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4章
21.サヴィエーラ王家
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「それでルクスさんには精霊の言葉を通訳して欲しいなと思って……。それからブドウ作りに関わった亀蔵と亀吉、ジュースを譲ってくれたウェスパルにもお礼が言いたいっておっしゃっていて」
「なるほどな」
「とにかく事故が起こったとかじゃなくて良かったわ」
「ごめんなさい。まさか他の国の王様が来るとは思っていなくて、気が動転してしまって」
「気にするな。普通、ジュースの礼に王が直々に来ることなどないだろう」
今はイヴァンカのお父様とお母様が王様たちをもてなしているそうだ。
王様のもてなしってなんだか大変そう。
そう思っていたのだが、実際到着してみると、驚くほどにサヴィエーラ王国の人達は馴染んでいた。
「こんなに美味いものは食べたことがない!」
「楽園はここにあったのか!」
「喉に染みわたるこの甘味と水分! まさに大地からの祝福というべきか」
りんごで作ったおやつを手に、祈りを捧げている。
人や妖精の手を取って、ひたすらに感謝を伝えるところは選挙運動かのよう。
だが彼らも自分達が育てたりんごを褒められて嬉しそうだ。
「王様、ウェスパル達をお連れしました」
「おお! 君がウェスパル殿か。商会長から話は聞いている。貴重な一本を譲ってくれたこと、心より感謝する。ささやかだが詫びの品も用意した。是非受け取ってほしい」
「うむ、殊勝な心がけだな」
「ちょっ、ルクスさん!」
「気にするな。横取りをしたのは私達の方だからな。して、ルクス殿。貴殿に頼みがある」
「通訳だろう? イヴァンカから聞いている。といっても我の通訳など必要なさそうだが」
ルクスさんは精霊たちと王子様に視線を向ける。
言葉は通じずとも、すっかりと打ち解けているように見える。
「歓迎してくれているのは伝わってくる。それでも、彼らの言葉を知りたいのだ」
「『私達が育てたものを美味しいと言ってくれてありがとう』『この地を褒めてもらえて嬉しい』『彼らは私達の自慢の人達なの』『ワインは彼らと一緒だから作り出せた』『亀蔵も頑張った』『亀吉も』だそうだ」
「そうか、精霊が素敵な人達と手を取り合ったからこそあそこまで美味いものが出来たのだな。私にも分けてくれたこと、改めて感謝する」
王様に続き、王子様達もが精霊に深く頭を下げた。
続いてファドゥール領の人や亀蔵と亀吉にまで。
その姿は王族というよりも、美食を欲する人々の姿であった。
「誠実なお前たちに一つ、良い事を教えてやろう」
「良い事?」
「イヴァンカには仲の良い婚約者がいる。イヴァンカ同様に精霊に愛された、スカビオの息子だ」
いきなり何を言い出すのか。周りの人々も首を傾げている。
けれど王様や王子様達にはルクスさんの言葉の意味が伝わったらしい。一瞬目を見開いて、けれどすぐに笑みを浮かべた。
「ならば引くことにしよう。王の風格を持ちしドラゴンよ、ご忠告感謝する」
それからすぐにサヴィエーラ王国御一行はファドゥール領を後にした。
急な来訪になるからと、初めから長居するつもりはなかったようだ。
ここから少し離れた場所に宿を取っており、そこに泊まるそうだ。
大量のお土産を渡された王様は、ご満悦で去って行った。
嵐が去った後、私達もアップルパイとジュースをごちそうになる。
シルヴェスターへと送ってもらう馬車の中で、私はルクスさんにとあることを訪ねた。
「さっきのどういうことですか? いきなりイヴァンカには婚約者がいるって言いだして、何かと思いましたよ」
「ああ、あれか。ただの牽制だ」
「牽制?」
「王子を何人も引き連れていたのは、その中の誰かとファドゥール家の娘とを結婚させるため。だがイヴァンカはギュンタと結婚するのだ。ポッと出の奴になど渡せるか」
「なるほど。他国の王様から乞われれば断りにくいから先手を取ったんですね」
確かにジュースのお礼にしては人数が多いなとは思っていたが、そんな意図があったのか。
ジュース一本で結ばれそうになる結婚ってすごいな。結ばれれば一応政略結婚になるんだろうけど、そこまでするか。
王子様やそれに連なる家系と婚姻を結び、出荷を取り付けるというのが正規ルートのような気もするが、王子にはすでに婚約者がいる。
そこを強引に奪うよりも、精霊もついてくるファドゥールの娘の方がお得と考えたのだろう。
実際会って、可愛く気立ても良いイヴァンカにますます惹かれたと思う。
だがそう簡単に事を運ばせるつもりはない。イヴァンカとギュンタはマイベストカップルである。それは私以外の人達にとっても同じこと。
「そういうことだ。強引に迫るようなら、とも考えたが」
「無理に引き離せば、精霊の怒りを買いますよ」
「あやつらもそう思ったのだろうな。予想していたよりも簡単に引いていった。といっても縁を作ることを諦めるつもりはなさそうだがな」
「余命半年から見事に回復した人ですからね」
「あれは長生きするぞ」
王様の足取りはとても余命半年と宣告された人のそれには見えなかった。もう完全に元気になっている。
他の要因でもない限り、彼が二年以内に退位することはないだろう。
一本のジュースで、未来が変わったのである。
この変化が乙女ゲームシナリオにどの程度関わって来るのはまだ分からない。それでも今後の未来には確実に変化をもたらすはずだ。
だが一緒に来た王子達は王様の回復を心から喜んでいて、イヴァンカとギュンタの仲を引き裂くかもしれない事件は始まる前に終わりを告げた。
なら今はまだ、そこまで警戒することはないだろう。
「ところでささやかな詫びの品とは一体何なのだ?」
「ドライフルーツとナッツの詰め合わせセットだそうです」
ほら、と袋を開いて見せる。
ルクスさんは「良いセレクトだな」と満足気である。ジュースの対価として納得したようだ。
明日からの作業のお供にさせてもらうことにしよう。
「なるほどな」
「とにかく事故が起こったとかじゃなくて良かったわ」
「ごめんなさい。まさか他の国の王様が来るとは思っていなくて、気が動転してしまって」
「気にするな。普通、ジュースの礼に王が直々に来ることなどないだろう」
今はイヴァンカのお父様とお母様が王様たちをもてなしているそうだ。
王様のもてなしってなんだか大変そう。
そう思っていたのだが、実際到着してみると、驚くほどにサヴィエーラ王国の人達は馴染んでいた。
「こんなに美味いものは食べたことがない!」
「楽園はここにあったのか!」
「喉に染みわたるこの甘味と水分! まさに大地からの祝福というべきか」
りんごで作ったおやつを手に、祈りを捧げている。
人や妖精の手を取って、ひたすらに感謝を伝えるところは選挙運動かのよう。
だが彼らも自分達が育てたりんごを褒められて嬉しそうだ。
「王様、ウェスパル達をお連れしました」
「おお! 君がウェスパル殿か。商会長から話は聞いている。貴重な一本を譲ってくれたこと、心より感謝する。ささやかだが詫びの品も用意した。是非受け取ってほしい」
「うむ、殊勝な心がけだな」
「ちょっ、ルクスさん!」
「気にするな。横取りをしたのは私達の方だからな。して、ルクス殿。貴殿に頼みがある」
「通訳だろう? イヴァンカから聞いている。といっても我の通訳など必要なさそうだが」
ルクスさんは精霊たちと王子様に視線を向ける。
言葉は通じずとも、すっかりと打ち解けているように見える。
「歓迎してくれているのは伝わってくる。それでも、彼らの言葉を知りたいのだ」
「『私達が育てたものを美味しいと言ってくれてありがとう』『この地を褒めてもらえて嬉しい』『彼らは私達の自慢の人達なの』『ワインは彼らと一緒だから作り出せた』『亀蔵も頑張った』『亀吉も』だそうだ」
「そうか、精霊が素敵な人達と手を取り合ったからこそあそこまで美味いものが出来たのだな。私にも分けてくれたこと、改めて感謝する」
王様に続き、王子様達もが精霊に深く頭を下げた。
続いてファドゥール領の人や亀蔵と亀吉にまで。
その姿は王族というよりも、美食を欲する人々の姿であった。
「誠実なお前たちに一つ、良い事を教えてやろう」
「良い事?」
「イヴァンカには仲の良い婚約者がいる。イヴァンカ同様に精霊に愛された、スカビオの息子だ」
いきなり何を言い出すのか。周りの人々も首を傾げている。
けれど王様や王子様達にはルクスさんの言葉の意味が伝わったらしい。一瞬目を見開いて、けれどすぐに笑みを浮かべた。
「ならば引くことにしよう。王の風格を持ちしドラゴンよ、ご忠告感謝する」
それからすぐにサヴィエーラ王国御一行はファドゥール領を後にした。
急な来訪になるからと、初めから長居するつもりはなかったようだ。
ここから少し離れた場所に宿を取っており、そこに泊まるそうだ。
大量のお土産を渡された王様は、ご満悦で去って行った。
嵐が去った後、私達もアップルパイとジュースをごちそうになる。
シルヴェスターへと送ってもらう馬車の中で、私はルクスさんにとあることを訪ねた。
「さっきのどういうことですか? いきなりイヴァンカには婚約者がいるって言いだして、何かと思いましたよ」
「ああ、あれか。ただの牽制だ」
「牽制?」
「王子を何人も引き連れていたのは、その中の誰かとファドゥール家の娘とを結婚させるため。だがイヴァンカはギュンタと結婚するのだ。ポッと出の奴になど渡せるか」
「なるほど。他国の王様から乞われれば断りにくいから先手を取ったんですね」
確かにジュースのお礼にしては人数が多いなとは思っていたが、そんな意図があったのか。
ジュース一本で結ばれそうになる結婚ってすごいな。結ばれれば一応政略結婚になるんだろうけど、そこまでするか。
王子様やそれに連なる家系と婚姻を結び、出荷を取り付けるというのが正規ルートのような気もするが、王子にはすでに婚約者がいる。
そこを強引に奪うよりも、精霊もついてくるファドゥールの娘の方がお得と考えたのだろう。
実際会って、可愛く気立ても良いイヴァンカにますます惹かれたと思う。
だがそう簡単に事を運ばせるつもりはない。イヴァンカとギュンタはマイベストカップルである。それは私以外の人達にとっても同じこと。
「そういうことだ。強引に迫るようなら、とも考えたが」
「無理に引き離せば、精霊の怒りを買いますよ」
「あやつらもそう思ったのだろうな。予想していたよりも簡単に引いていった。といっても縁を作ることを諦めるつもりはなさそうだがな」
「余命半年から見事に回復した人ですからね」
「あれは長生きするぞ」
王様の足取りはとても余命半年と宣告された人のそれには見えなかった。もう完全に元気になっている。
他の要因でもない限り、彼が二年以内に退位することはないだろう。
一本のジュースで、未来が変わったのである。
この変化が乙女ゲームシナリオにどの程度関わって来るのはまだ分からない。それでも今後の未来には確実に変化をもたらすはずだ。
だが一緒に来た王子達は王様の回復を心から喜んでいて、イヴァンカとギュンタの仲を引き裂くかもしれない事件は始まる前に終わりを告げた。
なら今はまだ、そこまで警戒することはないだろう。
「ところでささやかな詫びの品とは一体何なのだ?」
「ドライフルーツとナッツの詰め合わせセットだそうです」
ほら、と袋を開いて見せる。
ルクスさんは「良いセレクトだな」と満足気である。ジュースの対価として納得したようだ。
明日からの作業のお供にさせてもらうことにしよう。
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