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婚約発表になんでこんなものが……
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フレインボルド王子にまんまとハメられてから一ヶ月。
フレイムさんに会えたのはテイム解除は出来ないのかと確認に行ったあの一回きりで、その後は忙しい日々を送っていたようだ。
両親がサイズを伝えたのか、ドレスの採寸もなく合わせすらなかった。
唯一の私の役目はバラの刺繍と王子のイニシャルを刺繍したハンカチを作ることだけ。フレインボルド王子にハンカチを贈るのは気が進まなかったが、これも婚約者のお役目の一つだ。仕事仕事と自分に言い聞かせながら手を動かしていた。だが、途中でフレイムさん宛てでもイニシャル一緒じゃない? と気付いてからは超乗り気だった。なんなら予備用に5枚ほど作成してしまった。それでもバラの刺繍だけは恐るべき早さで生成することが出来る私は、一日と経たずに完成させてしまった。5枚もハンカチを送り付けられて驚いていたかもしれないが、フレイムさんがお昼寝する時に下にでも引いてくれればいいと思う。送った時点で満足なので好きに使ってほしい。
その後はあまりの暇さにいろいろと模索した結果、布の上にカラフルな糸だまりを生成していた。
だがフレイムさんに会えない日々も今日で終わる。
「この度はご婚約おめでとうございます」
今日はフレインボルド王子と私の婚約お披露目会が行われる。
そう、婚約をお披露目する会のはずだ。私の目の前にはなぜか結婚式で用意されるような巨大なケーキが置かれている。しかもケーキ入刀用と思われるナイフまで。繰り返すが、今日は婚約発表する日であって、結婚式ではない。
なのになぜウェディングケーキがあるんだ!
隣を軽く睨めばフレインボルド王子は「アドリエンヌの好きなチョコケーキだ」とサプライズが成功したように微笑んだ。
この顔、知ってる。
褒めてもらえると確信した時の顔だ。
私のためと用意した真っ赤なドレスとイエローダイヤのネックレスと同様に悪意はまるでないのだろう。
実際、私はチョコレートケーキが好きだ。モンブランに続いてではあるが……なんて、興がそぐようなことをわざわざ告げるつもりはない。
だがなぜ今日これを用意した!
好物だと知っているなら、今度お邪魔した時にでも用意してくれればそれでいい。フレイムさんが膝の上に乗った状態だとなおいい。
わざわざこんな日に用意させる必要はあったのだろうか。
アナウンス役の宰相さんに指示され、しっかりとケーキ入刀をした後、城付きのパティシエールによって皿に取り分けられたケーキを来場者に渡す。
この光景って結婚式よね? と思いながらケーキの配布を続けていると、会場のどこかで誰かが呟いた言葉が耳に届く。
「アドリエンヌ様が15になったらすぐに籍をいれるおつもりなのかしら?」
「だがおそらく結婚式はお二人の卒業後になるだろうな」
「それで今日はこんなに盛大に……」
ん? 私って当て馬よね?
ヒロインさんが来たらこの場を退くのよね?
なんで婚約発表で結婚まで想像されなきゃいけないの?
前の婚約者同様、婚約解消だってあり得る訳で……って、祝いの場でそんな縁起の悪い話はしないか。
ふうっと小さくため息を吐けば、また違う声が運ばれてくる。こちらはあのお茶会に参加していたご令嬢達の会話だろう。
「お茶会で用意されていた大量のお菓子はアドリエンヌ様のために作らせていたのだとか」
「美味しかったですわね」
「紅茶は遠い異国の地から取り寄せたものが何点かあったらしいですわ」
「お茶も美味しかったです~」
「もしやあのドレスも私達に顔を覚えさせるためにわざと……」
「あの場にいた者なら確実に二度はお顔を確認しましたものね!」
「愛、ですわね」
「愛ですわ……」
この短時間で凄まじい方向に勘違いされている。
しかもあのださドレス令嬢が王子を取った、ではなくなぜかロマンチックな解釈をされている。
あそこまで長期間狙っていた獲物がこんな女に取られて悔しくないのだろうか?
「アドリエンヌ」
王子が私の名前を呼んで腰を抱き寄せれば、心なしかご令嬢達の目がキラキラと輝いたように見える。
少なくとも初日から彼女達の目に宿っていたガッツはもうどこかへと消え去っている。同時に私に取り入ろうなんて下心も見えない。見守り隊の目というか、前世の私が推しに向けていた目によく似ている。
どこへ行ったハイエナ精神! 周りを蹴落とそうという情熱は!
だがよくよく考えてみれば、彼女達は王子の周りを固めるのと私のドレスをガン見する以外特に何もしてこなかった。爵位の低いご令嬢達を虐めることもせず、自分達のやるべきことをこなして――ってあれ、素だったのか!
どこから見られているか分からないから良い子にしてようとかではなく……。
あの場で一番薄汚れていたのは私だったのかもしれない。そんな女を婚約者にする王子様って本当に見る目ないよな~。
着席後、お茶とケーキを楽しんだ私はこの会が一秒でも早く終わることを祈りながら遠くを見つめた。
「はぁ疲れた~」
「ドレスが皺になるぞ」
式が終わり、フレイムさんの自室に通された私はそのままソファへとなだれ落ちる。
すぐ帰れるものかと思っていたが、どうやらまだ両家でのやりとりがあるらしく、一刻ほどは待機せねばならないらしい。そんなに長時間放置するくらいだったら、とりあえず私だけでも馬車に乗せてくれと遠回しに頼んではみたものの、他ならぬフレインボルド王子が許可してくれなかったのだ。
「そう思うのなら今からでも帰してください」
「一刻くらい我慢しろ」
「早くベッドで寝たいんですけど」
「俺のベッド使ってもいいんだぞ」
フレインボルド王子は親指をクイッと部屋奥に設置されているベッドへと向ける。
私のベッドのように天蓋にいろいろビラビラが付いてはいないが、代わりにマットレスは数倍ふかふかなのだろう。この場からダッシュして飛び込めば小さく跳ねて楽しめるかもしれない。
だがそんな旅行ではしゃぐ子どもみたいな真似をこの場でするつもりはない。
どうしてもしたいなら父に超遠回しに頼むわ!
「お断りします~」
「遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「体調が悪いわけでもないのに婚約者のベッドを借りる淑女がいますか」
「しゅくじょ?」
こちらを見つめながら首を傾げるフレインボルド王子。
その、ちょっと何言っているのか理解出来ないんだが……みたいな澄んだ目止めて!
「…………言いたいことは分かりますが、変な噂立てられたくないので遠慮します」
私だって『ちゃんとした貴族の令嬢』でいられている自覚はない。むしろそんなもの初日から捨てていた。無理だ。そもそも私が記憶を取り戻す前のアドリエンヌですらちゃんとしていなかったし。前世の記憶と今世の経験を混ぜてもどうにもならないものはある。もちろん今後努力はしていかねばならないのだろう。徐々に、ではあるが。
それでもさすがに男の人のベッドで寝たらアウトなことくらい分かる。
「どうせ結婚するんだから数年くらい早まったところで別に誰も気にしないと思うが」
「気にします!」
気にするでしょ!!
いや、そこは気にして!
大人はちゃんとダメなことはダメって言わないと!
「そうか? 婚約者の部屋のソファで寝転がるのもあまり褒められたことではないと思うが」
「ぐっ」
なぜここにきて正論を……。
これは分が悪いと仕方なく横に倒れていた身体を元に戻し、崩れた胸元を正す。
「これで俺の場所が空いたな」
わざわざ隣に腰をかけるフレインボルド王子。
先ほどまで私が上半身で中途半端に温めていた辺りに腰を下ろす。
なんだか距離が近い。
少し右に詰めれば、少し遅れて王子も右に寄る。せっかく空いた距離がまた縮まってしまった。
「正面のソファは空いてますけど」
「ここでいい」
「いや、ここでいいじゃなくて……近いんですけど」
「何をいまさら。散々膝に乗せるわ抱きしめるわしてただろ」
「それはフレイムさんの方なので! というか、二人なんですからフレイムさんと選手交代してください」
「今日はいつ誰が来るか分からないから無理だ」
「じゃあ離れてくださいって」
「この距離が安心するんだ」
「安心って……」
「俺はしばらく寝る。疲れた」
宣言すると、フレインボルド王子は私の肩に首を乗せて目を閉じた。
そこから気持ちよさそうに寝息を立てるまであまり時間はかからなかった。
刺繍以外これといった仕事のなかった私とは違い、王子にはやるべきことが沢山あったのだろう。
人間側とはビジネスライクを貫きたいが、今日くらいは肩くらい貸してあげるか。
これが膝だったらもちろん拒否する。
だってフレイムさんの特等席だし!
寝ぼけているのか、たまに頭を擦りつけてくることはあった。
何かを確認するようにスリスリと。そして満足気に小さく笑うのだ。
なんとも動物的な行動に私の頬も緩んでしまったのは、一足先に休んでしまった王子様には内緒である。
フレイムさんに会えたのはテイム解除は出来ないのかと確認に行ったあの一回きりで、その後は忙しい日々を送っていたようだ。
両親がサイズを伝えたのか、ドレスの採寸もなく合わせすらなかった。
唯一の私の役目はバラの刺繍と王子のイニシャルを刺繍したハンカチを作ることだけ。フレインボルド王子にハンカチを贈るのは気が進まなかったが、これも婚約者のお役目の一つだ。仕事仕事と自分に言い聞かせながら手を動かしていた。だが、途中でフレイムさん宛てでもイニシャル一緒じゃない? と気付いてからは超乗り気だった。なんなら予備用に5枚ほど作成してしまった。それでもバラの刺繍だけは恐るべき早さで生成することが出来る私は、一日と経たずに完成させてしまった。5枚もハンカチを送り付けられて驚いていたかもしれないが、フレイムさんがお昼寝する時に下にでも引いてくれればいいと思う。送った時点で満足なので好きに使ってほしい。
その後はあまりの暇さにいろいろと模索した結果、布の上にカラフルな糸だまりを生成していた。
だがフレイムさんに会えない日々も今日で終わる。
「この度はご婚約おめでとうございます」
今日はフレインボルド王子と私の婚約お披露目会が行われる。
そう、婚約をお披露目する会のはずだ。私の目の前にはなぜか結婚式で用意されるような巨大なケーキが置かれている。しかもケーキ入刀用と思われるナイフまで。繰り返すが、今日は婚約発表する日であって、結婚式ではない。
なのになぜウェディングケーキがあるんだ!
隣を軽く睨めばフレインボルド王子は「アドリエンヌの好きなチョコケーキだ」とサプライズが成功したように微笑んだ。
この顔、知ってる。
褒めてもらえると確信した時の顔だ。
私のためと用意した真っ赤なドレスとイエローダイヤのネックレスと同様に悪意はまるでないのだろう。
実際、私はチョコレートケーキが好きだ。モンブランに続いてではあるが……なんて、興がそぐようなことをわざわざ告げるつもりはない。
だがなぜ今日これを用意した!
好物だと知っているなら、今度お邪魔した時にでも用意してくれればそれでいい。フレイムさんが膝の上に乗った状態だとなおいい。
わざわざこんな日に用意させる必要はあったのだろうか。
アナウンス役の宰相さんに指示され、しっかりとケーキ入刀をした後、城付きのパティシエールによって皿に取り分けられたケーキを来場者に渡す。
この光景って結婚式よね? と思いながらケーキの配布を続けていると、会場のどこかで誰かが呟いた言葉が耳に届く。
「アドリエンヌ様が15になったらすぐに籍をいれるおつもりなのかしら?」
「だがおそらく結婚式はお二人の卒業後になるだろうな」
「それで今日はこんなに盛大に……」
ん? 私って当て馬よね?
ヒロインさんが来たらこの場を退くのよね?
なんで婚約発表で結婚まで想像されなきゃいけないの?
前の婚約者同様、婚約解消だってあり得る訳で……って、祝いの場でそんな縁起の悪い話はしないか。
ふうっと小さくため息を吐けば、また違う声が運ばれてくる。こちらはあのお茶会に参加していたご令嬢達の会話だろう。
「お茶会で用意されていた大量のお菓子はアドリエンヌ様のために作らせていたのだとか」
「美味しかったですわね」
「紅茶は遠い異国の地から取り寄せたものが何点かあったらしいですわ」
「お茶も美味しかったです~」
「もしやあのドレスも私達に顔を覚えさせるためにわざと……」
「あの場にいた者なら確実に二度はお顔を確認しましたものね!」
「愛、ですわね」
「愛ですわ……」
この短時間で凄まじい方向に勘違いされている。
しかもあのださドレス令嬢が王子を取った、ではなくなぜかロマンチックな解釈をされている。
あそこまで長期間狙っていた獲物がこんな女に取られて悔しくないのだろうか?
「アドリエンヌ」
王子が私の名前を呼んで腰を抱き寄せれば、心なしかご令嬢達の目がキラキラと輝いたように見える。
少なくとも初日から彼女達の目に宿っていたガッツはもうどこかへと消え去っている。同時に私に取り入ろうなんて下心も見えない。見守り隊の目というか、前世の私が推しに向けていた目によく似ている。
どこへ行ったハイエナ精神! 周りを蹴落とそうという情熱は!
だがよくよく考えてみれば、彼女達は王子の周りを固めるのと私のドレスをガン見する以外特に何もしてこなかった。爵位の低いご令嬢達を虐めることもせず、自分達のやるべきことをこなして――ってあれ、素だったのか!
どこから見られているか分からないから良い子にしてようとかではなく……。
あの場で一番薄汚れていたのは私だったのかもしれない。そんな女を婚約者にする王子様って本当に見る目ないよな~。
着席後、お茶とケーキを楽しんだ私はこの会が一秒でも早く終わることを祈りながら遠くを見つめた。
「はぁ疲れた~」
「ドレスが皺になるぞ」
式が終わり、フレイムさんの自室に通された私はそのままソファへとなだれ落ちる。
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「そう思うのなら今からでも帰してください」
「一刻くらい我慢しろ」
「早くベッドで寝たいんですけど」
「俺のベッド使ってもいいんだぞ」
フレインボルド王子は親指をクイッと部屋奥に設置されているベッドへと向ける。
私のベッドのように天蓋にいろいろビラビラが付いてはいないが、代わりにマットレスは数倍ふかふかなのだろう。この場からダッシュして飛び込めば小さく跳ねて楽しめるかもしれない。
だがそんな旅行ではしゃぐ子どもみたいな真似をこの場でするつもりはない。
どうしてもしたいなら父に超遠回しに頼むわ!
「お断りします~」
「遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「体調が悪いわけでもないのに婚約者のベッドを借りる淑女がいますか」
「しゅくじょ?」
こちらを見つめながら首を傾げるフレインボルド王子。
その、ちょっと何言っているのか理解出来ないんだが……みたいな澄んだ目止めて!
「…………言いたいことは分かりますが、変な噂立てられたくないので遠慮します」
私だって『ちゃんとした貴族の令嬢』でいられている自覚はない。むしろそんなもの初日から捨てていた。無理だ。そもそも私が記憶を取り戻す前のアドリエンヌですらちゃんとしていなかったし。前世の記憶と今世の経験を混ぜてもどうにもならないものはある。もちろん今後努力はしていかねばならないのだろう。徐々に、ではあるが。
それでもさすがに男の人のベッドで寝たらアウトなことくらい分かる。
「どうせ結婚するんだから数年くらい早まったところで別に誰も気にしないと思うが」
「気にします!」
気にするでしょ!!
いや、そこは気にして!
大人はちゃんとダメなことはダメって言わないと!
「そうか? 婚約者の部屋のソファで寝転がるのもあまり褒められたことではないと思うが」
「ぐっ」
なぜここにきて正論を……。
これは分が悪いと仕方なく横に倒れていた身体を元に戻し、崩れた胸元を正す。
「これで俺の場所が空いたな」
わざわざ隣に腰をかけるフレインボルド王子。
先ほどまで私が上半身で中途半端に温めていた辺りに腰を下ろす。
なんだか距離が近い。
少し右に詰めれば、少し遅れて王子も右に寄る。せっかく空いた距離がまた縮まってしまった。
「正面のソファは空いてますけど」
「ここでいい」
「いや、ここでいいじゃなくて……近いんですけど」
「何をいまさら。散々膝に乗せるわ抱きしめるわしてただろ」
「それはフレイムさんの方なので! というか、二人なんですからフレイムさんと選手交代してください」
「今日はいつ誰が来るか分からないから無理だ」
「じゃあ離れてくださいって」
「この距離が安心するんだ」
「安心って……」
「俺はしばらく寝る。疲れた」
宣言すると、フレインボルド王子は私の肩に首を乗せて目を閉じた。
そこから気持ちよさそうに寝息を立てるまであまり時間はかからなかった。
刺繍以外これといった仕事のなかった私とは違い、王子にはやるべきことが沢山あったのだろう。
人間側とはビジネスライクを貫きたいが、今日くらいは肩くらい貸してあげるか。
これが膝だったらもちろん拒否する。
だってフレイムさんの特等席だし!
寝ぼけているのか、たまに頭を擦りつけてくることはあった。
何かを確認するようにスリスリと。そして満足気に小さく笑うのだ。
なんとも動物的な行動に私の頬も緩んでしまったのは、一足先に休んでしまった王子様には内緒である。
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