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2章
14.雨上がり
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「林檎はいるが栗はいらん。あんなのぱさぱさしているだけで何も美味くないわ」
「何言ってるんですか! 栗、凄く美味しいですよ! 焼き栗にモンブラン、栗のパウンドケーキに栗タルト。栗のホイップをシュークリームに入れてもらうというのも美味しそうですし、栗きんとんも作ってもらったりして……あ、ルクスさんが食べないなら私だけ」
「食う!」
「交渉成立ね!」
「だがフンではなく、抜け殻をやる。そっちの方が効果があるしな。ウェスパル、袋に貯めていた分を渡してやれ」
「了解です」
芋畑用に取っておいたものをあげるとは、よほど栗に興味を持ったらしい。
ならばもうパサパサしているなんて言わせない。ほっくり甘々な栗を食べさせてあげよう。栗はリンゴや芋とも相性抜群なのだ。
そしてゆくゆくは秋には栗を食べないと生きていけない身体に……。
未来を思い浮かべながら黒い笑みを浮かべる。
「俺の方は?!」
「石鹸は役立っているが、草はいらん」
「そんな~」
「そう落ち込むな。草がなくても分けてやる」
「シナモン! 私、シナモンが欲しい」
「おお、いくらでもやるぞ!」
「シナモンは食えんぞ」
「アップルパイにシナモンは必須ですよ!」
「それは大事だな」
ギュンタとの交渉も成立し、取っておいたルクスさんの皮を二つに分ける。
それにしてもこれって本当に効果あるのかな?
不安は残るが、なかったら初めの要望通り、フンを渡せばいっか!
強い魔物の匂いが付いたものはよく魔物よけに使われる。肥料の方はどうか分からないけど、ギュンタは少し前から魔物のフンを混ぜた肥料を作っているらしい。良い効果は出ずとも研究データの足しにはなるはずだ。
イヴァンカ達が来た翌日。
数日間に渡る雨がようやく上がった。
少し土がぬかるんでいるが、それを直すのもいい練習になることだろう。
せっかく良い材料があるのだからと午前中から森に向かうことにした。
「まだ雨も止んだばかりだ。あまり熱中しすぎないように。それからお昼にはちゃんと帰ってくるんだぞ?」
「は~い」
お父様と約束をして森に向かう。
お父様が心配しているのはぬかるんだ土で転ぶことではなく、魔力切れである。
魔法で濡らした土と降った雨で濡れた土ーー多くの魔力を含んでいるのは後者である。
よほどの大魔法使いならこれを覆すことができるらしいが、基本的に力が強いのは人間より自然。つまり数日間雨が降り続いたシルヴェスター領やその周辺の土地には膨大な力が宿っているというわけである。
ただし精霊と力を合わせることにより、自然とほぼ同様の効果が得られたりする。教本には精霊は最も自然を愛する種族だから、と書いてあったが、原理はよく分からない。
従兄弟曰く、精霊のトップに君臨する精霊神が始まりの神の一柱であることと深く関係しているらしいのだが、数年前に聞いてもよく分からなかった。
従兄弟は神の話となると途端に難しい言葉を並べ始めるので、多分今聞いても分からないと思う。
なので人間が使う魔法と精霊が使う力は別物である、と認識することにした。
前世では魔法と魔術と精霊術で分けているコンテンツもあったし、大幅に間違っているということはいないだろう。
ーーと、精霊との関係は置いておくにしても、今日の土が普段と違うのは確実。普段と同じ調子で弄れば当然魔力切れを引き起こす。
なのでこんな日は大抵魔法を使うことはない。
大人達はこの数日で豊かになった土を手作業で耕し、予定が先延ばしになっていた芋の植え付けに備える。今年は去年よりも立派な芋が収穫できそうだ。
川や湖がないシルヴェスターにとっては恵みの雨だが、影響が出るのは何も土だけではない。一部の魔物にも影響を与える。水の魔物と地の魔物は通常時よりも動きが活発化し、火の魔物は力を弱める。
数刻ほどの雨なら気にするほどのことではないが、長雨になればなるほどスタンピートが起こる危険性を増していく。
雨以外にも雷や自然発火による火事、ハリケーンでも似たようなことが発生する。
シルヴェスターの近くで今回警戒にあたるのは、一部が海に面しているファドゥール領。
といっても洞窟を抜けた先に小船をいくつか置けるだけの小さな浜辺があるだけ。大型の魔獣がやってくることはごく稀である。
小型の魔獣の討伐と、大型魔獣から逃げてきた魚を獲るのがメインとなる。
いざという時に備えてシルヴェスターからも何人か派遣しているが、彼らが思い描いているのは戦闘ではなく今晩の食卓だろう。
大量なら干物や塩漬けもあるかもしれない。想像するとじゅるりとよだれが垂れた。
「そんなに魚が楽しみなのか?」
「この時期はめったに食卓に並びませんから!」
「以前は魚の方が主流だったがな」
「時代が変われば文化も食生活も変わるものですよ。それにたまにだから魚が楽しみなのであって、毎日魚だったら多分私は芋で大喜びしていたと思いますよ」
「今も芋で喜んでいるだろうに」
「芋は主食おかずデザート、どれでもいけますからね~」
中身のない話をしながら木の間を抜ける。
数日前とは少しだけ空気が違う。軽いような、重いような不思議な感覚だ。
「何言ってるんですか! 栗、凄く美味しいですよ! 焼き栗にモンブラン、栗のパウンドケーキに栗タルト。栗のホイップをシュークリームに入れてもらうというのも美味しそうですし、栗きんとんも作ってもらったりして……あ、ルクスさんが食べないなら私だけ」
「食う!」
「交渉成立ね!」
「だがフンではなく、抜け殻をやる。そっちの方が効果があるしな。ウェスパル、袋に貯めていた分を渡してやれ」
「了解です」
芋畑用に取っておいたものをあげるとは、よほど栗に興味を持ったらしい。
ならばもうパサパサしているなんて言わせない。ほっくり甘々な栗を食べさせてあげよう。栗はリンゴや芋とも相性抜群なのだ。
そしてゆくゆくは秋には栗を食べないと生きていけない身体に……。
未来を思い浮かべながら黒い笑みを浮かべる。
「俺の方は?!」
「石鹸は役立っているが、草はいらん」
「そんな~」
「そう落ち込むな。草がなくても分けてやる」
「シナモン! 私、シナモンが欲しい」
「おお、いくらでもやるぞ!」
「シナモンは食えんぞ」
「アップルパイにシナモンは必須ですよ!」
「それは大事だな」
ギュンタとの交渉も成立し、取っておいたルクスさんの皮を二つに分ける。
それにしてもこれって本当に効果あるのかな?
不安は残るが、なかったら初めの要望通り、フンを渡せばいっか!
強い魔物の匂いが付いたものはよく魔物よけに使われる。肥料の方はどうか分からないけど、ギュンタは少し前から魔物のフンを混ぜた肥料を作っているらしい。良い効果は出ずとも研究データの足しにはなるはずだ。
イヴァンカ達が来た翌日。
数日間に渡る雨がようやく上がった。
少し土がぬかるんでいるが、それを直すのもいい練習になることだろう。
せっかく良い材料があるのだからと午前中から森に向かうことにした。
「まだ雨も止んだばかりだ。あまり熱中しすぎないように。それからお昼にはちゃんと帰ってくるんだぞ?」
「は~い」
お父様と約束をして森に向かう。
お父様が心配しているのはぬかるんだ土で転ぶことではなく、魔力切れである。
魔法で濡らした土と降った雨で濡れた土ーー多くの魔力を含んでいるのは後者である。
よほどの大魔法使いならこれを覆すことができるらしいが、基本的に力が強いのは人間より自然。つまり数日間雨が降り続いたシルヴェスター領やその周辺の土地には膨大な力が宿っているというわけである。
ただし精霊と力を合わせることにより、自然とほぼ同様の効果が得られたりする。教本には精霊は最も自然を愛する種族だから、と書いてあったが、原理はよく分からない。
従兄弟曰く、精霊のトップに君臨する精霊神が始まりの神の一柱であることと深く関係しているらしいのだが、数年前に聞いてもよく分からなかった。
従兄弟は神の話となると途端に難しい言葉を並べ始めるので、多分今聞いても分からないと思う。
なので人間が使う魔法と精霊が使う力は別物である、と認識することにした。
前世では魔法と魔術と精霊術で分けているコンテンツもあったし、大幅に間違っているということはいないだろう。
ーーと、精霊との関係は置いておくにしても、今日の土が普段と違うのは確実。普段と同じ調子で弄れば当然魔力切れを引き起こす。
なのでこんな日は大抵魔法を使うことはない。
大人達はこの数日で豊かになった土を手作業で耕し、予定が先延ばしになっていた芋の植え付けに備える。今年は去年よりも立派な芋が収穫できそうだ。
川や湖がないシルヴェスターにとっては恵みの雨だが、影響が出るのは何も土だけではない。一部の魔物にも影響を与える。水の魔物と地の魔物は通常時よりも動きが活発化し、火の魔物は力を弱める。
数刻ほどの雨なら気にするほどのことではないが、長雨になればなるほどスタンピートが起こる危険性を増していく。
雨以外にも雷や自然発火による火事、ハリケーンでも似たようなことが発生する。
シルヴェスターの近くで今回警戒にあたるのは、一部が海に面しているファドゥール領。
といっても洞窟を抜けた先に小船をいくつか置けるだけの小さな浜辺があるだけ。大型の魔獣がやってくることはごく稀である。
小型の魔獣の討伐と、大型魔獣から逃げてきた魚を獲るのがメインとなる。
いざという時に備えてシルヴェスターからも何人か派遣しているが、彼らが思い描いているのは戦闘ではなく今晩の食卓だろう。
大量なら干物や塩漬けもあるかもしれない。想像するとじゅるりとよだれが垂れた。
「そんなに魚が楽しみなのか?」
「この時期はめったに食卓に並びませんから!」
「以前は魚の方が主流だったがな」
「時代が変われば文化も食生活も変わるものですよ。それにたまにだから魚が楽しみなのであって、毎日魚だったら多分私は芋で大喜びしていたと思いますよ」
「今も芋で喜んでいるだろうに」
「芋は主食おかずデザート、どれでもいけますからね~」
中身のない話をしながら木の間を抜ける。
数日前とは少しだけ空気が違う。軽いような、重いような不思議な感覚だ。
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