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4章
20.一本のジュース
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「ファドゥールがもう少し低くて、スカビオが高い方がいいそうです。低い方は水魔法を強化するとして、高い方を水魔法弱めたら湿度問題がな~」
今日はファドゥール領とスカビオ領の空調管理システムのメンテナンス日である。
昨日の夕方に回収してきて、朝からメンテナンスに取り掛かった。
メンテナンスといっても、どちらも正常に稼働しているようで軽く掃除するだけで終了した。
問題は回収の際に受けたリクエストにあった。
芋の保管目的に作ったため、どちらも希望する温度とは少し異なるらしい。
今のままでも十分便利だが、出来るならもう少し温度を高く・低くしてほしいとのことだった。
どちらの領も温度の微調整は精霊が行っているらしく、どうやっているのかも質問済みではある。ただ、彼らはなんとなくでやっているらしく、あまり参考にはならなかった。
「火の魔法を混ぜたらどうだ?」
「熱暴走して全焼したらとか考えると怖くないですか」
「風魔法も似たようなものだろう」
「リミッター付きの空魔石さえ作れれば魔力を込めて温度管理が出来るようになるのに!」
「自動車の漏斗の原理を利用したらどうだ? 直接入れるのではなく、魔石に力を込めてから取り込ませるのだ」
「そっか、その手がありましたね! 少しかさばりそうだけど、とりあえず作ってみますか」
ルクスさん頭いい~と軽口を叩きながら材料保管庫へと向かう。
元々そんな部屋はなかったのだが、お兄様が帰って来てからというもの、頻繁に材料を取って来てくれるので、小屋を拡張してもらったのだ。
ストックを漁りながら、風や水魔法と相性の良さそうな素材を見繕っていく。
「ウェスパル、これは使わんのか?」
「あ、使います。籠に入れておいてください」
「うむ」
錬金部屋に持ち込む予定の籠はこんもりと膨らんでいく。
最近はいつもこうだ。別に全ての材料を使う訳ではない。ただ作業中にアレが必要だと思っても釜の側を離れることはできないから、多めに取っておくのだ。
使わなければ返せばいい。
といっても最近は材料があるからと何でもかんでもポンポンと入れてしまうのだが。
「さてと、そろそろ部屋に戻りますかね」
籠を覗き、足りないものはないかと確認する。
土台となる部分の木材が欲しいと棚に手を伸ばした時だった。
「かめええ」
「かめかめ」
亀蔵と亀吉が揃って鳴き出した。
それも二匹揃って外に向かってズンズンと進みながら。
「亀蔵亀吉、どうしたの?」
「かめかめ」
「誰かがこちらに向かっているそうだ」
「え、誰だろう」
作業は少なくとも三日はかかると伝えてあるし、家族には今日一日作業をすることを伝えてある。当然、ギュンタとイヴァンカ、サルガス王子も知っているはず。ロドリーは来る前に必ず手紙をくれる。
――となると思いつくのはイザラクかお祖父様が来たくらい。
それならまず屋敷の方に行くはずなので、そう急ぐことはないだろう。
錬金部屋に材料を置いてから覗きに行こう。そう決めて木材選びを再開する。
するとバンっと勢いよくドアが開いた。
「ウェスパル、ルクスさん、亀蔵亀吉、みんないる!?」
「ど、どうしたの?」
やってきたのはイザラクでもお祖父様でもなく、イヴァンカだった。
それもかなり焦っている様子だ。
「すぐ来て! 今すぐ!」
「また精霊が騒ぎ出したのか?!」
「ノルマンディ商会の商会長さんが、サヴィエーラ王国の王様と王子様を連れてきたの!」
「は?」
「事情は馬車の中で説明するから乗って!」
サヴィエーラ王国といえば国土のほとんどが砂漠で、珍しいスライムを筆頭とした独自の魔物で溢れている国である。
我が国への用事としてパッと浮かぶのはスライムの魔石の買い取りか優れた水の魔法使いのスカウトだが、どちらも王様直々にやってくるようなものではない。
それにイヴァンカの慌てようからして、先ぶれなどはなかったのだろう。
王様と王子様が他国の辺境の地にやって来るのに?
お隣の領にはサルガス王子が住んでいるのに?
我が国が舐められているかどうかはさておきとして、サヴィエーラ王国側からしても大変危険な行為だ。
よほどの理由があるに違いない。
ルクスさんもそう思ったようだ。馬車にあったお茶を飲ませてイヴァンカを落ち着かせてから話を促す。
「それで、なぜ他国の王が来るのだ」
「精霊祭で商会長さんにブドウジュースを渡したでしょう?」
「祭りの最後に来てワインが欲しいと言い出した奴か。あやつのせいで我のジュースが減ってしまったからよく覚えているぞ」
「あれ、サヴィエーラ王国王様に献上する用だったらしくて……」
「は?」
イヴァンカの話をまとめるとこうだ。
サヴィエーラ王国の王様は美食家として知られている。
生涯かけてこの世の全ての美食を食らい尽くすことこそが自分の使命だと豪語するほど。
そんな王様だが、先日、余命半年と宣告された。
王子達は王様のためにそれぞれ最後の晩餐に相応しい品を用意することになったらしい。
ノルマンディ商会は第三王子から、そのうちの一つ『最期に飲みたいもの』に相応しいものはないかと依頼を受けていた。そして精霊祭で『精霊の祝杯』と出会った。
一口飲んでこれしかないと思ったそうだ。
結局、ワインは手に入らなかったが、ファドゥールのぶどうで作ったジュースを献上することを決めたらしい。
「それで、死にかけの王がもっと寄越せとでも言いに来たのか?」
「死にかけどころか、ピンピンしているわ」
「は?」
「ジュースを飲んでとても感動したらしくて。『精霊に感謝を告げるまでは死ねんぞ!』って言って、うちの領まで来れるほどに回復したらしいの」
さすが美食家。食べ物に対する執念と感謝がすさまじい。
ゲームでもサヴィエーラ王国の王族の食へのこだわりについては少しだけ描かれている。
だがゲームに出てきた王様はとても若かった。おそらく王様は宣告通り亡くなり、数年後には息子のうちの誰かが即位していたのだろう。
今日はファドゥール領とスカビオ領の空調管理システムのメンテナンス日である。
昨日の夕方に回収してきて、朝からメンテナンスに取り掛かった。
メンテナンスといっても、どちらも正常に稼働しているようで軽く掃除するだけで終了した。
問題は回収の際に受けたリクエストにあった。
芋の保管目的に作ったため、どちらも希望する温度とは少し異なるらしい。
今のままでも十分便利だが、出来るならもう少し温度を高く・低くしてほしいとのことだった。
どちらの領も温度の微調整は精霊が行っているらしく、どうやっているのかも質問済みではある。ただ、彼らはなんとなくでやっているらしく、あまり参考にはならなかった。
「火の魔法を混ぜたらどうだ?」
「熱暴走して全焼したらとか考えると怖くないですか」
「風魔法も似たようなものだろう」
「リミッター付きの空魔石さえ作れれば魔力を込めて温度管理が出来るようになるのに!」
「自動車の漏斗の原理を利用したらどうだ? 直接入れるのではなく、魔石に力を込めてから取り込ませるのだ」
「そっか、その手がありましたね! 少しかさばりそうだけど、とりあえず作ってみますか」
ルクスさん頭いい~と軽口を叩きながら材料保管庫へと向かう。
元々そんな部屋はなかったのだが、お兄様が帰って来てからというもの、頻繁に材料を取って来てくれるので、小屋を拡張してもらったのだ。
ストックを漁りながら、風や水魔法と相性の良さそうな素材を見繕っていく。
「ウェスパル、これは使わんのか?」
「あ、使います。籠に入れておいてください」
「うむ」
錬金部屋に持ち込む予定の籠はこんもりと膨らんでいく。
最近はいつもこうだ。別に全ての材料を使う訳ではない。ただ作業中にアレが必要だと思っても釜の側を離れることはできないから、多めに取っておくのだ。
使わなければ返せばいい。
といっても最近は材料があるからと何でもかんでもポンポンと入れてしまうのだが。
「さてと、そろそろ部屋に戻りますかね」
籠を覗き、足りないものはないかと確認する。
土台となる部分の木材が欲しいと棚に手を伸ばした時だった。
「かめええ」
「かめかめ」
亀蔵と亀吉が揃って鳴き出した。
それも二匹揃って外に向かってズンズンと進みながら。
「亀蔵亀吉、どうしたの?」
「かめかめ」
「誰かがこちらに向かっているそうだ」
「え、誰だろう」
作業は少なくとも三日はかかると伝えてあるし、家族には今日一日作業をすることを伝えてある。当然、ギュンタとイヴァンカ、サルガス王子も知っているはず。ロドリーは来る前に必ず手紙をくれる。
――となると思いつくのはイザラクかお祖父様が来たくらい。
それならまず屋敷の方に行くはずなので、そう急ぐことはないだろう。
錬金部屋に材料を置いてから覗きに行こう。そう決めて木材選びを再開する。
するとバンっと勢いよくドアが開いた。
「ウェスパル、ルクスさん、亀蔵亀吉、みんないる!?」
「ど、どうしたの?」
やってきたのはイザラクでもお祖父様でもなく、イヴァンカだった。
それもかなり焦っている様子だ。
「すぐ来て! 今すぐ!」
「また精霊が騒ぎ出したのか?!」
「ノルマンディ商会の商会長さんが、サヴィエーラ王国の王様と王子様を連れてきたの!」
「は?」
「事情は馬車の中で説明するから乗って!」
サヴィエーラ王国といえば国土のほとんどが砂漠で、珍しいスライムを筆頭とした独自の魔物で溢れている国である。
我が国への用事としてパッと浮かぶのはスライムの魔石の買い取りか優れた水の魔法使いのスカウトだが、どちらも王様直々にやってくるようなものではない。
それにイヴァンカの慌てようからして、先ぶれなどはなかったのだろう。
王様と王子様が他国の辺境の地にやって来るのに?
お隣の領にはサルガス王子が住んでいるのに?
我が国が舐められているかどうかはさておきとして、サヴィエーラ王国側からしても大変危険な行為だ。
よほどの理由があるに違いない。
ルクスさんもそう思ったようだ。馬車にあったお茶を飲ませてイヴァンカを落ち着かせてから話を促す。
「それで、なぜ他国の王が来るのだ」
「精霊祭で商会長さんにブドウジュースを渡したでしょう?」
「祭りの最後に来てワインが欲しいと言い出した奴か。あやつのせいで我のジュースが減ってしまったからよく覚えているぞ」
「あれ、サヴィエーラ王国王様に献上する用だったらしくて……」
「は?」
イヴァンカの話をまとめるとこうだ。
サヴィエーラ王国の王様は美食家として知られている。
生涯かけてこの世の全ての美食を食らい尽くすことこそが自分の使命だと豪語するほど。
そんな王様だが、先日、余命半年と宣告された。
王子達は王様のためにそれぞれ最後の晩餐に相応しい品を用意することになったらしい。
ノルマンディ商会は第三王子から、そのうちの一つ『最期に飲みたいもの』に相応しいものはないかと依頼を受けていた。そして精霊祭で『精霊の祝杯』と出会った。
一口飲んでこれしかないと思ったそうだ。
結局、ワインは手に入らなかったが、ファドゥールのぶどうで作ったジュースを献上することを決めたらしい。
「それで、死にかけの王がもっと寄越せとでも言いに来たのか?」
「死にかけどころか、ピンピンしているわ」
「は?」
「ジュースを飲んでとても感動したらしくて。『精霊に感謝を告げるまでは死ねんぞ!』って言って、うちの領まで来れるほどに回復したらしいの」
さすが美食家。食べ物に対する執念と感謝がすさまじい。
ゲームでもサヴィエーラ王国の王族の食へのこだわりについては少しだけ描かれている。
だがゲームに出てきた王様はとても若かった。おそらく王様は宣告通り亡くなり、数年後には息子のうちの誰かが即位していたのだろう。
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