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3章
16.サルガス王子の好きなもの
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勝手に感動する私を横目に、ルクスさんは大きく前に出る。
「今度こそ手土産は持ってきたのか?」
「もちろん」
コクリと頷いて、サルガス王子は紙袋をこちらへと差し出す。
どうやら芋掘りスタイルからは浮いていた紙袋はお土産だったらしい。
急いでバケツに水を組み、石けんで綺麗に手を洗う。ハンカチで手を拭いてからそれを受け取った。
この中身がサルガス王子の好物か。
ゲーム内でも明らかにならなかったので、中身は全く予想がつかない。
失礼しますと受け取って中身を確認する。同じ大きさの箱が二つ。赤い箱と茶色い箱である。まじまじと見ていると、隣から「開けてくれ」と声がかかる。
赤色の箱の方を遠慮なくぱかりと開けると、中にあったのはパウンドケーキ。袋に包まれているが、ほんのりと甘い香りがする。
「パウンドケーキがお前の好物か?」
「正確には乳母が作ってくれたパウンドケーキですが。今、ウェスパル嬢が開いた方は乳母と一緒に私が焼いたもので、もう片方が乳母が持たせてくれたものです」
「なるほど。なら我はこちらをもらうとしよう。ウェスパル」
私の名前を呼んだルクスさんはあ~と口を開く。
これは食わせろということなのだろうか。ルクスさんも手を洗えば済むことなのだが、サルガス王子は審判を待つようにじいっとこちらを見つめている。
待たせたら可哀想だ。
袋から取り出して、まるごと一本のままルクスさんの口元に運んでいく。
がぶがぶとかじりつき、もごもごと口を動かしてから再びかぶりつく。途中で止まるかと思っていたが、このまま一本を食べ尽くす勢いだ。
コメントを待つサルガス王子を無視して、ひたすらにパウンドケーキを食していく。
飲み物もなくよく食べられるな~なんて関心していると、私の指先についたカスまできっちり舐め取った。そしてようやく満足げに「美味かった」とひと言。
それだけでサルガス王子は告白が成功した少女のように顔を赤らめて涙を溢した。
よほどこのパウンドケーキに思い入れがあったのだろう。
「あなたたちと会ってから自分の好物について考えて、そこからいろんなことを思い出したんだ」
スンスンと鼻を鳴らしながら、サルガス王子は王都に戻ってからのこと、そして乳母が大好きだったことを話してくれた。
すでに乳母は退職し、夫と共に田舎に戻ったが、今日のために作りかたを教えてもらったそうだ。最後に見た時より腰はずっと曲がっていたが、話し方や雰囲気は変わらず。王子の成長を泣いて喜んでくれたらしい。
良い機会を与えてもらえたと喜ぶ反面、彼女との幸せな時間を忘れていた自分が許せなかった。
シルヴェスターに向かう馬車の中で今さら乳母を頼った自分の薄汚さを見破られてしまうのではないか。このケーキも自分の好物として受け入れてもらえるか心配だったそうだ。
「忘れていたとしても、今そこにある感情が本物なら我はそれを否定しない」
私の注いだお茶を飲みながら、ルクスさんはなんてことないように言い切った。その言葉はサルガス王子の心にクリーンヒットしたらしい。
ぐすぐすと鼻を鳴らしている。
非常に感動的なシーンだが、私がそれに浸ることはない。
なにせルクスさんは先ほどからしきりに袋をチラチラと見ているのだから。二本目を狙っているのがバレバレだ。
「さすがに二本は食べ過ぎですよ」
「……分かっておる。だが、中身が違うのではないかと気になっただけだ」
「乳母が作った方は中に乾燥ベリーが入っています。こっちはマーシャルの好物で、私はオレンジが好きなので自分の分にはオレンジを使いました」
「我が食べたのはオレンジだ。つまり別物ということになる。だから食べて良いよな?」
「ダメです。そんなこと言ったら私だってオレンジの方も食べたかったんですから」
どんな理論だ。ルクスさんはドラゴンの時よりも長い手で奪い取ろうとする。
けれどダメなものはダメだ。
背中の後ろに袋を隠せば、むっと眉間に皺を寄せる。そんな彼にサルガス王子は優しい笑みを向けた。
「喜んでもらえて何よりです。また持ってきます」
「ところでマーシャル王子はベリーがお好きなんですね」
ルクスさんの手から逃げつつ、話題を変える。
ゲーム内での好物は違うものだった気がするが、はっきりとは覚えていない。今世では聞いたことがなかった。
「今度こそ手土産は持ってきたのか?」
「もちろん」
コクリと頷いて、サルガス王子は紙袋をこちらへと差し出す。
どうやら芋掘りスタイルからは浮いていた紙袋はお土産だったらしい。
急いでバケツに水を組み、石けんで綺麗に手を洗う。ハンカチで手を拭いてからそれを受け取った。
この中身がサルガス王子の好物か。
ゲーム内でも明らかにならなかったので、中身は全く予想がつかない。
失礼しますと受け取って中身を確認する。同じ大きさの箱が二つ。赤い箱と茶色い箱である。まじまじと見ていると、隣から「開けてくれ」と声がかかる。
赤色の箱の方を遠慮なくぱかりと開けると、中にあったのはパウンドケーキ。袋に包まれているが、ほんのりと甘い香りがする。
「パウンドケーキがお前の好物か?」
「正確には乳母が作ってくれたパウンドケーキですが。今、ウェスパル嬢が開いた方は乳母と一緒に私が焼いたもので、もう片方が乳母が持たせてくれたものです」
「なるほど。なら我はこちらをもらうとしよう。ウェスパル」
私の名前を呼んだルクスさんはあ~と口を開く。
これは食わせろということなのだろうか。ルクスさんも手を洗えば済むことなのだが、サルガス王子は審判を待つようにじいっとこちらを見つめている。
待たせたら可哀想だ。
袋から取り出して、まるごと一本のままルクスさんの口元に運んでいく。
がぶがぶとかじりつき、もごもごと口を動かしてから再びかぶりつく。途中で止まるかと思っていたが、このまま一本を食べ尽くす勢いだ。
コメントを待つサルガス王子を無視して、ひたすらにパウンドケーキを食していく。
飲み物もなくよく食べられるな~なんて関心していると、私の指先についたカスまできっちり舐め取った。そしてようやく満足げに「美味かった」とひと言。
それだけでサルガス王子は告白が成功した少女のように顔を赤らめて涙を溢した。
よほどこのパウンドケーキに思い入れがあったのだろう。
「あなたたちと会ってから自分の好物について考えて、そこからいろんなことを思い出したんだ」
スンスンと鼻を鳴らしながら、サルガス王子は王都に戻ってからのこと、そして乳母が大好きだったことを話してくれた。
すでに乳母は退職し、夫と共に田舎に戻ったが、今日のために作りかたを教えてもらったそうだ。最後に見た時より腰はずっと曲がっていたが、話し方や雰囲気は変わらず。王子の成長を泣いて喜んでくれたらしい。
良い機会を与えてもらえたと喜ぶ反面、彼女との幸せな時間を忘れていた自分が許せなかった。
シルヴェスターに向かう馬車の中で今さら乳母を頼った自分の薄汚さを見破られてしまうのではないか。このケーキも自分の好物として受け入れてもらえるか心配だったそうだ。
「忘れていたとしても、今そこにある感情が本物なら我はそれを否定しない」
私の注いだお茶を飲みながら、ルクスさんはなんてことないように言い切った。その言葉はサルガス王子の心にクリーンヒットしたらしい。
ぐすぐすと鼻を鳴らしている。
非常に感動的なシーンだが、私がそれに浸ることはない。
なにせルクスさんは先ほどからしきりに袋をチラチラと見ているのだから。二本目を狙っているのがバレバレだ。
「さすがに二本は食べ過ぎですよ」
「……分かっておる。だが、中身が違うのではないかと気になっただけだ」
「乳母が作った方は中に乾燥ベリーが入っています。こっちはマーシャルの好物で、私はオレンジが好きなので自分の分にはオレンジを使いました」
「我が食べたのはオレンジだ。つまり別物ということになる。だから食べて良いよな?」
「ダメです。そんなこと言ったら私だってオレンジの方も食べたかったんですから」
どんな理論だ。ルクスさんはドラゴンの時よりも長い手で奪い取ろうとする。
けれどダメなものはダメだ。
背中の後ろに袋を隠せば、むっと眉間に皺を寄せる。そんな彼にサルガス王子は優しい笑みを向けた。
「喜んでもらえて何よりです。また持ってきます」
「ところでマーシャル王子はベリーがお好きなんですね」
ルクスさんの手から逃げつつ、話題を変える。
ゲーム内での好物は違うものだった気がするが、はっきりとは覚えていない。今世では聞いたことがなかった。
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