88 / 175
3章
◆シェリリン=スカーレットの幸せ(前編)
しおりを挟む
『あなたが愛している男性は誰ですか?』
もしもそんな質問が投げかけられたなら、シェリリンは迷わず父の名を挙げることだろう。そして愛している女性はと聞かれれば母を挙げる。
幼い頃からずっと両親が大好きで、二人が理想の夫婦であった。
今もそれは変わらない。きっとこの先も。
父のように一心に愛してくれる男性が理想だった。だが政略結婚が一般的な貴族に生まれたからには、心から愛し合えるパートナーとめぐり合うことは難しい。それでも両親はその奇跡を引き当てたのだ。
ならば自分も。
そう願ったシェリリンは純粋だった。
純粋に父のような男性を求め、両親のような夫婦になることを望んだ。
そして第二王子 サルガスと出会った。
彼は父のように優しい瞳をしてはいなかったが、一目で強く惹かれた。
それが初恋であると確信していたし、長らくそう信じていた。
だがとあることがきっかけで、幼い頃から恋だと思い込んでいた感情は恋ではなかったことを理解させられた。
シェリリンがしていたのは『恋』ではなく『乞い』であったのだと。
今になって思うと、自分と同じく愛を欲する彼とならきっと上手く行くと信じていたのだろう。なんと醜く、けれど純粋な思いだった。
シェリリンは母のようになりたかった。
サルガスにひたすらに愛を乞えば、彼が父のようになってくれるのではないかと思っていた。
過去を振り返って、愚かだったと笑えるのは、シェリリンが今幸せだから。
それが歪みだと気付くきっかけをくれたのはとある兄妹だった。
ダグラス=シルヴェスターと、ウェスパル=シルヴェスター。
会話すらしたことのない彼らを初めて見かけたのは王家主催のお茶会でのことだった。
多くの令嬢・令息が集められたお茶会では、壁沿いに固まっている子達が一定数いる。地方から出てきた子であったり、デビューしたばかりで知り合いがいなかったり、といった理由が大半である。
シェリリンとて毎回彼らを気にしている訳ではない。
だが目にとめたのは、いつもは会話の中心にいるヴァレンチノ家の令息 イザラク=ヴァレンチノがいたからだ。
イザラクは彼とよく似た少年と、漆黒の色を持つ少女と共にいた。
すぐに彼らがシルヴェスター辺境伯の子どもだと気付いた。
シルヴェスター辺境伯といえば、邪神 ルシファーの眠る地を治めており、納税の義務がない代わりに常に最前線に立ち続ける家。
領主様と嫡男以外、ほとんど社交界に顔を出すことがなく、領民の多くは元冒険者が多い。そんな貴族としてはイレギュラーの塊。ジェノーリア王国の防衛の要で、最も敵に回してはいけない相手でもある。
確かご令嬢はマーシャル王子の婚約者であったはず。
マーシャル王子はサルガス王子の弟で、年は一つ下。本来、お茶会などで顔を合わせる回数も多いはずだが、彼と会った回数は数えられるほど。それほど身体が弱いのだ。
大人達はそんな彼を度々『生け贄』と呼んだ。それが病弱に生まれた彼の役目なのだと。
そんなマーシャル王子は今日もお茶会を欠席していた。彼らはマーシャル王子の代わりにサルガス王子へ挨拶するつもりなのだろう。人が少なくなるまで離れて待っているようだった。
シルヴェスター家の人々は学園卒業後、揃って領地に戻ってしまう。おそらくシルヴェスターのご令嬢と言葉を交わす機会はほとんどないだろう。
この時、『ウェスパル=シルヴェスター』に抱いた印象は、一目で愛されて育ったと分かる令嬢、くらいだった。加えるなら、内気な性格だろうといったところか。
本当にそのくらいの印象しかなかったのだ。
この後のことがなければ兄妹揃って徐々に記憶から薄らいでいたことだろう。
けれど会が始まってしばらくした頃だろうか。兄の方が消えた。どうやらお茶会から抜け出したらしかった。
残された二人は少し待機してから会場を抜け出した。サルガス王子の周りにはまだまだ人がいる。先に兄を探しに行ったのだろう。大規模なお茶会ではよくあることだった。
だが今回ばかりは彼らが羨ましかった。
シェリリンは笑みを浮かべながらも退屈していたのだ。
父から、外ではあまりワガママを言わないように、と言われているが、誰かいびって遊ぼうかしら。だって暇なんだもの。いつものようにそんなことを考えていたと思う。
二人が会場を去ってから四半刻とせずにダグラス=シルヴェスターが戻ってきた。右手で蝶を摘まんでいる。どうやらそれを捕まえにいったらしい。
妹達に見せるつもりだったのだろう。
上機嫌で戻ってきた彼は妹の名前を呼びながら、会場内をぐるりと回った。けれど見つけられなかった。
彼らはすでに兄を探しに行った後なのである。
とはいえ、王城内から勝手に出ることはない。令嬢達が出入り出来る場所なんて限られているし、待っていればすぐ帰ってくることだろう。
もしもそんな質問が投げかけられたなら、シェリリンは迷わず父の名を挙げることだろう。そして愛している女性はと聞かれれば母を挙げる。
幼い頃からずっと両親が大好きで、二人が理想の夫婦であった。
今もそれは変わらない。きっとこの先も。
父のように一心に愛してくれる男性が理想だった。だが政略結婚が一般的な貴族に生まれたからには、心から愛し合えるパートナーとめぐり合うことは難しい。それでも両親はその奇跡を引き当てたのだ。
ならば自分も。
そう願ったシェリリンは純粋だった。
純粋に父のような男性を求め、両親のような夫婦になることを望んだ。
そして第二王子 サルガスと出会った。
彼は父のように優しい瞳をしてはいなかったが、一目で強く惹かれた。
それが初恋であると確信していたし、長らくそう信じていた。
だがとあることがきっかけで、幼い頃から恋だと思い込んでいた感情は恋ではなかったことを理解させられた。
シェリリンがしていたのは『恋』ではなく『乞い』であったのだと。
今になって思うと、自分と同じく愛を欲する彼とならきっと上手く行くと信じていたのだろう。なんと醜く、けれど純粋な思いだった。
シェリリンは母のようになりたかった。
サルガスにひたすらに愛を乞えば、彼が父のようになってくれるのではないかと思っていた。
過去を振り返って、愚かだったと笑えるのは、シェリリンが今幸せだから。
それが歪みだと気付くきっかけをくれたのはとある兄妹だった。
ダグラス=シルヴェスターと、ウェスパル=シルヴェスター。
会話すらしたことのない彼らを初めて見かけたのは王家主催のお茶会でのことだった。
多くの令嬢・令息が集められたお茶会では、壁沿いに固まっている子達が一定数いる。地方から出てきた子であったり、デビューしたばかりで知り合いがいなかったり、といった理由が大半である。
シェリリンとて毎回彼らを気にしている訳ではない。
だが目にとめたのは、いつもは会話の中心にいるヴァレンチノ家の令息 イザラク=ヴァレンチノがいたからだ。
イザラクは彼とよく似た少年と、漆黒の色を持つ少女と共にいた。
すぐに彼らがシルヴェスター辺境伯の子どもだと気付いた。
シルヴェスター辺境伯といえば、邪神 ルシファーの眠る地を治めており、納税の義務がない代わりに常に最前線に立ち続ける家。
領主様と嫡男以外、ほとんど社交界に顔を出すことがなく、領民の多くは元冒険者が多い。そんな貴族としてはイレギュラーの塊。ジェノーリア王国の防衛の要で、最も敵に回してはいけない相手でもある。
確かご令嬢はマーシャル王子の婚約者であったはず。
マーシャル王子はサルガス王子の弟で、年は一つ下。本来、お茶会などで顔を合わせる回数も多いはずだが、彼と会った回数は数えられるほど。それほど身体が弱いのだ。
大人達はそんな彼を度々『生け贄』と呼んだ。それが病弱に生まれた彼の役目なのだと。
そんなマーシャル王子は今日もお茶会を欠席していた。彼らはマーシャル王子の代わりにサルガス王子へ挨拶するつもりなのだろう。人が少なくなるまで離れて待っているようだった。
シルヴェスター家の人々は学園卒業後、揃って領地に戻ってしまう。おそらくシルヴェスターのご令嬢と言葉を交わす機会はほとんどないだろう。
この時、『ウェスパル=シルヴェスター』に抱いた印象は、一目で愛されて育ったと分かる令嬢、くらいだった。加えるなら、内気な性格だろうといったところか。
本当にそのくらいの印象しかなかったのだ。
この後のことがなければ兄妹揃って徐々に記憶から薄らいでいたことだろう。
けれど会が始まってしばらくした頃だろうか。兄の方が消えた。どうやらお茶会から抜け出したらしかった。
残された二人は少し待機してから会場を抜け出した。サルガス王子の周りにはまだまだ人がいる。先に兄を探しに行ったのだろう。大規模なお茶会ではよくあることだった。
だが今回ばかりは彼らが羨ましかった。
シェリリンは笑みを浮かべながらも退屈していたのだ。
父から、外ではあまりワガママを言わないように、と言われているが、誰かいびって遊ぼうかしら。だって暇なんだもの。いつものようにそんなことを考えていたと思う。
二人が会場を去ってから四半刻とせずにダグラス=シルヴェスターが戻ってきた。右手で蝶を摘まんでいる。どうやらそれを捕まえにいったらしい。
妹達に見せるつもりだったのだろう。
上機嫌で戻ってきた彼は妹の名前を呼びながら、会場内をぐるりと回った。けれど見つけられなかった。
彼らはすでに兄を探しに行った後なのである。
とはいえ、王城内から勝手に出ることはない。令嬢達が出入り出来る場所なんて限られているし、待っていればすぐ帰ってくることだろう。
0
お気に入りに追加
471
あなたにおすすめの小説
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

いきなり結婚しろと言われても、相手は7才の王子だなんて冗談はよしてください
シンさん
恋愛
金貸しから追われる、靴職人のドロシー。
ある日突然、7才のアイザック王子にプロポーズされたんだけど、本当は20才の王太子様…。
こんな事になったのは、王家に伝わる魔術の7つ道具の1つ『子供に戻る靴』を履いてしまったから。
…何でそんな靴を履いたのか、本人でさえわからない。けど王太子が靴を履いた事には理由があった。
子供になってしまった20才の王太子と、靴職人ドロシーの恋愛ストーリー
ストーリーは完結していますので、毎日更新です。
表紙はぷりりん様に描いていただきました(゜▽゜*)

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる