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2章
16.神の卵
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「じゃあどうすれば……」
「騒ぎになる前に錬金術を習得し、ウェスパル自身の力で魔核を作れるようになればいい。幸い、この地にはほとんど外からの人間が来ない。中の人間だけなら領主がどうにかするだろう」
面倒臭いことは大人に丸投げしろ、と。
確かに私があれこれ言うよりもお父様に頼った方がいい。
説得には時間がかかりそうだが、今回は本当に偶然。
ルクスさんの封印が解けた時のようなやましさは一切ない。クリーンな状態だ。
連れ帰った亀が錬金獣だったとしても、途中で亀拾ったくらいのテンションで押し通せるはず! 多少大きいけど亀だし。
ちなみに亀蔵を飼わないという選択肢はない。
味方は襲わないらしいのでそこを強調して、なんとかシルヴェスターの新たな家族として認めてもらうつもりだ。
それよりも私が考えるべきは錬金術の習得。
亀蔵が動き出したことの重大性がまだイマイチ理解出来ていないのだが、とりあえず出来たらいいなと思っていた錬金術がなるべく早く習得すべし! に変わったことだけは確かだ。
「となれば早速奥に行って練習を!」
「いや、今日はもう帰る」
「え、でも」
「そのうち他の奴らもこやつの存在に気づく。騒ぎになって芋畑の世話が適当になった、なんてことになったら困るからな。早く安心させてやれ」
「それもそうですね。じゃあ亀蔵、行こうか」
「かめぇ」
信頼を勝ち取るには迅速な報告から。
まだお昼にもなっていないし、亀蔵の誕生報告と飼育許可が出たらまた戻って来ればいいだろう。
いきなり見せれば騒ぎになるかもしれない。
一旦亀蔵とルクスさんには屋敷の裏で待機してもらうことにしてもらい、私は芋畑へと向かう。
今日は大人のほとんどが畑に駆り出されているが、そんな場所でもお父様の銀髪はよく目立つ。畑のちょうど真ん中の辺りで鍬を振っていた。大人達にぺこりと頭を下げながら、お父様の元へと進む。
「お父様」
「随分と早いな。どうしたんだ?」
「お仕事中にすみません。少しお話が……」
「話? 昼ではダメなのか?」
「なるべく早い方が」
「そういえば彼が……。分かったすぐ行こう」
お父様はよし、と気合いを入れるように首から下げたタオルを引っ張る。そして「案内してくれ」と私の肩に手を置いた。
その様子に周りの大人達は何かあったのか? と騒ぎ始める。お父様は彼らにテキパキと指示を出していく。
さすがはお父様。落ち着きが違う。
この様子なら亀蔵を見せてもきっと大丈夫だ。屋敷の裏まで進み、待機していたルクスさんに手を振る。
そしてお父様に亀蔵を紹介しようと振り返った時だった。
「そんな、嘘だろ……嘘だと言ってくれ」
なぜかお父様が膝をつき、悔しそうに地面を叩いている。ポタポタと涙まで垂らして、そんなに亀が嫌いだったのだろうか。
「お、お父様?」
「貴族である以上、いつか結婚するとは思っていた。覚悟もしていたつもりだが、まだ十歳だぞ? しかも相手は神だなんて。神の力は残っていないなんて信じるんじゃなかった!」
泣きながらルクスさんに掴みかかった。
警戒こそすれ手を出すなんて一度もなかったのに……。娘を誑かす悪しき神め! と罵声まで浴びせている。先程までの落ち着きはない。
「落ち着け、こやつは我らの子どもではない。錬金獣だ」
「そんな戯言信じられるか! 私が王子の対応に気を取られているうちに、ウェスパルに、まだ十歳の私の娘に、神の卵を……ううっ」
神の卵とは神と神がパートナーに選んだ相手との間に生まれる卵のことである。
神は生まれた子どもに少しずつ自らの力を継承させていく。当然、自らは弱体化することになるのだが、代わりに寿命や老衰、病死などの概念がない神の死が可能になる。少しずつ自らの体を弱らせていくことで、彼らはパートナーと共に死ぬことが出来るようになる。
そのことから神の卵は神の死因としても知られている。
また生まれた子どもが全員神格を受け継ぐかと言われればそうではない。
力が強くとも神に相応しくなければ神にはなれない。
乙女ゲームヒロインが第二部で召喚するフェンリルは先代獣神の子どもだが、彼は神ではなかった。
神に最も重要な『他者を思いやる心』が欠如しているのだとか。ヒロインの召喚に応じたのもそれを身につけるため。ヒロインと行動し、多くの種族と対峙していくことで、後に獣神として認められることとなる。
ウェスパルなんて邪神と一緒に闇落ちするのに……。
悲しいかな、これが悪役令嬢とヒロインの格差である。
遠くを見つめながら、お父様の罵声が娘との思い出の列挙へと移り変わっていくのを感じる。
「騒ぎになる前に錬金術を習得し、ウェスパル自身の力で魔核を作れるようになればいい。幸い、この地にはほとんど外からの人間が来ない。中の人間だけなら領主がどうにかするだろう」
面倒臭いことは大人に丸投げしろ、と。
確かに私があれこれ言うよりもお父様に頼った方がいい。
説得には時間がかかりそうだが、今回は本当に偶然。
ルクスさんの封印が解けた時のようなやましさは一切ない。クリーンな状態だ。
連れ帰った亀が錬金獣だったとしても、途中で亀拾ったくらいのテンションで押し通せるはず! 多少大きいけど亀だし。
ちなみに亀蔵を飼わないという選択肢はない。
味方は襲わないらしいのでそこを強調して、なんとかシルヴェスターの新たな家族として認めてもらうつもりだ。
それよりも私が考えるべきは錬金術の習得。
亀蔵が動き出したことの重大性がまだイマイチ理解出来ていないのだが、とりあえず出来たらいいなと思っていた錬金術がなるべく早く習得すべし! に変わったことだけは確かだ。
「となれば早速奥に行って練習を!」
「いや、今日はもう帰る」
「え、でも」
「そのうち他の奴らもこやつの存在に気づく。騒ぎになって芋畑の世話が適当になった、なんてことになったら困るからな。早く安心させてやれ」
「それもそうですね。じゃあ亀蔵、行こうか」
「かめぇ」
信頼を勝ち取るには迅速な報告から。
まだお昼にもなっていないし、亀蔵の誕生報告と飼育許可が出たらまた戻って来ればいいだろう。
いきなり見せれば騒ぎになるかもしれない。
一旦亀蔵とルクスさんには屋敷の裏で待機してもらうことにしてもらい、私は芋畑へと向かう。
今日は大人のほとんどが畑に駆り出されているが、そんな場所でもお父様の銀髪はよく目立つ。畑のちょうど真ん中の辺りで鍬を振っていた。大人達にぺこりと頭を下げながら、お父様の元へと進む。
「お父様」
「随分と早いな。どうしたんだ?」
「お仕事中にすみません。少しお話が……」
「話? 昼ではダメなのか?」
「なるべく早い方が」
「そういえば彼が……。分かったすぐ行こう」
お父様はよし、と気合いを入れるように首から下げたタオルを引っ張る。そして「案内してくれ」と私の肩に手を置いた。
その様子に周りの大人達は何かあったのか? と騒ぎ始める。お父様は彼らにテキパキと指示を出していく。
さすがはお父様。落ち着きが違う。
この様子なら亀蔵を見せてもきっと大丈夫だ。屋敷の裏まで進み、待機していたルクスさんに手を振る。
そしてお父様に亀蔵を紹介しようと振り返った時だった。
「そんな、嘘だろ……嘘だと言ってくれ」
なぜかお父様が膝をつき、悔しそうに地面を叩いている。ポタポタと涙まで垂らして、そんなに亀が嫌いだったのだろうか。
「お、お父様?」
「貴族である以上、いつか結婚するとは思っていた。覚悟もしていたつもりだが、まだ十歳だぞ? しかも相手は神だなんて。神の力は残っていないなんて信じるんじゃなかった!」
泣きながらルクスさんに掴みかかった。
警戒こそすれ手を出すなんて一度もなかったのに……。娘を誑かす悪しき神め! と罵声まで浴びせている。先程までの落ち着きはない。
「落ち着け、こやつは我らの子どもではない。錬金獣だ」
「そんな戯言信じられるか! 私が王子の対応に気を取られているうちに、ウェスパルに、まだ十歳の私の娘に、神の卵を……ううっ」
神の卵とは神と神がパートナーに選んだ相手との間に生まれる卵のことである。
神は生まれた子どもに少しずつ自らの力を継承させていく。当然、自らは弱体化することになるのだが、代わりに寿命や老衰、病死などの概念がない神の死が可能になる。少しずつ自らの体を弱らせていくことで、彼らはパートナーと共に死ぬことが出来るようになる。
そのことから神の卵は神の死因としても知られている。
また生まれた子どもが全員神格を受け継ぐかと言われればそうではない。
力が強くとも神に相応しくなければ神にはなれない。
乙女ゲームヒロインが第二部で召喚するフェンリルは先代獣神の子どもだが、彼は神ではなかった。
神に最も重要な『他者を思いやる心』が欠如しているのだとか。ヒロインの召喚に応じたのもそれを身につけるため。ヒロインと行動し、多くの種族と対峙していくことで、後に獣神として認められることとなる。
ウェスパルなんて邪神と一緒に闇落ちするのに……。
悲しいかな、これが悪役令嬢とヒロインの格差である。
遠くを見つめながら、お父様の罵声が娘との思い出の列挙へと移り変わっていくのを感じる。
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