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3章
10.それぞれの狙い
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「女に生まれたから守られて育つなんて、甘っちょろい考えなら私は今、この場に立っていません」
「何?」
「女性を守ろうというロドリー様の考えはご立派ですが、女だから守られてろは違うと思います」
育ってきた環境によって価値観は異なるものである。
ロドリーがそう考えるのは彼が両親からそう教えられてきたからで、実際タータス領はそうして繁栄してきた。
というよりも変わっているのはむしろ私達の方ではある。
ジェノーリア王国どころか大陸中を探しても平気で貴族の令嬢を前線に立たせる領はそうそうないはずだ。
だが他人の目よりも自分の生活。
私達もまたそうして血を繋げてきたのだ。
攻略対象となるロドリーとは仲良くしておいた方が良いと頭では分かっていても、簡単に引く気にはなれない。私だって信じる道がある。
真っ直ぐと伸びる視線に、こちらも負けじと鋭い視線を向ければ腕の中から短いため息が溢れた。
「ウェスパル、そう熱くなるな」
「だって」
「戦ってみないと分からないのなら、戦ってみればいいだけだ。そしてさっさとポケットの中の物を寄越せ」
「ポケット?」
何のことだろう?
眉間にしわを寄せれば、ロドリーは小さく息を吐く。
そしてルクスさんが熱い視線を向ける場所から布袋を取り出した。ルクスさんが要求したということは食べ物なのだろう。
「……さすがドラゴン、鼻が良いな」
「我らへの土産物だろう? わざわざ煽るような言葉を吐かずとも、これを出せば打ち合いくらいすぐに応じてやるわ。だから早く寄越せ」
「鋭いな。年頃の令嬢にこんなもの渡しても喜ばないだろうと思ったが、召喚したというドラゴンの方は気に入るのではないかと思ってな。持ってきて正解だったようだ」
ロドリーから袋を受け取ったルクスさんは早速紐を解いた。
中身はジャーキーだったらしい。何の肉かは分からない。
だがルクスさんは匂いだけで美味しいものだと確信している様子だった。
急かすくらいだから、ずっと気になっていたのかもしれない。
ルクスさんは早速袋に腕を突っ込んでジャーキーを取り出すと、パクリとかじった。モゴモゴと口を動かしながら、美味いと頬を緩ませる。
完全に私が打ち合いに応じるということで話が進んでいる。
だが今さら断るという選択肢はない。ルクスさんが大事そうに抱えるそれを私も食べたいのだ。
「ルクスさん、一人で全部食べないでくださいよ?」
「我が食べ終わる前に小僧をさっさと倒せばいいだけだ」
何も難しいことなんてないだろう、と言いながら二つ目に手を伸ばす。
かなりのハイペースである。これは本気でさっさと倒さなければなくなる。
そんなルクスさんの言葉にロドリーは眉を潜める。
手合わせをするために手土産まで持ってきたとはいえ、揃いもそろって自分が負けるようなことを言われれば面白くないだろう。
お兄様達もこれは良いと手を叩いている。
シロを連れて、少し離れた場所で見物体勢に入った。
「ウェスパルさん。もしもロドリーの鼻っ柱を折ってくれたら、羊乳のチーズも付けよう。パスタに絡めて食べるのがオススメだ」
その言葉でルクスさんと私の喉が鳴った。羊乳チーズのパスタなんて前世でも食べたことがない。
「叩きのめせ」
「了解です」
ルクスさんの真剣な声にコクリと頷く。
初めから私達を戦わせる予定だったのか、お兄様はどこからか模擬剣を取り出した。
最後に模擬剣を触ったのはもう随分と昔だ。吹っ飛ばさないように気を付けないと……。柄の部分をにぎにぎとする。
一方、大会出場経験のあるロドリーは慣れているらしく、軽く振っただけ。
「魔法の使用は全面的に認めるとウェスパルが圧勝するからな、付与だけにしよう」
「私、付与魔法なんて使ったことないですよ!? せめて魔法の全面禁止にしてもらえると……」
ジャーキーとチーズが賭かっている以上、私も負けるつもりはない。
それでもいささかロドリーが有利すぎやしないだろうか。そんな訴えに対し、お兄様はにっこりと微笑むだけ。
「ウェスパルなら出来るから大丈夫。ロドリーもそれでいいな?」
私はむうっと頬を膨らまし、ロドリーは苛立たしげに歯を食いしばる。
だがお兄様もライヒムさんもルール変更を認めるつもりはない。私達は揃って渋々頷いた。
亀蔵とルクスさんをシロの横へと移動させ、私とロドリーは距離を開けて対峙する。
審判はお兄様。
兄の合図で地を蹴った。
付与魔法に警戒しながら、初めは軽く攻めて~なんてざっくりだが計画も立てていたのにーー。
「嘘、でしょ?」
ロドリーはあっさりとうずくまった。
相手の力量を知るためにも、と軽く放った剣戟が見事に全て直撃したのだ。
ロドリーは身体に魔法、おそらく風魔法を付与していたのだろう。少し手応えはあった。それでも押し込めば簡単に剣が通ってしまった。
正直、弱すぎる。
大会五連覇がどうとかいう話はなんだったのかと拍子抜けしてしまうほど。
だが驚いているのは私だけのようで、兄達は平然としており、ルクスさんに至っては凄まじいペースでジャーキーを咀嚼している。
「ルクスさん、ズルいですよ!」
「まだ残っているわ」
ルクスさんががっちり抱えた袋からジャーキーをいくつか取り出し、確保する。
すると背後からふははははははははと不気味な笑い声が聞こえてくる。
プライドが傷つけられて気が可笑しくなったのか。
急いで剣を構えれば、ロドリーの手からは完全に剣が離れていた。代わりに両手で腹を抱えている。
涙を流して大声で笑う彼の姿は、お笑い番組を見る前世の兄の姿と重なった。
敵意はなさそうだ。
ライヒムさんはそんな弟に近づくと「来て良かっただろう?」と手を伸ばした。笑いが止まらないロドリーはコクコクと頷きながら、流れる涙を手の甲で拭う。
そんなに面白いことなんてあっただろうか。
はて? と首を傾げる。すると彼は力強い足取りでこちらへとやってくる。
背筋はピンと伸びており、ゲームのプロローグ姿の彼と重なった。
「何?」
「女性を守ろうというロドリー様の考えはご立派ですが、女だから守られてろは違うと思います」
育ってきた環境によって価値観は異なるものである。
ロドリーがそう考えるのは彼が両親からそう教えられてきたからで、実際タータス領はそうして繁栄してきた。
というよりも変わっているのはむしろ私達の方ではある。
ジェノーリア王国どころか大陸中を探しても平気で貴族の令嬢を前線に立たせる領はそうそうないはずだ。
だが他人の目よりも自分の生活。
私達もまたそうして血を繋げてきたのだ。
攻略対象となるロドリーとは仲良くしておいた方が良いと頭では分かっていても、簡単に引く気にはなれない。私だって信じる道がある。
真っ直ぐと伸びる視線に、こちらも負けじと鋭い視線を向ければ腕の中から短いため息が溢れた。
「ウェスパル、そう熱くなるな」
「だって」
「戦ってみないと分からないのなら、戦ってみればいいだけだ。そしてさっさとポケットの中の物を寄越せ」
「ポケット?」
何のことだろう?
眉間にしわを寄せれば、ロドリーは小さく息を吐く。
そしてルクスさんが熱い視線を向ける場所から布袋を取り出した。ルクスさんが要求したということは食べ物なのだろう。
「……さすがドラゴン、鼻が良いな」
「我らへの土産物だろう? わざわざ煽るような言葉を吐かずとも、これを出せば打ち合いくらいすぐに応じてやるわ。だから早く寄越せ」
「鋭いな。年頃の令嬢にこんなもの渡しても喜ばないだろうと思ったが、召喚したというドラゴンの方は気に入るのではないかと思ってな。持ってきて正解だったようだ」
ロドリーから袋を受け取ったルクスさんは早速紐を解いた。
中身はジャーキーだったらしい。何の肉かは分からない。
だがルクスさんは匂いだけで美味しいものだと確信している様子だった。
急かすくらいだから、ずっと気になっていたのかもしれない。
ルクスさんは早速袋に腕を突っ込んでジャーキーを取り出すと、パクリとかじった。モゴモゴと口を動かしながら、美味いと頬を緩ませる。
完全に私が打ち合いに応じるということで話が進んでいる。
だが今さら断るという選択肢はない。ルクスさんが大事そうに抱えるそれを私も食べたいのだ。
「ルクスさん、一人で全部食べないでくださいよ?」
「我が食べ終わる前に小僧をさっさと倒せばいいだけだ」
何も難しいことなんてないだろう、と言いながら二つ目に手を伸ばす。
かなりのハイペースである。これは本気でさっさと倒さなければなくなる。
そんなルクスさんの言葉にロドリーは眉を潜める。
手合わせをするために手土産まで持ってきたとはいえ、揃いもそろって自分が負けるようなことを言われれば面白くないだろう。
お兄様達もこれは良いと手を叩いている。
シロを連れて、少し離れた場所で見物体勢に入った。
「ウェスパルさん。もしもロドリーの鼻っ柱を折ってくれたら、羊乳のチーズも付けよう。パスタに絡めて食べるのがオススメだ」
その言葉でルクスさんと私の喉が鳴った。羊乳チーズのパスタなんて前世でも食べたことがない。
「叩きのめせ」
「了解です」
ルクスさんの真剣な声にコクリと頷く。
初めから私達を戦わせる予定だったのか、お兄様はどこからか模擬剣を取り出した。
最後に模擬剣を触ったのはもう随分と昔だ。吹っ飛ばさないように気を付けないと……。柄の部分をにぎにぎとする。
一方、大会出場経験のあるロドリーは慣れているらしく、軽く振っただけ。
「魔法の使用は全面的に認めるとウェスパルが圧勝するからな、付与だけにしよう」
「私、付与魔法なんて使ったことないですよ!? せめて魔法の全面禁止にしてもらえると……」
ジャーキーとチーズが賭かっている以上、私も負けるつもりはない。
それでもいささかロドリーが有利すぎやしないだろうか。そんな訴えに対し、お兄様はにっこりと微笑むだけ。
「ウェスパルなら出来るから大丈夫。ロドリーもそれでいいな?」
私はむうっと頬を膨らまし、ロドリーは苛立たしげに歯を食いしばる。
だがお兄様もライヒムさんもルール変更を認めるつもりはない。私達は揃って渋々頷いた。
亀蔵とルクスさんをシロの横へと移動させ、私とロドリーは距離を開けて対峙する。
審判はお兄様。
兄の合図で地を蹴った。
付与魔法に警戒しながら、初めは軽く攻めて~なんてざっくりだが計画も立てていたのにーー。
「嘘、でしょ?」
ロドリーはあっさりとうずくまった。
相手の力量を知るためにも、と軽く放った剣戟が見事に全て直撃したのだ。
ロドリーは身体に魔法、おそらく風魔法を付与していたのだろう。少し手応えはあった。それでも押し込めば簡単に剣が通ってしまった。
正直、弱すぎる。
大会五連覇がどうとかいう話はなんだったのかと拍子抜けしてしまうほど。
だが驚いているのは私だけのようで、兄達は平然としており、ルクスさんに至っては凄まじいペースでジャーキーを咀嚼している。
「ルクスさん、ズルいですよ!」
「まだ残っているわ」
ルクスさんががっちり抱えた袋からジャーキーをいくつか取り出し、確保する。
すると背後からふははははははははと不気味な笑い声が聞こえてくる。
プライドが傷つけられて気が可笑しくなったのか。
急いで剣を構えれば、ロドリーの手からは完全に剣が離れていた。代わりに両手で腹を抱えている。
涙を流して大声で笑う彼の姿は、お笑い番組を見る前世の兄の姿と重なった。
敵意はなさそうだ。
ライヒムさんはそんな弟に近づくと「来て良かっただろう?」と手を伸ばした。笑いが止まらないロドリーはコクコクと頷きながら、流れる涙を手の甲で拭う。
そんなに面白いことなんてあっただろうか。
はて? と首を傾げる。すると彼は力強い足取りでこちらへとやってくる。
背筋はピンと伸びており、ゲームのプロローグ姿の彼と重なった。
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