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4章
1.ルクスさんの拳
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「出来た! これはいいのでは!? ルクスさん、グー出してください。グー」
「落ち着け、ウェスパル」
「これが落ち着いていられますか! おおっ、ピッタリ!」
落ち着いてなんていられない。
ルクスさんの拳サイズの魔結晶を作成することこそが、錬金釜を作り始める条件だったのだから。
ここまで長かった。早いものであの鉱山の一件からも一年以上が経過した。
あれから、ファドゥールは変わった。
鉱山での収入が減るため、他のもの、林檎と蜂蜜の生産に力を入れだしたのである。
スカビオ家やファドゥール家が急激に発展したことにより、この数年で取引をしようとする商人が一気に増えた。お兄様が出入りしていたというノルマンド商会もまたその一つである。お兄様の紹介だけではなく、元々出入りしていた商会からの勧めもあり、ノルマン度商会との取引がスタートした。
私はまだ取引に同席したことはないが、商会との話し合いに参加したギュンタの話では、私達と同年代の男の子が一緒に来ていたとのこと。
その男の子というのはおそらくゲルディ=ノルマンドだろう。ゲルディは第一部の攻略者である。
私の闇落ちには直接関係はないものの、ヒロインのお相手候補として、シナリオ開始前に性格と顔だけでも把握しておきたいところだ。
新しい商会との取引を開始したおかげでファドゥール領の収入が急に落ち込むという自体は避けられた。
だがこれからを見越せば安心してばかりも居られない。
そこでファドゥールは新たにぶどう作りを始めた。
といっても新たな名産として、ではなく、精霊祭で飲む酒は絶対に欠かせないからという理由だった。金がなくとも食い物と酒は欲しい、というのはなんとも辺境で暮らす人の発想だ。鉱石の売り上げがまだまだ蓄えとして残っているから、というのも大きな理由だろう。
ちなみになぜぶどう酒かといえば、領民の中に元々ぶどう酒造りをしていた者が何人かいたからである。
彼らと鉱山で働いていた人達が中心となってぶどうの栽培を開始した。
自分達で飲むためのぶどう酒とはいえ、そもそもぶどうは収穫出来るようになるまで数年はかかる。
そう思っていたのだが、ぶどう自体はわずか半年と経たずに収穫できるようになった。
いわずもがな、精霊達の力である。
ぶどう酒がいかに美味しいものかを力説されたらしく、畑作りの際には亀蔵にも応援要請が来たくらいだ。
協力の対価として、ぶどう酒だけではなく、ぶどうジュースの生産も約束してもらった。ジュースなら子ども達や酒が飲めない大人でも飲みやすいと快諾してくれた。
それから何度も亀蔵と一緒にファドゥールに足を運ぶ度、元城勤めの魔法使い達から魔法の使い方を学んでいく。ルクスさんから教えてもらうこともためになるが、彼らはルクスさんとは少し着眼点が違う。その中の一人は『より少ない魔力でどれだけ効率的に魔法を展開させるか』という研究を長年続けているらしい。ルクスさんも関心しっぱなしの研究内容を、私に惜しげもなく教えてくれた。
ファドゥールやスカビオ、シルヴェスターという土地や、そこに住まう人や精霊と触れることで彼は自分でも想像していた以上の進歩を遂げることが出来たらしく、それに対しての少しばかりのお礼だと言っていた。
彼のおかげで、ルクスさんの見立てよりも二年も早く、錬金釜を作れるほどの魔力を手に入れることが出来た。
自分でもそろそろでは? と思ってはいたが、まさかお兄様の帰宅よりも早く錬金釜作成に取りかかれるとは……。驚きもあるが、それよりも喜びの感情が何倍も上を行く。
「土! 土もらいに行きましょう!」
錬金釜を作る上で、魔力だけでは補えない属性が一つだけあった。土である。土魔法は魔力を送る対象である土がなければ発動させることが出来ない。
普通に魔法を使うだけなら土であれば何でも良く、なんなら土を使って作ったコップなんかも力の使い方によっては形を変えることが出来る。だが錬金釜を作るなら話は別。
なにせ釜のベースが土で、そこに他の属性をプラスしていくのだ。
かなり良質な土を用意しなければ魔力に耐えることが出来ない。試しにシルヴェスターの土を使って作った土塊に他の属性の魔力を込めたところ、風と電気とは相性が悪いことが発覚した。
私に土の善し悪しは分からない。
だがその道のスペシャリストは知っている。
そう、土の精霊である。
ギュンタとイヴァンカに相談したところ、手が空いているイヴァンカと彼女の精霊が良質な土を見繕ってくれることとなった。
ちなみにギュンタは近々サルガス王子と一緒に学会に参加するらしい。そういえばサルガス王子が「来月留守にする」と言っていたな……と思い出したのはこの時のことだった。
彼らを見送ったのはほんの数日前のこと。
その時イヴァンカから土の目星は付けてあると言われてある。いつでも取りに来ていい、とも。
「もうすぐ日暮れだから明日にしろ」
「イヴァンカはいつでもいいって言ってましたよ」
「だが土をもらっても釜を作り始められるのは最低でも十日先だ。焦っても失敗するだけだ」
「そう、ですね」
「それに今の時間はあやつも寝ているしな……」
あやつって誰だろう?
疑問には思うが、ルクスさんは深く追求して欲しくはないようだ。さっさと話を切り替えてしまった。
「落ち着け、ウェスパル」
「これが落ち着いていられますか! おおっ、ピッタリ!」
落ち着いてなんていられない。
ルクスさんの拳サイズの魔結晶を作成することこそが、錬金釜を作り始める条件だったのだから。
ここまで長かった。早いものであの鉱山の一件からも一年以上が経過した。
あれから、ファドゥールは変わった。
鉱山での収入が減るため、他のもの、林檎と蜂蜜の生産に力を入れだしたのである。
スカビオ家やファドゥール家が急激に発展したことにより、この数年で取引をしようとする商人が一気に増えた。お兄様が出入りしていたというノルマンド商会もまたその一つである。お兄様の紹介だけではなく、元々出入りしていた商会からの勧めもあり、ノルマン度商会との取引がスタートした。
私はまだ取引に同席したことはないが、商会との話し合いに参加したギュンタの話では、私達と同年代の男の子が一緒に来ていたとのこと。
その男の子というのはおそらくゲルディ=ノルマンドだろう。ゲルディは第一部の攻略者である。
私の闇落ちには直接関係はないものの、ヒロインのお相手候補として、シナリオ開始前に性格と顔だけでも把握しておきたいところだ。
新しい商会との取引を開始したおかげでファドゥール領の収入が急に落ち込むという自体は避けられた。
だがこれからを見越せば安心してばかりも居られない。
そこでファドゥールは新たにぶどう作りを始めた。
といっても新たな名産として、ではなく、精霊祭で飲む酒は絶対に欠かせないからという理由だった。金がなくとも食い物と酒は欲しい、というのはなんとも辺境で暮らす人の発想だ。鉱石の売り上げがまだまだ蓄えとして残っているから、というのも大きな理由だろう。
ちなみになぜぶどう酒かといえば、領民の中に元々ぶどう酒造りをしていた者が何人かいたからである。
彼らと鉱山で働いていた人達が中心となってぶどうの栽培を開始した。
自分達で飲むためのぶどう酒とはいえ、そもそもぶどうは収穫出来るようになるまで数年はかかる。
そう思っていたのだが、ぶどう自体はわずか半年と経たずに収穫できるようになった。
いわずもがな、精霊達の力である。
ぶどう酒がいかに美味しいものかを力説されたらしく、畑作りの際には亀蔵にも応援要請が来たくらいだ。
協力の対価として、ぶどう酒だけではなく、ぶどうジュースの生産も約束してもらった。ジュースなら子ども達や酒が飲めない大人でも飲みやすいと快諾してくれた。
それから何度も亀蔵と一緒にファドゥールに足を運ぶ度、元城勤めの魔法使い達から魔法の使い方を学んでいく。ルクスさんから教えてもらうこともためになるが、彼らはルクスさんとは少し着眼点が違う。その中の一人は『より少ない魔力でどれだけ効率的に魔法を展開させるか』という研究を長年続けているらしい。ルクスさんも関心しっぱなしの研究内容を、私に惜しげもなく教えてくれた。
ファドゥールやスカビオ、シルヴェスターという土地や、そこに住まう人や精霊と触れることで彼は自分でも想像していた以上の進歩を遂げることが出来たらしく、それに対しての少しばかりのお礼だと言っていた。
彼のおかげで、ルクスさんの見立てよりも二年も早く、錬金釜を作れるほどの魔力を手に入れることが出来た。
自分でもそろそろでは? と思ってはいたが、まさかお兄様の帰宅よりも早く錬金釜作成に取りかかれるとは……。驚きもあるが、それよりも喜びの感情が何倍も上を行く。
「土! 土もらいに行きましょう!」
錬金釜を作る上で、魔力だけでは補えない属性が一つだけあった。土である。土魔法は魔力を送る対象である土がなければ発動させることが出来ない。
普通に魔法を使うだけなら土であれば何でも良く、なんなら土を使って作ったコップなんかも力の使い方によっては形を変えることが出来る。だが錬金釜を作るなら話は別。
なにせ釜のベースが土で、そこに他の属性をプラスしていくのだ。
かなり良質な土を用意しなければ魔力に耐えることが出来ない。試しにシルヴェスターの土を使って作った土塊に他の属性の魔力を込めたところ、風と電気とは相性が悪いことが発覚した。
私に土の善し悪しは分からない。
だがその道のスペシャリストは知っている。
そう、土の精霊である。
ギュンタとイヴァンカに相談したところ、手が空いているイヴァンカと彼女の精霊が良質な土を見繕ってくれることとなった。
ちなみにギュンタは近々サルガス王子と一緒に学会に参加するらしい。そういえばサルガス王子が「来月留守にする」と言っていたな……と思い出したのはこの時のことだった。
彼らを見送ったのはほんの数日前のこと。
その時イヴァンカから土の目星は付けてあると言われてある。いつでも取りに来ていい、とも。
「もうすぐ日暮れだから明日にしろ」
「イヴァンカはいつでもいいって言ってましたよ」
「だが土をもらっても釜を作り始められるのは最低でも十日先だ。焦っても失敗するだけだ」
「そう、ですね」
「それに今の時間はあやつも寝ているしな……」
あやつって誰だろう?
疑問には思うが、ルクスさんは深く追求して欲しくはないようだ。さっさと話を切り替えてしまった。
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