第二部の悪役令嬢がシナリオ開始前に邪神の封印を解いたら闇落ち回避は出来ますか?~王子様との婚約解消はいつでも大歓迎です~

斯波@ジゼルの錬金飴②発売中

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4章

19.ワインの代わりに

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 するとその列の外側から商会長がやってきた。
 彼はお渡しリストには入っていない。商会の人達も先ほど見送ったのですでに帰ったものだと思っていたが、忘れ物でもしたのだろうか。

 イヴァンカは忙しいし、捜し物なら私が請け負うことにしよう。
 私が「どうしましたか」と声をかけるよりも早く、彼は口を開いた。

「不躾なお願いとは存じますが、どうかワインを一本分けて頂けませんでしょうか? どうしてもお渡ししたい人がいるのです」
「すみません、決まった本数しか用意していなくて……。後日お贈りするのではダメでしょうか」
「今でなければダメなのです。あの方にお贈りするのであればこのワインしかない。そう思ったのです」
「ですが……」

 彼が来たのは精霊祭の後半。
 初めから来ていたら樽から確保することは出来たが、他に仕事が入っていたようだ。

 だから祭りの最後に来た、と。

 だが今さら言われたところで、ワインもジュースも渡す人が決まった瓶しか用意されていない。

 普通の招待客ならなんとか諦めてもらうところだが、相手はノルマンド商会。ファドゥール領の取引先である。

 急な申し出とはいえ、無碍にすることも出来ない。
 イヴァンカは困ったように視線を彷徨わせるが、頼みの領主様はすでに二次会会場に向かってしまった。周りの大人達もこんな申し出など予想もしていなかったようで、困ってしまっている。

 すでにかなりの本数の受け渡しは完了しており、融通が効くのなんて近くに暮らす人宛のものくらいだ。

 そう、ちょうど私達が待っている瓶とかーー。

「あの、ぶどうジュースでよければ私達の一本お譲りしますよ?」
「本当ですか!?」
「なんだかお困りのようでしたので」
「ありがとうございます!」

 私達には二本ある。
 今まで何度も飲ませてもらっているし、近くにも住んでいる。何より、イヴァンカが困っているのをこれ以上見ていられない。

 ルクスさんの物言いたげな視線を背中に受けながらも、商会長にぶどうジュースの瓶を渡す。

 彼はよほど欲しかったのか、何度も頭を下げた。
 そして受けとった瓶をそれはもう大事そうに抱えて帰っていった。

「付き合いもない奴に大事なジュースをあげることはなかっただろうに」
「でもイヴァンカが困っていましたし。それにどうしても飲ませたいと思う人が頭に浮かぶくらいに美味しかったって言われたら嬉しいじゃないですか。まぁ私は何もしていない訳ですが」
「ウェスパル、ありがとう~」
「イヴァンカが私達のために二本も用意してくれていたからだよ。一本あげても一本は残るもん」

 ルクスさんはこれ以上言うのは諦めたようだ。
 納得はいかずとも、見知らぬ誰かのためではなく、イヴァンカのためなら仕方がないと思ったのだろう。

 代わりにおねだりをすることにした。

「代わりにりんごジュースをくれても良いのだぞ?」
「すぐに用意してくる!」
「別に今度でも大丈夫だから」
「ううん、すぐだから! 待っていて!」

 イヴァンカはそう言うと、テントは他の人に任せて屋敷へと走って行った。
 戻ってきた彼女の手には二つのジョッキが握られている。中にはなみなみとりんごジュースが注がれている。私の分も用意してくれたらしい。

 機嫌が良くなったルクスさんと一緒にありがたく受け取った。



 精霊祭が終わってすぐ、サルガス王子は王都に戻ることとなった。

 製作を続けていた入浴剤は自分なりに納得の行くものが出来上がったそうだ。

 シロ温泉ほどではないが、腰痛には確実に効果があるらしい。
 マーシャル王子用とシェリリン様、そして何よりばあやさんに気に入ってもらえるようにそれぞれ違う香りを付けたそうだ。

 詳しい成分解析までは出来なかったようだが、短期間で特定の効能だけは確実に出してくるあたり、さすがはサルガス王子である。

 だが浸かることで回復出来るのであれば、飲むことも可能なのではないか。前世では回復云々はともかく『飲む温泉』なるものはあった。

 温泉の湯を使用することで、回復アイテムだけでなく、乙女ゲームでヒロインが作っていた『やる気の出るドリンク』も作ることが出来るのではないか。

 そう思って、サルガス王子を見送ってから早速作ってみることにした。

「うぇえええええ」
「マズいのか」
「マズいどころじゃないです。薬草の苦みとえぐみと、温泉のよく分からないエキスと土みたいな何かが混ざってカオスな味になっています。こんなの飲む人の気が知れない」

 色は良い。身体も心なしか軽くなったような気がする。回復効果は多分ある。
 だが味とのどごしが最悪。精神的なダメージもある。

「飲もうとするのはウェスパルだけだから問題ない」
「ルクスさんも一杯どうですか?」
「いらん」

 飲むことを前提とした改良をすれば優れた回復アイテムになると思う。
 ただ改良するということは何度も試作品を試飲するということだ。私はもう二度とこんなものを飲みたくない。

 お蔵入り決定である。
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