第二部の悪役令嬢がシナリオ開始前に邪神の封印を解いたら闇落ち回避は出来ますか?~王子様との婚約解消はいつでも大歓迎です~

斯波@ジゼルの錬金飴②発売中

文字の大きさ
上 下
92 / 175
4章

1.ルクスさんの拳

しおりを挟む
「出来た! これはいいのでは!? ルクスさん、グー出してください。グー」
「落ち着け、ウェスパル」
「これが落ち着いていられますか! おおっ、ピッタリ!」

 落ち着いてなんていられない。
 ルクスさんの拳サイズの魔結晶を作成することこそが、錬金釜を作り始める条件だったのだから。

 ここまで長かった。早いものであの鉱山の一件からも一年以上が経過した。
 あれから、ファドゥールは変わった。
 鉱山での収入が減るため、他のもの、林檎と蜂蜜の生産に力を入れだしたのである。

 スカビオ家やファドゥール家が急激に発展したことにより、この数年で取引をしようとする商人が一気に増えた。お兄様が出入りしていたというノルマンド商会もまたその一つである。お兄様の紹介だけではなく、元々出入りしていた商会からの勧めもあり、ノルマン度商会との取引がスタートした。

 私はまだ取引に同席したことはないが、商会との話し合いに参加したギュンタの話では、私達と同年代の男の子が一緒に来ていたとのこと。
 その男の子というのはおそらくゲルディ=ノルマンドだろう。ゲルディは第一部の攻略者である。
 私の闇落ちには直接関係はないものの、ヒロインのお相手候補として、シナリオ開始前に性格と顔だけでも把握しておきたいところだ。

 新しい商会との取引を開始したおかげでファドゥール領の収入が急に落ち込むという自体は避けられた。

 だがこれからを見越せば安心してばかりも居られない。

 そこでファドゥールは新たにぶどう作りを始めた。
 といっても新たな名産として、ではなく、精霊祭で飲む酒は絶対に欠かせないからという理由だった。金がなくとも食い物と酒は欲しい、というのはなんとも辺境で暮らす人の発想だ。鉱石の売り上げがまだまだ蓄えとして残っているから、というのも大きな理由だろう。

 ちなみになぜぶどう酒かといえば、領民の中に元々ぶどう酒造りをしていた者が何人かいたからである。
 彼らと鉱山で働いていた人達が中心となってぶどうの栽培を開始した。

 自分達で飲むためのぶどう酒とはいえ、そもそもぶどうは収穫出来るようになるまで数年はかかる。
 そう思っていたのだが、ぶどう自体はわずか半年と経たずに収穫できるようになった。

 いわずもがな、精霊達の力である。
 ぶどう酒がいかに美味しいものかを力説されたらしく、畑作りの際には亀蔵にも応援要請が来たくらいだ。
 協力の対価として、ぶどう酒だけではなく、ぶどうジュースの生産も約束してもらった。ジュースなら子ども達や酒が飲めない大人でも飲みやすいと快諾してくれた。

 それから何度も亀蔵と一緒にファドゥールに足を運ぶ度、元城勤めの魔法使い達から魔法の使い方を学んでいく。ルクスさんから教えてもらうこともためになるが、彼らはルクスさんとは少し着眼点が違う。その中の一人は『より少ない魔力でどれだけ効率的に魔法を展開させるか』という研究を長年続けているらしい。ルクスさんも関心しっぱなしの研究内容を、私に惜しげもなく教えてくれた。

 ファドゥールやスカビオ、シルヴェスターという土地や、そこに住まう人や精霊と触れることで彼は自分でも想像していた以上の進歩を遂げることが出来たらしく、それに対しての少しばかりのお礼だと言っていた。

 彼のおかげで、ルクスさんの見立てよりも二年も早く、錬金釜を作れるほどの魔力を手に入れることが出来た。

 自分でもそろそろでは? と思ってはいたが、まさかお兄様の帰宅よりも早く錬金釜作成に取りかかれるとは……。驚きもあるが、それよりも喜びの感情が何倍も上を行く。

「土! 土もらいに行きましょう!」

 錬金釜を作る上で、魔力だけでは補えない属性が一つだけあった。土である。土魔法は魔力を送る対象である土がなければ発動させることが出来ない。

 普通に魔法を使うだけなら土であれば何でも良く、なんなら土を使って作ったコップなんかも力の使い方によっては形を変えることが出来る。だが錬金釜を作るなら話は別。

 なにせ釜のベースが土で、そこに他の属性をプラスしていくのだ。
 かなり良質な土を用意しなければ魔力に耐えることが出来ない。試しにシルヴェスターの土を使って作った土塊に他の属性の魔力を込めたところ、風と電気とは相性が悪いことが発覚した。

 私に土の善し悪しは分からない。
 だがその道のスペシャリストは知っている。

 そう、土の精霊である。
 ギュンタとイヴァンカに相談したところ、手が空いているイヴァンカと彼女の精霊が良質な土を見繕ってくれることとなった。

 ちなみにギュンタは近々サルガス王子と一緒に学会に参加するらしい。そういえばサルガス王子が「来月留守にする」と言っていたな……と思い出したのはこの時のことだった。

 彼らを見送ったのはほんの数日前のこと。
 その時イヴァンカから土の目星は付けてあると言われてある。いつでも取りに来ていい、とも。

「もうすぐ日暮れだから明日にしろ」
「イヴァンカはいつでもいいって言ってましたよ」
「だが土をもらっても釜を作り始められるのは最低でも十日先だ。焦っても失敗するだけだ」
「そう、ですね」
「それに今の時間はあやつも寝ているしな……」

 あやつって誰だろう?
 疑問には思うが、ルクスさんは深く追求して欲しくはないようだ。さっさと話を切り替えてしまった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

いきなり結婚しろと言われても、相手は7才の王子だなんて冗談はよしてください

シンさん
恋愛
金貸しから追われる、靴職人のドロシー。 ある日突然、7才のアイザック王子にプロポーズされたんだけど、本当は20才の王太子様…。 こんな事になったのは、王家に伝わる魔術の7つ道具の1つ『子供に戻る靴』を履いてしまったから。 …何でそんな靴を履いたのか、本人でさえわからない。けど王太子が靴を履いた事には理由があった。 子供になってしまった20才の王太子と、靴職人ドロシーの恋愛ストーリー ストーリーは完結していますので、毎日更新です。 表紙はぷりりん様に描いていただきました(゜▽゜*)

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸
恋愛
 難しい顔をしたお医者様に今年も余命一年と宣告され、私はその言葉にも慣れてしまい何も思わずに、彼を見送る。  部屋に戻ってきた侍女には、昨年も、一昨年も余命一年と判断されて死にかけているのにどうしてまだ生きているのかと問われて返す言葉も見つからない。  しかしそれでも、私は必死に生きていて将来を誓っている婚約者のアレクシスもいるし、仕事もしている。  だからこそ生きられるだけ生きなければと気持ちを切り替えた。  けれどもそんな矢先、アレクシスから呼び出され、私の体を理由に婚約破棄を言い渡される。すでに新しい相手は決まっているらしく、それは美しく健康な王女リオノーラだった。  彼女に勝てる要素が一つもない私はそのまま追い出され、実家からも見捨てられ、どうしようもない状況に心が折れかけていると、見覚えのある男性が現れ「私を手助けしたい」と言ったのだった。  こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。

処理中です...