第二部の悪役令嬢がシナリオ開始前に邪神の封印を解いたら闇落ち回避は出来ますか?~王子様との婚約解消はいつでも大歓迎です~

斯波@ジゼルの錬金飴②発売中

文字の大きさ
上 下
75 / 175
3章

22.美味しいものは香りから違う

しおりを挟む
「想像より広いのね~」
「ここが錬金部屋か! やっぱり調合中に引きこもる部屋は別に欲しいよな~」

 小屋が完成した数日後、ギュンタとイヴァンカがお祝いに来てくれた。
 ギュンタは錬金部屋を、イヴァンカはリビングの至る所を眺めている。

 スカビオ家は植物の栽培だけではなく、薬の調合も行なっており、成人すると親から専用の薬釜を送られるのだそうだ。成人するまでは土に触れ、植物の知識を蓄えるようにとの考えからのことらしい。

 ギュンタは錬金釜設置予定場所をまじまじと見ながら、サイズ感を連想したり、ヘラを使ってかき混ぜる妄想を繰り広げている。それだけ彼にとって薬釜は憧れの存在なのだ。見ていて微笑ましい気持ちになる。

「あ、そうだ。これはお祝いの蜂蜜と林檎のケーキ。切ってみんなで食べましょ」
「ありがとう!  今、お茶用意してもらってるから少し待っててね」
「今日はアップルパイじゃないのか?」

 ルクスさんはイヴァンカの持つバスケットに寂しげな視線を送る。
 二人がお祝いに来てくれると知ってからずっと楽しみにしていたらしい。しょぼんと肩まで落としている。

 だが私はアップルパイと同じくらいイヴァンカのケーキが大好きだ。頬がゆるゆるに緩んでしまうほどに嬉しい。

「今日は前よりも美味しくなった蜂蜜を是非食べて欲しくてこっちにしたの。ケーキも自信作だからきっとルクスさんも気に入るわ」
「ファドゥールの蜂蜜は美味しいんですよ~」

 ファドゥール領で取れる蜂蜜は二種類。
 癖はあるけどビタミン豊富で栄養価が高い『栗蜂蜜』と、すっきりとした甘さで食べやすい『魔林檎蜂蜜』である。

 栗蜂蜜は単体で食べる他にも、スカビオ領で生産している薬の材料になることもある。国内だけではなく、国外でも人気らしくかなりの高額で取引されるそうだ。

 取引価格では魔林檎蜂蜜の方もかなりのお値段らしい。
 ファドゥール・スカビオ・シルヴェスターではごくごく一般的な蜂蜜として利用されており、領民達が使う分には普通の蜂蜜と同じくらいの値段で取引されている。なので具体的にどのくらいかは分からないが、ファドゥールの名産品の一つとして領の収入を支えていることだけは確かだ。

 なんでも魔林檎の蜂蜜が取れる場所はとても少ないらしい。
 そもそも魔林檎の樹を育てるには『魔力がたくさん集まる土壌』という条件をクリアしていないといけない。さらに受粉と蜂蜜の採取を手伝ってくれる蜂だが、通常の蜂ではなく、魔獣でなければならない。

 魔林檎の花の蜜に微量の魔力が含まれているため、通常の蜂では近寄れないのだそう。

 ファドゥールではそのための蜂の魔獣がたくさんいる。スカビオ領でも特定の植物を育てる際に同じ魔獣が活躍するそうで、何体かが温室内で暮らしている。

 魔獣といっても野生でも召喚獣でもなく、ファドゥールで生まれ育った子達である。

 初めの蜂は契約して連れてきた個体だったようだが、高品質の魔林檎の蜜が安定して供給されることを理解すると、新しく生まれた子達も住み着くようになり、今まで繁殖し続けているようだ。

 ちなみに魔林檎に含まれる微量の魔力は収穫されると放出されてしまうので、人間に影響はない。むしろ害虫が寄り付かないので無農薬で美味しい林檎が出来上がる。

 精霊のおかげで植物の成長が早くなっているとは聞いていたが、まさか蜂蜜まで美味しくなっていたとは……。

 想像しただけでヨダレが垂れそうだ。
 ルクスさんはバスケットの布をチラリと捲る。すんすんと鼻を動かした後、表情が少し緩んだ。

「ふむ、確かに良い香りがするな」
「香りだけじゃなくって味も美味しいんだから。亀蔵には乾燥林檎を持ってきたから食べてちょうだい」

 紅茶と共に持ってきてもらったナイフで四等分に切り分けていく。
 ナイフが入ったケーキは少しだけ沈むが、すぐにふわっと元に戻る。その際、林檎と蜂蜜の混ざり合った香りが部屋に広がった。

 バスケットの中にあった時に香ったものよりも何倍も強い。スポンジの上に押し倒して身体中を包み込んでしまいそうなほどの『美味しいものの香り』である。

 全身が目の前の食べ物を求めていた。

 イヴァンカのケーキは美味しい。
 ファドゥールの蜂蜜だって元から美味しかった。

 けれどここまで強い衝動を掻き立てるほどではなかった。

「これが精霊の力……」
「通常、精霊が短期間でここまでの力を発揮することはない。組んだ相手と土地が良かったのだろう」

 そう教えてくれたルクスさんの口から垂れたよだれは私の腕を伝う。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

いきなり結婚しろと言われても、相手は7才の王子だなんて冗談はよしてください

シンさん
恋愛
金貸しから追われる、靴職人のドロシー。 ある日突然、7才のアイザック王子にプロポーズされたんだけど、本当は20才の王太子様…。 こんな事になったのは、王家に伝わる魔術の7つ道具の1つ『子供に戻る靴』を履いてしまったから。 …何でそんな靴を履いたのか、本人でさえわからない。けど王太子が靴を履いた事には理由があった。 子供になってしまった20才の王太子と、靴職人ドロシーの恋愛ストーリー ストーリーは完結していますので、毎日更新です。 表紙はぷりりん様に描いていただきました(゜▽゜*)

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...