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5章
37.交換
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王都に戻った後、大量の魔結晶の一部はスカビオ・ファドゥール組の精霊にお裾分けした。だが魔結晶の使い道はそこだけにとどまらなかった。
辺境から帰ってきてからというもの、各地の精霊が私達の元に訪れるようになったのだ。彼らはクァルファル村でルクスさんが魔結晶を配ったという話を聞きつけて、わざわざ王都までやって来ているのだ。
といっても私もタダであげているわけではない。魔結晶を渡す代わりに彼らが暮らしている地域の情報をもらうことにした。
すでに三十以上の精霊に魔結晶を渡しているが、闇落ち回避に関する目ぼしい情報は掴めていない。
「ふむ、美味い牛乳を出す牛がいるのか。それは良い情報だな。ウェスパル、こやつには大きめの魔結晶をくれてやれ」
「植物の情報を聞いてくださいって言ってるじゃないですか……」
「こやつは昨日来た奴と同じ場所から来たのだ。聞くなら違う情報がいい」
「だからって積極的に牛乳と美味しい果物の情報を集めるのはやめて下さい」
文句を言いながら少し大きめの魔結晶を渡す。先頭の精霊は大喜びで飛んでいき、すぐに姿を消した。だがまだまだ魔結晶待ちの列ができている。
それでも私達が学園にいる時間とおやつを作っている時間を避けてくれるのはありがたい。
「何かに役立つかもしれんだろう。とりあえず全てメモを残しておくのだ」
「はいはい」
美味しい牛乳を出すという、西方のとある村で育てられている牛の特徴をメモに残していく。目の前に広げた地図にマークを残すのも忘れずに。
昨日も近くの村での情報として似たような特徴をメモしたが、品種の問題なのか。その地域で育てている牛全てではないので、餌や環境だけではないのは確かだ。牛乳の味には敏感でも牛の品種までは詳しくないので、あくまで私の想像でしかないのだが。
サラサラとメモが終わったのを確認してから、ルクスさんは次の精霊に問いかける。
「して、お前はどんな情報を持ってきたのだ?」
私には精霊の言葉は分からない。だが彼らは魔結晶を得るため、身振り手振りをしながら地元の情報を説明してくれていることは伝わる。
「見知らぬ馬車が来るようになったか。荷物はどのくらい乗せている? ……ふむ、それはおそらく商人だな。最近取引を開始したのだろう」
ルクスさんはこちらへと振り返り、私が目の前に広げた地図のとある場所を指差す。
「ここは四番目に被害が多かった地域、ですね」
「季節が変わる少し前から南側の街道を通って商人が出入りするようになっている。売っているのは薬の材料」
「材料? 確かそこの村は薬師の村で、薬草の栽培だって自分の村で行っていたはずです」
ゲームで死草の被害から逃れられたのはごくごく一部の村人のみ。ほとんどが子供で、大人は妊婦と病人を除いて全員亡くなっている。薬師が多くいる村でも死草の発生に気づくことは難しかったため、死草繁殖の判明が遅れたとして描かれていた。
薬師の村と言われるほど薬師が多くいる村なら当然その材料を自分たちで育てているものだと。他の薬草を育てている場所で一緒に育ってしまったのだと思っていた。
ルクスさんも気になったようで「なぜ材料を自分たちで育てていないのだ?」と精霊に質問を投げかける。
「ふむ、なるほどな」
「精霊は何と?」
「今までは自分達で育てていたが、去年の大雨による土砂崩れで薬草園のほとんどが潰れたようだ」
「土砂崩れ……」
ゲーム版から様々な部分が変わってきたが、さすがに天候までは変えられないはず。つまりゲームの中でもこの地域で大雨が降り、土砂崩れが起きて薬草園が潰れている。
だが薬師の村に薬草園がなかったら不自然ではないか。そんな疑問が顔に出ていたらしい。精霊は追加情報を与えてくれた。ルクスさんはすぐにそれを翻訳してくれる。
「少し離れた場所の地面を整備しているようだ。そこを新たな薬草園とするつもりなのだろう」
「整備ってどのくらい時間がかかるんですか?」
「整備自体はさほどかからん。だがウェスパルも知っての通り、植物を育てるためにはそれなりの土が必要となる。苗や種も残っているとは限らん」
「すぐの復旧は難しいから定期的に商人を呼んで素材を買うことにした?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「でも何も植えていないところから植物が生えてきたら疑いませんか? そりゃあタネが飛んできた可能性もありますけど、この村の住人の多くが薬草のプロなんですよ?」
「今ある情報だけではなんとも言えんな」
死草を見たものは必ず死に陥る。言い換えれば見なければ無事で済む。助かった人達は皆、薬草園に近づかなかったから助かったと考えるのが自然だ。だが目撃してしまった者は誰もそれを死草と気づかなかったのだろうか。
腕を組みながらウンウンと唸る。
けれどゲームにすら出てこなかった人達の感情まで予想するのは難しい。それらしい答えは浮かばない。とりあえず困ったように飛んでいる精霊にはお礼を弾む。
メモ帳に書き加えた『商人』というワードはウェスパル闇落ちの謎を解くヒントになるのだろうか。
辺境から帰ってきてからというもの、各地の精霊が私達の元に訪れるようになったのだ。彼らはクァルファル村でルクスさんが魔結晶を配ったという話を聞きつけて、わざわざ王都までやって来ているのだ。
といっても私もタダであげているわけではない。魔結晶を渡す代わりに彼らが暮らしている地域の情報をもらうことにした。
すでに三十以上の精霊に魔結晶を渡しているが、闇落ち回避に関する目ぼしい情報は掴めていない。
「ふむ、美味い牛乳を出す牛がいるのか。それは良い情報だな。ウェスパル、こやつには大きめの魔結晶をくれてやれ」
「植物の情報を聞いてくださいって言ってるじゃないですか……」
「こやつは昨日来た奴と同じ場所から来たのだ。聞くなら違う情報がいい」
「だからって積極的に牛乳と美味しい果物の情報を集めるのはやめて下さい」
文句を言いながら少し大きめの魔結晶を渡す。先頭の精霊は大喜びで飛んでいき、すぐに姿を消した。だがまだまだ魔結晶待ちの列ができている。
それでも私達が学園にいる時間とおやつを作っている時間を避けてくれるのはありがたい。
「何かに役立つかもしれんだろう。とりあえず全てメモを残しておくのだ」
「はいはい」
美味しい牛乳を出すという、西方のとある村で育てられている牛の特徴をメモに残していく。目の前に広げた地図にマークを残すのも忘れずに。
昨日も近くの村での情報として似たような特徴をメモしたが、品種の問題なのか。その地域で育てている牛全てではないので、餌や環境だけではないのは確かだ。牛乳の味には敏感でも牛の品種までは詳しくないので、あくまで私の想像でしかないのだが。
サラサラとメモが終わったのを確認してから、ルクスさんは次の精霊に問いかける。
「して、お前はどんな情報を持ってきたのだ?」
私には精霊の言葉は分からない。だが彼らは魔結晶を得るため、身振り手振りをしながら地元の情報を説明してくれていることは伝わる。
「見知らぬ馬車が来るようになったか。荷物はどのくらい乗せている? ……ふむ、それはおそらく商人だな。最近取引を開始したのだろう」
ルクスさんはこちらへと振り返り、私が目の前に広げた地図のとある場所を指差す。
「ここは四番目に被害が多かった地域、ですね」
「季節が変わる少し前から南側の街道を通って商人が出入りするようになっている。売っているのは薬の材料」
「材料? 確かそこの村は薬師の村で、薬草の栽培だって自分の村で行っていたはずです」
ゲームで死草の被害から逃れられたのはごくごく一部の村人のみ。ほとんどが子供で、大人は妊婦と病人を除いて全員亡くなっている。薬師が多くいる村でも死草の発生に気づくことは難しかったため、死草繁殖の判明が遅れたとして描かれていた。
薬師の村と言われるほど薬師が多くいる村なら当然その材料を自分たちで育てているものだと。他の薬草を育てている場所で一緒に育ってしまったのだと思っていた。
ルクスさんも気になったようで「なぜ材料を自分たちで育てていないのだ?」と精霊に質問を投げかける。
「ふむ、なるほどな」
「精霊は何と?」
「今までは自分達で育てていたが、去年の大雨による土砂崩れで薬草園のほとんどが潰れたようだ」
「土砂崩れ……」
ゲーム版から様々な部分が変わってきたが、さすがに天候までは変えられないはず。つまりゲームの中でもこの地域で大雨が降り、土砂崩れが起きて薬草園が潰れている。
だが薬師の村に薬草園がなかったら不自然ではないか。そんな疑問が顔に出ていたらしい。精霊は追加情報を与えてくれた。ルクスさんはすぐにそれを翻訳してくれる。
「少し離れた場所の地面を整備しているようだ。そこを新たな薬草園とするつもりなのだろう」
「整備ってどのくらい時間がかかるんですか?」
「整備自体はさほどかからん。だがウェスパルも知っての通り、植物を育てるためにはそれなりの土が必要となる。苗や種も残っているとは限らん」
「すぐの復旧は難しいから定期的に商人を呼んで素材を買うことにした?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「でも何も植えていないところから植物が生えてきたら疑いませんか? そりゃあタネが飛んできた可能性もありますけど、この村の住人の多くが薬草のプロなんですよ?」
「今ある情報だけではなんとも言えんな」
死草を見たものは必ず死に陥る。言い換えれば見なければ無事で済む。助かった人達は皆、薬草園に近づかなかったから助かったと考えるのが自然だ。だが目撃してしまった者は誰もそれを死草と気づかなかったのだろうか。
腕を組みながらウンウンと唸る。
けれどゲームにすら出てこなかった人達の感情まで予想するのは難しい。それらしい答えは浮かばない。とりあえず困ったように飛んでいる精霊にはお礼を弾む。
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