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3章
14.新月を待つ
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「もう遅いのだから早く寝ろ」
「んー、もう少しだけ」
「楽しみなのはわかるが、見たところで早く欠けるわけではないぞ」
「まぁそうなんですけど」
お父様と亀蔵を見送った晩から毎日空を眺めている。
その日だけならまだしも二日、三日と続いているからか、ルクスさんは少し呆れているようだ。それでもあと少しで見えなくなる月に気分が浮かれていく。
今年だけではなく、今の時期はいつもそうだ。
なにせシルヴェスターの芋掘りには少し変わったルールがあるのだから。
シルヴェスター領の芋掘りは、必ず新月の夜の次の日から収穫を開始することというルールがある。以降も月に雲がかかった日の翌日だけ芋を掘ることが許される。
晴れていた夜の次の日に作業してはいけない。
また満月の夜を過ぎてしまったらまた新月の夜まで待たなければいけなくなる。
なんでも月の光を吸い込んだ芋は収穫してはいけないそうだ。
前世の記憶を取り戻す前は変だと思ったことはなかったけれど、今になって思うと変わったルールである。
本で調べたが、他の領土にこんな縛りはなく、シルヴェスター独自のもの。
品種的問題なのか土の問題か、なにかを祈願してのものなのか、はたまた迷信か。
気になってお父様に聞いてみたが、お父様も理由までは知らないそうだ。
長年このルールに沿って収穫し、大きな不便もないことから実行し続けているのだとか。
森の木と同じだ。
そういえば最近森に行くことがなくなった。封印が終わったらまた行くつもりだったのに、屋敷裏での練習ばかり。行こうと思っても何かしらの理由で取りやめになる。
それは亀蔵のお散歩だったり、ルクスさんの気が乗らなかったり、おやつが持ち運びしづらいものだったり。
学園に入学すれば三年は王都での生活が続く。
このまま遠のいて、いずれ気にすることさえなくなってしまいそうだ。そう考えると胸にポッカリと穴が空いたような寒さが肌を刺す。
「明日、森に行きましょうか」
「急にどうした?」
「最近行ってないし、小屋ができたらますます行く機会なくなっちゃいますから」
「焦らなくとも、なくなりはしない。小屋ができた後も行きたくなったら行けばいい」
「そうなんですけど……」
森はなくならない。そんなことは分かっているのだ。
だが襲いかかる謎の喪失感に抗うことはできず、少しずつ息が苦しくなる。
「まぁ最近干し芋も食べておらんからな。たまにはいいかもしれん。お茶もちゃんと用意してもらうのだぞ?」
「ルクスさん……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことではない。亀蔵が帰ってきてからも、その後だって何度も行けばいい。ウェスパルが心からそれを望むなら誰も止めはしない。我が来る前だってそうだったのだろう?」
「そう、ですね」
「分かったら寂しがってないで早く寝ろ。亀蔵も領主も十日もすれば帰ってくる」
ルクスさんは私の服を引っ張りながら、尻尾で布団をポンポンと叩く。
私は寂しかったのだろうか?
分からない。今までそんなこと考えたこともなかった。
そうか、今回はお兄様もいないからか。
一人だけなら我慢もできる。けれどどんどん減っていって。少し前までお祖父様が来ていたというのもあるのだろう。
屋敷から人が減るーーそれは一時的なことであっても、自分が思っている以上にストレスなのかもしれない。
芋掘りを考えることで意識は逸らせても、そこにある感情がなくなるわけではない。
実際、私は森を思い出して不安になった。
あの森は私にとって、いやウェスパル=シルヴェスターという人間にとっての心の支えだ。ウェスパルが寂しさや不安を外側に出せる場所。だからこのまま遠ざかっていくことに、過剰反応した。
自分でもなにをそんなに恐れているのかは分からない。
気軽に逃げ込めなくなることを恐れた?
理由はなんにせよ、将来闇落ちするかもしれないウェスパルはこの頃から深い闇を抱えていて……なんて、私の考えすぎだろうか。だがもしそうなら、心の奥底に根付いたこの感情がある限り、私の闇落ちは免れないということになる。
もしかしたら乙女ゲームもヒロインも何も関係なく、あのシナリオは全て目隠しに過ぎないのではないか。森に植えられた木が邪神の封印された洞窟を隠しているのと同じように......。
考えるだけで、胃の中からドロリとした何かがせり上がってくるような感覚に襲われる。
まるで触れてはいけない何かに触れてしまったかのようだ。
吐き出さないように口元を押さえた。ルクスさんはそんな私の顔を心配そうに覗き込んだ。
「ウェスパル、大丈夫か? 顔が青白いぞ?」
「だい、じょうぶ……です」
ヒロインが三人の誰かとハッピーエンドを迎えない限り、ウェスパルが大陸を焼くことはない。余計なことは考えてはいけない。森に行けば、きっといつも通りに戻れる。
今までだってそうだった。
だから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「だが」
心配そうにこちらを見つめるルクスさんの頭を撫で、もう一度「大丈夫」と口に出す。今度はハッキリと言い切ることができた。
「だからもう寝ましょう。ほらルクスさんも入ってください」
布団をめくり、中へと案内する。ルクスさんは私の胸にぺたりとくっついて眠る。
私の心音に少しでも異常があれば、きっと彼はすぐに気づいてくれるのだろう。
そうだ、私にはルクスさんがいる。
胸の中の温もりを抱きしめるように手を回し、体を丸めて眠りについた。
後どのくらいで新月になるかなんて、もう気にならなかった。
それから私達は毎日森に通った。
ルクスさんと森の歌を歌いながらあの洞窟を目指す。
やることといえばいつも通りだが、あの時の不調が嘘のよう。身体もぽっかぽかで完全復活である。
やはり定期的に自然を身体に取り込むことは重要だ。
今後も最低週に一度は森に行こう。お散歩するだけでも気分が全然違う。
亀蔵が帰ってきたら一人と二匹で一緒にお散歩しようと決めたのだった。
「んー、もう少しだけ」
「楽しみなのはわかるが、見たところで早く欠けるわけではないぞ」
「まぁそうなんですけど」
お父様と亀蔵を見送った晩から毎日空を眺めている。
その日だけならまだしも二日、三日と続いているからか、ルクスさんは少し呆れているようだ。それでもあと少しで見えなくなる月に気分が浮かれていく。
今年だけではなく、今の時期はいつもそうだ。
なにせシルヴェスターの芋掘りには少し変わったルールがあるのだから。
シルヴェスター領の芋掘りは、必ず新月の夜の次の日から収穫を開始することというルールがある。以降も月に雲がかかった日の翌日だけ芋を掘ることが許される。
晴れていた夜の次の日に作業してはいけない。
また満月の夜を過ぎてしまったらまた新月の夜まで待たなければいけなくなる。
なんでも月の光を吸い込んだ芋は収穫してはいけないそうだ。
前世の記憶を取り戻す前は変だと思ったことはなかったけれど、今になって思うと変わったルールである。
本で調べたが、他の領土にこんな縛りはなく、シルヴェスター独自のもの。
品種的問題なのか土の問題か、なにかを祈願してのものなのか、はたまた迷信か。
気になってお父様に聞いてみたが、お父様も理由までは知らないそうだ。
長年このルールに沿って収穫し、大きな不便もないことから実行し続けているのだとか。
森の木と同じだ。
そういえば最近森に行くことがなくなった。封印が終わったらまた行くつもりだったのに、屋敷裏での練習ばかり。行こうと思っても何かしらの理由で取りやめになる。
それは亀蔵のお散歩だったり、ルクスさんの気が乗らなかったり、おやつが持ち運びしづらいものだったり。
学園に入学すれば三年は王都での生活が続く。
このまま遠のいて、いずれ気にすることさえなくなってしまいそうだ。そう考えると胸にポッカリと穴が空いたような寒さが肌を刺す。
「明日、森に行きましょうか」
「急にどうした?」
「最近行ってないし、小屋ができたらますます行く機会なくなっちゃいますから」
「焦らなくとも、なくなりはしない。小屋ができた後も行きたくなったら行けばいい」
「そうなんですけど……」
森はなくならない。そんなことは分かっているのだ。
だが襲いかかる謎の喪失感に抗うことはできず、少しずつ息が苦しくなる。
「まぁ最近干し芋も食べておらんからな。たまにはいいかもしれん。お茶もちゃんと用意してもらうのだぞ?」
「ルクスさん……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことではない。亀蔵が帰ってきてからも、その後だって何度も行けばいい。ウェスパルが心からそれを望むなら誰も止めはしない。我が来る前だってそうだったのだろう?」
「そう、ですね」
「分かったら寂しがってないで早く寝ろ。亀蔵も領主も十日もすれば帰ってくる」
ルクスさんは私の服を引っ張りながら、尻尾で布団をポンポンと叩く。
私は寂しかったのだろうか?
分からない。今までそんなこと考えたこともなかった。
そうか、今回はお兄様もいないからか。
一人だけなら我慢もできる。けれどどんどん減っていって。少し前までお祖父様が来ていたというのもあるのだろう。
屋敷から人が減るーーそれは一時的なことであっても、自分が思っている以上にストレスなのかもしれない。
芋掘りを考えることで意識は逸らせても、そこにある感情がなくなるわけではない。
実際、私は森を思い出して不安になった。
あの森は私にとって、いやウェスパル=シルヴェスターという人間にとっての心の支えだ。ウェスパルが寂しさや不安を外側に出せる場所。だからこのまま遠ざかっていくことに、過剰反応した。
自分でもなにをそんなに恐れているのかは分からない。
気軽に逃げ込めなくなることを恐れた?
理由はなんにせよ、将来闇落ちするかもしれないウェスパルはこの頃から深い闇を抱えていて……なんて、私の考えすぎだろうか。だがもしそうなら、心の奥底に根付いたこの感情がある限り、私の闇落ちは免れないということになる。
もしかしたら乙女ゲームもヒロインも何も関係なく、あのシナリオは全て目隠しに過ぎないのではないか。森に植えられた木が邪神の封印された洞窟を隠しているのと同じように......。
考えるだけで、胃の中からドロリとした何かがせり上がってくるような感覚に襲われる。
まるで触れてはいけない何かに触れてしまったかのようだ。
吐き出さないように口元を押さえた。ルクスさんはそんな私の顔を心配そうに覗き込んだ。
「ウェスパル、大丈夫か? 顔が青白いぞ?」
「だい、じょうぶ……です」
ヒロインが三人の誰かとハッピーエンドを迎えない限り、ウェスパルが大陸を焼くことはない。余計なことは考えてはいけない。森に行けば、きっといつも通りに戻れる。
今までだってそうだった。
だから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「だが」
心配そうにこちらを見つめるルクスさんの頭を撫で、もう一度「大丈夫」と口に出す。今度はハッキリと言い切ることができた。
「だからもう寝ましょう。ほらルクスさんも入ってください」
布団をめくり、中へと案内する。ルクスさんは私の胸にぺたりとくっついて眠る。
私の心音に少しでも異常があれば、きっと彼はすぐに気づいてくれるのだろう。
そうだ、私にはルクスさんがいる。
胸の中の温もりを抱きしめるように手を回し、体を丸めて眠りについた。
後どのくらいで新月になるかなんて、もう気にならなかった。
それから私達は毎日森に通った。
ルクスさんと森の歌を歌いながらあの洞窟を目指す。
やることといえばいつも通りだが、あの時の不調が嘘のよう。身体もぽっかぽかで完全復活である。
やはり定期的に自然を身体に取り込むことは重要だ。
今後も最低週に一度は森に行こう。お散歩するだけでも気分が全然違う。
亀蔵が帰ってきたら一人と二匹で一緒にお散歩しようと決めたのだった。
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