです」

「マリア様……」

 マリアはイーディスの手をそっと包み込むと「ずっとお友達との学園生活に憧れていたんです」と恥ずかしそうに打ち明けてくれた。灰色に染まると思われた学園生活が彼女の登場で一気に爽やかな青へと変わっていく。恋愛だけが青春じゃない。唯一のお友達がここまで思ってくれたことが嬉しくて、涙がこみ上げる。けれどうっすらと浮かんだそれを邪魔する者がいた。

「私は反対したんだ。身体の弱いマリアがこんな人の多い場所に通うなど……」

「えっとそちらは?」

 マリアの隣にいるその男は眉を寄せ、不快感を隠そうともしない。次々と生徒達が入っていく講堂を恨めしそうに睨んでいる。けれどすぐにその金色の瞳はイーディスへと降り注ぐ。銀縁のメガネをキラリと光らせながら、まるで値踏みをしているようだ。

「私の婚約者のキース=ギルバート様です。キース様、こちらは私のお友達のイーディス様ですわ」

「マリアが君のために学園入学を決めたとはいえ、一番は婚約者である私だ。君は二番。私の居場所を取れるとは思うなよ」

「はぁ……」

「イーディス様、ごめんなさい。キース様は悪い方ではないのだけど、少し過保護で」

「えっとまぁ悪い方ではないのはなんとなく伝わってくるから大丈夫」

 この神経質そうなイケメンはマリアを溺愛している。また言い方は少々アレではあるものの、イーディスのことも二番手に置いてくれるくらいには認めてくれているーーと。初対面でそれだけ分かれば十分だ。

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