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誘拐されました?
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少し我慢すればまた前のように……なんて思っていたが、一年生が終わってもフレイムさんとは時間が取れないまま。夜会ってこんなものなのかな? 学業の方も相当忙しいらしい。勉強、したくないな~。回を増すごとに増えていく勉強量に思わず嫌気が差す。
「死ぬならここまで頑張る必要ないんだろうけど、でもお馬鹿すぎて死ぬとか嫌だな~」
本の表紙を撫でながら愚痴を吐く。
年度も変わって今年こそヒロインが登場したかと探りを入れてみたものの成果はない。それどころか最近は顔を合わせても不機嫌になるばかり。理由も教えてくれず、へそを曲げた彼は私のドラゴン好きに抵抗するかのように人型になることもしばしば。私なりにいろいろと考えてはみたものの、やっぱり理由は分からない。好きな女の子でも出来たなんて雰囲気ではないが、乙女ゲームシナリオに突入するよりも婚約を解消する日の方が早いかもしれない。
フレイムさんと出会ってから、城に向かう馬車に乗りたくないと思ったのはこれが初めてだ。
婚約をどうにかしてなかったことにして欲しいと思った日でさえ、心は重くとも話合いをするために真っ直ぐと足を向けていたはず。
でも顔を合わせてもどうせ機嫌を損ねるだけだと思うと、彼の気持ちも分からない自分が嫌になる。
魂の契約なんて自分とフレイムさんは特別だって思っていたのに、私は所詮、ただのドラゴン好きでしかなかったのだ。それでも断ることなんて出来ずに手作りサンドイッチを詰めたバスケットと共に馬車に乗り込んだ。
――そんな私の気持ちを神様はお見通しだったのだろう。
「馬車を止めろ」
後もう少しで城に到着するという頃、剣を構えた男達が馬車の前に立ち塞がった。
物取りにしては三人とも身なりが整いすぎている。服は新品同様だし、おそらくオーダーメイド。靴だってなかなか上等なものだ。剣には詳しくないが、多分そこそこのものではあるのだろう。貴族や商人から奪った物にしてはサイズがしっかり合っており、急に入ったお金を使ったにしては調和が取れている。ここ数年で養われた貴族としての感覚が、彼らがそこそこの地位を持つ人間であることを告げていた。
「アドリエンヌ様」
「止めてちょうだい」
「こちらの馬車に乗れ」
「分かったわ」
グッと立てられた親指で差された馬車も上等なものだ。御者に「王子に断りをいれておいて。後、私が長い間帰ってこないようだったらお父様に伝えてちょうだい」と短く告げて、あちら側の馬車に乗り込んだ。
「アドリエンヌ=プレジッドだな」
「ええ、そうよ。あなたは?」
「アーサー」
アーサーと名乗るその男は先ほどの男達よりも上等な服を着ている。だが明らかにやつれている。後ろで一本に縛られた茶色の髪はボサボサで、至るところからしまい込めなかった毛がぴょんぴょんと跳ねている。髭は伸びっぱなし。しばらくろくに寝ていないのか、目の下には真っ黒なクマがあり、髭は数日間手入れされていないと思われる。それでいて肉付きはいいし、服越しでも筋肉がしっかりと付いていることは分かる。見た目のせいで年齢の判断は効かないが、選択肢から『商人』は消えた。貴族やどこかの国の役職持ちのお抱え用心棒といったところだろうか。
ただ直感的に、悪い人ではないのだろうと理解した。
男の身体から匂う独特な香りには馴染みがあった。おばあちゃんの家でするお線香の香りによく似ているのだ。ドラゴンはいるし、魔法もある西洋風な世界で前世の夏を思い出す。チリンチリンと風鈴の音がすれば完璧なのに……。それでも心を許しはしない。
こんな誘拐みたいな真似をされて、感情を表に出しては公爵令嬢失格だ。いついかなる時もポーカーフェイスを保たなければ。両親みたいにはなれずとも、出来る限り、戸惑いを見せないように心がける。
「アーサーさんね。それで、私に何の用事?」
バックに身分の高い人がいるだろうことは承知で、私は目の前の男を突っぱねる。
「あんたの望みを叶えるために来た」
「意味が分かりません」
身代金要求されるどころか、ランプの精のように願いを要求された訳だが、誘拐であっているはず。
この世界に人の願いを叶えることを生きがいとしている人が存在していて、目の前の男がそれに該当しなければ、の話だが。
「何か望みはないのか? 何でも叶えてやるぞ」
「初対面の相手にそう言われましても何を望めと?」
それにしても名前だけの簡素な自己紹介の次に望みを、なんてどこの宗教だ。
いや、宗教勧誘でも初めは悩みはありませんか? とか本当にあなたは今の生活に満足していますか? などの質問から入るはず。
「例えば、そうだな……。フレインボルド=アッセムとの婚約破棄とか?」
例えばという割に的確すぎる。目の前の男はまるで私がそれを望んでいると確信しているかのように、ニッと口角を上げてみせる。
この男、一体何が目的だ?
本当に私が望んだらそれを実行させることが出来る力の持ち主がバックにいる?
いや、提案するのが『婚約解消』ではなく『婚約破棄』を持ち出した時点で強引な方法を取ろうとしていると見て間違いないだろう。
「死ぬならここまで頑張る必要ないんだろうけど、でもお馬鹿すぎて死ぬとか嫌だな~」
本の表紙を撫でながら愚痴を吐く。
年度も変わって今年こそヒロインが登場したかと探りを入れてみたものの成果はない。それどころか最近は顔を合わせても不機嫌になるばかり。理由も教えてくれず、へそを曲げた彼は私のドラゴン好きに抵抗するかのように人型になることもしばしば。私なりにいろいろと考えてはみたものの、やっぱり理由は分からない。好きな女の子でも出来たなんて雰囲気ではないが、乙女ゲームシナリオに突入するよりも婚約を解消する日の方が早いかもしれない。
フレイムさんと出会ってから、城に向かう馬車に乗りたくないと思ったのはこれが初めてだ。
婚約をどうにかしてなかったことにして欲しいと思った日でさえ、心は重くとも話合いをするために真っ直ぐと足を向けていたはず。
でも顔を合わせてもどうせ機嫌を損ねるだけだと思うと、彼の気持ちも分からない自分が嫌になる。
魂の契約なんて自分とフレイムさんは特別だって思っていたのに、私は所詮、ただのドラゴン好きでしかなかったのだ。それでも断ることなんて出来ずに手作りサンドイッチを詰めたバスケットと共に馬車に乗り込んだ。
――そんな私の気持ちを神様はお見通しだったのだろう。
「馬車を止めろ」
後もう少しで城に到着するという頃、剣を構えた男達が馬車の前に立ち塞がった。
物取りにしては三人とも身なりが整いすぎている。服は新品同様だし、おそらくオーダーメイド。靴だってなかなか上等なものだ。剣には詳しくないが、多分そこそこのものではあるのだろう。貴族や商人から奪った物にしてはサイズがしっかり合っており、急に入ったお金を使ったにしては調和が取れている。ここ数年で養われた貴族としての感覚が、彼らがそこそこの地位を持つ人間であることを告げていた。
「アドリエンヌ様」
「止めてちょうだい」
「こちらの馬車に乗れ」
「分かったわ」
グッと立てられた親指で差された馬車も上等なものだ。御者に「王子に断りをいれておいて。後、私が長い間帰ってこないようだったらお父様に伝えてちょうだい」と短く告げて、あちら側の馬車に乗り込んだ。
「アドリエンヌ=プレジッドだな」
「ええ、そうよ。あなたは?」
「アーサー」
アーサーと名乗るその男は先ほどの男達よりも上等な服を着ている。だが明らかにやつれている。後ろで一本に縛られた茶色の髪はボサボサで、至るところからしまい込めなかった毛がぴょんぴょんと跳ねている。髭は伸びっぱなし。しばらくろくに寝ていないのか、目の下には真っ黒なクマがあり、髭は数日間手入れされていないと思われる。それでいて肉付きはいいし、服越しでも筋肉がしっかりと付いていることは分かる。見た目のせいで年齢の判断は効かないが、選択肢から『商人』は消えた。貴族やどこかの国の役職持ちのお抱え用心棒といったところだろうか。
ただ直感的に、悪い人ではないのだろうと理解した。
男の身体から匂う独特な香りには馴染みがあった。おばあちゃんの家でするお線香の香りによく似ているのだ。ドラゴンはいるし、魔法もある西洋風な世界で前世の夏を思い出す。チリンチリンと風鈴の音がすれば完璧なのに……。それでも心を許しはしない。
こんな誘拐みたいな真似をされて、感情を表に出しては公爵令嬢失格だ。いついかなる時もポーカーフェイスを保たなければ。両親みたいにはなれずとも、出来る限り、戸惑いを見せないように心がける。
「アーサーさんね。それで、私に何の用事?」
バックに身分の高い人がいるだろうことは承知で、私は目の前の男を突っぱねる。
「あんたの望みを叶えるために来た」
「意味が分かりません」
身代金要求されるどころか、ランプの精のように願いを要求された訳だが、誘拐であっているはず。
この世界に人の願いを叶えることを生きがいとしている人が存在していて、目の前の男がそれに該当しなければ、の話だが。
「何か望みはないのか? 何でも叶えてやるぞ」
「初対面の相手にそう言われましても何を望めと?」
それにしても名前だけの簡素な自己紹介の次に望みを、なんてどこの宗教だ。
いや、宗教勧誘でも初めは悩みはありませんか? とか本当にあなたは今の生活に満足していますか? などの質問から入るはず。
「例えば、そうだな……。フレインボルド=アッセムとの婚約破棄とか?」
例えばという割に的確すぎる。目の前の男はまるで私がそれを望んでいると確信しているかのように、ニッと口角を上げてみせる。
この男、一体何が目的だ?
本当に私が望んだらそれを実行させることが出来る力の持ち主がバックにいる?
いや、提案するのが『婚約解消』ではなく『婚約破棄』を持ち出した時点で強引な方法を取ろうとしていると見て間違いないだろう。
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