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2章
5.なんとか揃った茶器と紅茶
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「そうだ、帰るまで森に避難しちゃえば!」
肩からバッグを下げ、左手で雑巾入りのバケツを掴む。そして右手をルクスさんへと伸ばした。
だが彼が私の胸の中に収まることはなく、小さく首を振った。
「もう遅いと思うぞ」
「なんで」
「お嬢様、ルクス様。旦那様がお呼びです」
私の声は無情にもかき消されてしまった。行きたくない。
だが呼ばれてしまったからには行かないという選択肢はない。
はーーーーーっと長いため息を吐いてからバッグとバケツを元の場所へと戻す。
「サルガスとやらの第一声は我らについてだったからな。諦めろ」
「もっと早く言って下さいよ! その時ならまだ反対側の窓から逃げられたかもしれないのに!」
「我は興味があると言っただろう。早く連れて行け」
「もし怪我したら完全復活するまでの間の牛乳は私がもらっちゃいますからね」
「そんなヘマせんわ」
亀蔵に会えるはずだったのに……とブツブツと文句を垂らしながら客間へと向かう。
一方でルクスさんはとても機嫌がいい。
そこまでサルガス王子に興味があるのかと思えば、彼の目的は他にあった。
「アイスが出るか、芋のデザートが出るか。おやつ用のタルトも美味そうだったな。飲み物はやはり薬草茶か? 客が来るということはいつもとは違うものが出るやもしれんな~。今日はなんと良い日か」
清々しいほどにお茶とお菓子目当て。
しかも昼食後に渡されたおやつはまた別に食べようと目論んでいる。
おやつの二重取りをしようとはなんとも恐ろしいドラゴンである。
「王子から問いかけがあったらちゃんと答えてくださいね?」
「うむ」
「お菓子優先しちゃダメですからね?」
「ウェスパルもだぞ?」
「善処します」
階段を下りながら、約束ごとを取り付けていく。
本当に初歩的なことではあるが、私達には大事なことだ。
ドアの前に立てばすでに中から話し声が聞こえてくる。
入る前から早く話し合い終わらないかなと願いながらドアをノックする。
「ウェスパルです」
「入りなさい」
「失礼します」
そこにはお父様とサルガス王子の他に、ファドゥール家のご当主様とスカビオ家のご当主様も同席している。
スカビオ家の馬車もあの中にあったのだろう。
領主が三人も集まって気後れしてしまう……なんてことはない。
領主とはいえ自分の父親と幼馴染のお父さん二人である。可愛がってもらった思い出こそあれ恐れる存在ではない。
この場でよく知らない相手はサルガス王子だけだ。
「こっちに来て座りなさい」
「失礼します」
ぺこりと頭を下げ、お父様の隣の席に腰掛ける。ルクスさんは私の膝の上。
大人二人と王子が息を飲む中で「菓子はまだみたいだな」と呑気に構えている。
幸い小声だったので机の向こう側には聞こえなかったようだが、お父様の耳にはバッチリ届いたようだ。
なんとも言えない表情でこちらを見ている。
だがお菓子目当てだろうがなんだろうが、素直にやって来ただけマシだろう。
まもなくして運び込まれたカップは一つを除いて同じカップ。なんとか揃えられたらしい。唯一違うものはルクスさん専用の木製カップである。
中身はいつもの薬草茶ではなく、紅茶。
透き通るような赤がカップによく映えている。
ちなみにシルヴェスター家には普段、紅茶なんて置いていない。
私がウェスパルとして飲んだのは片手で数えられる程度。それも全て王都に行った際、公爵家で出されたものだ。
おそらくこれも伯父様かお祖父様からの贈り物だろう。
「落とさないように気をつけてください」
膝に乗せた彼に手渡すとふにゃりと頬を緩めた。
「ほう紅茶か。久々だな」
「飲んだことあるんですか?」
「以前何度かな。といってもあの頃も野草を煎じたものが主流だったが」
「へぇ~。意外と紅茶って最近の飲み物なんですね」
「ああ香りもいい」
私もルクスさんに倣って自分のカップを手に取る。
口元まで運ぶとふんわりと紅茶の香りが広がっていく。確かにこれは頬も緩んでしまう。
前世ぶりの紅茶を楽しんでいると、斜め前に座るサルガス王子と目があった。
彼の位置からルクスさんは見えないはずなのに、目を丸く見開いているではないか。
そんなにルクスさんが良い子にしていることが信じられないのだろうか。
「ウェスパル」
「はいはい」
ルクスさんのカップを机に置き、彼を抱きかかえる。
するとサルガス王子の眉間にぎゅぎゅぎゅっとシワが寄っていく。
ゲームの中の彼は感情を表に出すことはほとんどなかった。
王子様としてはそれが正しいのだろうが、今の彼は年相応で親しみやすささえある。
肩からバッグを下げ、左手で雑巾入りのバケツを掴む。そして右手をルクスさんへと伸ばした。
だが彼が私の胸の中に収まることはなく、小さく首を振った。
「もう遅いと思うぞ」
「なんで」
「お嬢様、ルクス様。旦那様がお呼びです」
私の声は無情にもかき消されてしまった。行きたくない。
だが呼ばれてしまったからには行かないという選択肢はない。
はーーーーーっと長いため息を吐いてからバッグとバケツを元の場所へと戻す。
「サルガスとやらの第一声は我らについてだったからな。諦めろ」
「もっと早く言って下さいよ! その時ならまだ反対側の窓から逃げられたかもしれないのに!」
「我は興味があると言っただろう。早く連れて行け」
「もし怪我したら完全復活するまでの間の牛乳は私がもらっちゃいますからね」
「そんなヘマせんわ」
亀蔵に会えるはずだったのに……とブツブツと文句を垂らしながら客間へと向かう。
一方でルクスさんはとても機嫌がいい。
そこまでサルガス王子に興味があるのかと思えば、彼の目的は他にあった。
「アイスが出るか、芋のデザートが出るか。おやつ用のタルトも美味そうだったな。飲み物はやはり薬草茶か? 客が来るということはいつもとは違うものが出るやもしれんな~。今日はなんと良い日か」
清々しいほどにお茶とお菓子目当て。
しかも昼食後に渡されたおやつはまた別に食べようと目論んでいる。
おやつの二重取りをしようとはなんとも恐ろしいドラゴンである。
「王子から問いかけがあったらちゃんと答えてくださいね?」
「うむ」
「お菓子優先しちゃダメですからね?」
「ウェスパルもだぞ?」
「善処します」
階段を下りながら、約束ごとを取り付けていく。
本当に初歩的なことではあるが、私達には大事なことだ。
ドアの前に立てばすでに中から話し声が聞こえてくる。
入る前から早く話し合い終わらないかなと願いながらドアをノックする。
「ウェスパルです」
「入りなさい」
「失礼します」
そこにはお父様とサルガス王子の他に、ファドゥール家のご当主様とスカビオ家のご当主様も同席している。
スカビオ家の馬車もあの中にあったのだろう。
領主が三人も集まって気後れしてしまう……なんてことはない。
領主とはいえ自分の父親と幼馴染のお父さん二人である。可愛がってもらった思い出こそあれ恐れる存在ではない。
この場でよく知らない相手はサルガス王子だけだ。
「こっちに来て座りなさい」
「失礼します」
ぺこりと頭を下げ、お父様の隣の席に腰掛ける。ルクスさんは私の膝の上。
大人二人と王子が息を飲む中で「菓子はまだみたいだな」と呑気に構えている。
幸い小声だったので机の向こう側には聞こえなかったようだが、お父様の耳にはバッチリ届いたようだ。
なんとも言えない表情でこちらを見ている。
だがお菓子目当てだろうがなんだろうが、素直にやって来ただけマシだろう。
まもなくして運び込まれたカップは一つを除いて同じカップ。なんとか揃えられたらしい。唯一違うものはルクスさん専用の木製カップである。
中身はいつもの薬草茶ではなく、紅茶。
透き通るような赤がカップによく映えている。
ちなみにシルヴェスター家には普段、紅茶なんて置いていない。
私がウェスパルとして飲んだのは片手で数えられる程度。それも全て王都に行った際、公爵家で出されたものだ。
おそらくこれも伯父様かお祖父様からの贈り物だろう。
「落とさないように気をつけてください」
膝に乗せた彼に手渡すとふにゃりと頬を緩めた。
「ほう紅茶か。久々だな」
「飲んだことあるんですか?」
「以前何度かな。といってもあの頃も野草を煎じたものが主流だったが」
「へぇ~。意外と紅茶って最近の飲み物なんですね」
「ああ香りもいい」
私もルクスさんに倣って自分のカップを手に取る。
口元まで運ぶとふんわりと紅茶の香りが広がっていく。確かにこれは頬も緩んでしまう。
前世ぶりの紅茶を楽しんでいると、斜め前に座るサルガス王子と目があった。
彼の位置からルクスさんは見えないはずなのに、目を丸く見開いているではないか。
そんなにルクスさんが良い子にしていることが信じられないのだろうか。
「ウェスパル」
「はいはい」
ルクスさんのカップを机に置き、彼を抱きかかえる。
するとサルガス王子の眉間にぎゅぎゅぎゅっとシワが寄っていく。
ゲームの中の彼は感情を表に出すことはほとんどなかった。
王子様としてはそれが正しいのだろうが、今の彼は年相応で親しみやすささえある。
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