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5章
38.パッションピンク王子
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精霊達から得られる情報を整理しながらも、学園生活の方に変わりはない。
ギュンタとイヴァンカは元気だし、レミリアさんはますますシェリリン様と仲良くなり、パッションピンク王子は相変わらず亀蔵に熱い視線を送っている。
彼の留学期間は一年。
今のところ害はなく、あと少しやり過ごせば亀蔵も今まで以上に伸び伸びと学園生活を送ることができる。
頭を悩ませることが一つ消えるのだ。
悩みの種は一つ一つ、地道に潰していくに限る。自然消滅してくれるならなおよし。
「亀蔵、美味しい?」
「かめぇ!」
「やはりファドゥールの林檎は美味いな。お菓子にするともっと美味い」
「気に入ってもらえて嬉しいですが、食べ過ぎないでくださいよ。イザラクもまだ来てないんですから」
授業数の問題で前の授業が休講になった。
その時間、私とルクスさんは図書館で過ごし、イザラクは生徒会室へと向かった。長期休暇にも生徒会の招集があるらしく、そのための資料をまとめておきたいらしい。
そして図書館で本選びを終えた私達は、早めにいつものランチスペースにやってきたという訳だ。
お腹を空かせた亀蔵に合わせてアップルパイを出してしまったのは失敗だった。誰も来ていないのにお弁当を食べ始めるには抵抗があったのだ。
ルクスさんはすでに三カットも食べており、左手は次なるアップルパイに伸びている。ちなみにワンホールを八分割した。一つ一つは小さいが集めるとルクスさんだけで半分近く食べていることになる。
だが全く悪びれる様子がない。手についたパイのカスをぺろりと舐める。
「なくなったらまた焼けばいいだろう」
「追加で焼いたらまた食べるつもりですね」
「当然だ。むしろ普段から他の者にもおやつを分けてやっているのだから褒めて欲しいものだ」
ふふ~んと胸を張るルクスさん。けれど全く誇れることではない。最近食べ物に関する独占欲が強くなってきている。おやつは特にそうだ。
前までは普通に分け合っていたのに、何か感情の変化でもあったのだろうか。
ルクスさんの言う通り、なくなったらまた作ればいいのだが、追加で作るのでもっと分け合いの精神を養ってほしい。
「ルクスさんだって色々食べ物もらっているでしょう……」
「それはそれ。これはこれだ」
言いながらアップルパイを両手で掴んだ。作ってきた分は全てルクスさん一人で食べきってしまいそうだ。頭が痛い。思わず大きめのため息が溢れた。
「そろそろ食い終わる。だから出てきたらどうだ」
ルクスさんはアップルパイを持ったまま、木の方向へ声をかける。誰もいないと思っていたが、デッサン隊でも潜んでいたのか。
彼らはたまに変な場所から亀蔵を観察していることがある。なんでも人の視線を意識しない、素の状態の亀蔵を描きたいのだとか。学園内限定で、デッサン後は必ずどこで描いたのかを報告してくれる。
だから今回もそうなのだろうと視線を向ける。
けれど木の影からひっそりと現れたのはパッションピンク王子。いつもとは少し様子が違う。亀蔵への強い執着は薄れ、どこか落ち着いているようにも見える。
「気づいていたのか」
「そうでなければもっと味わって食う。それで、何か新しい情報でも掴んだのか?」
「あまりにも尻尾が掴めなかったから、国から神の力を確認するための錬金アイテムを取り寄せた」
「錬金アイテム?」
パッションピンク王子はこちらに向かって歩きながら、首から下げたネックレスを取る。そしてこちらへずいっと差し出した。
「俺は邪神の封印が解けた証拠を掴むため、この国へ来た。そして辺境という土地の特異さを理解した」
「それは一体どういう?」
「神の痕跡が多すぎるんだ」
パッションピンク王子曰く、入学前から亀蔵には目をつけていた。
きっかけは五年前の魔獣コンテスト。
あまりにも力が強すぎるのと、初めて確認された魔獣であること。そして少し前にドラゴン騒ぎがあったことから、彼こそが邪神であると断定。ルクスさんは慌てたシルヴェスターが用意したダミーのドラゴンだと。
「ダミーとは失礼な」
「実際、あなたなら邪神の代わりを務めることが出来る。獣神の子を召喚したのも邪神を隠すためだと。入学したばかりの頃はそう思っていた。だがこのアイテムを使ってから、他の二人の異常性にも気付かされた。一般に流通している『ギュンタ印の温泉ドリンク』と『精霊の祝杯』、そのどちらにも神の力が働いている。そして極め付けはダグラス=シルヴェスターだ」
「お兄様が何か?」
「一番強い反応があったのは彼本人からだった」
「へ?」
「邪神は今、彼の身体に取り憑いているのではないか。だがそうだとすればなぜ彼は普通に人として暮らしているのか。そもそも龍神ルシファーは本当に神格を剥奪されたのか。ルシファーに関する記録はほとんど残っていないのに、神格が剥奪されたという情報だけが残っているのは不自然ではないか」
前半はともかく、私も邪神と龍神についてはよく分かっていない。
出会った頃のルクスさんは神格を剥奪されたと言っていたが、わりと早い段階から辺境領と王家では邪神待遇だった。
邪神とはいえ神は神。
そういう考えなのでギュンタの薬草園で死草を焼いた時もあまり驚かなかった。そもそも神格を剥奪されたらこの能力を失うものなのか、一度得た能力は失うことがないのかもよく分かっていない。
もっといえば言われてから「そういえば神格剥奪されてるんだっけ?」と思い出したくらいだ。神様だというのも忘れそうになることがあるくらいなので、私にとっては誤差みたいなものなのだ。
ギュンタとイヴァンカは元気だし、レミリアさんはますますシェリリン様と仲良くなり、パッションピンク王子は相変わらず亀蔵に熱い視線を送っている。
彼の留学期間は一年。
今のところ害はなく、あと少しやり過ごせば亀蔵も今まで以上に伸び伸びと学園生活を送ることができる。
頭を悩ませることが一つ消えるのだ。
悩みの種は一つ一つ、地道に潰していくに限る。自然消滅してくれるならなおよし。
「亀蔵、美味しい?」
「かめぇ!」
「やはりファドゥールの林檎は美味いな。お菓子にするともっと美味い」
「気に入ってもらえて嬉しいですが、食べ過ぎないでくださいよ。イザラクもまだ来てないんですから」
授業数の問題で前の授業が休講になった。
その時間、私とルクスさんは図書館で過ごし、イザラクは生徒会室へと向かった。長期休暇にも生徒会の招集があるらしく、そのための資料をまとめておきたいらしい。
そして図書館で本選びを終えた私達は、早めにいつものランチスペースにやってきたという訳だ。
お腹を空かせた亀蔵に合わせてアップルパイを出してしまったのは失敗だった。誰も来ていないのにお弁当を食べ始めるには抵抗があったのだ。
ルクスさんはすでに三カットも食べており、左手は次なるアップルパイに伸びている。ちなみにワンホールを八分割した。一つ一つは小さいが集めるとルクスさんだけで半分近く食べていることになる。
だが全く悪びれる様子がない。手についたパイのカスをぺろりと舐める。
「なくなったらまた焼けばいいだろう」
「追加で焼いたらまた食べるつもりですね」
「当然だ。むしろ普段から他の者にもおやつを分けてやっているのだから褒めて欲しいものだ」
ふふ~んと胸を張るルクスさん。けれど全く誇れることではない。最近食べ物に関する独占欲が強くなってきている。おやつは特にそうだ。
前までは普通に分け合っていたのに、何か感情の変化でもあったのだろうか。
ルクスさんの言う通り、なくなったらまた作ればいいのだが、追加で作るのでもっと分け合いの精神を養ってほしい。
「ルクスさんだって色々食べ物もらっているでしょう……」
「それはそれ。これはこれだ」
言いながらアップルパイを両手で掴んだ。作ってきた分は全てルクスさん一人で食べきってしまいそうだ。頭が痛い。思わず大きめのため息が溢れた。
「そろそろ食い終わる。だから出てきたらどうだ」
ルクスさんはアップルパイを持ったまま、木の方向へ声をかける。誰もいないと思っていたが、デッサン隊でも潜んでいたのか。
彼らはたまに変な場所から亀蔵を観察していることがある。なんでも人の視線を意識しない、素の状態の亀蔵を描きたいのだとか。学園内限定で、デッサン後は必ずどこで描いたのかを報告してくれる。
だから今回もそうなのだろうと視線を向ける。
けれど木の影からひっそりと現れたのはパッションピンク王子。いつもとは少し様子が違う。亀蔵への強い執着は薄れ、どこか落ち着いているようにも見える。
「気づいていたのか」
「そうでなければもっと味わって食う。それで、何か新しい情報でも掴んだのか?」
「あまりにも尻尾が掴めなかったから、国から神の力を確認するための錬金アイテムを取り寄せた」
「錬金アイテム?」
パッションピンク王子はこちらに向かって歩きながら、首から下げたネックレスを取る。そしてこちらへずいっと差し出した。
「俺は邪神の封印が解けた証拠を掴むため、この国へ来た。そして辺境という土地の特異さを理解した」
「それは一体どういう?」
「神の痕跡が多すぎるんだ」
パッションピンク王子曰く、入学前から亀蔵には目をつけていた。
きっかけは五年前の魔獣コンテスト。
あまりにも力が強すぎるのと、初めて確認された魔獣であること。そして少し前にドラゴン騒ぎがあったことから、彼こそが邪神であると断定。ルクスさんは慌てたシルヴェスターが用意したダミーのドラゴンだと。
「ダミーとは失礼な」
「実際、あなたなら邪神の代わりを務めることが出来る。獣神の子を召喚したのも邪神を隠すためだと。入学したばかりの頃はそう思っていた。だがこのアイテムを使ってから、他の二人の異常性にも気付かされた。一般に流通している『ギュンタ印の温泉ドリンク』と『精霊の祝杯』、そのどちらにも神の力が働いている。そして極め付けはダグラス=シルヴェスターだ」
「お兄様が何か?」
「一番強い反応があったのは彼本人からだった」
「へ?」
「邪神は今、彼の身体に取り憑いているのではないか。だがそうだとすればなぜ彼は普通に人として暮らしているのか。そもそも龍神ルシファーは本当に神格を剥奪されたのか。ルシファーに関する記録はほとんど残っていないのに、神格が剥奪されたという情報だけが残っているのは不自然ではないか」
前半はともかく、私も邪神と龍神についてはよく分かっていない。
出会った頃のルクスさんは神格を剥奪されたと言っていたが、わりと早い段階から辺境領と王家では邪神待遇だった。
邪神とはいえ神は神。
そういう考えなのでギュンタの薬草園で死草を焼いた時もあまり驚かなかった。そもそも神格を剥奪されたらこの能力を失うものなのか、一度得た能力は失うことがないのかもよく分かっていない。
もっといえば言われてから「そういえば神格剥奪されてるんだっけ?」と思い出したくらいだ。神様だというのも忘れそうになることがあるくらいなので、私にとっては誤差みたいなものなのだ。
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