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2章
◆王家に生まれたからには
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「マーシャルとウェスパル嬢の婚約を解消し、代わりにサルガスとの婚約を結ばせたい。サルガスはマーシャルのように対魔獣用の鍛錬を付けていないが、身体は丈夫だ。何より、サルガス本人が邪神 ルシファーと対峙した上で、シルヴェスターに婿入りすることを希望した」
サルガスが勝手にシルヴェスターを訪問してから数週間。考えに考え抜いた上で、現在の最適解がこれだった。
シルヴェスター側もある程度予想はしていたのだろう。条件こそ出されたが、すぐに了承を得ることが出来た。
条件は二つ。
ルシファーをむやみに刺激しないこと。
シルヴェスターに来るまでに一定の強さまで鍛えておくこと。
どちらも妥当な条件であった。金品などの要求は一切ない。
特に後者はマーシャルが婚約者となった時にも提示された条件だ。
常に命の危険が隣り合わせとなるあの場所では、いくら優秀な護衛を付けても弱き者はすぐに命尽きる。
長年あの場所で暮らした者でさえ限界を感じる前に隣の領へ移り住んでいくと言われている。
穏やかな老後などない。あるのは突然の死のみだ。
シルヴェスター辺境伯家に生まれた子どもでさえ、あの地で生き抜くための強さがないと判断されれば親戚にあたるヴァレンチノ公爵家に養子に出される。王都で強い権力を持つあの家のほとんどがシルヴェスターの出身者である。
実際、今の当主もシルヴェスター辺境伯の兄にあたる。
本人は狩りの才がなかったと話しているが、それもシルヴェスターが基準となっている。王家に仕える騎士によれば、軍を率いてようやく勝てるかといったところらしい。
シルヴェスター辺境領という固まりで牙を剥かれれば国なんて簡単に吹っ飛ぶ。
どんなにこびへつらったところで、勝てるはずがない。
何代かに一度王家の血筋と縁を結ばせるという慣習も意味はあるのか怪しいものだ。
だが彼らは権力を与えられることを望まない。
領主に限らず、領民達もあんな場所に望んで住みながら争い事を嫌うのである。
国王となる上で真っ先に教え込まれるのはシルヴェスターを敵に回すな。ジェノーリアという国はあの地の人間の好意によって支えられているのだ、ということだった。
彼らの活躍により、ジェノーリア王国は周辺国と比べて魔獣の被害が極端に少ない。けれど先代が言いたかったのはそんなことではなかったのだと、この数ヶ月間で実感させられた。
「ルシファーの神格を剥奪されているとの話ですが、過去の伝承は当てになりません。彼は他の神と比べても顕職なく、いえむしろ始まりの神の一柱としての存在感を持っています。けれどあの空間において最も異質だったのはウェスパル=シルヴェスターです。ルシファーは彼女に執着しており、大人しくしているのは彼女という存在があるからこそ。私はルシファーを知ると同時に、ウェスパル嬢についてももっと知っていく必要があると考えます。彼女との交流こそルシファーを邪神化させない鍵になると。このままマーシャルとの婚約を継続し、卒業後に結婚という形では遅いのです。どうか私をウェスパル嬢の婚約者としてシルヴェスターに送って頂けないでしょうか」
シルヴェスターから戻ったサルガスは、真っ直ぐと陛下を見据えた。
その瞳に迷いはない。サルガスの、息子のこんな目を見たのはいつぶりだろうか。
第一王子として生まれ、次期国王となることを期待された兄。
生まれてすぐにシルヴェスター行きが決まった、身体の弱い弟。
そんな二人に挟まれ、サルガスが悩んでいたことは知っていた。
特に一つ年下のマーシャルにはしばしば羨ましげな視線を向けていた。図書館の本で調べ、一人で魔獣召喚を行ったのも寂しさからだろう。
それでもマーシャルはシルヴェスター行きに向けて特殊な鍛錬を受けては体調を崩す日々。あの地に行けば、簡単に会うことは叶わなくなる。
分け隔てのない愛情を向けようと努力しても、やはり差は生まれてしまう。
他の二人が王家に生まれたが故の責務を負っているように、サルガスにも役目が生まれる。
王家に生まれた以上、多くの我慢を強いられる。
サルガスに限ったことではない。可哀想だが、仕方のないこと。
ワガママ令嬢として知られるシェリリン=スカーレットとの婚約も、責務の一つである。
サルガスの瞳から年々光が消えていくのを知りながら、目を背け続けた。
サルガスが勝手にシルヴェスターを訪問してから数週間。考えに考え抜いた上で、現在の最適解がこれだった。
シルヴェスター側もある程度予想はしていたのだろう。条件こそ出されたが、すぐに了承を得ることが出来た。
条件は二つ。
ルシファーをむやみに刺激しないこと。
シルヴェスターに来るまでに一定の強さまで鍛えておくこと。
どちらも妥当な条件であった。金品などの要求は一切ない。
特に後者はマーシャルが婚約者となった時にも提示された条件だ。
常に命の危険が隣り合わせとなるあの場所では、いくら優秀な護衛を付けても弱き者はすぐに命尽きる。
長年あの場所で暮らした者でさえ限界を感じる前に隣の領へ移り住んでいくと言われている。
穏やかな老後などない。あるのは突然の死のみだ。
シルヴェスター辺境伯家に生まれた子どもでさえ、あの地で生き抜くための強さがないと判断されれば親戚にあたるヴァレンチノ公爵家に養子に出される。王都で強い権力を持つあの家のほとんどがシルヴェスターの出身者である。
実際、今の当主もシルヴェスター辺境伯の兄にあたる。
本人は狩りの才がなかったと話しているが、それもシルヴェスターが基準となっている。王家に仕える騎士によれば、軍を率いてようやく勝てるかといったところらしい。
シルヴェスター辺境領という固まりで牙を剥かれれば国なんて簡単に吹っ飛ぶ。
どんなにこびへつらったところで、勝てるはずがない。
何代かに一度王家の血筋と縁を結ばせるという慣習も意味はあるのか怪しいものだ。
だが彼らは権力を与えられることを望まない。
領主に限らず、領民達もあんな場所に望んで住みながら争い事を嫌うのである。
国王となる上で真っ先に教え込まれるのはシルヴェスターを敵に回すな。ジェノーリアという国はあの地の人間の好意によって支えられているのだ、ということだった。
彼らの活躍により、ジェノーリア王国は周辺国と比べて魔獣の被害が極端に少ない。けれど先代が言いたかったのはそんなことではなかったのだと、この数ヶ月間で実感させられた。
「ルシファーの神格を剥奪されているとの話ですが、過去の伝承は当てになりません。彼は他の神と比べても顕職なく、いえむしろ始まりの神の一柱としての存在感を持っています。けれどあの空間において最も異質だったのはウェスパル=シルヴェスターです。ルシファーは彼女に執着しており、大人しくしているのは彼女という存在があるからこそ。私はルシファーを知ると同時に、ウェスパル嬢についてももっと知っていく必要があると考えます。彼女との交流こそルシファーを邪神化させない鍵になると。このままマーシャルとの婚約を継続し、卒業後に結婚という形では遅いのです。どうか私をウェスパル嬢の婚約者としてシルヴェスターに送って頂けないでしょうか」
シルヴェスターから戻ったサルガスは、真っ直ぐと陛下を見据えた。
その瞳に迷いはない。サルガスの、息子のこんな目を見たのはいつぶりだろうか。
第一王子として生まれ、次期国王となることを期待された兄。
生まれてすぐにシルヴェスター行きが決まった、身体の弱い弟。
そんな二人に挟まれ、サルガスが悩んでいたことは知っていた。
特に一つ年下のマーシャルにはしばしば羨ましげな視線を向けていた。図書館の本で調べ、一人で魔獣召喚を行ったのも寂しさからだろう。
それでもマーシャルはシルヴェスター行きに向けて特殊な鍛錬を受けては体調を崩す日々。あの地に行けば、簡単に会うことは叶わなくなる。
分け隔てのない愛情を向けようと努力しても、やはり差は生まれてしまう。
他の二人が王家に生まれたが故の責務を負っているように、サルガスにも役目が生まれる。
王家に生まれた以上、多くの我慢を強いられる。
サルガスに限ったことではない。可哀想だが、仕方のないこと。
ワガママ令嬢として知られるシェリリン=スカーレットとの婚約も、責務の一つである。
サルガスの瞳から年々光が消えていくのを知りながら、目を背け続けた。
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