モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴②発売中

文字の大きさ
上 下
7 / 177
一章

7.興味なんてない

しおりを挟む
 これでは眠れるはずもない。イーディスとてそこまで図太くはないのだ。近くに何かあるのかと軽く辺りを見渡せば、メイドが楽しそうにクスっと笑った。

「今日はずっとリガロ様はお嬢様を気になさっているんですよ。二回戦が終わった後にわざわざこちらに足をお運びになって」

「夢じゃなかったのね」

「きっとお嬢様の気持ちが届いたのですわ」

 いくらリガロが婚約者に関心のない男とはいえ、会場で寝る姿は看過出来なかっただけではなかろうか。誘わなければ良かったと頭を抱えているかもしれない。さすがに今回は自分が悪かったとイーディスは反省して立ち上がる。

「帰りましょう」

「え、ですがまだ……」

「大丈夫よ。体調も落ち着いたから」

 メイドは困ったようにリガロとイーディスの顔を交互に見る。何故帰るのかとでも言いたげだ。確かに後もう少しなら見て帰ればいいのかもしれない。だが彼がずっとこちらを見ていたと知ってしまったからには行動に移さない訳にもいかないだろう。

「これ以上、リガロ様に心配をかける訳にもいかないもの」

 謝罪は手紙でも出せば良い。『朝起きた時から体調が優れなかったが、どうしてもあなたの勇姿をこの目で見たかった』とでも書いておけば強く非難されることはないだろう。体調管理も出来ないと思われるだろうが、これを機に彼から距離を取られたところでイーディスとしては痛くも痒くもない。むしろ願ったり叶ったりである。背中に彼の視線が注がれるのを感じながら、イーディスは会場を後にした。

 けれど手紙を出したイーディスの元にやってきたのは手紙ではなく、リガロ本人からの言葉だった。

「再来月に行われる大会に招待された。席はうちの使用人に確保させておくからゆっくりと来るといい」

 どうやら場所を用意するから先日のイメージを払拭しろと言いたいようだ。屋敷の中でならば何をしていても構わないが、外でくらいちゃんと慎ましやかな婚約者を演じろーーと。全く以てぐうの音も出ない。次を与えてくれるのはきっと新しい婚約者を選び出すのが面倒だからだろう。

「お気遣い感謝致しますわ」

 深く頭を下げれば、彼の眉間に皺が寄った。そしてしばらく視線を彷徨わせるとゆっくりと口を開く。

「……興味がなければ、無理に来なくていい」

 どうやら彼自身はチャンスを与えてやるつもりはなかったらしい。こちらに関心がないようで、実は着飾ることを止めて読書に耽る婚約者に辟易していたのかもしれない。

 リガロ自身もこの婚約を続けることに限界を感じているとすれば、イーディスが我慢を続ける理由はあるだろうか。フランシカ家側からの婚約解消は出来ないが、フライド家側からしてもらえれば仕方ない。元々不相応な婚姻だったと流すことが出来る。体裁なんて今さら気にしたところで挽回が出来るレベルはもうとっくに過ぎている。次の婚約者は決まらないかもしれないが仕方がない。剣聖の孫の婚約者なんて針のむしろに娘を追いやったお父様が悪い。

「興味など初めからありませんわ」

「初め、から?」

「私、剣を振っている殿方を見るよりも本が好きですの。ページを捲る度にいろんな世界を見せてくれる本は退屈させないでくれますから」

「……俺と一緒にいるのは退屈か?」

「ええとても」

 にっこりと最上級の笑みを向ける。ああ、これでやっと全てが終わる。きっと彼は怒りだして、すぐにでも婚約解消を願うだろう。半月後には人目から遠ざけるように辺境の修道院にでも入れられているかもしれない。今までのように十分な生活が送れずとも、剣聖の孫から解放される道を選んだ。けれどリガロの反応はイーディスの想像していたものとはまるで違った。

「退屈か! そうか。なら今度から別の場所に行って鍛錬することにしよう」

 数年前の笑みとは違う、快活で豪快な笑みを浮かべたのだ。そして心底楽しそうに言葉を続けた。

「剣聖の孫にそんなことを言うやつがいるとは思わなかった。それもよりによって婚約者が」

「気に入らないのでしたら婚約を解消するなり、今まで通り無視すればよろしいかと」

「いや、俺は随分と勿体ない時間を過ごしていたと思ってな」

 意味が分からなかった。けれどこの日を境にリガロは変わった。剣以外に無関心を貫いていた男が乙女ゲームの彼のように明るい脳筋へと変わったのである。

 そして週に一度しかなかったはずの交流は手紙を送る暇もないほどに増えた。そう、彼は毎日フランシカ家を訪問するようになったのである。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

処理中です...