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3章
32.平和なお茶会
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「トゥルットゥルですわ」
「お隣の男性も初めて見るお顔ですが、羨ましいほどのさらさらヘヤー。お顔も髪も整っているなんて……」
「乾燥のダメージを一切見せませんわね」
「ギュンタ様が髪に特化した新作を考案されているという噂は本当でしたのね」
「見て、尻尾のうろこまでつやっつや!」
「尻尾? もしかしてあの方が噂のドラゴンさんなのでは?」
「ミニドラゴンと聞いていましたが、ウェスパル様が召喚なさったのですもの。人化しても不思議ではありませんわ」
「うろこまできっちり仕上げてくるほどですものね」
「羨ましい」
「新作が待ち遠しい」
「従姉妹にも欲しいと頼まれているのですが、譲ってもらえるかしら……。心配だわ」
年頃の令嬢達からすれば、ドラゴンよりも新作の石けんが重要らしい。敵ではないと分かっているから、というのもあるのだろう。他の令嬢達も似たような反応だ。ドレスとネクタイの色を揃えたことも少しは効果があったらしい。
そのまま他の令嬢・令息の会話に耳をそばだててみると、ドラゴンの噂の発信源はお兄様とロドリーだと判明した。学園も一緒に行く予定だということになっているようだ。気が早い気もするが、実際そのつもりなので、否定はしないでおこう。
それに若い女の子の話題というのは、いつの時代もコロコロと移っていくものである。
「ウェスパル様といえば、マーシャル王子がついに本格的な療養に入られたとか。新しい婚約者になったスカーレット家のご令嬢が献身的に支えているそうよ」
「ああ、ついに。お元気になられるといいのだけど……」
「それがスカビオ家の薬草とファドゥール家の蜂蜜を合わせた飲み物を飲み始めてからすっかり元気になられたとか」
「なんという飲み物なの?」
「こーら? と言ったかしら。サルガス王子も一緒に飲まれているみたいよ」
「最近明るくなられたのは、こーらと関係あるのかしら」
「スカビオ家ではリラックスするためのハーブも多く栽培しているらしいですからね」
「こーら、気になりますわ」
「ところで、アイリーンナ様の刺繍見ました?」
「雑誌に掲載されていた作品ですよね!?」
「ええ。息を飲むほど美しい花畑……。でもあのお花、初めて見ましたの」
「アイリーンナ様の故郷の、砂漠に咲くお花ですわ。なんでも花が開くのは年に十日もないのだとか」
「是非お話を聞いてみたいですわ」
「刺繍のコツも合わせて、聞きに行きましょう」
「そうね」
周りでも似たような会話が繰り広げられている。平和、その一言に尽きる。
前世の記憶を取り戻すまでは当たり前だった光景も、ちゃんと意味がある。
魔物が出た際、自分の領だけハブられたらまず死ぬ。
また私達の地元は農業を行っている領がほとんど。それはつまり領の収入がその年の天候に左右されやすいということでもある。実りが少なければ、収入が減るどころでは済まず、領主が領民達の食料を確保してくる必要も出てくる。そんな時、他領との連携は重要になってくる。
なにより、地方貴族は基本的に地方貴族同士と結婚するので、すでに繋がりがあったり、今後繋がりが出てくる可能性がある。
どこの地域も置かれている状況は似たようなものだとは思うが、この地域に暮らしている貴族のほとんどが『仲良くしていた方が得』と判断したために、今に至る。
そこに至るまでに他に背景もあったのだろうが、社交界特有のギスギスがないのは確かである。
この地域に生まれてよかった。ワガママ放題とはいえ、シェリリンの方に転生していたら馴染める気がしない。しかも婚約者がこちらに興味のないサルガス王子だなんて、夜な夜な枕を濡らしていたと思う。闇落ちリスクがあるので一概に喜べないが、社交会だけに注目するととても恵まれていると思う。
「……いつもこうなのか?」
「いつもこうです。ほら、ルクスさん。ザルザック家のお菓子は美味しいので食べなきゃ損ですよ」
「警戒して損した」
どうやら以前、私が王都のお茶会について話したことで気にしてくれていたらしい。頬を膨らませながら、私の手からお菓子を受け取った。
「んまい」
「でしょ?」
「私のオススメも持ってきたから食べてちょうだい」
「もらおう」
お菓子とお茶を楽しみながら、たまに他の令嬢や令息とも会話を挟む。
少し目を離すと、なぜかルクスさんの前には皿を持った男女が列を成していた。
どうやら各々ルクスさんに食べて欲しい品を持ってきたらしい。うまいうまいと食べるルクスさんに彼らは皆、嬉しそうな表情を浮かべる。たまにお茶を持ってくる人までいて。誰一人として目の前のドラゴンが邪神だなんて疑ってすらいないようだった。
「お隣の男性も初めて見るお顔ですが、羨ましいほどのさらさらヘヤー。お顔も髪も整っているなんて……」
「乾燥のダメージを一切見せませんわね」
「ギュンタ様が髪に特化した新作を考案されているという噂は本当でしたのね」
「見て、尻尾のうろこまでつやっつや!」
「尻尾? もしかしてあの方が噂のドラゴンさんなのでは?」
「ミニドラゴンと聞いていましたが、ウェスパル様が召喚なさったのですもの。人化しても不思議ではありませんわ」
「うろこまできっちり仕上げてくるほどですものね」
「羨ましい」
「新作が待ち遠しい」
「従姉妹にも欲しいと頼まれているのですが、譲ってもらえるかしら……。心配だわ」
年頃の令嬢達からすれば、ドラゴンよりも新作の石けんが重要らしい。敵ではないと分かっているから、というのもあるのだろう。他の令嬢達も似たような反応だ。ドレスとネクタイの色を揃えたことも少しは効果があったらしい。
そのまま他の令嬢・令息の会話に耳をそばだててみると、ドラゴンの噂の発信源はお兄様とロドリーだと判明した。学園も一緒に行く予定だということになっているようだ。気が早い気もするが、実際そのつもりなので、否定はしないでおこう。
それに若い女の子の話題というのは、いつの時代もコロコロと移っていくものである。
「ウェスパル様といえば、マーシャル王子がついに本格的な療養に入られたとか。新しい婚約者になったスカーレット家のご令嬢が献身的に支えているそうよ」
「ああ、ついに。お元気になられるといいのだけど……」
「それがスカビオ家の薬草とファドゥール家の蜂蜜を合わせた飲み物を飲み始めてからすっかり元気になられたとか」
「なんという飲み物なの?」
「こーら? と言ったかしら。サルガス王子も一緒に飲まれているみたいよ」
「最近明るくなられたのは、こーらと関係あるのかしら」
「スカビオ家ではリラックスするためのハーブも多く栽培しているらしいですからね」
「こーら、気になりますわ」
「ところで、アイリーンナ様の刺繍見ました?」
「雑誌に掲載されていた作品ですよね!?」
「ええ。息を飲むほど美しい花畑……。でもあのお花、初めて見ましたの」
「アイリーンナ様の故郷の、砂漠に咲くお花ですわ。なんでも花が開くのは年に十日もないのだとか」
「是非お話を聞いてみたいですわ」
「刺繍のコツも合わせて、聞きに行きましょう」
「そうね」
周りでも似たような会話が繰り広げられている。平和、その一言に尽きる。
前世の記憶を取り戻すまでは当たり前だった光景も、ちゃんと意味がある。
魔物が出た際、自分の領だけハブられたらまず死ぬ。
また私達の地元は農業を行っている領がほとんど。それはつまり領の収入がその年の天候に左右されやすいということでもある。実りが少なければ、収入が減るどころでは済まず、領主が領民達の食料を確保してくる必要も出てくる。そんな時、他領との連携は重要になってくる。
なにより、地方貴族は基本的に地方貴族同士と結婚するので、すでに繋がりがあったり、今後繋がりが出てくる可能性がある。
どこの地域も置かれている状況は似たようなものだとは思うが、この地域に暮らしている貴族のほとんどが『仲良くしていた方が得』と判断したために、今に至る。
そこに至るまでに他に背景もあったのだろうが、社交界特有のギスギスがないのは確かである。
この地域に生まれてよかった。ワガママ放題とはいえ、シェリリンの方に転生していたら馴染める気がしない。しかも婚約者がこちらに興味のないサルガス王子だなんて、夜な夜な枕を濡らしていたと思う。闇落ちリスクがあるので一概に喜べないが、社交会だけに注目するととても恵まれていると思う。
「……いつもこうなのか?」
「いつもこうです。ほら、ルクスさん。ザルザック家のお菓子は美味しいので食べなきゃ損ですよ」
「警戒して損した」
どうやら以前、私が王都のお茶会について話したことで気にしてくれていたらしい。頬を膨らませながら、私の手からお菓子を受け取った。
「んまい」
「でしょ?」
「私のオススメも持ってきたから食べてちょうだい」
「もらおう」
お菓子とお茶を楽しみながら、たまに他の令嬢や令息とも会話を挟む。
少し目を離すと、なぜかルクスさんの前には皿を持った男女が列を成していた。
どうやら各々ルクスさんに食べて欲しい品を持ってきたらしい。うまいうまいと食べるルクスさんに彼らは皆、嬉しそうな表情を浮かべる。たまにお茶を持ってくる人までいて。誰一人として目の前のドラゴンが邪神だなんて疑ってすらいないようだった。
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