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4章
22.ギュンタのクマ
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やっと昨日、空調管理アイテムが無事に完成した。
自動車に付けた漏斗と似たような物を取り付けるところまで決めたは良かったものの、詰め込める制限を調べたり、大きさの調整をしたりと想像以上に時間がかかってしまった。
だが時間の分だけの成果は得られた。
ファドゥール領の分もスカビオ領の分もどちらも満足のいく出来で、共に感謝された。
荷台に載せて届けに来たついでにイヴァンカと会ってお茶をして、今度はギュンタとも少し話をしていこうと思った。けれどギュンタは空調管理アイテムの様子を見に来ることはなかった。
最近は自分の薬草園に篭もりがちになったらしいとは聞いていたが、まさか今日も出てこないとは……。
「学園に入学したら三年は薬草園から離れるでしょう? だから今のうちにやれることはやっておきたいって。心配だけど、研究に打ち込むギュンタが好きだから、今は我慢しているの」
イヴァンカはお茶を飲みながらそう話してくれた。
タイミング的にサルガス王子が王都に向かってから篭もりだしたようなので、身近な人が王都に行ったことで自覚させられたといったところだろう。
イヴァンカと同じく、私も研究に打ち込むギュンタが好きだ。真っ直ぐな姿勢は応援したくなる。
だから邪魔にならない程度に声だけかけることにした。
「ギュンタ、いる?」
「ウェスパルにルクスさん。いらっしゃい。今日はどうしたんだ?」
「空調管理アイテムのメンテナンスが終わったから置きに来たの。温度調整も出来るようにしたから、後で確認してみて」
「そっか、ありがとう」
「それより、クマがひどいけど大丈夫? ちゃんと休んでいるの?」
ギュンタの目の下には真っ黒いクマが出来ていた。
とても数日では育てられないほど立派なものだ。応援したい気持ちもあるが、ここまで酷いと心配になってしまう。
あまりの様子にルクスさんも眉間に皺を寄せている。
「休んではいるんだけど、最近眠りが浅いみたいで……」
「良かったら温泉に入ってみない? リラックスすれば眠れるようになるかも」
「周りの人間で同じような症状が起こっている奴はいないのか」
「いや、俺だけ。研究が気になって眠れてないだけだと思う」
「そうか」
ルクスさんはまだ納得がいっていないようだ。
私も少しだけ引っかかっている。
ギュンタの真っ直ぐさは何も今に始まったことではない。今回に限ってここまで寝不足が続くなんてあるのだろうか。
彼の死因が寝不足だなんて思いたくはないが、すでにお兄様は領に帰ってきている。
時期が時期だけに普段以上に心配になってしまう。
「栄養剤も飲んでいるし、まだ続くようだったら温泉に浸からせてもらうよ」
けれどギュンタは軽く笑うだけ。
当の本人はそこまでのこととは思っていないようだ。
「あまり根を詰めすぎるなよ?」
「研究も大事だけど、体調が一番だから。無理しないでね」
大事な幼馴染みに「死ぬかもしれないんだよ!」なんて言えるはずもない。
伝えられるのは遠回しな言葉だけだった。
「あんまり長居しても邪魔になるからお暇するね」
「ありがとう。アイテムも後で見せてもらうよ」
「きっと驚くから覚悟しておいて!」
精霊達と話しているルクスさんに声をかけ、ギュンタの薬草園を後にする。
「精霊達と何を話していたんですか?」
「ギュンタのことを少し、な。我の思い過ごしだと良いのだが……」
「眠れないっていうのは心配ですよね。また近いうちに様子を見に来ましょう」
「うむ」
車を走らせながら、一週間後にギュンタの様子を見に行くことに決めた。
その際、元気がないようだったらあの激マズ薬を飲ませよう。
あんなにマズいものを飲んだらきっと目が覚めるどころか一周回って眠くなるはずだ。
どんな仕上がりにするかと盛り上がっているうちに家に着いた。
どうかギュンタにあれを飲ませずに済みますようにーー。
そんな私の願いは叶うことはなかった。
薬の瓶を手に、一週間ぶりに訪れた薬草園で見たのはやつれたギュンタの姿だった。
「よく来たな」
「ねぇ、ギュンタ。今からでも休んだ方がいいんじゃ……」
「もうすぐキリのいいところまで行くんだ。そうしたら休むから」
声は弱々しく、笑みにも元気がない。まだ眠れていないようだった。
明らかに大変な状態なのに、本人はまだ進もうとしている。異常だった。
「それでは遅いのだ」
ルクスさんは人型になると、私の手から瓶をひったくった。蓋を取り、強引にギュンタの口に突っ込む。抵抗する彼の頭を押さえ、瓶を傾ける。
「何しているんですか!」
慌てる私とは打って変わって、周りの精霊達が彼を止める様子はない。
むしろ私の前で両手を広げている。まるで手出しはしてくれるなとでも言っているようだ。
どうするべきか迷っているうちに、ギュンタはふらりと倒れてしまった。
よく眠れるようにと安眠効果のある草を入れたが、あの草に即効性はない。あまりのまずさに気を失ったのだろう。スウッと寝息が聞こえてくる。
強引なやり方だったが、眠りについてくれたらしい。
だがルクスさんはそこで止まるつもりはないようだ。
「よし、寝たな。今のうちに済ませるぞ」
「済ませるって何を?」
「詳しい話は後だ。ウェスパル、ギュンタの胸に手を乗せろ」
「え、なんで」
「早くしろ!」
「はいっ」
「頭の中で大きな時計を思い浮かべるのだ。そしてその針を逆の方向へ進ませろ。戻れと強く念じながら、我が止めろというまで時計の針を巻き戻し続けろ」
意味は分からない。
けれどルクスさんは切羽詰まっている様子で、精霊達は手を組んで祈りを捧げている。
私はそれに答えるしかない。
言われた通りに時計を思い浮かべ、針を戻していく。
戻れ、戻れ。
そう強く念じながら。
自動車に付けた漏斗と似たような物を取り付けるところまで決めたは良かったものの、詰め込める制限を調べたり、大きさの調整をしたりと想像以上に時間がかかってしまった。
だが時間の分だけの成果は得られた。
ファドゥール領の分もスカビオ領の分もどちらも満足のいく出来で、共に感謝された。
荷台に載せて届けに来たついでにイヴァンカと会ってお茶をして、今度はギュンタとも少し話をしていこうと思った。けれどギュンタは空調管理アイテムの様子を見に来ることはなかった。
最近は自分の薬草園に篭もりがちになったらしいとは聞いていたが、まさか今日も出てこないとは……。
「学園に入学したら三年は薬草園から離れるでしょう? だから今のうちにやれることはやっておきたいって。心配だけど、研究に打ち込むギュンタが好きだから、今は我慢しているの」
イヴァンカはお茶を飲みながらそう話してくれた。
タイミング的にサルガス王子が王都に向かってから篭もりだしたようなので、身近な人が王都に行ったことで自覚させられたといったところだろう。
イヴァンカと同じく、私も研究に打ち込むギュンタが好きだ。真っ直ぐな姿勢は応援したくなる。
だから邪魔にならない程度に声だけかけることにした。
「ギュンタ、いる?」
「ウェスパルにルクスさん。いらっしゃい。今日はどうしたんだ?」
「空調管理アイテムのメンテナンスが終わったから置きに来たの。温度調整も出来るようにしたから、後で確認してみて」
「そっか、ありがとう」
「それより、クマがひどいけど大丈夫? ちゃんと休んでいるの?」
ギュンタの目の下には真っ黒いクマが出来ていた。
とても数日では育てられないほど立派なものだ。応援したい気持ちもあるが、ここまで酷いと心配になってしまう。
あまりの様子にルクスさんも眉間に皺を寄せている。
「休んではいるんだけど、最近眠りが浅いみたいで……」
「良かったら温泉に入ってみない? リラックスすれば眠れるようになるかも」
「周りの人間で同じような症状が起こっている奴はいないのか」
「いや、俺だけ。研究が気になって眠れてないだけだと思う」
「そうか」
ルクスさんはまだ納得がいっていないようだ。
私も少しだけ引っかかっている。
ギュンタの真っ直ぐさは何も今に始まったことではない。今回に限ってここまで寝不足が続くなんてあるのだろうか。
彼の死因が寝不足だなんて思いたくはないが、すでにお兄様は領に帰ってきている。
時期が時期だけに普段以上に心配になってしまう。
「栄養剤も飲んでいるし、まだ続くようだったら温泉に浸からせてもらうよ」
けれどギュンタは軽く笑うだけ。
当の本人はそこまでのこととは思っていないようだ。
「あまり根を詰めすぎるなよ?」
「研究も大事だけど、体調が一番だから。無理しないでね」
大事な幼馴染みに「死ぬかもしれないんだよ!」なんて言えるはずもない。
伝えられるのは遠回しな言葉だけだった。
「あんまり長居しても邪魔になるからお暇するね」
「ありがとう。アイテムも後で見せてもらうよ」
「きっと驚くから覚悟しておいて!」
精霊達と話しているルクスさんに声をかけ、ギュンタの薬草園を後にする。
「精霊達と何を話していたんですか?」
「ギュンタのことを少し、な。我の思い過ごしだと良いのだが……」
「眠れないっていうのは心配ですよね。また近いうちに様子を見に来ましょう」
「うむ」
車を走らせながら、一週間後にギュンタの様子を見に行くことに決めた。
その際、元気がないようだったらあの激マズ薬を飲ませよう。
あんなにマズいものを飲んだらきっと目が覚めるどころか一周回って眠くなるはずだ。
どんな仕上がりにするかと盛り上がっているうちに家に着いた。
どうかギュンタにあれを飲ませずに済みますようにーー。
そんな私の願いは叶うことはなかった。
薬の瓶を手に、一週間ぶりに訪れた薬草園で見たのはやつれたギュンタの姿だった。
「よく来たな」
「ねぇ、ギュンタ。今からでも休んだ方がいいんじゃ……」
「もうすぐキリのいいところまで行くんだ。そうしたら休むから」
声は弱々しく、笑みにも元気がない。まだ眠れていないようだった。
明らかに大変な状態なのに、本人はまだ進もうとしている。異常だった。
「それでは遅いのだ」
ルクスさんは人型になると、私の手から瓶をひったくった。蓋を取り、強引にギュンタの口に突っ込む。抵抗する彼の頭を押さえ、瓶を傾ける。
「何しているんですか!」
慌てる私とは打って変わって、周りの精霊達が彼を止める様子はない。
むしろ私の前で両手を広げている。まるで手出しはしてくれるなとでも言っているようだ。
どうするべきか迷っているうちに、ギュンタはふらりと倒れてしまった。
よく眠れるようにと安眠効果のある草を入れたが、あの草に即効性はない。あまりのまずさに気を失ったのだろう。スウッと寝息が聞こえてくる。
強引なやり方だったが、眠りについてくれたらしい。
だがルクスさんはそこで止まるつもりはないようだ。
「よし、寝たな。今のうちに済ませるぞ」
「済ませるって何を?」
「詳しい話は後だ。ウェスパル、ギュンタの胸に手を乗せろ」
「え、なんで」
「早くしろ!」
「はいっ」
「頭の中で大きな時計を思い浮かべるのだ。そしてその針を逆の方向へ進ませろ。戻れと強く念じながら、我が止めろというまで時計の針を巻き戻し続けろ」
意味は分からない。
けれどルクスさんは切羽詰まっている様子で、精霊達は手を組んで祈りを捧げている。
私はそれに答えるしかない。
言われた通りに時計を思い浮かべ、針を戻していく。
戻れ、戻れ。
そう強く念じながら。
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