126 / 175
5章
2.林檎酵母
しおりを挟む
「パンみたいだ」
「パンを作ったことあるの?」
「以前読んだ文献に神にパンを捧げたという記述があって、林檎酵母から作ってみたんだ」
「パンを捧げるって珍しいね」
「そうなんだよ! 大抵野菜とか果物、酒あたりで料理を捧げた記録はほとんどない。ルクスさんやシロが普通に食事していて驚いたくらいだ」
「でも食べないとお腹が空くでしょう?」
「いや、神に食事は必要じゃない。彼らにとって大切なのは信仰と畏怖。捧げ物というのはそれを具現化した結果に過ぎない。神がそれを受け入れることもあるが、大抵はそのまま残る。だからすぐに腐る料理を捧げられることはあまりないんだ。ということで当時のレシピで何日保つか検証してみた」
前世で神様への捧げ物といえば、野菜・果物・お酒・落雁・おまんじゅうあたりである。
後ろの二つは調理してあるものとはいえ、賞味期限は長かった。特に落雁。パンは長く保つ方なのかな?
「何日くらい保ったの?」
「消えた」
「シロがいる時に作ったの?」
「一度は。だがシロが帰った後にも何度か作っている。どこに置いておいても一晩経つと必ず消えてしまったんだ」
「何回作ったの?」
「二十は作っているかな」
多過ぎる。なぜイザラクはそんなに平然としているのか。
神様関連とはいえ、よくめげなかったな……。我が従兄弟ながらにびっくりである。
「それはイザラク一人で?」
「ああ。文献には最初から最後まで一人で作るようにと記されていた」
「その神様って精霊王?」
「記述には精霊神とあったけど、同一の神のはず」
「……最近身体のどこかに不思議な模様が浮き上がってたりしない?」
「は?」
消えるという言葉から思いつくのは魔結晶であり、林檎を使った料理を捧げると聞いて思い出すのはイヴァンカの作ったアップルパイである。
そして関わっているのはやはり精霊王。精霊神とも呼ぶその存在は林檎好きで、イヴァンカの時同様にイザラクのことも目をかけてくれているのではないか。
だがゲーム内のイザラクは無事に入学を果たすし、今だってピンピンとしている。どういうことか。私の知らない何かがあるのか。
眠っているルクスさんをゆっさゆっさと揺らす。
「ルクスさん、起きてください」
「なんだ、もう出来たのか?」
「まだですが、パンが消えた謎について聞きたいことが」
「パンが消えた?」
「はい。イザラクが林檎酵母のパンを作ると消えるらしく。もしかして精霊王の好物なんじゃないかなって。ほらイヴァンカの時はアップルパイでしたし」
「そういえば一時期よく食べていたような……。だがそやつに加護はない。あればすぐに分かる」
「じゃあ何か問題が!」
幼馴染み二人の死亡フラグ? を回避した後に今度は従兄弟が事件に巻き込まれるなんて笑えない。
私はあの二人の死亡を回避して、ウェスパルの闇堕ちを回避して、それで卒業後に全員で笑い合いたいのだ。
何かしらの原因があるなら速攻で潰さないと……。
焦る私に、ルクスさんはなんてことない言葉を吐いた。
「自分への捧げ物だと勘違いしているだけじゃないか?」
「そんなことってあるんですか?」
「作り手に信仰か畏怖があれば可能だ。それでも同じ者から頻繁に捧げ物を受け取るということは普通はないが、よほど美味かったのだろう。加護はないが、何かあったら手は借りられるだろうな。そんなに美味いなら我も食べたい」
「十日くらいかかるけど大丈夫?」
「構わぬぞ。先に揚げスイートポテトを食べる。早く食べたい」
遠回しに早くスイートポテトを作れと言われ、おやつ作りに戻る。
生地も寝かせ終えたので、四等分してから棒状に細く伸ばす。そこから数センチ間隔でカット。麺棒を使って平たく円状に伸ばしていく。
ここまで来たら完全に餃子の皮である。
厚さは自由だが、あまり薄いと揚げた時に生地が破れてしまうのでほどほどにしておかなければいけない。油の中で破れると大惨事になるので注意しよう。
生地に先ほど作った中身を詰め、ひだひだに包んでいく。全部包み終わったら鍋に油を入れて加熱。熱くなったらスイートポテトとアップルパイを投入する。
きつね色になったら引き上げて完成だ。
「ルクスさん、出来ましたよ。こっちが芋で、そっちが林檎です」
「おお、美味そうだな」
「熱いからやけどしないようにしてくださいね」
ルクスさんが手を伸ばしたのは揚げスイートポテトの方だった。
アップルパイは少し冷ましてからでないと舌がやけどする。なので手を洗ってから私も揚げスイートポテトの方を手で摘まんだ。
「それは手で食べるのか?」
「フォークだと穴が開いて食べづらいの」
「そうか。なら俺も一つもらおう」
イザラクも一つ摘まむ。
亀蔵には揚げ物を揚げて良いのか不安だったので、残った林檎をカットしてあげることにした。
大量に揚げて残った分はこの場所を作ってくれたお礼として伯父様に渡すことにして、お皿に盛り付ける。
せっせと洗い物をしていると、聞き慣れた音が遠くから聞こえた。音がする方向に目を向ければ、上空には綺麗な赤がぽつんとあった。こちらに向かって移動してきている。
今日もお兄様はアカと共にやってきたらしい。
屋敷前に着陸したのを確認してから彼らの元へ行く。けれどアカの上から降りてきたのはお父様だった。
「お父様、なんでここに!?」
「婚約解消の手続きをするために。それで亀蔵は?」
「かめぇ!」
言葉通り、手元には大きめの鞄を持っている。
この手の書類は大体郵送するものだが、うちにはアカがいるので乗ってきた方が早いのかもしれない。
それにしても私が承諾してから一日しか経っていない。王都に来てすぐに呼ばれることも、私がどんな返事をするかも分かっていたのだろう。
お父様は亀蔵をひとしきり撫でると屋敷の中へと入っていった。
とりあえず昨日のお礼もかねて、長距離を飛んできたアカにも揚げスイートポテトと揚げアップルパイをごちそうするのだった。
「パンを作ったことあるの?」
「以前読んだ文献に神にパンを捧げたという記述があって、林檎酵母から作ってみたんだ」
「パンを捧げるって珍しいね」
「そうなんだよ! 大抵野菜とか果物、酒あたりで料理を捧げた記録はほとんどない。ルクスさんやシロが普通に食事していて驚いたくらいだ」
「でも食べないとお腹が空くでしょう?」
「いや、神に食事は必要じゃない。彼らにとって大切なのは信仰と畏怖。捧げ物というのはそれを具現化した結果に過ぎない。神がそれを受け入れることもあるが、大抵はそのまま残る。だからすぐに腐る料理を捧げられることはあまりないんだ。ということで当時のレシピで何日保つか検証してみた」
前世で神様への捧げ物といえば、野菜・果物・お酒・落雁・おまんじゅうあたりである。
後ろの二つは調理してあるものとはいえ、賞味期限は長かった。特に落雁。パンは長く保つ方なのかな?
「何日くらい保ったの?」
「消えた」
「シロがいる時に作ったの?」
「一度は。だがシロが帰った後にも何度か作っている。どこに置いておいても一晩経つと必ず消えてしまったんだ」
「何回作ったの?」
「二十は作っているかな」
多過ぎる。なぜイザラクはそんなに平然としているのか。
神様関連とはいえ、よくめげなかったな……。我が従兄弟ながらにびっくりである。
「それはイザラク一人で?」
「ああ。文献には最初から最後まで一人で作るようにと記されていた」
「その神様って精霊王?」
「記述には精霊神とあったけど、同一の神のはず」
「……最近身体のどこかに不思議な模様が浮き上がってたりしない?」
「は?」
消えるという言葉から思いつくのは魔結晶であり、林檎を使った料理を捧げると聞いて思い出すのはイヴァンカの作ったアップルパイである。
そして関わっているのはやはり精霊王。精霊神とも呼ぶその存在は林檎好きで、イヴァンカの時同様にイザラクのことも目をかけてくれているのではないか。
だがゲーム内のイザラクは無事に入学を果たすし、今だってピンピンとしている。どういうことか。私の知らない何かがあるのか。
眠っているルクスさんをゆっさゆっさと揺らす。
「ルクスさん、起きてください」
「なんだ、もう出来たのか?」
「まだですが、パンが消えた謎について聞きたいことが」
「パンが消えた?」
「はい。イザラクが林檎酵母のパンを作ると消えるらしく。もしかして精霊王の好物なんじゃないかなって。ほらイヴァンカの時はアップルパイでしたし」
「そういえば一時期よく食べていたような……。だがそやつに加護はない。あればすぐに分かる」
「じゃあ何か問題が!」
幼馴染み二人の死亡フラグ? を回避した後に今度は従兄弟が事件に巻き込まれるなんて笑えない。
私はあの二人の死亡を回避して、ウェスパルの闇堕ちを回避して、それで卒業後に全員で笑い合いたいのだ。
何かしらの原因があるなら速攻で潰さないと……。
焦る私に、ルクスさんはなんてことない言葉を吐いた。
「自分への捧げ物だと勘違いしているだけじゃないか?」
「そんなことってあるんですか?」
「作り手に信仰か畏怖があれば可能だ。それでも同じ者から頻繁に捧げ物を受け取るということは普通はないが、よほど美味かったのだろう。加護はないが、何かあったら手は借りられるだろうな。そんなに美味いなら我も食べたい」
「十日くらいかかるけど大丈夫?」
「構わぬぞ。先に揚げスイートポテトを食べる。早く食べたい」
遠回しに早くスイートポテトを作れと言われ、おやつ作りに戻る。
生地も寝かせ終えたので、四等分してから棒状に細く伸ばす。そこから数センチ間隔でカット。麺棒を使って平たく円状に伸ばしていく。
ここまで来たら完全に餃子の皮である。
厚さは自由だが、あまり薄いと揚げた時に生地が破れてしまうのでほどほどにしておかなければいけない。油の中で破れると大惨事になるので注意しよう。
生地に先ほど作った中身を詰め、ひだひだに包んでいく。全部包み終わったら鍋に油を入れて加熱。熱くなったらスイートポテトとアップルパイを投入する。
きつね色になったら引き上げて完成だ。
「ルクスさん、出来ましたよ。こっちが芋で、そっちが林檎です」
「おお、美味そうだな」
「熱いからやけどしないようにしてくださいね」
ルクスさんが手を伸ばしたのは揚げスイートポテトの方だった。
アップルパイは少し冷ましてからでないと舌がやけどする。なので手を洗ってから私も揚げスイートポテトの方を手で摘まんだ。
「それは手で食べるのか?」
「フォークだと穴が開いて食べづらいの」
「そうか。なら俺も一つもらおう」
イザラクも一つ摘まむ。
亀蔵には揚げ物を揚げて良いのか不安だったので、残った林檎をカットしてあげることにした。
大量に揚げて残った分はこの場所を作ってくれたお礼として伯父様に渡すことにして、お皿に盛り付ける。
せっせと洗い物をしていると、聞き慣れた音が遠くから聞こえた。音がする方向に目を向ければ、上空には綺麗な赤がぽつんとあった。こちらに向かって移動してきている。
今日もお兄様はアカと共にやってきたらしい。
屋敷前に着陸したのを確認してから彼らの元へ行く。けれどアカの上から降りてきたのはお父様だった。
「お父様、なんでここに!?」
「婚約解消の手続きをするために。それで亀蔵は?」
「かめぇ!」
言葉通り、手元には大きめの鞄を持っている。
この手の書類は大体郵送するものだが、うちにはアカがいるので乗ってきた方が早いのかもしれない。
それにしても私が承諾してから一日しか経っていない。王都に来てすぐに呼ばれることも、私がどんな返事をするかも分かっていたのだろう。
お父様は亀蔵をひとしきり撫でると屋敷の中へと入っていった。
とりあえず昨日のお礼もかねて、長距離を飛んできたアカにも揚げスイートポテトと揚げアップルパイをごちそうするのだった。
0
お気に入りに追加
471
あなたにおすすめの小説
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。


だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
いきなり結婚しろと言われても、相手は7才の王子だなんて冗談はよしてください
シンさん
恋愛
金貸しから追われる、靴職人のドロシー。
ある日突然、7才のアイザック王子にプロポーズされたんだけど、本当は20才の王太子様…。
こんな事になったのは、王家に伝わる魔術の7つ道具の1つ『子供に戻る靴』を履いてしまったから。
…何でそんな靴を履いたのか、本人でさえわからない。けど王太子が靴を履いた事には理由があった。
子供になってしまった20才の王太子と、靴職人ドロシーの恋愛ストーリー
ストーリーは完結していますので、毎日更新です。
表紙はぷりりん様に描いていただきました(゜▽゜*)

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる