94 / 175
4章
3.『もしも』と『ほんの少しの変化』
しおりを挟む
「あれ、どこ行くの?」
「どうしたの?」
「魔結晶を渡したら精霊達がどこか行っちゃった」
「精霊王への捧げ物を渡しに行ったのだろう。すぐ戻ってくる」
「ひと言言ってくれればアップルパイ持たせたのに! え、持って行ってくれるの? 今すぐ包むから! ごめん、ウェスパル、ルクスさん。私、先に屋敷に帰ってるから」
残った精霊達が持って行ってくれるようだ。すでにアップルパイは焼き上がっているようで、イヴァンカは屋敷へと全速力で駆けた。
まるで親戚の家に行く子どもにお土産を持たせる母のようだ。神様へ渡すにしては些か気軽すぎる。
だが考えてみれば、イヴァンカはお兄様が神の子を召喚したのだと聞いた時もあまり驚いてなかったように思う。
前世よりも神様って身近な存在なのだろうか。
「なぁウェスパル、もしかしなくとも、そのアップルパイは我のために焼かれたものだったのではないか?」
「ルクスさんはいつでも会えますから、お土産優先なのは仕方ないですって」
相手が精霊王だからか、ルクスさんも駄々をこねることはしなかった。
土の搬送を手伝ってもらい、馬車のあるファドゥール屋敷へと向かう。
屋敷の前ではイヴァンカがやりきったとばかりに額の汗を拭っていた。周りには精霊はおらず、全員で追いかけていってようだ。
「あ、お帰りなさい」
「ただいま。お父様はまだ帰ってきてない?」
「ええ。お茶をしながら待っていましょう? といってもお茶菓子はクッキーくらいしかないのだけど」
「アップルパイ……」
「ごめんなさい。午後には持っていくから」
「待っているぞ!」
「ええ。美味しいのを持っていくわ」
ルクスさんの図々しいお願いに、イヴァンカは嫌な顔一つせずに笑ってくれた。
馬車の荷台のシートの上に土を降ろし、手を洗ってからお茶とお菓子をご馳走になる。ルクスさんはクッキーも気に入ったようで、美味い美味いと口いっぱいに頬張っていた。
それからしばらくして戻ってきたお父様と亀蔵と一緒に馬車に乗り込んだ。
クッキーを大量に食べたはずのルクスさんだったが、馬車の窓から顔を出しながら「待っているからな!」と手を振る。
このドラゴンはどこまで食い意地が張っているのだろうかと呆れたのは言うまでもないだろう。
「私、そんなに凄い水があったなんて知りませんでした」
「病を治す水のことか?」
「はい。今も残っていたら、病気も怖くなかったのに……」
「万能などではない。効かない病もあった」
「まるで見てきたみたいですね」
「我が封印される前はあったからな」
効かない病もある、ということは効く病もあったと認めていることになる。
一部だろうと、水を飲んだだけで病が治るなんて十分凄いことではないか。私はそう思うが、ルクスさんは苦い表情を浮かべている。あまり良い思い出がないのだろうか。
考えてみれば、なぜ伝承で触れられていたのは『水』ではなく『土』だったのか。『病を治す水』と呼ばれるものが存在していたのなら、勘違いをするとは考えづらい。
イヴァンカが見つけた伝承は水の効果が分かるよりも前の出来事なのだろうか。だとすればなぜ彼女は土に関する伝承だけを知っていたのか。
たまたま知らなかっただけならいいが、水に関する記述が一切残っていないのならば、何かしらの理由で意図的に切り取られた可能性が高い。
例えば悪用出来てしまったとか?
治すことの出来ない病があると分かったために人々が離れた可能性も考えられるが、一つや二つあったところで今までの功績がかき消されることがあるものなのか。
あるとすれば治すことの出来ない病が広範囲に流行してしまった、とか?
考えすぎだろうか。
とはいえ、考えたところで水はすでに枯れてしまっている。
多少気になることはあるが、現代を生きる私がその水を使うことは出来ないのだ。
「その水が枯れたから人々は自らの力で病を癒やす術を探し始めたのだろう」
「今があるのは水が枯れたからってことですね」
「そういう訳ではないだろうが」
「でもギュンタの目がキラキラしているのも、サルガス王子が土で汚れながら優しく笑うようになったのも、没頭出来るものがそこにあるからですよ。植物じゃなくても良かったかもしれないけれど、私は植物に没頭する彼らしか知りませんから」
今があるのは過去があるから。
過去がほんの少し変わるだけで未来は簡単に変わってしまう。
もしもその水があったなら、スカビオ家がなかったかもしれない。
スカビオ家がなければギュンタはいなかったかもしれないし、サルガス王子は未だに悩んでいたままだったかもしれない。
もしも、なんて結局起こる可能性があった事象なのか、はたまた心配にすぎないものなのかは分からない。なにせ実際には起こっていないものなのだから。
それでも私は今後も『もしも』を追い求めるし、今に『ほんの少しの変化』を加えながら未来を書き換えていくつもりだ。
それが『もしも』ではない情報を持って転生した私の役目だと信じているから。
「どうしたの?」
「魔結晶を渡したら精霊達がどこか行っちゃった」
「精霊王への捧げ物を渡しに行ったのだろう。すぐ戻ってくる」
「ひと言言ってくれればアップルパイ持たせたのに! え、持って行ってくれるの? 今すぐ包むから! ごめん、ウェスパル、ルクスさん。私、先に屋敷に帰ってるから」
残った精霊達が持って行ってくれるようだ。すでにアップルパイは焼き上がっているようで、イヴァンカは屋敷へと全速力で駆けた。
まるで親戚の家に行く子どもにお土産を持たせる母のようだ。神様へ渡すにしては些か気軽すぎる。
だが考えてみれば、イヴァンカはお兄様が神の子を召喚したのだと聞いた時もあまり驚いてなかったように思う。
前世よりも神様って身近な存在なのだろうか。
「なぁウェスパル、もしかしなくとも、そのアップルパイは我のために焼かれたものだったのではないか?」
「ルクスさんはいつでも会えますから、お土産優先なのは仕方ないですって」
相手が精霊王だからか、ルクスさんも駄々をこねることはしなかった。
土の搬送を手伝ってもらい、馬車のあるファドゥール屋敷へと向かう。
屋敷の前ではイヴァンカがやりきったとばかりに額の汗を拭っていた。周りには精霊はおらず、全員で追いかけていってようだ。
「あ、お帰りなさい」
「ただいま。お父様はまだ帰ってきてない?」
「ええ。お茶をしながら待っていましょう? といってもお茶菓子はクッキーくらいしかないのだけど」
「アップルパイ……」
「ごめんなさい。午後には持っていくから」
「待っているぞ!」
「ええ。美味しいのを持っていくわ」
ルクスさんの図々しいお願いに、イヴァンカは嫌な顔一つせずに笑ってくれた。
馬車の荷台のシートの上に土を降ろし、手を洗ってからお茶とお菓子をご馳走になる。ルクスさんはクッキーも気に入ったようで、美味い美味いと口いっぱいに頬張っていた。
それからしばらくして戻ってきたお父様と亀蔵と一緒に馬車に乗り込んだ。
クッキーを大量に食べたはずのルクスさんだったが、馬車の窓から顔を出しながら「待っているからな!」と手を振る。
このドラゴンはどこまで食い意地が張っているのだろうかと呆れたのは言うまでもないだろう。
「私、そんなに凄い水があったなんて知りませんでした」
「病を治す水のことか?」
「はい。今も残っていたら、病気も怖くなかったのに……」
「万能などではない。効かない病もあった」
「まるで見てきたみたいですね」
「我が封印される前はあったからな」
効かない病もある、ということは効く病もあったと認めていることになる。
一部だろうと、水を飲んだだけで病が治るなんて十分凄いことではないか。私はそう思うが、ルクスさんは苦い表情を浮かべている。あまり良い思い出がないのだろうか。
考えてみれば、なぜ伝承で触れられていたのは『水』ではなく『土』だったのか。『病を治す水』と呼ばれるものが存在していたのなら、勘違いをするとは考えづらい。
イヴァンカが見つけた伝承は水の効果が分かるよりも前の出来事なのだろうか。だとすればなぜ彼女は土に関する伝承だけを知っていたのか。
たまたま知らなかっただけならいいが、水に関する記述が一切残っていないのならば、何かしらの理由で意図的に切り取られた可能性が高い。
例えば悪用出来てしまったとか?
治すことの出来ない病があると分かったために人々が離れた可能性も考えられるが、一つや二つあったところで今までの功績がかき消されることがあるものなのか。
あるとすれば治すことの出来ない病が広範囲に流行してしまった、とか?
考えすぎだろうか。
とはいえ、考えたところで水はすでに枯れてしまっている。
多少気になることはあるが、現代を生きる私がその水を使うことは出来ないのだ。
「その水が枯れたから人々は自らの力で病を癒やす術を探し始めたのだろう」
「今があるのは水が枯れたからってことですね」
「そういう訳ではないだろうが」
「でもギュンタの目がキラキラしているのも、サルガス王子が土で汚れながら優しく笑うようになったのも、没頭出来るものがそこにあるからですよ。植物じゃなくても良かったかもしれないけれど、私は植物に没頭する彼らしか知りませんから」
今があるのは過去があるから。
過去がほんの少し変わるだけで未来は簡単に変わってしまう。
もしもその水があったなら、スカビオ家がなかったかもしれない。
スカビオ家がなければギュンタはいなかったかもしれないし、サルガス王子は未だに悩んでいたままだったかもしれない。
もしも、なんて結局起こる可能性があった事象なのか、はたまた心配にすぎないものなのかは分からない。なにせ実際には起こっていないものなのだから。
それでも私は今後も『もしも』を追い求めるし、今に『ほんの少しの変化』を加えながら未来を書き換えていくつもりだ。
それが『もしも』ではない情報を持って転生した私の役目だと信じているから。
4
お気に入りに追加
471
あなたにおすすめの小説
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
いきなり結婚しろと言われても、相手は7才の王子だなんて冗談はよしてください
シンさん
恋愛
金貸しから追われる、靴職人のドロシー。
ある日突然、7才のアイザック王子にプロポーズされたんだけど、本当は20才の王太子様…。
こんな事になったのは、王家に伝わる魔術の7つ道具の1つ『子供に戻る靴』を履いてしまったから。
…何でそんな靴を履いたのか、本人でさえわからない。けど王太子が靴を履いた事には理由があった。
子供になってしまった20才の王太子と、靴職人ドロシーの恋愛ストーリー
ストーリーは完結していますので、毎日更新です。
表紙はぷりりん様に描いていただきました(゜▽゜*)
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる