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3章
11.ロドリーの最悪で最高の日
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「君を侮るような言葉を吐いたことを詫びよう。すまなかった」
「私と手合わせするためにわざと言ったのでしょう? それならもういいです。チーズをもらう約束もしましたし」
「いや、君が女性だというだけで自分よりも弱い存在だと認識していたことは本心だ。同年代、しかも女性で自分よりも強い人はいるなんて思ってもいなかったんだ。兄貴の言った通り、俺は自分の力を過信していた」
なんでもロドリーは最近一気に身長が伸びたらしい。今までも負けなしだったが、手足が伸びたことでさらに強くなったのだと。
同年代はもちろん、少し年が離れている相手でも敵なし。未成年で相手になるのは今や兄のライヒムだけとなってしまった。
大会で成績を残せば次第に令嬢達から言い寄られることが増えた。婚約者のいない令嬢ならともかく、婚約者がいても、こちらがやんわりと断ってもお構いなし。同性からの嫉妬の眼差しも増え、仲の良い相手も次第に遠ざかっていった。
それでもロドリーには兄のようになるという目標があった。
兄のようになるため、そして兄の記録を抜くためにも大会の連覇記録を伸ばしたい。ロドリーは兄の背中を見つめながら剣の腕を鍛え続けた。
そんな最大の目標である兄が学園に入学した途端、二番になった。ロドリーはその事実が信じられなかった。なにより、なぜ平然と笑っていられるのか理解出来なかった。その上、兄が負けた相手の妹ならお前を叩きのめしてくれるだろうと言い出した。
「最悪だと思ったよ」
ロドリーは苦笑いしながら打ち明けてくれた。
そして「来てみれば最高の日に変わった。世界が広がったようだ」と付け加えた。
「こんなことを言っても困らせるだけかもしれないが、君さえよければ俺と友達になってほしい」
「もちろんです」
「いいのか?!」
「ロドリー様はキチンと謝ってくれましたし、お土産に持ってきてくださったジャーキーはとても美味しいです。なにより私もルクスさんもあなたのこと、気に入りましたから」
おそらく兄達は私ならロドリーの、ロドリーなら私の良き友人になれると思って会わせたのだろう。打ち合いして、ロドリーが負けるのも全て織り込み済みで。
私もロドリーも同じく輪から外れたもの同士にでも見えたのかもしれない。まぁ間違ってはいないけれど。
世界が広がったのは私だって同じだ。
乙女ゲームの攻略対象であるロドリーを知っているのと、実在するロドリーと知り合っていくのとでは違う。私も彼も生きているのだ。私の知っている物語から少しずつ変わっていくのも当然なのかもしれない。
とりあえず私は今回の一件で、イケメンの苦労を一つ知った。
「ロドリーでいい。敬語もいらない」
「では私のこともウェスパルと」
「我は馬車から降りてきた時点で、小僧の身体に草と獣の匂いが染みついているすることにいち早く気付き、真意も察しておったがな! あの匂いは小僧がしっかりと羊の世話をしている証拠だ。なにより土産のセレクトが良い」
「それは少し前に領の男衆で退治したミノタウロスの肉で作ったんだ。旨みが濃縮されていて、かみ応えもあるから俺も好物で」
相手の好みが分からないから、自分の好物を手土産に持ってこようという発想が良い。少なくとも私とルクスさんの心には響いた。
「その姿勢を認めて、良いことを教えてやろう。心して聞くがいい」
そう前置きをして、ルクスさんはロドリーの欠点を指摘し始めた。
ルクスさんはロドリーの剣筋や体重のかけ方以外にも、どこにどのくらいの魔法を付与していたかも見抜いていたらしい。
付与魔法だけ許されているにしても強化に回しすぎだの、そこはむしろ薄くしないと動きにくいだの、私では気付かなかったところを伝えていく。また現在の彼の一番の弱点は『成長した身体をうまく使いこなせていないことである』と断言した。その上で彼はまだまだ強くなれると励ます。
「それから忘れてはいけないのは付与魔法に頼りすぎないことだ。特に風魔法を付与した武器は、自分よりも強力な風魔法を使える相手に取られかねないから気をつけろ」
ロドリーは真面目に耳を傾け、ライヒムさんは目を丸くしていた。彼の顔にはもううさんくさい笑みは張り付いていない。だがそちらの方が親しみやすさが湧いてくる。それは亀蔵から見てもそうだったようで、かめえかめえと鳴きながらすり寄っていった。
「ん? どうかしたのか?」
「自分への土産はないのかと言っているんじゃないか?」
「すまない、今日は持ってきていないんだ。だが秋になれば親戚からニンジンが送られてくる。これが絶品でな。よければお裾分けさせて欲しい」
「かめええ!」
亀蔵は嬉しさでその場で足踏みを始める。
すると地面が歪んでいき、ずるずると足が吸い込まれていく。
すぐさま気付いた私とお兄様、シロにライヒムさん、そして飛べるルクスさんは良かったが、ロドリーはすっぽりとハマってしまった。ライヒムさんはそんなロドリーを見て、声を押し殺して笑う。だが肩が揺れているので笑っているのがバレバレだ。亀蔵は反省し、自力で穴から抜け出したロドリーのもとに向かうと、ぺこりと頭を下げた。亀蔵はちゃんと謝れる亀なのだ。だがその様子がロドリーの笑いのツボにはまったのか、「気にするな」とケラケラと笑い出す。よく笑う兄弟だ。
でもこれから付き合っていくなら愉快なくらいがちょうどいい。
その後も戦っては反省点をまとめながら休憩、また戦ってを繰り返した。
その際にライヒムさんとお兄様の戦いを見せてもらったが、あの特徴的な武器は刺す・殴る・振り回すなどの使用法があるらしかった。
ただし風魔法を利用して頻繁に重さを調節しているようで、今のところライヒムさん以外で使っている人はいないとのことだ。
兄達の魔物討伐に同行はさせてもらえず、私達妹弟組は屋敷にお留守番となったが、とても勉強になった。
こうしてタータス兄弟は空が真っ暗になるまでシルヴェスターで過ごすと、大満足でシロにまたがった。スカビオ領の宿で一泊する予定らしく、そこまでお兄様が送っていくそうだ。
ロドリーは帰ってからも魔法の練習に励むらしい。
「今度来る時には是非ウェスパルと魔法ありの戦いをしたい!」
「私、強いですよ?」
「だからいいんじゃないか! 越えるべき山が高い方が燃えるだろう?」
拳を固めて頑張るぞ、と宣言する彼の瞳には驕りも迷いもなくなっていた。
「私と手合わせするためにわざと言ったのでしょう? それならもういいです。チーズをもらう約束もしましたし」
「いや、君が女性だというだけで自分よりも弱い存在だと認識していたことは本心だ。同年代、しかも女性で自分よりも強い人はいるなんて思ってもいなかったんだ。兄貴の言った通り、俺は自分の力を過信していた」
なんでもロドリーは最近一気に身長が伸びたらしい。今までも負けなしだったが、手足が伸びたことでさらに強くなったのだと。
同年代はもちろん、少し年が離れている相手でも敵なし。未成年で相手になるのは今や兄のライヒムだけとなってしまった。
大会で成績を残せば次第に令嬢達から言い寄られることが増えた。婚約者のいない令嬢ならともかく、婚約者がいても、こちらがやんわりと断ってもお構いなし。同性からの嫉妬の眼差しも増え、仲の良い相手も次第に遠ざかっていった。
それでもロドリーには兄のようになるという目標があった。
兄のようになるため、そして兄の記録を抜くためにも大会の連覇記録を伸ばしたい。ロドリーは兄の背中を見つめながら剣の腕を鍛え続けた。
そんな最大の目標である兄が学園に入学した途端、二番になった。ロドリーはその事実が信じられなかった。なにより、なぜ平然と笑っていられるのか理解出来なかった。その上、兄が負けた相手の妹ならお前を叩きのめしてくれるだろうと言い出した。
「最悪だと思ったよ」
ロドリーは苦笑いしながら打ち明けてくれた。
そして「来てみれば最高の日に変わった。世界が広がったようだ」と付け加えた。
「こんなことを言っても困らせるだけかもしれないが、君さえよければ俺と友達になってほしい」
「もちろんです」
「いいのか?!」
「ロドリー様はキチンと謝ってくれましたし、お土産に持ってきてくださったジャーキーはとても美味しいです。なにより私もルクスさんもあなたのこと、気に入りましたから」
おそらく兄達は私ならロドリーの、ロドリーなら私の良き友人になれると思って会わせたのだろう。打ち合いして、ロドリーが負けるのも全て織り込み済みで。
私もロドリーも同じく輪から外れたもの同士にでも見えたのかもしれない。まぁ間違ってはいないけれど。
世界が広がったのは私だって同じだ。
乙女ゲームの攻略対象であるロドリーを知っているのと、実在するロドリーと知り合っていくのとでは違う。私も彼も生きているのだ。私の知っている物語から少しずつ変わっていくのも当然なのかもしれない。
とりあえず私は今回の一件で、イケメンの苦労を一つ知った。
「ロドリーでいい。敬語もいらない」
「では私のこともウェスパルと」
「我は馬車から降りてきた時点で、小僧の身体に草と獣の匂いが染みついているすることにいち早く気付き、真意も察しておったがな! あの匂いは小僧がしっかりと羊の世話をしている証拠だ。なにより土産のセレクトが良い」
「それは少し前に領の男衆で退治したミノタウロスの肉で作ったんだ。旨みが濃縮されていて、かみ応えもあるから俺も好物で」
相手の好みが分からないから、自分の好物を手土産に持ってこようという発想が良い。少なくとも私とルクスさんの心には響いた。
「その姿勢を認めて、良いことを教えてやろう。心して聞くがいい」
そう前置きをして、ルクスさんはロドリーの欠点を指摘し始めた。
ルクスさんはロドリーの剣筋や体重のかけ方以外にも、どこにどのくらいの魔法を付与していたかも見抜いていたらしい。
付与魔法だけ許されているにしても強化に回しすぎだの、そこはむしろ薄くしないと動きにくいだの、私では気付かなかったところを伝えていく。また現在の彼の一番の弱点は『成長した身体をうまく使いこなせていないことである』と断言した。その上で彼はまだまだ強くなれると励ます。
「それから忘れてはいけないのは付与魔法に頼りすぎないことだ。特に風魔法を付与した武器は、自分よりも強力な風魔法を使える相手に取られかねないから気をつけろ」
ロドリーは真面目に耳を傾け、ライヒムさんは目を丸くしていた。彼の顔にはもううさんくさい笑みは張り付いていない。だがそちらの方が親しみやすさが湧いてくる。それは亀蔵から見てもそうだったようで、かめえかめえと鳴きながらすり寄っていった。
「ん? どうかしたのか?」
「自分への土産はないのかと言っているんじゃないか?」
「すまない、今日は持ってきていないんだ。だが秋になれば親戚からニンジンが送られてくる。これが絶品でな。よければお裾分けさせて欲しい」
「かめええ!」
亀蔵は嬉しさでその場で足踏みを始める。
すると地面が歪んでいき、ずるずると足が吸い込まれていく。
すぐさま気付いた私とお兄様、シロにライヒムさん、そして飛べるルクスさんは良かったが、ロドリーはすっぽりとハマってしまった。ライヒムさんはそんなロドリーを見て、声を押し殺して笑う。だが肩が揺れているので笑っているのがバレバレだ。亀蔵は反省し、自力で穴から抜け出したロドリーのもとに向かうと、ぺこりと頭を下げた。亀蔵はちゃんと謝れる亀なのだ。だがその様子がロドリーの笑いのツボにはまったのか、「気にするな」とケラケラと笑い出す。よく笑う兄弟だ。
でもこれから付き合っていくなら愉快なくらいがちょうどいい。
その後も戦っては反省点をまとめながら休憩、また戦ってを繰り返した。
その際にライヒムさんとお兄様の戦いを見せてもらったが、あの特徴的な武器は刺す・殴る・振り回すなどの使用法があるらしかった。
ただし風魔法を利用して頻繁に重さを調節しているようで、今のところライヒムさん以外で使っている人はいないとのことだ。
兄達の魔物討伐に同行はさせてもらえず、私達妹弟組は屋敷にお留守番となったが、とても勉強になった。
こうしてタータス兄弟は空が真っ暗になるまでシルヴェスターで過ごすと、大満足でシロにまたがった。スカビオ領の宿で一泊する予定らしく、そこまでお兄様が送っていくそうだ。
ロドリーは帰ってからも魔法の練習に励むらしい。
「今度来る時には是非ウェスパルと魔法ありの戦いをしたい!」
「私、強いですよ?」
「だからいいんじゃないか! 越えるべき山が高い方が燃えるだろう?」
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