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4章
5.芋の未来
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「これでイヴァンカの死亡確率は一気に減ったな」
ルクスさんは私にだけ聞こえるほどの声でボソッと呟いた。
私達がいくら警戒したところで、四六時中一緒に居られる訳ではない。何か事件が起きたとしても駆けつけるには時間がかかってしまう。そこが一番の心配だった。
だが神である精霊王が守ってくれることほど心強いものはない。私の警戒の何十倍、いや何百倍と効果があるはずだ。
「ありがとう。そしてこれからもイヴァンカをよろしくね」
精霊達に声をかけるとニコニコと笑みを返してくれる。頑張るからお菓子を寄越せとばかりにスッと差し出される両手も、彼らの活躍に比べれば可愛いものだ。
今日のお礼分に用意していた魔結晶を袋ごと手渡す。
どれも拳大の魔結晶の作成を目指していた時に出来たもので、そこそこの大きさである。
「持ってけ泥棒!」
「盗んでないだろう」
「こういう時のお決まりの言葉なんですよ」
「ふむ、そうか」
そんな話をしているうちに錬金釜の水は半分近くまで減っていた。
次は風の魔法の出番だ。
空いたスペースに落とすように竜巻を発生させる。縁ギリギリまで水がせり上がってくるくらいに強い風を。けれど真ん中はちゃんと穴を開けて、水が見えるように。
説明を聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのは洗濯機である。
動かしてから洗剤を入れ忘れたことに気付いて蓋を開けた時の光景とよく似ている。ぐるぐると出来る渦を追って、おもわず目が回りそうになるところも同じ。
だがこの中に入れるのは洗剤ではなく、小さな小さな雷。
右手の親指と人差し指をくっつけて作ったわっかよりも小さい。ただし元々大人の頭よりも大きかったものを固めているので、かなりの威力があるはずだ。それをポンポンと投下していく。
ズドンズドンと音を立てては一気に釜の下まで沈んでいく。楽しいが、入れすぎてはいけない。こんなところまで洗濯洗剤と同じだ。使用量はきっちり守らなければならないのだ。
雷の球を五つ入れたら、一気に火力を高める。釜の水を空っぽにするためだ。
地面に顔をぺたりとくっつけながら、小さな穴の中に火の球を投げ込んでいく。
指先がピリリと痛むが、今は痛いだなんて言ってられない。変に魔力が混じってもいけないので水で冷やすことも出来ない。
今はひたすら我慢である。
我慢、我慢。自分にそう言い聞かせながら、火加減を調整する。
それからどのくらいか経った頃。ポンっと軽く何かが弾けるような音がした。
音と共に火は消えてしまい、ここまで来て失敗してしまったかと呆然とする。
「また、一からやり直しか……」
「成功しているぞ」
「火、消えちゃいましたけど」
「全ての属性を完全に吸い込んで完成するものだからな」
「じゃあこの釜はもう、錬金釜? え、嘘……ほんとうに?」
「ああ。これで芋小屋もしばらくは安泰だな」
「ルクスさんブレませんね~」
「何のために今まで特訓に付き合ってきたと思っているのだ!」
「芋の未来のためです!」
「その通りだ」
この芋への情熱はどこから来るのか。
ウェスパルの闇落ちと共に封印を解かれた未来の邪神はきっと芋の美味しさを知らなかったのだろう。
ウェスパルの闇落ち同様、邪神が大陸を焼いた理由も分からぬままだが、どうせ焼くなら大陸ではなく、芋にすれば良かったのだ。そうすれば美味しく頂ける。お腹も心もハッピーになれる。
芋には世界を救うだけのポテンシャルがあって……と考えていると視界がぐらりと揺れた。
「お疲れ様。まさか本当に錬金釜を作っちゃうなんて凄いわ」
「ありがとう。イヴァンカ」
「よく頑張ったな」
気が抜けたことで身体にドッと疲れがやってきたようだ。
イヴァンカとルクスさんに支えられながら、ゆっくりとした歩みで屋敷へと戻る。
だがさすがに階段はキツい。這いながら上がるかと二階を見上げる。するとふわりと身体が浮いた。
「ルクスさん!?」
「大人しくしてろ」
「え、でも人間は重たいですよ?」
「重いが、ここから部屋までの距離なら我慢できないほどではない。気にするな」
「いや、その言い方気になりますって」
「ウェスパルには芋の未来がかかっているからな。このくらいサービスしてやるわ。だから、ゆっくり休め」
優しい声に大きなあくびが出た。
お腹は空いているし、お風呂も入っていない。汗もかいているし、泥もついているのに、睡魔が私の身体を包み込んでいく。抗うことなんて出来なかった。
身を預けるように瞼を閉じれば、プツリと意識が途切れた。
「ふあああああっ」
あくびと競うように腹の虫がぐううううううううと長く大きな鳴き声をあげた。未だかつてないほどの主張である。
実際、お腹はペコペコ。喉もからっからである。一食抜いただけでここまでとはよほど体力を消費していたらしい。
だが疲労感は大体取れている。
お風呂にゆっくりと使ってご飯も食べればすっかり元通りになることだろう。
「やっと起きたか。ほれ、水」
「ありがとうございます。…………ところで私、どのくらい寝てました? 空の色が夕暮れっぽく見えるんですけど」
「丸一日。まぁ早い方ではあるな」
「そんなに!? ごほっ」
「ゆっくり水でも飲んでいろ。今、食事の用意を頼んでくる」
「ありがとうございます」
「その後は風呂だ。我も昨日は入り損ねたわ」
ドラゴンなんだから一日くらいよくないですか? という言葉は飲み込む。
代わりに「後でゆっくり浸かりましょう」と口にする。ルクスさんは満足気に頷いて部屋を後にした。
ルクスさんは私にだけ聞こえるほどの声でボソッと呟いた。
私達がいくら警戒したところで、四六時中一緒に居られる訳ではない。何か事件が起きたとしても駆けつけるには時間がかかってしまう。そこが一番の心配だった。
だが神である精霊王が守ってくれることほど心強いものはない。私の警戒の何十倍、いや何百倍と効果があるはずだ。
「ありがとう。そしてこれからもイヴァンカをよろしくね」
精霊達に声をかけるとニコニコと笑みを返してくれる。頑張るからお菓子を寄越せとばかりにスッと差し出される両手も、彼らの活躍に比べれば可愛いものだ。
今日のお礼分に用意していた魔結晶を袋ごと手渡す。
どれも拳大の魔結晶の作成を目指していた時に出来たもので、そこそこの大きさである。
「持ってけ泥棒!」
「盗んでないだろう」
「こういう時のお決まりの言葉なんですよ」
「ふむ、そうか」
そんな話をしているうちに錬金釜の水は半分近くまで減っていた。
次は風の魔法の出番だ。
空いたスペースに落とすように竜巻を発生させる。縁ギリギリまで水がせり上がってくるくらいに強い風を。けれど真ん中はちゃんと穴を開けて、水が見えるように。
説明を聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのは洗濯機である。
動かしてから洗剤を入れ忘れたことに気付いて蓋を開けた時の光景とよく似ている。ぐるぐると出来る渦を追って、おもわず目が回りそうになるところも同じ。
だがこの中に入れるのは洗剤ではなく、小さな小さな雷。
右手の親指と人差し指をくっつけて作ったわっかよりも小さい。ただし元々大人の頭よりも大きかったものを固めているので、かなりの威力があるはずだ。それをポンポンと投下していく。
ズドンズドンと音を立てては一気に釜の下まで沈んでいく。楽しいが、入れすぎてはいけない。こんなところまで洗濯洗剤と同じだ。使用量はきっちり守らなければならないのだ。
雷の球を五つ入れたら、一気に火力を高める。釜の水を空っぽにするためだ。
地面に顔をぺたりとくっつけながら、小さな穴の中に火の球を投げ込んでいく。
指先がピリリと痛むが、今は痛いだなんて言ってられない。変に魔力が混じってもいけないので水で冷やすことも出来ない。
今はひたすら我慢である。
我慢、我慢。自分にそう言い聞かせながら、火加減を調整する。
それからどのくらいか経った頃。ポンっと軽く何かが弾けるような音がした。
音と共に火は消えてしまい、ここまで来て失敗してしまったかと呆然とする。
「また、一からやり直しか……」
「成功しているぞ」
「火、消えちゃいましたけど」
「全ての属性を完全に吸い込んで完成するものだからな」
「じゃあこの釜はもう、錬金釜? え、嘘……ほんとうに?」
「ああ。これで芋小屋もしばらくは安泰だな」
「ルクスさんブレませんね~」
「何のために今まで特訓に付き合ってきたと思っているのだ!」
「芋の未来のためです!」
「その通りだ」
この芋への情熱はどこから来るのか。
ウェスパルの闇落ちと共に封印を解かれた未来の邪神はきっと芋の美味しさを知らなかったのだろう。
ウェスパルの闇落ち同様、邪神が大陸を焼いた理由も分からぬままだが、どうせ焼くなら大陸ではなく、芋にすれば良かったのだ。そうすれば美味しく頂ける。お腹も心もハッピーになれる。
芋には世界を救うだけのポテンシャルがあって……と考えていると視界がぐらりと揺れた。
「お疲れ様。まさか本当に錬金釜を作っちゃうなんて凄いわ」
「ありがとう。イヴァンカ」
「よく頑張ったな」
気が抜けたことで身体にドッと疲れがやってきたようだ。
イヴァンカとルクスさんに支えられながら、ゆっくりとした歩みで屋敷へと戻る。
だがさすがに階段はキツい。這いながら上がるかと二階を見上げる。するとふわりと身体が浮いた。
「ルクスさん!?」
「大人しくしてろ」
「え、でも人間は重たいですよ?」
「重いが、ここから部屋までの距離なら我慢できないほどではない。気にするな」
「いや、その言い方気になりますって」
「ウェスパルには芋の未来がかかっているからな。このくらいサービスしてやるわ。だから、ゆっくり休め」
優しい声に大きなあくびが出た。
お腹は空いているし、お風呂も入っていない。汗もかいているし、泥もついているのに、睡魔が私の身体を包み込んでいく。抗うことなんて出来なかった。
身を預けるように瞼を閉じれば、プツリと意識が途切れた。
「ふあああああっ」
あくびと競うように腹の虫がぐううううううううと長く大きな鳴き声をあげた。未だかつてないほどの主張である。
実際、お腹はペコペコ。喉もからっからである。一食抜いただけでここまでとはよほど体力を消費していたらしい。
だが疲労感は大体取れている。
お風呂にゆっくりと使ってご飯も食べればすっかり元通りになることだろう。
「やっと起きたか。ほれ、水」
「ありがとうございます。…………ところで私、どのくらい寝てました? 空の色が夕暮れっぽく見えるんですけど」
「丸一日。まぁ早い方ではあるな」
「そんなに!? ごほっ」
「ゆっくり水でも飲んでいろ。今、食事の用意を頼んでくる」
「ありがとうございます」
「その後は風呂だ。我も昨日は入り損ねたわ」
ドラゴンなんだから一日くらいよくないですか? という言葉は飲み込む。
代わりに「後でゆっくり浸かりましょう」と口にする。ルクスさんは満足気に頷いて部屋を後にした。
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