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「やっ……」
「逃げないで。まだ終わってない」
静かな部屋の中で水音が響く。
ぴちゃぴちゃと卑猥な音を奏でているのはエイリーフ。第四王子であり、アンナ=ヴェルンの婚約者でもある。
彼は一日に一度、必ずアンナの体を舐める。
それは手の指であったり首元であったり。外から見えるところを遠慮なく舐めるのである。
けれど今日は靴下を脱いで欲しいと言い出した。エイリーフはアンナのドレスの裾をめくり、ふくらはぎに舌を這わせる。くすぐったさよりも恥ずかしさが勝る。
静かとはいえ、ここは学園の一室なのだ。いつ誰が来るかは分からない。アンナは声が漏れないように自分の口を押さえる。けれど彼を拒絶することは出来ない。
この行為を許すことこそ、エイリーフとの婚約を続ける条件なのだから。
エイリーフとアンナが出会ったのは四年前。
アンナの夜会デビューが二ヶ月後に迫った時のことだった。
彼との思い出の花の髪飾りを父がプレゼントしてくれた。アンナのお気に入りの花でもある。夜会デビューは人生で一度だけ。この髪飾りに似合うドレスが着たい。そう強く思った。
だがアンナは一人で参加するのではない。婚約者にエスコートをしてもらうのだ。だから彼と相談しようと、婚約者が暮らすタウンハウスへと向かった。
それが全ての始まりだった。
タウンハウス前に見慣れない馬車が止まっていた。嫌な予感がして、彼の部屋がある2階を見上げる。すると風が吹いてカーテンが揺れた。その隙間から、女性と抱き合う婚約者の姿が見えた。
相手はアンナと同じ伯爵令嬢。けれど年は三つ上。婚約者と同じ年だった。
頭に血が上り、勢いでドアベルを鳴らした。
出てきた使用人はアンナの顔を見て、少しだけ目を見開いた。連絡もなく来るとは思わなかったのだろう。今まで一度もそんなことなかったから、驚くのも無理はないだろう。
いつも通り、手紙を送ってから来ればよかった。そうしたらあんなもの見ずに済んだのに。ボロボロと涙をこぼしながら、彼を出してほしいと使用人に訴える。
彼は留守であると嘘をつき、アンナを追い返そうとする。けれど見てしまったのだ。唇を合わせるところまでバッチリと。
「全て、窓から見えてしまったのです」
その一言で、使用人は泣きそうになった。彼の横を通り、二階へと上がる。そしてノックもなく、彼の部屋を開けた。
そこにいたのは窓から見た時よりもひどい光景だった。ベッドの上に寝転ぶ二人の服ははだけていた。
「これは、どういうことですか」
「アンナ……なぜ……」
首だけをアンナへと向け、言葉を詰まらせる。決定的な場所を見られては言い訳なんて出てくるはずもない。アンナだって言い訳が欲しいわけではないのだ。
「ごめんなさい。私が彼を愛してしまったから……」
「メリーは悪くない。悪いのは俺だ!」
必死で庇い合う二人は滑稽だった。けれどアンナは惨めでたまらない。
学園に入ってからというもの、彼からの手紙は減っていた。少ない手紙には学園生活が忙しいと書かれていて、そういうものかと納得していた。同時期に自領の薬草園で新種の薬草が見つかったため、つい先金までそれを使った薬の開発と安定した栽培で忙しかった。
正直、浮気しているかもと考えたことがなかった訳ではない。思えば年上の友人達の様子がどこかおかしかった。彼女達は知っていたのだろう。だがアンナに告げることは出来なかった。
『学園に入学してから会う時間が減ったでしょう? 寂しくって』
優しく微笑みながら、皆アンナの隣から離れようとはしなかった。今思えば悪意から守ってくれていたのだろう。
だが彼女達もまさか二人が身体の関係を持っているとは想像もしていなかったに違いない。いや、常識的な貴族ならいかに愚かな行為であるか分かるはずだ。
この婚約は政略的なものだ。アンナの実家であるヴェルン伯爵家はその昔、錬金術師を何人も輩出してきた錬金術師の名家であった。爵位を賜ったのも錬金術で作った薬が王家に認められたから。
錬金術が消えた今でも珍しい薬を作る薬師の家系として名を馳せている。どんな傷もたちどころに治してしまう万能薬から産み分けを可能とする妊娠の秘薬まで。他の薬師では真似出来ないような薬がヴェルン家の棚にはずらりと並んでいる。
婚約者の家が治めている領地は強い魔物が多く生息しているため、ヴェルン家の万能薬を確保したかったのだ。関係を密にするため、アンナと息子の婚約話を持ち込んだ。
だから浮気していたとしても学生の間だけの遊びのようなものだろうと。万能薬を安定供給してもらうためのチャンスを手放すようなことはしないだろうと、深く考えることはしなかった。
「このことは父に報告させていただきます」
あまりにも愚かで、涙も出ない。ただただ頭が痛かった。ズキズキとする頭を押さえながら婚約者であったり彼の屋敷を去る。
帰宅後すぐに父に報告すると、すぐに使いを出してくれた。十日と立たずに婚約破棄が成立した。
多大な慰謝料を受け取ると共に『ヴェルンの薬は二度と売らない』という約束を取り付けた。薬を卸している商人にも伝えたので、どうしても欲しければ何倍もの額を積むしかあるまい。
「逃げないで。まだ終わってない」
静かな部屋の中で水音が響く。
ぴちゃぴちゃと卑猥な音を奏でているのはエイリーフ。第四王子であり、アンナ=ヴェルンの婚約者でもある。
彼は一日に一度、必ずアンナの体を舐める。
それは手の指であったり首元であったり。外から見えるところを遠慮なく舐めるのである。
けれど今日は靴下を脱いで欲しいと言い出した。エイリーフはアンナのドレスの裾をめくり、ふくらはぎに舌を這わせる。くすぐったさよりも恥ずかしさが勝る。
静かとはいえ、ここは学園の一室なのだ。いつ誰が来るかは分からない。アンナは声が漏れないように自分の口を押さえる。けれど彼を拒絶することは出来ない。
この行為を許すことこそ、エイリーフとの婚約を続ける条件なのだから。
エイリーフとアンナが出会ったのは四年前。
アンナの夜会デビューが二ヶ月後に迫った時のことだった。
彼との思い出の花の髪飾りを父がプレゼントしてくれた。アンナのお気に入りの花でもある。夜会デビューは人生で一度だけ。この髪飾りに似合うドレスが着たい。そう強く思った。
だがアンナは一人で参加するのではない。婚約者にエスコートをしてもらうのだ。だから彼と相談しようと、婚約者が暮らすタウンハウスへと向かった。
それが全ての始まりだった。
タウンハウス前に見慣れない馬車が止まっていた。嫌な予感がして、彼の部屋がある2階を見上げる。すると風が吹いてカーテンが揺れた。その隙間から、女性と抱き合う婚約者の姿が見えた。
相手はアンナと同じ伯爵令嬢。けれど年は三つ上。婚約者と同じ年だった。
頭に血が上り、勢いでドアベルを鳴らした。
出てきた使用人はアンナの顔を見て、少しだけ目を見開いた。連絡もなく来るとは思わなかったのだろう。今まで一度もそんなことなかったから、驚くのも無理はないだろう。
いつも通り、手紙を送ってから来ればよかった。そうしたらあんなもの見ずに済んだのに。ボロボロと涙をこぼしながら、彼を出してほしいと使用人に訴える。
彼は留守であると嘘をつき、アンナを追い返そうとする。けれど見てしまったのだ。唇を合わせるところまでバッチリと。
「全て、窓から見えてしまったのです」
その一言で、使用人は泣きそうになった。彼の横を通り、二階へと上がる。そしてノックもなく、彼の部屋を開けた。
そこにいたのは窓から見た時よりもひどい光景だった。ベッドの上に寝転ぶ二人の服ははだけていた。
「これは、どういうことですか」
「アンナ……なぜ……」
首だけをアンナへと向け、言葉を詰まらせる。決定的な場所を見られては言い訳なんて出てくるはずもない。アンナだって言い訳が欲しいわけではないのだ。
「ごめんなさい。私が彼を愛してしまったから……」
「メリーは悪くない。悪いのは俺だ!」
必死で庇い合う二人は滑稽だった。けれどアンナは惨めでたまらない。
学園に入ってからというもの、彼からの手紙は減っていた。少ない手紙には学園生活が忙しいと書かれていて、そういうものかと納得していた。同時期に自領の薬草園で新種の薬草が見つかったため、つい先金までそれを使った薬の開発と安定した栽培で忙しかった。
正直、浮気しているかもと考えたことがなかった訳ではない。思えば年上の友人達の様子がどこかおかしかった。彼女達は知っていたのだろう。だがアンナに告げることは出来なかった。
『学園に入学してから会う時間が減ったでしょう? 寂しくって』
優しく微笑みながら、皆アンナの隣から離れようとはしなかった。今思えば悪意から守ってくれていたのだろう。
だが彼女達もまさか二人が身体の関係を持っているとは想像もしていなかったに違いない。いや、常識的な貴族ならいかに愚かな行為であるか分かるはずだ。
この婚約は政略的なものだ。アンナの実家であるヴェルン伯爵家はその昔、錬金術師を何人も輩出してきた錬金術師の名家であった。爵位を賜ったのも錬金術で作った薬が王家に認められたから。
錬金術が消えた今でも珍しい薬を作る薬師の家系として名を馳せている。どんな傷もたちどころに治してしまう万能薬から産み分けを可能とする妊娠の秘薬まで。他の薬師では真似出来ないような薬がヴェルン家の棚にはずらりと並んでいる。
婚約者の家が治めている領地は強い魔物が多く生息しているため、ヴェルン家の万能薬を確保したかったのだ。関係を密にするため、アンナと息子の婚約話を持ち込んだ。
だから浮気していたとしても学生の間だけの遊びのようなものだろうと。万能薬を安定供給してもらうためのチャンスを手放すようなことはしないだろうと、深く考えることはしなかった。
「このことは父に報告させていただきます」
あまりにも愚かで、涙も出ない。ただただ頭が痛かった。ズキズキとする頭を押さえながら婚約者であったり彼の屋敷を去る。
帰宅後すぐに父に報告すると、すぐに使いを出してくれた。十日と立たずに婚約破棄が成立した。
多大な慰謝料を受け取ると共に『ヴェルンの薬は二度と売らない』という約束を取り付けた。薬を卸している商人にも伝えたので、どうしても欲しければ何倍もの額を積むしかあるまい。
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