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5章
12.バッチの意味は深く考えてはいけない
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おやつ時を狙ってきたんじゃなかろうかというほどのベストタイミングである。
今日やってきたのはお兄様だった。着地してすぐに全速力でこちらへと走ってきた。
「何作っているんだ?」
「揚げスイートポテトと揚げアップルパイです。お兄様も食べますか?」
「いいのか?」
「はい」
「私もいいだろうか?」
遅れてやってきたアカもおずおずと尋ねてくる。
もちろんアカだけ仲間はずれになんてしない。ほぼ毎日飛んできてくれているので、後々何か頼むかもしれないし……なんて下心もある。
「うん」
「俺はアカの水をもらってくる。何か欲しいものはあるか?」
「牛乳」
「あ、私も飲みたい」
「分かった」
俺も牛乳にしようかな~なんて呟きながらお兄様は屋敷へと向かっていった。
私は揚げ物を再開する。
アカはおやつ作りが珍しいようで、土埃が立たないように注意しながらのっそりとやってくる。そしてほおっと息を吐いた。
「美味しそうですね」
「美味しいよ。まだ出来るまで時間かかるから待っててね」
「分かりました。ところで今日の式典はいかがでしたか?」
「式典って大げさよ。ただの入学式。固いお話聞かされてバッチとシラバスと案内もらったくらい」
「バッチはダグラス様もたくさんもらっていたようです。こんなにいらないとぼやいていました」
「あの制度、お兄様の時からあったんだ」
そんな話をしているとお兄様が戻ってきた。
「俺が二年生に上がった時に出来たんだ。あの時は急に付けろって渡されたから驚いたな」
右手で持ったトレイには三人分の牛乳が載せられており、左手でアカのお水を持っている。
水をアカの前に置いてから、牛乳を机の上に並べてくれた。
「家にバッチケースがあるから、ウェスパルが興味あるなら今度持ってこようか?」
「バッチケース?」
「ああ、増えてくるともらえるんだよ。ケースのデザインや素材も選べて、俺は自分で取ってきた鉱石で作ってもらった。ウェスパルも欲しい材料あったら遠慮なく言ってくれよな。俺が取ってくるから」
バッチってヤバい奴に手を出すなよ的な牽制なのではないか。
ニコニコと笑う兄は確かに頭はいいし、魔力も多いし、武術なんて隣に立つものはいないくらい。正直ビジュアルもかなりいい。
ただ常識という枠では捉えることが非常に難しい性格である。
全てのプラスをマイナス方面に押し倒すほどの威力があるくらい。
……優秀な平民や下級貴族が手を出されないための印ということにしておこう。
その方が気が楽だ。
イジメヨクナイ。
イジメゼッタイダメ。
私が遠くを見つめていると、早速お兄様とルクスさんがおやつの取り合いを始めていた。
「お前達、食べ過ぎではないか?」
「ルクスさんはまた作って貰えば良いだろう。俺なんてウェスパルと離れ離れに暮らしているんだぞ?」
「ほぼ毎日来てるだろう」
「会えるのはほんの少しだけだ」
二人がギャーギャー騒ぐ横で、アカはひっそりと待機をしていた。
「アカはどれ食べたい?」
「芋の方を」
「分かった。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「かめぇ?」
「亀蔵の分も用意するから待っててね~」
亀蔵には茹で芋とカットしたりんごを用意する。さて私も食べようと椅子に腰を下ろしたのだが……。
「なんでもうないのよ!」
「こやつが食べた」
「ルクスさんだってかなり食べていただろ」
「我が頼んだのだから当然だ」
「俺だって少し自重したんだぞ?」
私は彼らの食欲を甘く見ていたらしい。子供みたいに責任を押し付け合う二人にため息を吐く。
そして渋々明日分に避けておいた分も揚げることにしたのだった。
「じゃあそれはちゃんとお父様とお母様に渡してくださいね?」
「任せてくれ!」
かなりの量を揚げたので一部は両親へのお土産ということにした。
揚げスイートポテトと揚げアップルパイ、どちらも冷めても美味しいのだ。
アカとお兄様の姿が見えなくなるまで見送り、再び調理スペースに戻る。また生地を作るところから始めなければ。
「今度はルクスさんも手伝ってくださいよ」
「……仕方ない」
とはいえルクスさんに料理の腕は期待していない。頼むのは火の番である。
今度は多めに皮を作って、一部は冷蔵庫に入れておいてもらうことにした。
明日分が包み終わった頃にはすっかりと陽が暮れていた。
これも一晩、冷蔵庫に入れておいてもらおう。バットを持ち上げ、屋敷へと向かう。するとイザラクが何かを持ってこちらへと走ってきた。
「ダグラス兄さんは?」
「もう帰ったけど」
「遅かったか……」
「どうしたの?」
「試作品が出来たから試してもらおうと思ったのに」
首の周りのデータは王都にいた頃のものが残っていたそうで、それを参考に作ったのだとか。
「まぁいいや。とりあえずルクスさんの分だけ試させて」
「うむ」
「じゃあ私はキッチンにこれ置かせてもらってくるので」
ルクスさんは人型になり、早速ワンタッチネクタイをつけてもらう。
余っている布で作ると言っていたが、まるで売り物のようだ。
ルクスさんも付けてもらったそれを弄りながらも、機嫌は良さそうだ。
「それで留め具の部分なんだけど」
使い心地チェックを始めた彼らを残してキッチンへと向かう。
ルクスさんのネクタイ上手く結べない問題は早々に解決しそうだ。
今日やってきたのはお兄様だった。着地してすぐに全速力でこちらへと走ってきた。
「何作っているんだ?」
「揚げスイートポテトと揚げアップルパイです。お兄様も食べますか?」
「いいのか?」
「はい」
「私もいいだろうか?」
遅れてやってきたアカもおずおずと尋ねてくる。
もちろんアカだけ仲間はずれになんてしない。ほぼ毎日飛んできてくれているので、後々何か頼むかもしれないし……なんて下心もある。
「うん」
「俺はアカの水をもらってくる。何か欲しいものはあるか?」
「牛乳」
「あ、私も飲みたい」
「分かった」
俺も牛乳にしようかな~なんて呟きながらお兄様は屋敷へと向かっていった。
私は揚げ物を再開する。
アカはおやつ作りが珍しいようで、土埃が立たないように注意しながらのっそりとやってくる。そしてほおっと息を吐いた。
「美味しそうですね」
「美味しいよ。まだ出来るまで時間かかるから待っててね」
「分かりました。ところで今日の式典はいかがでしたか?」
「式典って大げさよ。ただの入学式。固いお話聞かされてバッチとシラバスと案内もらったくらい」
「バッチはダグラス様もたくさんもらっていたようです。こんなにいらないとぼやいていました」
「あの制度、お兄様の時からあったんだ」
そんな話をしているとお兄様が戻ってきた。
「俺が二年生に上がった時に出来たんだ。あの時は急に付けろって渡されたから驚いたな」
右手で持ったトレイには三人分の牛乳が載せられており、左手でアカのお水を持っている。
水をアカの前に置いてから、牛乳を机の上に並べてくれた。
「家にバッチケースがあるから、ウェスパルが興味あるなら今度持ってこようか?」
「バッチケース?」
「ああ、増えてくるともらえるんだよ。ケースのデザインや素材も選べて、俺は自分で取ってきた鉱石で作ってもらった。ウェスパルも欲しい材料あったら遠慮なく言ってくれよな。俺が取ってくるから」
バッチってヤバい奴に手を出すなよ的な牽制なのではないか。
ニコニコと笑う兄は確かに頭はいいし、魔力も多いし、武術なんて隣に立つものはいないくらい。正直ビジュアルもかなりいい。
ただ常識という枠では捉えることが非常に難しい性格である。
全てのプラスをマイナス方面に押し倒すほどの威力があるくらい。
……優秀な平民や下級貴族が手を出されないための印ということにしておこう。
その方が気が楽だ。
イジメヨクナイ。
イジメゼッタイダメ。
私が遠くを見つめていると、早速お兄様とルクスさんがおやつの取り合いを始めていた。
「お前達、食べ過ぎではないか?」
「ルクスさんはまた作って貰えば良いだろう。俺なんてウェスパルと離れ離れに暮らしているんだぞ?」
「ほぼ毎日来てるだろう」
「会えるのはほんの少しだけだ」
二人がギャーギャー騒ぐ横で、アカはひっそりと待機をしていた。
「アカはどれ食べたい?」
「芋の方を」
「分かった。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「かめぇ?」
「亀蔵の分も用意するから待っててね~」
亀蔵には茹で芋とカットしたりんごを用意する。さて私も食べようと椅子に腰を下ろしたのだが……。
「なんでもうないのよ!」
「こやつが食べた」
「ルクスさんだってかなり食べていただろ」
「我が頼んだのだから当然だ」
「俺だって少し自重したんだぞ?」
私は彼らの食欲を甘く見ていたらしい。子供みたいに責任を押し付け合う二人にため息を吐く。
そして渋々明日分に避けておいた分も揚げることにしたのだった。
「じゃあそれはちゃんとお父様とお母様に渡してくださいね?」
「任せてくれ!」
かなりの量を揚げたので一部は両親へのお土産ということにした。
揚げスイートポテトと揚げアップルパイ、どちらも冷めても美味しいのだ。
アカとお兄様の姿が見えなくなるまで見送り、再び調理スペースに戻る。また生地を作るところから始めなければ。
「今度はルクスさんも手伝ってくださいよ」
「……仕方ない」
とはいえルクスさんに料理の腕は期待していない。頼むのは火の番である。
今度は多めに皮を作って、一部は冷蔵庫に入れておいてもらうことにした。
明日分が包み終わった頃にはすっかりと陽が暮れていた。
これも一晩、冷蔵庫に入れておいてもらおう。バットを持ち上げ、屋敷へと向かう。するとイザラクが何かを持ってこちらへと走ってきた。
「ダグラス兄さんは?」
「もう帰ったけど」
「遅かったか……」
「どうしたの?」
「試作品が出来たから試してもらおうと思ったのに」
首の周りのデータは王都にいた頃のものが残っていたそうで、それを参考に作ったのだとか。
「まぁいいや。とりあえずルクスさんの分だけ試させて」
「うむ」
「じゃあ私はキッチンにこれ置かせてもらってくるので」
ルクスさんは人型になり、早速ワンタッチネクタイをつけてもらう。
余っている布で作ると言っていたが、まるで売り物のようだ。
ルクスさんも付けてもらったそれを弄りながらも、機嫌は良さそうだ。
「それで留め具の部分なんだけど」
使い心地チェックを始めた彼らを残してキッチンへと向かう。
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