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「ねぇアンナ」
「な、なんでしょう。エイリーフ様」
「耳、舐めて良い?」
「は?」
「美味しそうな香りがするんだ」
エイリーフはアンナの耳元でふうっと息を吐く。
もう限界だった。
「エイリーフ様!」
「なんだい?」
「エイリーフ様が私と婚約したのは、その……こういう行為をするためなのでしょうか?」
「そうだよ」
彼はなんてことないようにそう言い切った。
何を言うのだとばかりにこてんと首を傾げられ、本気だと理解させられる。
「今は忙しいけれど、学園に入学すれば毎日会えるね。こうしてアンナを楽しめる」
あの夜、アンナはろくに抵抗しなかった。王子様相手に抵抗なんて出来るはずもない。
会場から離れた場所に一人でいたのが運の尽きだったのだ。
伯爵令嬢と第四王子の婚約。端から見れば玉の輿だろう。
つくづく自分は男運がないらしい。
彼は許可を待つことなく、アンナの耳を舐め始めた。
おやつは好きに食べてもいいと言われながらも、彼の舌は首にまで降りてきているのだ。暢気に楽しめるはずもない。
「ああ、ずっとこうしたかった……」
エイリーフからすれば至福の時なのだろうが、この状況を彼の従者にバッチリと見られているのだ。二人ならいいという話でもないが、恥ずかしくて今すぐにでも意識を手放してしまいたい。
けれどそんなことをすればどこを舐められるか分かったものではない。そしてここで彼を突き飛ばしても似たようなものだ。
不敬罪に問われればアンナだけではなく、家族も巻き込むことになる。
今は耐えるしかないのだ。
そう、彼だっていつまでもこんなことをしているはずがない。
飽きたら婚約解消をすれば良いと思っているに違いない。後々切り捨てることを考えれば、アンナは格好の相手である。
そもそもこの年まで第四王子の婚約者が決まっていなかったこと自体が変な話だったのだ。何らかの理由で公にされていないだけで、すでに結婚相手が決まっているのかもしれない。
そうでなければ舐めても抵抗しないからというふざけた理由で伯爵令嬢を選ぶはずがない。
今は我慢の時だ。
王家から婚約の申し出があって、あちらの都合で解消になれば、きっと慰謝料にもかなり色をつけてくれるはず。それこそ、生涯独り身でも暮らしていけるくらいに。店を持つのもいいかもしれない。だからその時まで我慢しようと心に決めた。
それからアンナとエイリーフが婚約したとの話は瞬く間に広まった。
浮気された令嬢から、社交界の人気者の婚約者へと変わったのだ。お茶会に参加する度、今度は違う意味で注目を集めた。
まるで値踏みされているようで、彼女達の視線は『こんな地味な令嬢がどうやって彼の心を射止めたのか』と言っているようだった。
今日のお茶会なんて、今まで一度も話したこともない公爵令嬢から手紙をもらって参加しているのだ。それくらい誰もがアンナに注目している。
だがアンナから言わせれば、あの奇行を知らないから憧れていられるのだ。いくら顔が良くて優しくて頭が良い王子様とはいえ、会う度に変なところを舐められれば嫌にだってなる。
それ以外の優しさなんて全部帳消しになるくらいには恥ずかしいのだ。
思い出したら顔に熱が集まってくる。そんなアンナの様子を、周りの令嬢達は勘違いしたようだ。
「エイリーフ様はアンナ様を溺愛していると聞きますわ」
「毎日のように城に呼び出しているのだとか」
「私の兄は女性に人気のお菓子を尋ねられたと言っておりましたわ」
「そんなに大切にされて羨ましいわ」
ふふふと口元を隠しながら笑う。目では「調子に乗るなよ」と訴えるのも忘れない。
エイリーフの本命はどんな相手なのだろうか。
伯爵令嬢で、溺愛されているという噂を回していても、こんなに針のむしろ状態なのだ。それよりも身分が低い相手ならもっと大変な目にあっていたことだろう。
もしやアンナでワンクッション置いてから、運命の恋を見つけたと宣言するつもりなのか。
そんな話を以前、小説で読んだことがある。市井の娘達だけではなく、貴族の令嬢達の間でもロマンチックだと評判なのだ。
まさか自分が捨てられる相手側になるとは思わなかったが、アンナにはぴったりな役だ。少なくとも、公爵令嬢達の笑みで圧を感じているくらいでは、王子様に愛されるような器ではないのだ。部屋に篭もって薬鍋をかき混ぜている方が性に合っている。
「な、なんでしょう。エイリーフ様」
「耳、舐めて良い?」
「は?」
「美味しそうな香りがするんだ」
エイリーフはアンナの耳元でふうっと息を吐く。
もう限界だった。
「エイリーフ様!」
「なんだい?」
「エイリーフ様が私と婚約したのは、その……こういう行為をするためなのでしょうか?」
「そうだよ」
彼はなんてことないようにそう言い切った。
何を言うのだとばかりにこてんと首を傾げられ、本気だと理解させられる。
「今は忙しいけれど、学園に入学すれば毎日会えるね。こうしてアンナを楽しめる」
あの夜、アンナはろくに抵抗しなかった。王子様相手に抵抗なんて出来るはずもない。
会場から離れた場所に一人でいたのが運の尽きだったのだ。
伯爵令嬢と第四王子の婚約。端から見れば玉の輿だろう。
つくづく自分は男運がないらしい。
彼は許可を待つことなく、アンナの耳を舐め始めた。
おやつは好きに食べてもいいと言われながらも、彼の舌は首にまで降りてきているのだ。暢気に楽しめるはずもない。
「ああ、ずっとこうしたかった……」
エイリーフからすれば至福の時なのだろうが、この状況を彼の従者にバッチリと見られているのだ。二人ならいいという話でもないが、恥ずかしくて今すぐにでも意識を手放してしまいたい。
けれどそんなことをすればどこを舐められるか分かったものではない。そしてここで彼を突き飛ばしても似たようなものだ。
不敬罪に問われればアンナだけではなく、家族も巻き込むことになる。
今は耐えるしかないのだ。
そう、彼だっていつまでもこんなことをしているはずがない。
飽きたら婚約解消をすれば良いと思っているに違いない。後々切り捨てることを考えれば、アンナは格好の相手である。
そもそもこの年まで第四王子の婚約者が決まっていなかったこと自体が変な話だったのだ。何らかの理由で公にされていないだけで、すでに結婚相手が決まっているのかもしれない。
そうでなければ舐めても抵抗しないからというふざけた理由で伯爵令嬢を選ぶはずがない。
今は我慢の時だ。
王家から婚約の申し出があって、あちらの都合で解消になれば、きっと慰謝料にもかなり色をつけてくれるはず。それこそ、生涯独り身でも暮らしていけるくらいに。店を持つのもいいかもしれない。だからその時まで我慢しようと心に決めた。
それからアンナとエイリーフが婚約したとの話は瞬く間に広まった。
浮気された令嬢から、社交界の人気者の婚約者へと変わったのだ。お茶会に参加する度、今度は違う意味で注目を集めた。
まるで値踏みされているようで、彼女達の視線は『こんな地味な令嬢がどうやって彼の心を射止めたのか』と言っているようだった。
今日のお茶会なんて、今まで一度も話したこともない公爵令嬢から手紙をもらって参加しているのだ。それくらい誰もがアンナに注目している。
だがアンナから言わせれば、あの奇行を知らないから憧れていられるのだ。いくら顔が良くて優しくて頭が良い王子様とはいえ、会う度に変なところを舐められれば嫌にだってなる。
それ以外の優しさなんて全部帳消しになるくらいには恥ずかしいのだ。
思い出したら顔に熱が集まってくる。そんなアンナの様子を、周りの令嬢達は勘違いしたようだ。
「エイリーフ様はアンナ様を溺愛していると聞きますわ」
「毎日のように城に呼び出しているのだとか」
「私の兄は女性に人気のお菓子を尋ねられたと言っておりましたわ」
「そんなに大切にされて羨ましいわ」
ふふふと口元を隠しながら笑う。目では「調子に乗るなよ」と訴えるのも忘れない。
エイリーフの本命はどんな相手なのだろうか。
伯爵令嬢で、溺愛されているという噂を回していても、こんなに針のむしろ状態なのだ。それよりも身分が低い相手ならもっと大変な目にあっていたことだろう。
もしやアンナでワンクッション置いてから、運命の恋を見つけたと宣言するつもりなのか。
そんな話を以前、小説で読んだことがある。市井の娘達だけではなく、貴族の令嬢達の間でもロマンチックだと評判なのだ。
まさか自分が捨てられる相手側になるとは思わなかったが、アンナにはぴったりな役だ。少なくとも、公爵令嬢達の笑みで圧を感じているくらいでは、王子様に愛されるような器ではないのだ。部屋に篭もって薬鍋をかき混ぜている方が性に合っている。
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