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2章
7.自慢の林檎
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「ロイヤルミルクティーを二人分」
気が変わらないうちに使用人に告げる。
けれど彼女は困ったように眉を下げた。
「お嬢様……ロイヤルミルクティーとはどのような飲み物なのでしょうか?」
「茶葉がたくさん入ったミルクティーで……あ、紙とペンを用意してもらえる?」
「今すぐに!」
普段紅茶なんて飲まないし、ロイヤルミルクティーを知らなくても仕方ないか。
キッチンの人達なら知っていると思うが、知らなかったら二度手間だ。
そもそもロイヤルミルクティーって平民や一般的な貴族の間でも飲まれているのだろうか。なにせロイヤルである。
どこの王様が飲んでたんだろう? 紅茶だしイギリスとかかな?
この大陸でイギリスがモデルになってる国ってあるのかな? 西洋をモデルにしているかと思えば結構ごちゃ混ぜなんだよな~。異世界ファンタジーだしこのくらいがいいとか?
どうでもいいことを考えながらサラサラとペンを走らせる。出来上がったメモを使用人に託すと、パタパタと走り出した。
紅茶葉が定期的に入手できそうなら、また作ってもらおう。
それからすぐにおやつも運び込まれ、ルクスさんの気分が目に見えて上昇する。
そしてなぜか隣の椅子に向かってパタパタと飛びだした。
何をするのかと思えば、次の瞬間、彼は黒髪の美少年へと変わった。
ツノや尻尾は残っているが、ちゃんと服も着ている。
どうやらルクスさんは人型になれるタイプのドラゴンだったらしい。
だが姿が変わったところで態度は変わらない。
子どもの姿なのに無駄に長い足を組み、紅茶の入ったカップを傾ける。
「ウェスパルに免じて茶が用意できるまでの時間を分け与えてやっているわけだが……何を聞きたい」
動作も大変美しいが、使っているのが木製のカップなところが残念さを醸し出している。
なんだろう、すごいルクスさんっぽい。
「目的は。あなたはなぜこの場所に留まろうとするのでしょうか?」
「ウェスパルと共に過ごす日々は退屈しないからな。この娘が森に行くと言えば共に行くし、学園に行くなら我も行く」
「神に戻るつもりはないと聞きましたが今もその考えは変わりませんか」
「戻る理由もないのでな」
「我が国と敵対するつもりは」
「それはお前達が我らの敵になるつもりだと言いたいのか? 牙を剥かれれば我とて応戦する」
「いえ、そのつもりは!」
「なら良い。騒がれても面倒なだけだからな。多くの人間を伸すより部屋で芋を食べてた方が何倍も有意義だ」
質問内容は初日にお父様がしたものとほぼ同じ。
だが返答はあの日よりもずっと人間との生活への慣れを感じさせる。
その後も似たような質問ばかりが重なり、ルクスさんの我慢ゲージは目に見えて溜まっていく。ついに指先でコンコンと机を叩き始めてしまった。
「似たようなことばかり繰り返しおって……。せっかく我が時間を割いてやっているというのに他に聞くことはないのか」
「つ、次は」
前世で度々耳にした圧迫面接やパワハラはこんな感じで行われていたのだろう。
人対人ではなく元神対人なのでハラスメントもなにもあったものではないが、相手はまだ十一歳の子どもだ。
ルクスさんからの圧に、サルガス王子はダラダラと汗を垂らし始めた。
「まあまあ。ほら私の分のタルトもあげますから」
「もらうが部屋に置いてきた分は等分だからな?」
「…………そうだ、林檎剥いてきてもらいましょうか」
「話を逸らすな。皿を回収するな」
そう言いながら二人で皿を取り合う。
人と同じ手になった分、皿を掴む力に遠慮がなくなった。
指をゆっくりと剥がしていけば、端正な顔が徐々に歪んでいく。
「譲らんか」
「じゃあルクスさんは林檎いらないんですか? 美味しいのに」
「食べるわ! それよりロイヤルミルクティーはこうも時間がかかるのか」
「だってロイヤルですよ? ロイヤル。飲む人の心の広さからして違うんです。そりゃあ時間も手間もかかりますって」
「そういうものか」
「その分美味しいのが来るので待っててください」
うむと頷いて、剥いてきてもらった林檎を食べ始める。
ルクスさんの皿だけ明らかに量が多いのはキッチンからの思いやりだろう。しゃりしゃりと美味しそうな音が部屋に響く。
「やはり美味いな」
「ルシファー殿は」
「ルクスだ」
「ルクス殿は我が領の林檎がお好きなんですか?」
「うむ。これはとても良いものだ。愛情をかけて育てられたことが伝わってくる」
ルクスさんのまっすぐな言葉にファドゥール伯爵は目を見開き、そして力が抜けたように笑った。
「自慢の林檎ですから」
それからロイヤルミルクティーが完成するまでルクスさんは林檎を食べ続けた。
いつのまにか彼の目の前には小さな皿が重なっており、私のタルトは一瞬の隙に奪われてしまったことに気づいた。
結局、林檎で時間稼ぎとご機嫌取りをしている間も王子が何か質問を投げかけることはなかった。
ただ肩を落としてこちらを眺めているだけ。
「リンゴ美味いぞ、食わんのか?」
「い、いただきます」
それでもルクスさんの問いかけにはちゃんと答えて、林檎をしゃりしゃりとゆっくりと食んでいた。
気が変わらないうちに使用人に告げる。
けれど彼女は困ったように眉を下げた。
「お嬢様……ロイヤルミルクティーとはどのような飲み物なのでしょうか?」
「茶葉がたくさん入ったミルクティーで……あ、紙とペンを用意してもらえる?」
「今すぐに!」
普段紅茶なんて飲まないし、ロイヤルミルクティーを知らなくても仕方ないか。
キッチンの人達なら知っていると思うが、知らなかったら二度手間だ。
そもそもロイヤルミルクティーって平民や一般的な貴族の間でも飲まれているのだろうか。なにせロイヤルである。
どこの王様が飲んでたんだろう? 紅茶だしイギリスとかかな?
この大陸でイギリスがモデルになってる国ってあるのかな? 西洋をモデルにしているかと思えば結構ごちゃ混ぜなんだよな~。異世界ファンタジーだしこのくらいがいいとか?
どうでもいいことを考えながらサラサラとペンを走らせる。出来上がったメモを使用人に託すと、パタパタと走り出した。
紅茶葉が定期的に入手できそうなら、また作ってもらおう。
それからすぐにおやつも運び込まれ、ルクスさんの気分が目に見えて上昇する。
そしてなぜか隣の椅子に向かってパタパタと飛びだした。
何をするのかと思えば、次の瞬間、彼は黒髪の美少年へと変わった。
ツノや尻尾は残っているが、ちゃんと服も着ている。
どうやらルクスさんは人型になれるタイプのドラゴンだったらしい。
だが姿が変わったところで態度は変わらない。
子どもの姿なのに無駄に長い足を組み、紅茶の入ったカップを傾ける。
「ウェスパルに免じて茶が用意できるまでの時間を分け与えてやっているわけだが……何を聞きたい」
動作も大変美しいが、使っているのが木製のカップなところが残念さを醸し出している。
なんだろう、すごいルクスさんっぽい。
「目的は。あなたはなぜこの場所に留まろうとするのでしょうか?」
「ウェスパルと共に過ごす日々は退屈しないからな。この娘が森に行くと言えば共に行くし、学園に行くなら我も行く」
「神に戻るつもりはないと聞きましたが今もその考えは変わりませんか」
「戻る理由もないのでな」
「我が国と敵対するつもりは」
「それはお前達が我らの敵になるつもりだと言いたいのか? 牙を剥かれれば我とて応戦する」
「いえ、そのつもりは!」
「なら良い。騒がれても面倒なだけだからな。多くの人間を伸すより部屋で芋を食べてた方が何倍も有意義だ」
質問内容は初日にお父様がしたものとほぼ同じ。
だが返答はあの日よりもずっと人間との生活への慣れを感じさせる。
その後も似たような質問ばかりが重なり、ルクスさんの我慢ゲージは目に見えて溜まっていく。ついに指先でコンコンと机を叩き始めてしまった。
「似たようなことばかり繰り返しおって……。せっかく我が時間を割いてやっているというのに他に聞くことはないのか」
「つ、次は」
前世で度々耳にした圧迫面接やパワハラはこんな感じで行われていたのだろう。
人対人ではなく元神対人なのでハラスメントもなにもあったものではないが、相手はまだ十一歳の子どもだ。
ルクスさんからの圧に、サルガス王子はダラダラと汗を垂らし始めた。
「まあまあ。ほら私の分のタルトもあげますから」
「もらうが部屋に置いてきた分は等分だからな?」
「…………そうだ、林檎剥いてきてもらいましょうか」
「話を逸らすな。皿を回収するな」
そう言いながら二人で皿を取り合う。
人と同じ手になった分、皿を掴む力に遠慮がなくなった。
指をゆっくりと剥がしていけば、端正な顔が徐々に歪んでいく。
「譲らんか」
「じゃあルクスさんは林檎いらないんですか? 美味しいのに」
「食べるわ! それよりロイヤルミルクティーはこうも時間がかかるのか」
「だってロイヤルですよ? ロイヤル。飲む人の心の広さからして違うんです。そりゃあ時間も手間もかかりますって」
「そういうものか」
「その分美味しいのが来るので待っててください」
うむと頷いて、剥いてきてもらった林檎を食べ始める。
ルクスさんの皿だけ明らかに量が多いのはキッチンからの思いやりだろう。しゃりしゃりと美味しそうな音が部屋に響く。
「やはり美味いな」
「ルシファー殿は」
「ルクスだ」
「ルクス殿は我が領の林檎がお好きなんですか?」
「うむ。これはとても良いものだ。愛情をかけて育てられたことが伝わってくる」
ルクスさんのまっすぐな言葉にファドゥール伯爵は目を見開き、そして力が抜けたように笑った。
「自慢の林檎ですから」
それからロイヤルミルクティーが完成するまでルクスさんは林檎を食べ続けた。
いつのまにか彼の目の前には小さな皿が重なっており、私のタルトは一瞬の隙に奪われてしまったことに気づいた。
結局、林檎で時間稼ぎとご機嫌取りをしている間も王子が何か質問を投げかけることはなかった。
ただ肩を落としてこちらを眺めているだけ。
「リンゴ美味いぞ、食わんのか?」
「い、いただきます」
それでもルクスさんの問いかけにはちゃんと答えて、林檎をしゃりしゃりとゆっくりと食んでいた。
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